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56話 学級崩壊


「女子は部屋の隅にかたまって! 男子は女子を守れる位置に移動して待機! 命を最優先でよろしく!」


 状況はいまいち飲み込めないが、桃園さんが怯んでいるスキに味方クラスメイトにとりあえずの指示を素早く飛ばす。


 いったん外に逃げようとも思ったが、外から扉を閉められたってことは宿の外にも何人か待ち伏せていそうだしな。



「うーっ、負けないんだから! みんな、計画続行よ!!」


 眼を抑えつつ一瞬遅れて桃園さんも号令を出す。


 さっきまで静寂に包まれていた宿の中がうってかわって一気に慌ただしくなった。



 俺の指示通り、ワーキャー悲鳴を上げながら部屋の隅に女子が移動。


 刺されそうになって放心状態のサーヤさんを小松くんが支えつつ、奥へ連れていき、彼女たちの周りを的場くんたちが壁のように覆い囲う。


 そこへ三橋くんを先頭に桃園さんグループが武器を構えて突進してくるので俺とアトラスは目配せして机を彼らに向かって蹴り飛ばし、牽制して距離を保った。



 お互い三メートルくらい離れて、にらみ合うカタチだ。



「き、君島! 本気でアイツらと戦うのかよ! ってか、なんで桃園さんが俺らを狙うんだよ!?」


 的場くんが余裕の無い表情でヒステリックに叫んだ。


「それは俺じゃなくて桃園さん本人に聞いてほしいんだが……」


 

 チラリと見ると桃園さんは天使のようにニコッと微笑んだ。


 うーん、俺たちに死んでもらうだって?


 メリットが分からん。


 詩緒梨さんを生け贄にしようとした事への口封じがあるかも……と思ったがそれで俺たち全員を殺したりはしないだろうし。


 

「ま、詮索はあとにしよう。それよりクラスの連中と戦うことにためらいがあるなら刃物じゃなくて椅子とかを装備した方が思いきり戦える、と思う」


「あ、お、おお! そうだな」


 刃物と聞いてハッとしたようだ。



 剣や槍といった殺傷能力の高そうなガチャ武器を装備してる男子たちはその辺に転がってる木の椅子を拾い上げる。



「へぇ……って事は、椅子を拾わないお前は俺たちと戦うことにためらいが無いって事か? 怖いヤツだぜ」


 ナイフを構える三橋くんがナイフ……ファイアバゼラードを構えたままの俺に言い放った。


 青木くんをためらい無く刺そうとしたクセによく言うよな。


 キツネみたいな眼でニヤついた表情を浮かべている。


 あまり話した事は無かったがなんか嫌な感じのヤツだぜ。



「三橋くん……」


「なんだ?」



 俺のつぶやきに愉快そうに彼は反応する。



「三橋くんって、なんか煽りコメントで他人のSNS荒らす事に生き甲斐を感じてそうな顔してるよね」


「……は?」


「ぶふっ!」



 噴き出したのは桃園さんだ。


 まさかウケるとは思わなかったぜ。



「ワケ分かんねーこと言ってんじゃねぇぞ陰キャ野郎が!!」


 何か馬鹿にされたらしいと察したのか三橋くんが怒鳴りながら再び突進してきた。


 ナイフによる直線的な突き。


 シンプルだが無駄の無い動き。


 意味もなく派手にエモノを振り回すゴブリンみたいに楽な相手ではなさそうだ。



 『ファイアバゼラード』レベル80、攻撃力160%アップ

 『大地のバンテージ』レベル40、筋力80%アップ

 『紫電の槍』レベル20、敏捷度40%アップ

 『風切り刃』レベル20、敏捷度40%アップ

 『ダークロッド』レベル20、魔法攻撃力40%アップ

 『バトルアックス』レベル20、筋力40%アップ

 『パワーロングボウ』レベル20、命中率40%アップ

 『アイスニードル』レベル20、防御力40%アップ



 詩緒梨さんが羨ましがるのであまり言わないようにしていたが、ここ最近ひそかに手に入れてたガチャ武器ステータスアップを全開にしてみるか。



「シャッ!!」



 かっこいい雄叫びを上げながら俺の胸めがけて短剣を突き立てようとする三橋くんの動きがひどくゆっくりに見えた。


 正確にはガチャ武器パワー全開にした俺には、もはや彼の攻撃にまったく脅威を感じないのですごく冷静で余裕があるって感じなんだろうか。



 俺は迫り来るナイフを親指と人差し指でひょいっとつまんで止める。



「なっ……!? ぐく……っ!!」


 三橋くんは腕に力を込めるがナイフをピクリとも動かせないらしい。


 と、切り替えが早い彼はナイフを手放し、今度は素手で殴りかかってきたところをカウンター気味に思いっきり下腹部を蹴り抜いてやる。



 さっきと違って手加減無しの君島キックだ。



「ぐっほぁあああああっ!?」



 とか言って三橋くんはピンポン玉みたいに壁まで吹っ飛んでいって「うぼぁ」っと血の混じったゲロをドバドバ吐いて白目を剥いた。



「やべっ、やり過ぎた」


 

「こ、こいつ……!!」


 吉崎くんに続いて三橋くんまで血祭りにしてしまった事をわりと真面目に反省していると、名前も覚えてない男子5人が一斉に攻撃してきた。



 ただゴブリンとのバトルで分かったが大人数で一人を攻めるのって案外やりづらいみたいなんだよな。


 最初の一人の振りおろしてきた斧を後ろに下がって難なく避けると、そいつの体が邪魔して他の連中も俺に追撃出来ない。



「やり過ぎたらごめんな?」


 俺は斧振り下ろし系男子にビンタした。


 ただ軽すぎると反撃を喰らうかも知れないので、うまく失神する程度の力加減でほっぺたを叩いてみた結果「ぴっ!?」と悲鳴をあげて耳の穴と鼻の穴と眼球から血を噴き出してバッタリ倒れた。



「お、おい、死んでないよな?」



 なかなかのショッキング映像に壁側でかたまってる女子たちもキャーとか悲鳴を上げるから俺も焦ってしまう。



「あのー、ボクが犠牲者にポーションを使っていくのでソラさんが次々と半殺しにしてくのがてっとり早いと提案してみます」


 アトラスが恐ろしいことを爽やかに提案してきた。


「まぁいいか。それ採用で。安全第一だ」


「はいっ!」



 手加減してるモタついているうちに誰かを攻撃されて取り返しのつかない事になっちゃ嫌だもんな。


 

「ふざけんなよ、それのどこが安全第一なんだ!?」


「よくも三橋と矢島を……っ!!」


 俺らを殺そうとするヤツの安全なんか知るかよ。


 安らかに全殺しと書いて『安全』だ。



 とにかくなんか文句を言いながら槍系男子と……かろうじて名前を覚えていた成沢くんが剣を小刻みにシュッシュッと突きだしてきた。



 三橋くんと斧くんもそうだったが基本、勢いだけだな。


 ゴブリンみたいな知能も筋力も低いモンスターとサシで戦うならそれで勝てたんだろうけど。



 確かに細かく早く武器を突きだされると三橋くんの時みたいに相手の武器をつかむってことはやりづらいが……。



 俺はちょっと距離をとって椅子を蹴っ飛ばすと槍くんは「うっ!?」と派手に避ける。


 ほら、もう避けたあとの体勢はメチャメチャですよ。



 体勢を立て直そうとする槍くんの横っ腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。



「ぶびゅっ!?」


 蹴ったときに薄い氷の膜をパキョパキョっと踏み抜いたような爽快な感触が足に残るんだが何が砕けたのかはあまり考えないようにしよう。



「うわぁあああ!! うわぁあああ!?」


 変な方向に折れ曲がって動かなくなった槍くんを見て成沢くんがメチャメチャに剣を振り回す。


 危ないヤツだなぁ。


 コイツは後回しにしよう。




 半狂乱の成沢くんを無視して駆け抜けて、彼の後ろで武器を構えている二人の男子の足をファイアバゼラードでグチュッ、グチュッと順番に素早く刺した。



「ああああああああああああッ!?」


「痛っ!! 熱っ!?」



 二人は太ももを押さえてうずくまる。


 一瞬、立ち上がろうとする気概も見せたが床に広がる血だまりを見てあっという間に戦意喪失して二人のうち一人は泣き出した。


 泣きたいのはコッチだぜ、マジで。


 あんまり刃物で刺したくないがガチャ武器でパワー全開の俺が蹴ったり殴ったりするより手加減できてる気がする。



「わぁああああなんだよコイツ!? も、桃園さん……こ、これ、もう……!!」


 残ってるヤツらが桃園さんになにか意見を主張してるようだが……いかがでしょうかね桃園さん。



「ふふっ、さすが君島くんね。ガーヤックを救ったってギルド経由で聞いてはいたけれど、今の時点でここまで強くなってるとは思わなかったわ」


 戦意喪失させる意図も込めて、あえて連中を過剰に叩きのめしたトコもあったんだが……桃園さんは微笑みを崩さない。



「余裕あるね……。SR武器を持ってるから?」


「まぁね!」



 俺の問いに答えると同時に桃園さんは笑みを浮かべたまま自分の近くに控えていた残りの級友5人をSR武器『蛍火』で次々と斬り刻んだ。



「……って何やってんだ!?」


「栄養補給」



 悲鳴をあげる間もなく倒れる男子たち。


 その身体から青白い光がポーッと浮かび上がって、彼女の血に染まった刀身に吸い込まれていく。



「みんな、ごめんね……。だけど、その想い、確かに受け取ったよ!」



 桃園さんの身体から青白い光がにじみ出す。



「はぁあああああああああッッッ!!!」


 そして彼女の咆哮とともにカタカタカタカタッと宿の中の椅子や机が震え始めて地震のように床から地鳴りが俺の足元に伝わり身体全体に突き上がってきた!!



 なにこのコやべぇ、ボス敵なの!?



 バトル漫画みたいに相手の魔力の大きさを感知できるとかは俺には出来ないがとにかくヤバいって事はなんとなく分かるぞ!



「アトラス! あとでなんでも言うこと聞くから手を貸してくれ!」


「本当ですか!? ラッキー!!」



 アトラスは両手の火炎鉄甲アーティファクトから炎を巻き起こす。



「詩緒梨さん、シュペットちゃん! みんなへの守りは完全に任せておk?」


「任せといて!」


「了解です!」



 詩緒梨さんは湧水の杖で水の防御壁を、シュペットちゃんは風の力を持つレイピアに魔力を宿らせて桃園さんの攻撃に備える。



「うふふ、あははははは!! 楽しいね君島くん!! 盛り上がってきた!! 準備はいい!?」



 蒼い炎で全身を燃焼させながら桃園さんが狂気に満ちた眼で襲いかかってきた。

 

つづく。

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