36話 始まり
「ティリス草、マグドル草、沼ニンジン、セージにセボリー……全部合わせて銀貨3枚ってとこだが構わないかい?」
「はい、それで大丈夫です。お願いします」
薬草店のおばあちゃん店員から銀貨を受け取って、文川さんはペコリと頭を下げた。
と、俺も頭下げとこう。
山でひきちぎってきた野草を売るのだって一応ビジネスだもんな。
愛想よくせねば。
「ありがとうございますっ」
若者らしく野球部的なノリで精一杯元気よくお礼を言うと、おばあちゃんもニコッと笑ってくれた。
薬草店から出るとすっかり日は傾き、街の中には疲れつつも仕事終わったぜぇええって解放感に満ち溢れた表情の人たちがチラホラと見られた。
「はぁー、私たちも帰ろっか。どこかで食べてく? 何か買って帰る?」
「うーん、まだあんまり儲かってないし自炊して節約したいけどよろしい?」
「いいよいいよ~。というかむしろ君島くんの手料理の方が私的にはテンション上がりますけどなにか?」
「よーし、その言葉で俺のテンションが有頂天に達した。こいつは腕にヨリをかけて作るしかないぜ!」
「わーい、良い循環だねっ!」
一日中、山の中を歩き回ってクタクタだったが文川さんの愛らしい笑顔を見ているとまだまだ頑張れる気がしてくるな。
彼女も俺の笑顔を見て少しは元気になってくれてるといいんだが。
いや……だがしかし男の笑顔を見て元気になるなどという現象がはたして人類に起こりうるのだろうか。
男の俺には想像しづらいな……。
ああ、でもアトラスみたいな美少年の笑顔なら少し興奮する可能性は否定できない。
というワケでガーヤックでの生活を始めて1週間が経った。
文川さんは薬草図鑑を購入してシュペットちゃんに薬草の名前と効能を訳してもらい、早速ガーヤック近辺の野山で薬草採取を始める事にした。
モンスターも出るエリアなので護衛として俺もご一緒。
最初はどこになんの薬草が生えてるか分からないし、どの薬草が高く売れるかも把握してないしですごく効率の悪い採集スタイルだったが、1週間も野山に出向いていると少しは要領を得てきた。
で、その結果が一日採集して銀貨3枚。
二人合わせて日給3000円。
もっとも途中で出くわす大きめの角ウサギや体長1メートルくらいあるカマキリや蜂などの昆虫を倒すと魔石が手に入るのでもうちょっと儲かるけど。
「それにしたって儲からないもんだな。薬草採集だけで食べていくってのは厳しいのかな」
食材店で美味しそうなお肉の塊に手に伸ばしたものの、家計の事を考えてそっと手を戻した。
「まぁ始めて1週間で生計が立てられるような仕事なら、みんなやってるよね。改善点はいくつか思い付いてるから、次からはもうちょっと利益が出るとは思うけど」
「改善点。例えば?」
教えてほしければコレを買いなー!! という勢いで文川さんが甘いサツマイモみたいな芋を買い物かごに突っ込んできた。
文川さん、これを焼きイモにして食べるの超好きだな。
でも焼きイモはここ数日続いてるから今日はコレをアレして……。
「毎日、街と山を往復すると時間をロスするから泊まりがけで高い薬草だけ採集し続けるとか」
「野宿ね。ま、宿代の節約にもなるか」
「あとは薬の調合。草のまま売るより魔石を合成してポーションを作って売る方が圧倒的にお得っぽい」
「調合、面白そうだけど俺たちでできるもんかな」
「その辺は練習あるのみだね~」
食材を買って宿へ戻り、宿の台所を借りて調理を開始。
今日はお米、ほうれん草っぽい野菜、サツマイモっぽい芋を煮込んでイモ雑炊を作った。
あと動物性のタンパク質も欲しいのでおいしく炙った魚の塩焼きもあるよ!
「わくわく。いただきまーす!」
料理を自分達の部屋に運んで二人でいただきますする。
「ん! おいしー!」
文川さんが幸せそうに頬ばるのを確認してから俺も一口ぱくり。
うむ、雑炊がサツマイモでほどよく甘くなって疲労がとれる、気がする。
で、甘ったるくなったところで焼き魚の脂と塩っ気がじゅわぁっと染みて甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱいで永久に旨し!
採ってきたばかりのもぎたてフレッシュの山菜もいい感じだ!
シャクシャク。
「……いや、山菜は山菜だな」
「草の味がしますねぇ」
俺も文川さんもまだ未熟なのか、さすがにただ茹でて塩ふっただけの山菜では喜べなかった。
シンナイで食べた山菜パスタは旨かったけどなぁ。
和風テイストのダシがあれば少しは合いそうなんだが、店で探しても売ってないんだよな。
ズッドオォオオォオォオオオオォォォンッ…………。
「えっ、なに? なになになに!?」
食事も終わり、お茶を飲んで一服していると、どこかかなり遠くの方で何かが爆発するような音が響いてきた。
すぐに二階にある部屋の窓から顔を出すが、街の人たちは逆方向を見てザワザワと騒いでいる。
しかも一瞬、足を止めて……という感じじゃなくて、ずーっとその方角を見て周囲の人と話し合っている。
どうもタダ事ではなさそうだ。
「なんだろう、こっちからじゃ見えないな」
俺と文川さんは部屋から出て、さっきとは反対方向にある廊下側の窓に向かう。
そこには俺と同じように部屋から出てきた宿泊客が数人、集まっていた。
「なんだ、ありゃ……誰か火属性上級魔法でも使ったのか……?」
髭の生えた客がそんな事を言っている。
火属性上級魔法だって?
それってかなりのベテラン冒険者が何かと本気で戦ってるって事だよな。
この辺りではトロールが一番強い魔物と聞いてるんだが……。
俺も客と客の隙間から窓を覗いてみると……なるほど。
山の方から明らかに異常で巨大な爆発雲がボワンッと噴き上がっている。
って、あの方向はアトラスたちが魔物討伐で向かってる方角じゃないか!?
「き、君島くんっ……」
文川さんも状況をすぐに察して俺の服の袖をギュッとつまむ。
えーっと、えーっと。
落ち着け、俺。
とりあえずこういう時は情報収集だろう。
俺はそこに集まってた宿泊客に話を聞いてみる。
「あの……あれってなんですかね? この街の近くじゃよくある事なんでしょうか」
「う~ん、自分も一昨日来たばかりでよく分からんなぁ」
「ああ。私はこの街には商売でよく来てるが、いやいや、あんな爆発魔法を使わなきゃいかん物騒な事態はなかなか無いぞ」
商人らしき客が眉をしかめて、窓の外を睨み付けている。
「俺、上級魔法って見たことないんですけど、それをトロールとかに使ったって可能性は無いんでしょうか?」
「いやぁそれだけ高レベルの使い手ならトロール相手にそんな判断はしないだろう。せいぜい中級魔法で十分だし、それにあの爆発じゃ下手したら山火事になるぞ……」
山火事……!!
そういや俺にもそんな時代があったなぁ。
聞いた話じゃ、俺が燃やしたウェアウルフ襲撃の森の火事はセイラムにいた水魔法の使い手が迅速に鎮火してくれたらしく、犠牲者は出なかったそうで内心すっげーホッとした思い出。
確かに手練れの冒険者なら、山火事のヤバさくらい分かってるだろうし迂闊な事はしないだろうが……しかし、それでもあんな魔法を使わなきゃいけない状況があったって事か?
そんな場所にアトラス、シュペットちゃん、サーヤさんが居合わせてるかも知れないと思うとかなり不安になってきた。
「文川さん、俺ちょっと冒険者ギルドで話を聞いてくるよ」
「わ、私も行く!!」
「いや、みんなスレ違いで帰ってくるかも知れないし、俺たちが居なかったら逆にみんなが心配するだろうし文川さんはここで残ってて」
「あぅ、分かった……。うぅ、でも心配だよぅ……」
う~ん、気持ちはすごい分かる。
「なあ、良かったらキミらの仲間が帰ってきたら私がなにか伝言を伝えようか?」
「え、いいんですか?」
先程の商人がありがたい事を申し出てくれた。
「その代わり冒険者ギルドで何か情報を得られたら教えてほしい。明日以降の商売に影響するかも知れないし」
「分かりました! それじゃお願いします!」
商人にアトラスたちの特徴を伝えて宿をあとにした。
考えてみれば伝言なら宿屋の主人に頼んでも良かったけど、まぁ顔見知りを増やしておいて損はない。
ギルドに近づくと建物付近は人混みでごった返していた。
みんな考える事は同じで情報収集に来たらしい。
こりゃ受付に辿り着くまで相当、時間がかかりそうだな……。
ガチャッ!
「お、なんだ?」
「2階だ、上見ろ! ギルド支部長だ!!」
ギルド正面2階の窓が開いて、服装も表情も出来る男! って感じの金髪の中年男性が姿を見せた。
周りの人がみんな支部長、支部長って言ってるからにはあの人がこの街の冒険者ギルドの支部長なんだろうな。
しかし、そんな人がわざわざ出てくるって、一体なにが起きたっていうんだ。
すっげー不安になってきた。
みんなザワザワどよめく中、支部長が片手を静かにあげる。
すると冒険者たちのざわめきが静まっていき、その場にいる全員が黙って支部長に注目した。
「……皆も見て聞いただろう、あの爆発を。遠見の魔法でギルドの魔術師が観測した。ここより北東の方角、イルペセムの丘周辺で魔物の大群勢を確認した。爆発は魔物たちと交戦した冒険者たちによるものと思われる」
『魔物!?』『どれくらいの数なんだ?』と再びざわめきが起こる。
「観測士の報告ではゴブリン、コボルト、トロールの構成。その数は2000」
「にせん!?」
俺だけじゃない、文川さんも、周りにいる冒険者も想像以上の数に声を張り上げてしまった。
「な、なんだその数は!? それ、下手したら街が壊滅するぞ!!」
「一体なんだってそんな……」
支部長からの報告で辺りはパニック状態。
みんなキョロキョロと落ち着きなく周囲の様子を伺い、悲鳴をあげてこの場から逃げ出す者も……。
「壊滅など、絶対にさせないッッ!!」
支部長が声を張り上げた。
そして腰に挿してあった剣を引き抜き、振りかざす。
すると剣からまばゆい光が溢れだし、日が沈み、薄暗くなったガーヤックの空を闇を切り裂くように明るく照らし出した。
「デュランダルだ……!! 星の数ほど妖魔を斬り滅ぼし、100を越えるドラゴンを殺したという伝説にして不滅の聖剣デュランダル!!」
うぉおおおぉっ!!! と歓声が上がった。
すっげぇ。不安がってた人々から動揺が一瞬で消えていくのを感じた。
文川さんも隣で「うぉーっ!!」とか叫んでた。
結構、ノセられやすいんですね。
「聞き覚えのないあまりの魔物の数に不安を覚えた事だろう。街が魔物たちに侵略され、財産を失い、命が蹂躙される恐怖に身を震わす者もいるだろう。だが、この街には現在200を越える冒険者がいる。王都や付近の街の冒険者ギルドからも続々と援軍が向かっている!! まずは防衛線を築くのだ!! 援軍が来るまでしのげば頭の悪い2000程度の烏合の衆など一瞬で殲滅してみせようぞ。だから、アレだ!! みんな、がんばろっ?」
「「「 最後、雑だなッ!? 」」」
途中までカッコよかった支部長のお粗末な檄に、集まったみんなの心が1つになったという。
冒険者たちはヤル気になったが、戦う術をもたない街の人たちはやはり混乱した。
観測士の見立てでは、何も手を打たなければ今日の夜中にも魔物たちは街に到着するであろうとのこと。
家に立て籠ろうという者もいれば、貴重品を持って街を脱出しようという相談の声が聞こえてくる。
「まいったな、ガーヤックがこんな事になるなんてさ」
今、ギルドの幹部や高ランク冒険者たちでどう迎え撃つか会議を開いている。
とにかく人手がいるようで、あとでギルドの鐘を鳴らしたら冒険者だよ全員集合! と呼びかけられたがどうしたものか。
ギルド内でアトラスたちに関する情報を得ようとしたがあまりにも混乱していて断念、とりあえず俺たち二人は宿に戻ることにした。
「君島くん、どうしようとか考えてる?」
早足で歩きながら文川さんが尋ねてきた。
「うーん。人として加勢したいけど、ぶっちゃけ危険度が高過ぎる」
「つまり?」
「できれば逃げたい。軽口とかじゃなく、わりと本気で」
「だね。ゲームなら当たって砕けろだけど、これは一度きりの人生だもんね」
「よし、じゃあ逃げよう。決まり。情けないけど、俺たちは漫画の主人公じゃないんだから」
「正直、悔しいけどね」
この街に来てたったの一週間だ。
この場所に大して愛着もない。
だから魔物たちにグチョゲロにされようが知ったことじゃないぜー、とはさすがに思えない。
思えないけど、どうしようもない。
漫画とか小説を見てるときは何グズグズしてんだよ、さっさと戦えよ、とヘタレな主人公に苛立ったりもしたが、実際、自分が命懸けでよく知らない街のために戦えったってそりゃ無理ってもんですぜ。
あとは早くみんなと合流できればいいんだが……。
小松くんは街の中で自分探しをしてるだけだから、もう戻ってきてるかもだが、あとの3人はどうしてるんだろう。
心配でモヤモヤしながら宿に戻ると、2階の窓から例の商人が顔を出していて、俺たちの姿を見つけると叫んできた。
「キミたちか!! お仲間たちが戻ってきてるぞ!!」
「おー、良かった!! ありがとうございます!!」
俺はすごい安心感で満面の笑みでお礼を叫ぶ。
「いや、それが良くないんだ!! 一人が……女の子が重傷だ!!」
「えっ……」
「……君島くんっ!!」
俺は一瞬、女の子ってシュペットちゃんなのかサーヤさんなのか、いやアトラスもぱっと見、女子だよねーとか
……そんなこと考えてる場合じゃねぇだろ!?
現実逃避でフザけた事を考えようとする自分を一喝して、文川さんのあとを追って宿の中へと駆け込んでいった。
いつもブクマありがとうございます!
誰かに怒られる前にこの作品はこれよりR15モードへ移行します!
14歳以下の少年少女たちは15歳になったらまたお会いしましょー。。。




