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55話 港町ガイナス


 ロック鳥に運ばれて、エルファストの北に位置する交易都市セイラムを越えてさらに北西へ。


 馬車なら数週間はかかる道程をギュンギュン飛び越えて。


 飛んで飛んで半日後には桃園さんたちが待つ港町ガイナスに到着した。



 いや、正確にはガイナスからちょっと離れた原っぱに降り立ったんだが。


 街の中に超巨大なロック鳥が着陸できるスペースは無さそうだったので街まで多少歩かなきゃならないのは仕方がない。


 もう夕暮れ時だから、さっさと移動を始めないと街に着く前に真っ暗になっちゃうぜ。



「ふぅ……こっちは結構、暑いんだなぁ」


 ロック鳥の籠から荷物を降ろして移動の準備をしていると、すぐにうっすら額に汗が浮き出てくる。


 遠くの方でセミらしき生き物の鳴き声がミンミン聴こえるし、すっかり夏模様って感じだ。


 ちなみに異世界のセミはウサギや魚を餌としていて、たまに人間に襲いかかるらしいよ。



 どんなセミだよ!?




「あっ、潮のニオイがしますね……」


 アトラスに言われて鼻をひくつかせてみると確かにしょっぱい匂いが風に乗って運ばれてくる。



「ふふ~ん。今から行くとこって海とかあるんだよね。水着とか売ってないかな!」


 例の不死鳥の法衣の腕の裾を暑そうにたくしあげてサーヤさんがワクワクし出した。


 海とか水着とかってワードを聞いて他の男子も女子もそれぞれ何かしらの反応を示してソワソワしている。


 はぁ……俺も詩緒梨さんの水着見たい……。



 そんな野望を抱きながら隣を歩いている詩緒梨さんの肉体をガン見すると彼女に「ダメです」と言われた。



 ダメなのか……!?


 俺の生きる希望が……。




 だがしかし、俺は心をヘシ折られつつも、希望はきっとあると信じてただひたすらに前へ前へと進み続けた。



 俺たちが歩き続ける限り、道は続く。だからよ……


 止まるんじゃねぇぞ……!!




☆☆




 おかしなテンションと無の心でしばし歩くこと十数分。



 ちょうど日が沈んだ頃にガイナスに辿り着いた。


 空は暗くなったが、街のあちこちでかがり火が焚かれているのでわりと明るいし、通りにはまだ結構、人がいるなぁ。



「おいっ、あれ……!!」



 突然の緊迫した声にみんなが身構える。


 声の主、的場くんの視線の先には胸の谷間を放り出し、スラリと伸びた太ももを剥き出しにしたセクシーお姉さんたちが歩いていた。



「うむ……まぁ……すごいな」


 むっつりスケベの小松くんが眼鏡の奥で瞳をギラつかせ、俺も表面上は平静を装いつつ心の眼をカッと見開く。



 くそっ、油断した。


 港町って言うから薄汚い……おっと、たくましい漁師たちが闊歩しているイメージがあったが、どっちかというとリゾート地っぽいな。


 観光客っぽい浮かれた雰囲気の人たちがほとんど水着みたいな格好で歩いている。


 やはり希望を捨てないで良かったぜ。



 しかし男子一同がアホみたいに街ゆく水着おっぱいを眺めている様子をクラスの女子たちはどんな心境で見守っているのだろうと考えると少し怖かった。




「あの、もういいですか?」


 シュペットちゃんが女子を代表しておっぱい鑑賞はもういいのかと俺に尋ねてきた。


「おほん。もういいかね、的場くん」


 俺は紳士的な態度で的場くんへとパスした。



「……マ?」



 的場くん、完全に目がラリってる。


 こいつ、いま何も聞いてなかったな?


  

 まぁ異世界にはネットもテレビも無いからエロスとは一切隔絶された世捨て人の如く生活を余儀なくされていたからな。


 目の前にグラビアみたいなセクシー姉さんがうろうろしていたらちょっと理性が飛んでしまう気持ちはよく分かるぜ。


 フッ、もっとも俺にはれっきとした彼女がいて定期的にカラダを触ったり揉んだりしてるのでふっひひひ。



「……みしまくん、君島くん!」


「はっ!?」


「君島くん、大丈夫? 今ニヤニヤしながらどこも見てなかったよ?」


 詩緒梨さんが心配そうな、呆れたような表情で俺の顔を覗きこむように見上げている。


 どうやら立ったまま一瞬、あの世を垣間見えていたらしい。



「ああ、俺はいつだって大丈夫さ。とりあえず桃園さんたちが宿泊している『海神亭』って宿を探そう」


 宿を探す……となれば聞き込みだな!



 俺はぷるるるぅ~んと柔らかそうなスライムおっぱいを見せつけているセクシーお姉さんの元に向かおうとしたが的場くんと青木くんに押し止められる。


「待て待て、君島。いつもいつもなんでもかんでもお前に任せては申し訳ない」


「そうだぜ、たまには俺たちのことを頼ってくれよな!」



 二人は頼もしい事を言ってお姉さんのおっぱいを眺めに野獣のような目つきで向かっていった。


 一方、女子たちは生ごみを見る目つきで走り抜ける彼らを見送る。


 あぶないあぶない、彼らに止められなければ俺がエロ野郎と罵られていたかも知れないな。


 ありがとう、的場くん、青木くん。



 キミたちのことはいつまでも忘れない。


 


☆☆



「……ここが海神亭、か」


 的場くんたちの社会的な犠牲もあって、セクシーお姉さんが案内してくれた。


 そして、連れてこられたのは一軒の年季の入った宿。



 1メートルくらいあるバケモンみたいな巻き貝の貝殻や角の生えたマグロっぽい巨大魚の剥製が外装として飾り付けられている、いかにもな海辺の宿屋である。


 エルファストで俺たちが利用してたような大きな宿ではないな。



 桃園さんたち20人パーティはギリで泊まれるかもだが、俺たちも合流すると40人近い大所帯になる。


 クラス全員がここに泊まるって感じにはならなさそうだな。


 一部屋4~5人押し込めばなんとかなるだろうけど3人くらいは床に寝ることになる。


 床は嫌だなぁ……。



 ああ、ちなみに吉崎くんトリオはカシュー湖遠足の時同様、エルファストで待機してるのでここにはいないのであった。


 めでたしめでたし。




「ソラさん、入らないのですか?」

 

 宿の玄関前で立ち止まる俺にアトラスが声をかける。


「いやー……みんなとは久しぶりに会うから、なんか緊張するというか」


 まぁ、お久しぶり! といっても桃園さん以外はロクに話した事ないクラスメイトばっかですがね。


 下手すりゃ顔も名前も覚えてない。


 そして、その唯一の知人の桃園さんも詩緒梨さんを生け贄にしようとしたワケですし、正直この宿の中に会いたい人間が一人もいないんだよなぁ。



「桃園さんたち、エルファストを離れて冒険してた……って話だが今どんな感じになってるんだろうか」



 小松くんも何かしら思うところがあるだろうか。


 俺同様、宿の外から建物をまじまじと見つめるだけで中に入ろうとしない。

 


「桃園さんたちだけじゃ人手が足りないからって私たちにも声がかかったけど……真面目に冒険して鍛えてた桃園さんでも手に余るクエストを、私たちが合流したからって攻略できるのかなぁ」


 水瀬さんもちょっと心配そうだ。


 元の世界に帰るため命がけの冒険の旅に出た桃園さんたちに対して、エルファストに残って特に何もせず過ごしていたという引け目があるみたいなことを水瀬さんが出発前に話していた。



『だからこそ、今回のガイナスへの支援要請は絶対に引き受けたい』という方向でみんなの意見は固まったワケだがどうなることやら。


 そもそも『戦闘に手を貸してほしい』ってこと以外、何をさせられるのか知らされていないんだよなぁ。



 などなど、宿の前でそれぞれが踏み止まっていると。



「んじゃオレが一番のり、っと!」


 悩みごとなんか無いんだろうな、元気いっぱい野球部一番バッター青木くんが海神亭の青みがかった扉をガチャリと開けて中に入っていった。


 一人入ると気楽だな。


 俺も入ろ。



 青木くんに続くようにみんなゾロゾロと宿へと入っていった。



「えー……と?」



 中に入ると誰もいない。


 受付はあるが宿の主人の姿は見えず、桃園さん一行の誰もいない。


 小さい建物だがエントランス部分は広いな。


 それだけに人がいないと寂しく感じるが……。



「青木くん、大きな声で誰か呼んでくれないかな」


「おっ、いいよ」



 こんなときこそ野球部の出番だろう。


 常日頃グラウンドに響かせていたバカでかい声で宿の主人でも桃園さんでも呼び出してくれ。



「ぅおおおおーーーいいいいい!! 誰かっ、いっませんっかぁあああああああ!!」


 こいつモンスターなんじゃないかって思うくらいの声量で青木くんが声を張り上げる。



 ……返事が無い。


 誰かがこちらに向かってくるような物音も聞こえない。



「むーん? ここ、本当にももものいる宿屋であってるの?」


「え? なにがいるって?」


「ももも」


 サーヤさんがワケの分からない事を言った気がしたが『ももも』は桃園さんのことらしい。


 もももの桃園さんか。


 ゲゲゲのなんとか太郎みたいだな……。


 

「しかし仮に桃園さんの宿でないにしても宿の従業員も姿を見せないのは妙じゃないか?」


 ふむ、確かに……。


 小松くんのもっともな意見を聞いて詩緒梨さんに意見を求める。



「うーん……なんかこう、罠とか?」


「わな?」


 何を言い出すんだと思ったが、桃園さんに殺されそうになった詩緒梨さんが言うと無視できないな。


 学校の教室にいきなりテロリストが入ってきた時の対処法を考える要領で、俺はこの場所で戦うとしたらどう戦うか、宿内の机や家具の配置を思わず確認する。



 と、その時だった。



 バタンッ!!



「キャッ!?」



 宿の入り口のドアが急に閉まり女子の誰かが悲鳴を上げる。


 外から誰かが閉めたのか? と考える間もなく宿の奥からドカドカと10人ほど飛び出してくる。


 って、あれ?



「三橋じゃん、呼んだのに何してたんだよお前」


 青木くんがそのうちの一人に声をかける。


 そう、宿の奥から出てきたのは桃園さんと旅立ったクラスメイトたちだった。



「悪いな」


「えっ」



 謝罪の言葉を述べた三橋くんがトンッと青木くんのお腹にナイフを突き刺し



「あぶないっ!!」


 突き刺されそうになったところを俺は咄嗟に三橋くんの腹を蹴り飛ばして二人を突き放す。



「かはっ!!」


 結構強めに蹴ったので三橋くんはたまらず床にぶっ倒れた。




「え? え!?」


 青木くんが刺されそうになった場所を手で触ってみるどうやら間一髪ノーダメージだったようだ。



「おい、シャレになってないぞ今の!!」


 的場くんが抗議の声を上げるとそれに応えるようにコツンコツンっと宿の奥から硬く冷たい金属っぽい足音が響く。



 細い刀身の剣を抜き身のまま持ち歩き、鎧に身を包んだ桃園さんが姿を現した。


 手にした剣がうっすらと青白い光を放っている。


 あれは倒した者の命を吸って力に変換するという彼女のSR武器『蛍火(ほたるび)』だ。



「みんな久しぶり。わざわざ呼び出してごめんね?」


 桃園さんが以前と……日本にいた頃と変わらない調子でにっこり微笑む。



「ごめん……って謝るポイントがズレてるような気がするんですけど」


 青木くんを刺そうとした三橋くんの件と、ウェアウルフの餌にされそうになった詩緒梨さんの件と複数の意味を込めて俺は桃園さんに物申す。



「ちょ、ちょっとももも、コレどういう意図? サプライズパーティだとしたらスベってるよ?」


 サーヤさんも前に出てきてもももさんに詰め寄る。


 風間、吉崎、桃園、磯崎と四人はクラスをまとめる四天王だ。


 なので同格である磯崎さんなら桃園さんに話をつけられるのではないかと期待して水瀬さんたちは見守っているようだが。



 桃園さんはサーヤさんに迷いなく剣の切っ先を突き付けた。



「大丈夫よ沙耶香、パーティは順調そのもの。あとはみんなに死んでもらうだけ」



 彼女が涼やかな表情で剣をサーヤさんの心臓めがけて突き出すと同時に俺はファイアバゼラードを構えるがあまりの素早さに間に合わない……!!



「うぐっ!?」


 

 突如、桃園さんの右目にジェット噴射のような水流が直撃!!  


 たまらず彼女は後ろに仰け反る。



「つ、月にかわっておしおきよっ!! じゃなくて、水でもかぶって反省しなさいっ!!」



 湧水の杖をカッコよく構えた詩緒梨さんの決め台詞が宿に響き渡ったのであった。

 

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