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42話 ジュースで乾杯


 2000体もの魔物たちを追っ払ってから一夜明け、後処理とか色々やってるうちにさらに1日経って2日目の夜を迎えた。


 街の周りには指揮を失った大量の魔物たちが潜伏していたようだけど、周囲の街から応援にやってきた冒険者や騎士たちの手で根こそぎ狩り尽くされて、ガーヤックの非常事態警報はついに解除されたのだった。



「めでたいめでたいワッハッハ!! さぁさ、飲め飲め!!」



 そこら中で祝い酒が振る舞われて、屋台からは串焼き肉やトウモロコシを炙るいい匂いがたちこめ、宿の部屋の中まで漂ってくる。

 

 よそへ避難していた街の人たちも戻ってきて今夜は街をあげてのお祭り騒ぎってワケだ。



 そんな賑やかな人々の様子を俺たちは宿の窓から眺めていた。


「あの……みなさん、私に構わずお祭りに参加してきてください。なんだか申し訳ないですし……」



 ベッドから起き上がる体力はまだ戻らず、シュペットちゃんは首だけ少し起こしてか細い声で呟いた。



「なに言ってるし! こんな弱ったシュペっちを放っておけないし!」


 ベッドの側でつきっきりで看護し続けてるサーヤさんがいい感じの事を言った。



 トロールにケガを負わされて意識を失っていたシュペットちゃんは先ほど目を覚ましたばかりだ。


 嬉しいのと、まだちょっと心配なのとで詩緒梨さんもアトラスも小松くんも一緒に彼女を見守っている。



「……でも、まぁそうだね。こんなに人がいるとシュペットちゃんも落ち着かないだろうし、祭りに行くかどうかはともかくとして、いったん解散しようか。あ、誰か一人くらいは残った方がいいとは思うけど」


 俺もスケルトンにやられた時、みんなで看護してもらったけど、アレはアレで気疲れするんだよな。



「じゃウチが残る! だってウチ、全然役立たずだし……」


 サーヤさんがシュンとした表情だ。


 魔物襲撃以降、ずっと元気が無い。


 トロールたちとの戦闘で、SSR武器を持ってるにも関わらず、怯えるだけでむしろアトラスたちの足を引っ張ってしまった事を恥じているようだった。



「気にしないでくださいサーヤさん。ボクたちだって全然未熟ですし!」


「そうだよサーヤちゃん。役立たずとか言っちゃダメ」


「で、でも……」



 シュペットちゃんに弱々しく手を握られてサーヤさん、ぽろぽろ泣き出した。



「サーヤさん、ほとんど寝ないでお姉ちゃんのこと診ててくれたんですよね。しばらくボクがついてますので貴女(あなた)はどうか休んでください」


 アトラスもサーヤさんの肩に手を置き、優しくさすってあげる。



「磯崎さん。力不足を歯がゆく思う気持ちはよく分かるが、ここは休もう。これでキミまで体調を崩したらシュペットさんたちも責任を感じてしまう」


「……うん、分かった……」



 小松くんの言葉で納得したのかシュペットちゃんの手をもう一度、ギュッと握ってからサーヤさんは立ち上がった。


 彼女たちはニコリと微笑みあう。


 なんとなく、みんな部屋を出ようって空気になった。



「それじゃアトラス。あとでまた様子を見に来るけど、なんかあったらいつでも声をかけていいからな?」


「はい! ありがとうございます!」


「シュペットちゃん、ゆっくり休んでね。なにか欲しいものあったら遠慮なく言ってね?」


「うん! ナギちゃんもソラさんも、ありがとう」



 俺たちは二人を部屋に残してドアをゆっくりと閉めた。



☆☆



「あのコ、意識が回復して良かったな。ホッとしたよ」


 廊下を歩きながら小松くんがしみじみ言った。


 それ、激しく同意。


 俺たち全員ウンウンうなづいた。



「でも俺の経験上、あと3日くらいは部屋で療養かなぁ。なんかヒマつぶしに本でも買って贈ろうか。俺も療養中、ホントやる事なくてツラかったし」


「本かぁ! ミッシーそれいいじゃん! ウチ、明日買ってこよ! 恋愛小説とかコッチの世界にもあるのかなぁ」


 サーヤさんがパッと明るい表情になった。


 女の人ってモノ贈るの好きだよな。


 バレンタインに本命、義理チョコじゃ飽きたらず友チョコ贈ったり、オバちゃんはやたらとアメを配りたがるし。



「恋愛小説、か。あったとしても磯崎さん、異世界文字が読めないんじゃないか?」


「ん? 読むのはウチじゃなくてシュペっちだし良くない?」


「自分で内容が面白いかどうかも分からない本を贈るのはいかがなものかと思うが……」



 小松くんが眉を潜める。



「ふーん? そっか、それ一理あるかなぁ~。んじゃ、明日つきあってよ小松。字、読めるっしょ?」


「む……僕には恋愛小説の良し悪しは分からないぞ」


「にゃはは! そこは期待してないっての。小松が内容教えてくれたらウチが判断するからさ。おなしゃす!」


「ふむ、そういう事なら……いいか。分かった、付き合うよ」


「あざーす!」



 馴れ馴れしいサーヤさんと面倒見のいい小松くん。


 俺たちと合流する前は、二人きりで旅してただけあってなんだかんだ息あってるよな。



「ふぁぁ……なんかやる事決まったら落ち着いたってか……眠くなってきちった」


「サヤちゃん、ホント、ほとんど寝てなかったもんね」


「ん~、ウチお風呂入って、もう寝よかな……」


 サーヤさんは頭をふらふらさせながら詩緒梨さんにもたれかかった。



 そういえば詩緒梨さんの呼び方が「磯崎さん」から「サヤちゃん」に変わってる。


 あれだけリア充を苦手そうにしてた詩緒梨さんがギャルなサーヤさんとすっかり打ち解けたのを見ると、なんだか嬉しくなるな。


 我が子の成長を喜ぶ親の気持ち的な?


 子というか奥さんだけど。




 お祭りに参加しないで大丈夫? と尋ねたが「どうせ大人たちがお酒飲みまくってるだけだしぃ」と言ってサーヤさんは自分の部屋に戻っていった。


 さてと。


 残るは詩緒梨さんと小松くんだ。


 小松くんさえいなくなれば詩緒梨さんと二人きりになれるがどうする?



「ふ、二人してそんな邪魔そうな目で見ないでくれるかい」


 自覚はあったらしい。


 小松くんが困ったような顔をした。


「そ、そんな事これっぽっちも思ってないよ?」と一応、言っておいた。




「いや、僕ももう部屋に戻るがその前に……。吉崎たちの事はどうするつもりだ?」


「だよなぁ。まぁ、どうする、って言われてもどうしようもないけど」



 そうなのだ。


 彼らはまだこの街にいた。



 戦いが終わったらとっととエルファストに帰って欲しかったが、とりあえず吉崎くんの体調が戻るまでガーヤックに留まるらしい。



 俺たちと同じ宿は冗談じゃないので「一刻も早く吉崎くんを宿で休ませよう!」とか言って、街門から一番近いテキトーな宿に放り込んでおいた。



 まだ詩緒梨さん、小松くん、サーヤさんが街にいる事は伝えていない。


 特に小松くんは金貨30000枚を持ち逃げしているので、ここにいると知ったら面倒なことになるかも……と思っての事だ。



 まぁ持ち逃げといっても元々、彼自身の強運で引き当てた金なのだから責められる筋合いは無いはずだが。



「小松くんはしばらく身を隠して、シュペットちゃんが動けるようになったらみんなでコッソリ別の街に行くとか?」


「ふーむ……」



 詩緒梨さんが提案する。


 小松くんの身を案じて……というより今後、吉崎くんと行動するのを避けたいんだろうな、彼女自身も。


 誰とでも仲良くなりそうなサーヤさんですら「うぇ、吉崎(アイツ)来てるの? まじサイアク」とか言ってたしなぁ。



 俺が個人的に苦手としているだけかと思ったら、アイツ、結構色んなところで反感を買っていたらしい。


 偉そうとかアホだとか女子を見る目がエロいとか。


 そういえばいつもつるんでた檜山くんたちですら不平不満を言ってたもんな。



 ここまで来ると気の毒な感もあるが、かといって俺にはどうすることも出来ない。


 目が覚めたら良き者に生まれ変わってるとよいのだが。


 


☆☆



 吉崎くんたちの事は保留にして俺と詩緒梨さんは夜の街をぶらつく事にした。


 魔物の襲撃から二人きりで過ごす時間が無かったので、久々にまったりできる時間だ。



「ふふ、明希人(あきと)くん~」


「なんですか詩緒梨さん」


「なんでもな~い」



 と、笑顔で肩をトンと寄せてきた。


 最近、詩緒梨さんが積極的でめちゃくちゃかわいい。


 いや、出会った時から既にかわいかったですけどね。



 俺は調子に乗って人前だけど彼女と手を繋いでみた。


 詩緒梨さんはちょっとビクッと驚いたみたいだけど、すぐにギュッと向こうから手を握り返してきた。


 周りにもそうやってイチャつく男女のカップルがたくさんいる。


 中にはブチューッと接吻をかますペアもいたりするので、お手々を繋いで歩くくらいカワイイものさ。



「おーっ、ソラのアニキじゃないッスか!!」


 んむ?


 通りを歩いてると、屋台で楽しそうに騒いでる者たちの一人が声をかけてきた。


 おととい一緒に戦った初級冒険者の一人だ。見覚えがある。



「あはは、どうもです。楽しそうに飲んでますね」


 アニキ、と呼ばれたがどう見ても向こうの方が年上なのでここは敬語でいこう。



「こんなに酒がウマイのもアニキのおかげッスよ!! どうスか、一杯!!」


「んぇ? いやー、未成年なのでお酒はちょっと」


「えー!? いいじゃないスかー。カタい事言わずにー。オレっち、アニキにあぶないトコ助けられたお礼におごりたいんスよー」


「はは、子供に無理に酒をすすめるのはよくない。だからどうだろう、コッチの葡萄ジュースをご馳走しては」


「あっ、商人の人」



 同じ宿に泊まっている例の商人さんがフッと現れた。


「おー、いいね。パッと見、ワインみたいだし! そんじゃアニキと……彼女さんの分も!!」


「あっ、ありがとうございまーす」



 彼女と言われてテレテレ照れながらも嬉しそうに詩緒梨さんもジュースを受けとる。



「それじゃ、カンパーイ!」


 カチンとコップをぶつけて、それぞれお酒とジュースを飲み交わす。


 香り高く、甘く濃厚な果汁がノドを潤していく。


 こりゃ美味しい葡萄ジュースだ。



 というか、こういう乾杯で飲むジュースってウマさ120%増しだな!



「へへ、これでオレたち、義兄弟ッスね! なんか困ったことがあったらいつでも呼んでくださいやアニキ!」


 義兄弟!?


 なんかヤクザの、(さかずき)を交わすってヤツみたいだな。


 いやいやヤクザはイメージが悪いので三国志の桃園の誓いって事にしておこう。



「あーっ、抜け駆けずりーぞ!! ソラさん、ぜひオイラとも契り交わしてくれ!!」


「俺も俺も!!」


 一緒に飲んでた冒険者たちも次々と俺のカラになったコップに葡萄ジュースを注いでカチン、カチンと乾杯を続ける。


 俺ごときと兄弟になってどーすんのよ、と思いつつジュースは美味しかったのでゴクゴクと飲み干した。




「ハッハッハ、おかげさまで儲かったよ」


 冒険者たちと別れて、今度は商人さんと話す。


 別に俺のおかげでは無いと思うが、この人はこの人で今夜の祭りを見越して大量のお酒と祝い事用のチキンを近隣の街から取り寄せてかなりの利益を上げたようだ。



 戦いに乗じて儲けるとか言ってたから、武器を売り歩く死の商人チックな事をイメージしてたけど、人々を楽しませるもので商売するってのは良いもんだよな。



「ところでその葡萄ジュース、気に入ったみたいだね」


「はい、のど越しさわやかでどれだけでも飲めそうですよね」


「ふむ……だったらコレ、『街を救った勇者ソラが好んで愛飲したソラ印の葡萄ジュース』と売り出すのもいいな。子供はそういうの、飲みたがるんだ」

 

「ええ!? ちょ、ソラ印だとかやめてくださいよ!! こっぱずかしいですから!!」


「え~、いいじゃない? それ、採用で!! 私もソラくん印のジュース出たら超買いた~い」



 詩緒梨さんも悪ノリで便乗してきた。


「よし、決まりだ! フフフッ、薬草の街ガーヤックに新たな名物が出来そうだ!」



 俺だったら俺印のジュースなんて不吉なもの絶対に飲みたくないけどなぁ。


 効能:陰キャになる。



 苦情が来ても責任は一切とらないぞ俺は。




 祭りの様子を見物するために夜の街に繰り出したのに、どちらかというと俺の様子をみんなに見物されてるような気がする。


「そ、そろそろ帰ろうか……」


 正直ホメられて悪い気はしないけど、会う人会う人に「あなたが街を救った勇者ソラさんですか!」と持ち上げられるとプレッシャーで俺の精神がヤバい。


 これだけ期待されると、おちおち立ちションも出来ないぜ。


 いや、持ち上げられなくてもしないけどさ。


 というかジュースを飲みすぎてオシッコしたい。



 詩緒梨さんはもうちょっと俺がチヤホヤされるサマを観察して楽しみたかったみたいだが、俺の強い要望により宿へと帰還したのであった。



 バタン、と部屋の扉を閉めて、ベッドに腰かけてホッと一息。



「はぁ……ようやく落ち着ける」



「ふふっ。明希人くん、すっかり英雄になっちゃったね」


「よしてくださいよ……。本当に実力あるなら調子に乗るけどアトラスが大ゲサに騒いだ結果ですし。なんか詐欺師になった気分」


「じゃあ詐欺師にならないように、ウソをホントにしなきゃね」


「それって……ホントに英雄になれってこと? なんだかすごく疲れそう」


「フフッ、疲れるくらいで英雄になれるならなろうよぉ~」



 俺のテキトーな物言いが面白かったのか彼女はププッと笑ってくれた。


 かわいい。


 俺ホント、英雄になるより彼女が微笑んでくれる方がよっぽど幸せな日々を過ごせるんだけどな。



「あ……でも英雄になって明希人くんが色んな女の子にモテたらどうしよう……」


「ないない。というか、俺は詩緒梨さん一筋だよ。なにがあっても」


「本当? クレオパトラや小野小町に告白されても?」


「もちろんさ」


 正直、クレオパトラと付き合いたい男子高校生なんかいないと思うぜ。


 怖そうだし。


 小野小町は……よくわからんが。




「うーん、でも明希人くんってわりとエッチだし信用できないです」


「ひどい言われようだ!」


「だから色仕掛けで心を繋ぎ止めたいと思います」


「な、えっ!?」


「えーっと、あの、なんか好きなことしていいよ。私に」










うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?

 




 久々に俺の理性が大気圏外まで吹き飛びかけたが、彼女が『好きなことしていい』というのは俺があまり無茶苦茶しないと信頼しての発言なので決して調子に乗ってはならない。



「じゃあ……膝枕してください。お願いです」


「え、そんなのでいいの?」


 と、言いつつちょっと安心した顔をする詩緒梨さん。


 

「それじゃ……どうぞ」


 彼女はベッドに座る俺の隣に腰かけて、ぽんぽんと自分の太ももをたたく。


「し、失礼します」


 そういえば彼女の胸はたまに触らせていただいているが脚って、あんまり触らないよな……なんて思いながら詩緒梨さんの細い太ももに頭をのっける。


 はぁ……柔らかくてあったかい……。



 そして下から見上げる詩緒梨さんの顔って初めて見るなぁと思ってニヤニヤした。



「えっと、どうですかね?」


「最高。俺、ここで余生を過ごしたい」


「私の膝の上で一生暮らすの!?」


 などと声を張り上げながらも彼女は猫でもなでるように俺の頭をふわふわ触ってくれた。



 あ~、幸せ。癒される。テンション上がってきた。



 俺なんて特に大した事ないヤツが、どうしてそこそこ認められる男になれたんだろう。


 勇者として召喚されたのは確かだけど、それは吉崎くんたちだって同じなのに……などと思っていたが。



 これはアレだな。



 詩緒梨さんと出会えたからだなって今、気づいた。


 俺一人なら逃げ出す場面もあったろうけど、彼女がいたから。


 文川詩緒梨さんの前でいい格好したくて、それで頑張ってこれたんだろうなぁ。



「……ありがとう、詩緒梨さん」


「ん? どういたしまして」



 何に対するお礼なのか伝わったのか分からないが、俺は彼女の太ももに顔をうずめてスゥーッと鼻で息を吸って「ちょ、ヘンなとこのニオイ嗅いじゃダメ!」とひっぱたかれつつ、平和を取り戻したガーヤックの夜は更けていくのであった。



いつもブクマ、評価ありがとうございますっ!!

もうちょいでブクマ100の大台です。

100になったからって何かあるワケじゃないですけどね。

でも達成したらファミチキと葡萄ジュースでささやかな祝杯を上げよっと。

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