53話 ノーカウント
「オラァーッ!! 死ぬぜ!? 俺の前に立ちはだかるヤツぁ死ぬぜぇーっ!?」
一夜明け、すっかり脚の調子が良くなった青木くんは野球バットのように斧を振り回して角ウサギを発見次第、ブチ殺しまわっていた。
日本にいたら完全にヤバいヤツだが、ここは異世界だし英雄になれるぜ。
しかし俺の経験上、ポーションで傷口は塞がっても元通り動き回れるようになるには数日かかると思ったんだが……。
生死に関わるほどの傷でなかった事、青木くんは野球部なのでそもそもの体力パラメーターが高い事とかそういうの関係あんのかね。
「負けねぇぞ青木! 行くぜっ、的場ストラッシュ!!」
どの辺が的場ストラッシュなのかよく分からんが、的場くんが新たに湧いた角ウサギを勢いよく一閃した。
昨日、青木くんがケガしたんだから戦闘に消極的になるかと思いきや一部の男子はむしろ勇猛果敢に魔物討伐に乗り出した。
どうやら『重傷を負えば美少女シュペットちゃんに抱き締めてもらえる』という間違った解釈が男子どもの脳に感染したらしい。
その結果、彼らはケガを恐れない勇敢な戦士へと成長した。
勇敢な戦士というか、脳ミソが沸騰した狂戦士のようでもあるけど。
「ソラさんの世界の人たちってみなさんスゴいですね……。たった一晩で見違えるように動きが洗練されちゃったみたい」
何も知らないシュペットちゃんがそんな性欲に脳を支配された青木くんたちのことを感心して眺めていたという。
☆☆
さて、青木くんがケガして以降は大きなトラブルも無く、魔石を稼ぐだけ稼ぎ、薬草採取もバッチリ終えた俺たちはエルファストに帰還した。
2泊3日。わりと楽な日程ではあったものの、魔物が跳梁跋扈する野外から街の入り口へと戻ってくるとやっぱりホッと一息つけた感じだ。
「えーと、どうしようか。無事、街に着いた事ですし、一旦ここで解散にする? 各自、食事にいくなり公衆浴場でサッパリするなり」
街に着いた安心感でそこらに腰をおろすクラスメイトたちに確認する。
「ミッシー。私、早く魔石欲しい~。宿に戻って魔石の分配、先にやっちゃおうよ~」
というのはサーヤさん。
SSRガチャ武器を持ちながら武器レベルが低いために未だに大きな戦果を上げられていないので焦れているみたいだ。
R武器しか持っていないにも関わらず、的確にクラスメイトたちへ指示を出して好アシストをした詩緒梨さんの活躍を間近で見ていたのも刺激になったご様子。
「君島! 俺も俺も! あともうちょっとでガチャ武器がレベルMAXになりそうだし魔石プリーズ」
「だな。なんか強くなってくるとだんだん魔物討伐も楽しくなってきたぜ!」
すっかり意気投合した狂戦士の的場青木コンビが目を爛々と輝かせながら力を欲した。
くっくっく……力が欲しいか。
ならばくれてやろう……!!
などと主人公をダークサイドに引き込む悪魔みたいなセリフを妄想しつつ宿へと引き上げる。
女子の大半はまだ戦闘が怖い……というか一見カワイイ角ウサギちゃんを攻撃することに躊躇いがあったようだけど、男子は今回の遠征で一皮むけた感がある。
後半は俺の教えた戦法なんか無視して、各自勝手に自分の武器に合った戦い方を模索してたくらいだからな。
レベル上げにやる気を見せているようだし、勇者さまとして順調に成長していっていると言えよう。
この調子なら俺も指導役みたいな面倒な立場から早く解放されそうだぜ!
宿の食堂にて早速、薬草の獲れ高を考慮しつつ、魔石を換金分と経験値変換分に分けてソレをさらに全員に均等に分けていく。
「え、こんなに悪いよ……。私、魔物から逃げてばかりだったし……青木くんも、私のせいで大ケガさせちゃったし……私の分は青木くんに渡してあげて」
テーブルの上に配布された魔石を見て、島谷さんが遠慮する素振りを見せる。
あとで聞いた話だが青木くんはこちらの島谷さんが角ウサギに襲われたのをとっさにかばって名誉の負傷をしたみたいだった。
討伐数に応じて魔石を多目に分けようか、とも思ったが戦力的にかよわい女子にこそ早くレベルアップしてほしいので今回はあくまで全員に同じ量だけ魔石を割り振ったのだが、どんなモンでしょうね。
「いーって、いいって! 島谷さんは薬草スゲーいっぱいとったしさ! それにホラ、ケガももう全然治ってるし気にすんなって!」
青木くんは太もものケガしたあたりをパーンっと叩いてカッコつけた。
「あ、青木くん……。ごめん、ありがとう……」
青木くんのフォローに島谷さんはモジモジとお礼を言う。
「お、なんかいい感じじゃん。青春じゃん。ユーたち付き合っちゃえよ!」
「はぇ!? な、なに言ってんだよお前ー!!」
「ひゅーひゅー!!」
他の男子にからかわれて青木くんが顔を赤くした。
島谷さんも真っ赤になってうつむいている。
ほほう、この二人まんざらでもないな。
というか青木くんの方はエロ野郎だから女子なら誰でもいいとか思ってそうな気もするが……まぁそこから本気で好きになることもあるだろうさ。
クックック……。
クラス内でカップルが何組か誕生すれば、俺と詩緒梨さんがクラスのみんなの前でイチャついても公然ワイセツ罪で追求されることもなくなる気がするな。
よし、俺は断然応援するぞ青木くん。
「ちょっと男子ー、やめなよー。まったくガキなんだから……」
「島谷さん、大丈夫?」
サーヤさんと水瀬さんが島谷さんをかばう。
なんかアレだな。
こうして騒いでると日本にいた頃の学校の教室みたいで不思議な気分だ。
あの頃はこういうノリって俺には関係ない世界、って感じがして居づらい雰囲気だったが今はなんだかこういうバカげたやりとり、嫌いじゃないぜ。
「お、なんだよ。オレのいない間に勝手に盛り上がってんじゃねーよ」
食堂の入り口から吉崎くんが姿を見せた。
みんな、その姿を見てなんとなく騒ぐのをやめる。
「は? ウチらが騒ぐのに吉崎の許可いるの?」
サーヤさんがイラッとした口調で俺たちがたぶん頭によぎった事を代弁してくれた。
「え? おいおい何イラついてんだよ沙耶香~。ケガ人には優しくしてちょうだいよ」
吉崎くんはサーヤさんにパチッとウィンクした。
なんだコイツ気持ち悪っ!
というかこの人まだケガ人なのか。
先ほど『ケガなんか治った』アピールを青木くんがしてたばかりだからか、ケガ人アピールをするこの男が余計クソダサく感じた。
「よっ、戻ったのか。みんな、無事っぽいな。よかったー」
「お疲れー。魔物とか、ちゃんと戦えた?」
吉崎くんの後ろから樋口くん、棚橋くんが姿を見せてねぎらいのお言葉をかけてくれる。
心なしか遠征いった俺たちよりキミらの方が疲れてる顔してるが大丈夫?
「おおっ、魔石じゃん! スゲー! これ、俺にくれよ!」
近藤くんの前に置いてあった魔石を無造作にひっつかんで掲げるサイコパス吉崎くん。
「ああ、ちゃんと吉崎くんの分も分けてあるから。それはひとまず近藤くんに返して……」
「は? 君島、お前なに言ってんだよ。近藤なんかがこんなの持ってても仕方ないだろ。ここはひとまず俺のSR武器を強化するのが先決だろうが」
言いたい放題言われちゃって近藤くんはうつむいてしまう。
吉崎くんの無邪気な表情を見るに今の発言に悪意は無いっぽい。
どうやら心より『自分に優先的に魔石を使うべき!』と思いこんでいるようだ。
まぁ強い武器から強化するのはゲームにおいては基本だが……。
しかしねぇ。
「吉崎。お前、自分は宿で楽してたクセにその言い方は無いんじゃねーの?」
「は? 的場、お前なにチョーシこいてんだ」
うわっ、こういう雰囲気苦手!
俺、自分の部屋に戻っちゃダメっすかね。
そんな情けない事を考えてるうちに吉崎くんと的場くんはとっくみあいのケンカをおっ始めた。
まず吉崎くんがビンタして、怒った的場くんが柔道の大外刈りっぽい感じで彼を無理やり床にはっ倒した。
ガシャーンっとせっかく魔石をキレイに並べた机がひっくり返る。
「この野郎、殺すっ!」
椅子を蹴っ飛ばして牽制した吉崎くんが起き上がると同時に彼のSR武器、シャドーブレードを具現化する。
「なんだよ、SRだからって偉そうにすんなっ」
的場くんも自身のガチャ武器『銀閃剣』を喚び出して、その切っ先を吉崎くんに向ける。
女子はキャーキャー騒ぎだし、騒動を聞きつけた宿の人も何事かと慌てて様子を見に来る。
ふぅ、やれやれだぜ。
「ほーい、そこまで」
俺はスイッと吉崎くんの後ろから近付いて剣を持つ手首をギュッと握りしめた。
紫電の槍や大地のバンテージでパワー、スピード、反射神経などのステータスが地味に強化されてるので刃物を持った少年を取り押さえるくらい、すごく自然な感覚でこなせる。
それにしても、クソ。男の手なんか握り締めたくないよ気持ち悪い。
「離せよ君島っ! コイツに上下関係ってものを体に教え込んでやるっ……!!」
「何が上下関係だ。お前、いつまで自分が上だと思ってんだ? スライム一匹に泣きわめいてた雑魚のクセに」
「なんだぁっ!? スライムくらい倒せるわっ!! このウンコが!」
俺に手首を抑えられ剣をピクリとも動かせなくなっても吉崎くんはツバを飛ばしながら的場くんと舌戦を繰り広げる。
いや、舌戦……て言うほど大したことも言ってないけど。
ウンコとか小学生じゃないんだから。
「ほら、的場くんもあんまり煽んないで」
「いや、でもよ君島。いい加減、吉崎の態度も限界だぜ。なんつーか現実っていうか自分の立ち位置ってのを分からせないと」
「それ賛成。ってかこの際ハッキリ言っとくけど吉崎、女子にセクハラとかするし。ウチ、ずっとソイツにアタマ来てんだけど」
「なに、セクハラ……?」
サーヤさんの告発にみんなが吉崎くんの方を見る。
関係ない宿屋の従業員まで彼を見てたのがなんか面白かった。
「違う違う! 俺はただ『元気か?』って挨拶して……そうスキンシップってヤツ! それくらいで何マジになってんだよ、お前ら全員陰キャか?」
自分の気にくわないヤツをなんでもかんでも陰キャ呼ばわりするんじゃありませんよ。
陰キャの道は険しいんだぜ?
「あー、しかし吉崎くんよ。なんだかこの雰囲気は……とりあえず謝っといた方がいいんじゃないかな」
みんながだんだんと怒りの感情をあらわにしていくので、そうなると逆に冷めてしまうのが俺の変なとこだ。
天の邪鬼ってヤツなのかもな。
とにかくなんとなく仲裁役にまわることにした俺は吉崎くんに謝罪をうながす。
「なんでだよ、俺は謝らねーぞ! 言っとくけどなぁ、俺が触るのは男と縁の無さそうな地味なヤツばっかなんだよ! 触ってもらってむしろ喜んでるハズだから、な!」
そう言うと吉崎くんは俺の側にいた詩緒梨さんの太ももをペチーンっと叩く。
「キャッ!?」
彼女の悲鳴を聞いた瞬間、俺はファイアバゼラードを吉崎の尻に20センチくらい突き刺した。
「ウッギャアアアアアアアアアアッ!!??」
俺は吉崎の尻肉に深々と刺さった短剣をぐちゅっと引き抜いて素早くポーションを傷口にぶっかける。
するとたちどころに傷は塞がった。
めでたしめでたし。
「あ、ごめんごめん。みんな、今のナシにしてくれるかな」
「あ、あ、ああ。今のはナシだ」
「う、うんうん。今のはナシ。絶対にナシだよね。というかウチは何も見てないし」
俺の提案にみんな快く同意してくれた。
っていうか俺ヤベェな。
日本だったら普通に刑務所行きの事案だぜ。
ミッシー、ちょっぴり反省。
「詩緒梨さん、大丈夫?」
「うん……あの、な、なんかごめんね」
「俺の方こそごめん。ひいたよね?」
「まぁ正直驚いたけど……でも私も今のはナシにしとくよ」
「やったぜ!」
そういうわけで俺が吉崎くんの尻を刺した事件はナシになった!
ありがとう!
……とはいえ、こんな危険人物がまとめ役ってのも良くないよな。
尻を抑えながら泣きじゃくって部屋に連れていかれる吉崎の背中を見送りながら、内心では『早いうちに区切りをつけて、やっぱりみんなと別れて生きていこう』と決めたのだった。




