4話 不肖の息子
森をかける少女、文川さんのあとを追う。
クラスの女子と二人きりで星明かりに照らされる夜の森を仲良く走るだなんて青春だなぁ。
死が迫ってなければ最高だったんですが。
ちなみにBGMは狼のバケモノの咆哮ですよロマンチックだね!
「それで文川さん。どういう作戦?」
ウォンウォォーン……とヤツらの怖い遠吠えが響き渡る中。
走りつつ手短に問う。
「はぁはぁ……ごめんね。それはまだ言えないよ」
文川さんはまっすぐ前を見据えながら答えるのを拒否した。
その表情に陰りや後ろめたさは一切感じない。
何か彼女なりの堂々とした理由があるようだが。
言えない?
何故だろう。
今の時点で秘密にする意味、メリットを考えてみる。
もしかしてとんでもないヤバい作戦で、今教えたら俺がビビって彼女を止めるとかって危惧してるのだろうか?
今のうちに作戦の概要を聞いておけば、何かしらの穴や見落としがあった場合、俺が修正や代替案を出して若干でも成功率を上げることが出来るかも知れないのだが……。
「はぁはぁ……教えられない理由はね……」
俺の胸のうちを察したのか、彼女は呟く。
「こういう作戦って早い段階でバラすと負けフラグが立つのがお約束じゃない? 漫画とかアニメ的に」
「ああ! 確かに……。料理対決漫画で『明日の勝負はこの料理でバッチリだぜ!!』とかって読者にバラしちゃうと必ず対戦相手はそれを上回る料理を出してきて主人公が負けるよな」
「そうそう。そういうヤツ!」
文川さんは走りながらコチラを振り向き、分かってるじゃない! って感じでいい笑顔を見せてくれた。
ダメだこの女、早くなんとかしないと。
次の瞬間、俺は振り向いてる文川さんにいきなり抱きついて彼女の肩と腕を掴んだ。
そして大木の幹に彼女の体をどしっ、と痛みを感じさせない程度に強引に押し付ける。
「ご、ごめん! 君島くん……怒ったの? あ、謝るから犯さないで……!」
「シッ。そうじゃなくて、アレ……」
どさくさに紛れてなんてことを言うのか。
俺は小声で喋りながら、向こうの方をアゴで指す。
木々や葉っぱの茂みの向こう側、20メートルほど先に巨大なウェアウルフが、がさり、がさり、と草を踏みつけ辺りの様子を伺っている姿が覗き見えた。
文川さんもその姿をそっと確認してギュッと身を強ばらせる。
幸いこの場所は木の枝葉が垂れたり、街路樹のツツジみたいな背の低い植物が生い茂っていてウェアウルフからは俺たちの姿は見つけにくいハズだ、と思われる。
頼むからそうであってくれ。
「グォルルルルル……」
見えてはいないがニオイは感じるのか。
三メートル近くあるウェアウルフは鼻をスンスンひくつかせながら、恐ろしい形相であちこち嗅ぎまわり、ゆっくりと近付いてくる。
まずいまずいまずい、もはや冗談を思い付く余裕もない。本当にまずい。
あの様子でこの辺りをくまなく調べられたら見つかるのも時間の問題だぞ。
「ハッハッ……」
魔狼の口から漏れる腐敗臭を含んだ吐息、ダラリと垂れた長い舌からネットリとした唾液が滴り、牙にこびりついた何かの肉片、体毛から漂う死臭、全てを憎悪するような死をもたらす獣の眼。
見ていると足がすくむ。腕が震える。心臓がバクバクと激しく鳴って痛みすら感じる。
その時、文川さんが俺に身体をぐぐっと押し当ててきた。
彼女も怖いのだろう。
制服ごしに同い年の女子の柔らかな感触を感じてヤベェ時だってのにオラ、ワクワクしてきたぞ。
よし。
この際、俺が死ぬことも前提にいれて彼女がこの場から逃れられる一番可能性が高い方法を考えてみるか。
俺はある種の決意をして、爪が食い込んで血が出るくらい(のつもりで)グッと震える拳を握り締める。
「君島くん」
俺がとてもカッコいい事を考えていると文川さんが耳元で囁いてきた。
「なに?」
彼女の吐息が耳にかかり、俺の全身に不思議と力がみなぎってくる。
「あの……大変申し上げにくいんだけど、何やらカタいモノが私の背中に当たっているんですが」
なにっ!?
お前は今はみなぎるんじゃない!!
俺は慌てて我が不肖の息子を見下ろした。
「あ、短剣の鞘が当たってたんだね。私、びっくりしちゃったよ」
おぃいいいぃぃいい!?
「文川さん、こんなときに余裕かよ!?」
「ごめんごめん。ちょっと緊張をほぐしたかったんだけど……」
彼女は困ったように微笑んだ。
ん?
俺に背中を向けているので気付かなかったが、文川さんはいつのまにか小瓶を手に持っている。
ただ、指がガタガタと震えていて小瓶を封しているコルクの栓がうまく抜けないようだ。
かりっ、かりっと栓をつまむ指が滑る。
その指の震えから彼女の不安や恐怖が伝わり、その様子を見た俺の震えは逆にピタリと止まった。
というか、止めた。
震えてる場合じゃないな、コレは。
「よく分かんないけど、その栓を抜けばいいのかな?」
尋ねると彼女はコクリとうなづいた。
魔封波でも使うのだろうか。
一瞬、遠慮しつつも彼女の小瓶を掴んでいる左手ごと包み込むように握って、瓶を固定する。
文川さんの左手を握ると一瞬、彼女はビクリとした。
俺はどさくさに紛れて女子の身体を触る事に喜びを感じる変質者だと思われないうちに迅速に、栓をポンッと抜いてすぐに手を離した。
「ありがと。私になるべくくっついててね」
そう言うと彼女は封が開けられた瓶の中身を俺たち二人の頭からふりかけた。
パチャパチャッ……と冷たいものが体にかかる。
中身はどうやら液体のようだが……。
「!?」
液体からはツンッとスパイシーな刺激臭がした。
なんだコレ……!?
クサいってワケじゃないが土っぽい……どこかで嗅いだことがあるようなニオイなのだが……なんだっけ。
俺がそのニオイに戸惑っているうちにウェアウルフの方にも変化があった。
「フッ……フッ……グルルル……!!」
地面に鼻先をこすりつけるような前傾姿勢で近寄ってくる悪魔の獣。
わずか三メートルほどの距離まで迫ってきていたのに、コチラの方のニオイを嗅いだ瞬間、ビクンッと顔をしかめて牙を剥き出しにする。
「ウォフッ!?」
と、次の瞬間、プイッと別の方向に向き直ってガサガサと盛大に草木を揺らしながらすごいスピードでヤツは走り去っていった。
ウェアウルフの後ろ姿が小さくなり、完全に見えなくなっても俺たちはしばらく、じっと動けずにいた。
1分ほど経ってようやく俺が口を開く。
「……助かった、のか?」
「……たぶん。はぁー、うまくいって良かったぁ……」
文川さんがヘナヘナとその場で座り込んだ。
と、思ったら「すぅーっ、はぁーっ」と深呼吸してすぐに立ち上がる。
「ふぅ。休みたいけど急がなきゃ、だよね。アイツらを追い払えるくらいの匂いの効果はほんの一瞬だけで、すぐに薄れていくって話だから」
「話って……文川さん、今のは……?」
のんびり立ち話してる余裕もないので早足で先に進みながら尋ねる。
「この世界のラベンダーっぽい花から搾り集めたエキスだよ。獣系のモンスターはこのニオイが大っ嫌いみたい。買い出しに行った薬草屋さんに聞いて、ヘレナ平原でその花を見つけたから採取しといたんだ」
ヘレナ平原とはみんなでよくスライムを倒しにいってた、あの場所か。
「へぇ、いつのまに……。やるなぁ!」
「ふふ~ん。街での情報収集はロープレの基本なのだよ明智くん」
と、少し得意気な顔を彼女はした。
そっか。
俺もモンスターの習性とか周辺地域の情報とか色々メモしてまわったモンだけど、クラスの連中は観光気分で異世界の街をうろつくだけで全然、聞き込みとかしてなかったんだよな。
異世界で生き抜くために正しい事をしているつもりなのに、みんなからは『情報収集だなんてオタクっぽい』とか『陰キャが好みそうなカッコつけの行動』とかバカにされて。
多数決によって、俺がおかしいのか? と不安になったりもしたけれど。
だけど文川さんとは価値観を共有できそうだ。
異世界に召喚されて1ヶ月経ち、ようやく『仲間』と出逢えた気がする。
よし。
今はたまたま一緒に行動する事になっただけだが、この騒ぎが終わったら結婚を申し込もう。
じゃなくて、正式に手を組もう。
お互いの情報を交換したり、街での聞き込みも彼女と手分けすれば今後は色々と捗りそうだぞ。
文川さんと出逢えた事で俺は異世界に召喚されて以来、初めて明日が来るのを待ち遠しく感じた。
となれば今日のこの、クソッタレな夜をなんとしてでも切り抜けないとな!
☆☆
「はぁはぁ……着いた」
その後はウェアウルフの気配は感じつつも直接出くわすこともなく、ようやく燃え盛る野営地まで辿り着き、文川さんは足を止めて呟く。
どうやら、ここが彼女の目的地らしい。
しかし、眼前には俺が燃やしあげた炎の壁が行く手を遮る。
炎の勢いはここから逃走を始めた時よりも遥かに増し、野営地は半分以上、炎上していた。
俺たちが今いるこの場所も数分後には火に呑み込まれるだろう。
この状況で一体、どんな策を用意しているのだろうと不安と期待を込めて彼女を見つめていると。
「来たれ、湧水の杖!」
文川さんが叫ぶと右手が一瞬、キラキラッと蒼い光に包まれて
1本の小ぶりな棒切れが出現した。
それは彼女が引き当てた、水の魔力を秘めたガチャR武器。