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54話 後始末


 食堂の床の一部が赤く染まっている。


 吉崎くんのケツから噴き出した血痕だ。


 水をふくんだ雑巾で俺はゴシゴシとそれをキレイに拭き取っていた。


 本来そういう後始末は宿の従業員に押しつけちゃってもいいのだが、人を刺した事への罪悪感と反省の意を込めて自分でお掃除すると決めたのである。


 

 ……なんて大げさに言ったものの、床に落ちた血の量は大したことないので拭き取る作業なんかすぐに終わった。


 なので次に的場くんと吉崎くんが散らかした机や椅子の整理に入る。


 一人で掃除する、と宣言したものの机なんかはさすがに大きいので付き添ってくれていた詩緒梨さんとあと宿の従業員も手伝ってくれた。



「いやー、すみませんお騒がせして。ご迷惑だったら僕ら、別の宿に移りますけど……」


 国から『この宿に泊まりなさい』と指定されてるワケじゃなく、よほど高級な宿以外、俺たちはエルファストのどこの宿屋を利用しても国家が宿賃を支払ってくれる話になっていますからな。


 単純に気分転換で他の趣の宿に移ってもいいんだけど。



「いえいえ全然! むしろ勇者さまたちが宿に選んでくださってウチは潤ってるんですからありがたいすよ」


 宿屋の主人はウヘヘと笑った。


 まぁ確かに。


 この街、何気に王都なんだけど観光客とか全っ然、少ないもんな。


 俺たち20人余りが毎日ご宿泊するんだから、なかなかの利益が約束されているワケか。



 そんな感じで宿の人はあんな騒ぎを起こした俺を受け入れてくれたが他のみんなは『君島くんが吉崎を刺した事件』をどう感じているだろうか。



「はふぅ~」


 整頓した椅子に腰掛けてマヌケなタメ息をつくナイーブな俺氏。



「アレを刺した事、気にしてるの?」


 詩緒梨さんがお茶をもってきてくれつつ、吉崎くんをアレ呼ばわりした。



「そりゃなぁ。やっぱり人を刺すのは重みが違うというか……しかも何人も人を殺してる凶悪な山賊とかならまだしもクラスメイトだし」


 吉崎くんの尻を突き刺した感触が残る手のひらをじっと眺める。


 と、そんな血に汚れた手を(実際には血は拭き取ったけど)詩緒梨さんはぎゅっと握ってくれた。



「エルファストに戻ろうって言ったのは私だけど……やっぱりまた二人で旅に出ちゃう?」


「ん……うん。俺もちょっと考えてた。でも詩緒梨さんはいいの? 何か考えがあって戻ってきたんじゃ……」


「それほど大した考えは無いよ。まぁこの国なら宿代を気にしなくていいし、クラスのみんなと協力プレイで生活をより安定できるかなとは思ったけど」


「じゃあ、やっぱり残った方が……」


「いいのいいの。一番の目的はクラスのみんなから逃げ回るような生活にピリオド打ちたかっただけだから。ここ数日の生活でそれは達成できたんじゃないかな」



 それは確かに。


 もしも俺たち二人でこれからどこかに旅立って、2か月後くらいにどっかの街でクラスの誰かとばったり再会しても、以前みたいに正体隠してコソコソする必要性は感じないか。


 

「あ、でも、その……」


「なぁに?」


 詩緒梨さんの前で口に出してもいいものか少し迷ったが、やっぱり確認しておきたい。



「桃園さんが目の前にいたら詩緒梨さん、どうするの?」


 ウェアウルフから逃げるため詩緒梨さんを無理やり囮にした非情系女子。


 既に旅立っていない、と聞いたからエルファストに戻ってきたものの彼女がひょっこりこの宿に顔を出す可能性もあるワケだが。


 その辺は気持ちの整理がついたのだろうか。



「桃園さんかぁ。うん……前は怖くて仕方なかったけど、今はもう顔を見るなりあのキレイな顔面をひっぱたいてやろうと思ってるよ」


 詩緒梨さんはシュッと虚空をビンタするモーションを見せた。


 まぁ彼女も修羅場をくぐってきたからなぁ。


 彼女のガチャ武器、湧水の杖もレベルMAX。


 体力ステータスも少しは強化されてるハズなので仮に学校イチ悪い女ヤンキーとタイマンで戦ってもたぶん勝てるだろう。


 

 パートナーとして頼もしいような。


 あの仔猫みたいにか弱かった出会ったばかりの華奢な文川さんが懐かしいような……。



「明希人くん、今『この女、腹筋がシックスパックスに割れたバイオレンスアマゾネスみたいになっちまったな』とか呆れなかった?」


「呆れてない思ってない!」



 強くなったかどうかより、俺の思考を的確に読む鋭さが怖いわ。



 しかし、まぁアレだな。


 同級生をナイフで刺した頭のおかしい俺を恐れて、詩緒梨さんの心が離れていっても不思議ではなかったが当然のように『二人で旅に出る?』と言ってきてくれたのは何気にすごく嬉しかった。



「失礼します! こちらにソラ殿はおられますか!? 勇者ソラ殿とその一行は!!」


 宿の食堂であるにもかかわらず詩緒梨さんを抱き締めようとしたその時、お城の兵士っぽい人が駆け込んできた。



「はーい。ソラは僕ですけど、どうしました?」


「おお、まさに。勇者モモゾノからの支援要請です。支度が出来次第、城の方へお越しください。都市ガイナス付近のダンジョンで大規模な戦闘があるゆえ、手の空いている勇者たちには力を貸してほしい……との事です」



 勇者モモゾノ……って桃園さんのことか!



 思わず詩緒梨さんの顔を見るとこわばった表情でうつむいていた。



「えーと……顔をひっぱたくチャンスが巡ってきたみたいだよ?」


「え、えへへ。私やっぱりお腹痛くなってきちゃったなぁ……」



 いざとなると怖くなってきちゃったのだろうか。


 うんうん。


 抱き締めたい。




「明希人くん。ついでに桃園さんのお尻もナイフで二センチくらい刺しといて、って言ったら怒る?」

 

「いや、怒らないけど!? 女子のお尻はさすがに刺せませんよ!!」


「フェミニストだねぇ」



 などと不謹慎(ブラック)な会話をしつつ、ガイナスだか何処だかへの遠征準備を始める俺たちであった。


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