38話 第二次防衛ライン
ガーヤックの街を囲うようにして高く頑丈な外壁がある。
その壁は山野をさまよう獣や魔物から街の人々を護ってくれる平和と安らぎの象徴でもあるのだが、俺たちはその加護の外側にいた。
昼間なら遠くまで見通せるからまだ心の準備ができるってモンだけど、夜中の野外はまさに一寸先は闇。
いつ茂みの奥からゴブリンたちの放つ毒矢が襲ってくるか分かったもんじゃない。
100メートルほど向こうには安心安全な街の外壁が見えるってのに、どうしてこんな不安極まりない場所で待機してるかっていうと、それはギルドの人に『ぜひともココで戦ってくれたまえ』とお願い(?)されたからだ。
ギルド幹部たちが立てた作戦の概要は、街門を中心に3重の防衛ラインを張ることだった。
まず第一次防衛ラインは少数精鋭の上級、中級冒険者が魔物の群れに突撃して大魔法やらなんやら使って暴れまわる。
一応、皆殺しのつもりで戦ってくれるらしいが、彼らの殺戮の網目を突破してきた魔物を第二次防衛ラインの俺たち初心者冒険者157名が受け持つ。
ただ俺たちは所詮、初心者なのでヤバそうな相手はスルーしてよいとのこと。
で、最後。しんがりは中級冒険者とギルド幹部たちが絶対に抜かれちゃいけない第三次防衛ラインとして門を死守するということらしい。
まぁ他にも地形を利用した策とか馬に乗った部隊が敵を撹乱するとか色々あるらしいが、とりあえず俺が言われた事は『ここで戦え、勝てそうなら倒せ、負けそうなら手を出すな』の三点だけ。
戦争ものの主人公ならここで戦局を左右するような大作戦を立てて一目置かれたり、敵の大将を討ち取ったりするんだろうが、俺はタダのその他大勢。
大河ドラマとかで槍を持ってワァーッ!! って突っ込んでいくヤツの一人である。
いやーでも、ああいう人らってドスッと刺されてバタッと簡単に死ぬけど、そんなんであっさり人生終わっていいんだろうか。
俺は嫌だ。
というワケでここにいる他の冒険者のように『魔物どもめ、死んでもここは通さないぞ!』って顔はしてるものの内心、ヤバくなったらさっさと戦線離脱して最悪、防衛ラインが全突破されそうなら文川さんを連れて地の果てまで逃げようというのが俺の腹積もりであった。
そりゃ街を守れるなら守りたいけど、命あっての物種ってヤツっすよ。
はー、ていうかぶっちゃけ今すぐ逃げたい。
俺、ほんの2、3ヵ月前までごく普通の……いや、ちょっと陰キャ入ってるけどただの高校生だったのになぁ。
星明かりが照らす、茂みに囲まれた待機ポイントで俺は思わずタメ息をついた。
「すいませんソラさん……。なんだかボクのワガママに付き合わせちゃったようで」
近くでストレッチをしていたアトラスが申し訳なさそうに声をかけてくる。
俺は思わず小さな勇者の顔をじっと見た。
……まぁ確かにアトラスがシュペットちゃんの敵討ちをする! って燃え出さなきゃ今ごろみんなで安全な場所に逃げ出してたろうなぁ。
そういう意味ではこんな危険地帯に駆り出されたのはアトラスのワガママのせいである。
でも、そんな考え方はよくない気がするぞ。
うーん、いや、そうだ。
悪いのはアトラスではなく襲撃をしかけてきた魔物たちだよな。
いや、しかし、魔物たちは問答無用で悪いのだろうか?
そもそもなぜ魔物たちはこの街に向かって襲いかかってくるのだろう。
人間だって森の動物を追い立て森林破壊をしているじゃないか。
それと同じで、魔物たちも暮らしを豊かにするために街を襲うというのなら俺たちに彼らを『悪』と呼ぶ資格はなく……。
「アトラス。人と魔物は何故、争うんだろうなぁ……」
「うーん、諸説ありますがボクの家では『争いあうことでお互いが進化するよう神様が対立させるようにお作りになった』説がイチオシでしたね」
「あ、そうなんですか……」
哲学チックな深い問いかけをしたつもりがあっさり返されてしまった。
進化ねぇ。神様がそんなお考えを……。本当だろうか?
そういやガチャの女神マリアリス様も一応、神様のハズだよな。
今度会ったときに覚えてたら確認してみよう。
「まぁいいか。ここまで来たらがんばろうな」
「はいっ!!」
俺とアトラスは映画とかで戦友同士がやるみたいにコツンとお互いの拳と拳を合わせて笑った。
ドォォオオンッ……!!
「っ……!!」
ウォオオオオオォォッ……!!
木々の向こうから突然、轟音、モンスターの不気味な叫び声、そしてカキンッ、キンッと金属音が響いてきた。
方角的に第一次防衛ラインで戦闘が始まった音が聞こえてきたようだ。
という事はもう100メートルほど向こうに2000体の魔物が到着してるって事か……!!
近くにいる冒険者たちに緊張が伝わっていくのが分かる。
2000体の魔物のうち上級冒険者が討ち漏らした余り……対するは150近い初心者冒険者たち。
戦力差はいかほどか。
なんか流れでこんな場所に居合わせちゃったけど、俺、今日、あっさりと死んじゃうんじゃなかろうなっ?
あー嫌だ帰りたい帰りたい帰りたい!!
ガサガサガサガサガサッ!!
「ギィィイイイイッィッ!!」
茂みをかき分け、闇の中からついにゴブリンが飛び出してきた。
1体現れたと思ったら2体、3体と次々に姿を現す。
最初は1体のゴブリンに冒険者数人がかりであたるという戦力差だったが魔物は次から次へと溢れだし、やがて魔物の数が冒険者連合を上回りだした。
ミルキーウェイでの戦いと違って目の前のゴブリン1体に集中しすぎると他のゴブリンに切り付けられそうになってあぶなっかしい。
俺は倒しきることにこだわらず、紫電の槍で腹でも脚でもサクッと刺しやすい部位に攻撃して倒せたら倒す、抵抗されたらその場をすぐに離れて他のゴブリン相手に仕切り直すという『浅く広く斬りまくる』戦法をとることにしてみた。
戦いながら感じた事だが初心者冒険者のみなさん、わりとゴブリンと互角だったりする。
特にピンピンしてる新鮮なゴブリン相手だとヤラれかけるまである。
なので俺がスタンプをバンバン押してくみたいに、ゴブリンをサクサク斬りつけ弱ったところを他の冒険者がトドメを刺していくという分担制にするのが効率がよろしいような気がしてきた。
うーん、冒険歴2ヶ月程度の俺なんてまだまだだと思ってたけど、初心者というくくりの中ではなかなかのようだ。
ファイアバゼラードを始めとするガチャ武器でちゃんとステータス上がってるんだなぁ。
比較対象がアトラスしかいなかったから俺なんて大したことないと思ってたが、そもそもアトラスがすごい人なんじゃなかろうか。
「破ァアアアアァッ!!」
そのアトラスはもう、燃え盛る拳でゴブリンを吹っ飛ばしまくっていた。
ゴブリンより大柄で恐ろしい犬みたいな顔の獣人コボルトもいたが一緒に殴られて「キャウンッ!!」って鳴いてた。
何体かのゴブリンが俺たちのラインを潜り抜け、街の方へ向かっていったがあれくらいなら最後の防衛ラインで問題なく処理できるだろう。
「ハァハァ……こ、これならいけそうだぜ……!!」
誰かがそんなヤバいセリフを口走った瞬間……。
ドスンッ……バキバキッ……!!
ほらな?
木々をなぎ倒し、体長4~5メートルはあろうかというトロールが地響きとともに姿を現した。
って、でっけぇええええええ!?
「うわぁああああっ!?」
俺もびっくりしたが、みんなもびっくり!!
魔物たちから街を守る『壁』となっていた冒険者たちの陣形が一気に乱れた。
そんな、背中を向けて逃げ出す彼らに電信柱を4本くらい束ねたようなデカさの棍棒を振り下ろす。
「てやぁああああっ!!」
そこへ、ゴブリンを踏み台にして飛び上がったアトラスがトロールの顔面を蹴り飛ばした。
棍棒の向きは反れて、ゴブリンたちに命中。
5体くらい水風船みたいにパァアンッと真っ赤になって破裂した。
あれは喰らったらヤバそうなヤツだぜ!!
なのにアトラスときたらトロール相手に接近戦でガンガン攻撃をしかけていく。
スピードに勝るアトラスが連続攻撃をヒットさせていくが、体格差がありすぎる。
トロールはちょっと痛そうな顔はするものの、あんまり大ダメージを与えてるようには見えない。
そもそも飛び上がって頭や腹を蹴るって一見、カッコいいけどたぶん空中で力が分散してしっかり重みのある攻撃が出来ていないような気がする。
「ダークロッドよ! えーと、とうっ!!」
かけ声が必要かどうかは知らないが、俺はこの前、ガチャで当てた闇属性の杖を具現化して『相手をちょっとだけ暗闇状態にする』アビリティを使ってみる。
「グォッ!?」
アトラスを破裂させようと棍棒を振り回していたトロールがビクッと動きを止めた。
数日前、小松くんで試したところによると(合意の上ですよ)2秒ほど真っ暗になってまったく何も見えなくなるらしい。
で、2秒後に視力が回復しても状況の把握にさらに2秒くらいはまともに行動できないそうだ。
というワケで合計4秒ほどのスキを利用して、俺はトロールの足元に向かって全速力ダッシュしてアキレス腱にファイアバゼラードを突き刺しレベル60に達した2凸限界突破状態の炎を一気に大解放した。
「ゴギャオオオアッ!?」
トロールの右脚アキレス腱が焼き栗みたいにパァアンッと弾け飛ぶ。
トロールが陸に打ち上げられた魚みたいに暴れまわることは充分、予想できたので俺は一目散に逃走。
案の定、足元あたりの地面を棍棒でゴンゴン突きまくるが、すぐに右足がガクンッと崩れ、トロールの巨体は地面にズゥンッッと地鳴りをあげてぶっ倒れたのだった。
ブクマありがとうございますっ!!
あと4ポイントで300ptだー。
雪でひどいことにならなければガンガン更新していきたいとこですがどうなることやらです。




