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35話 薬草の街のカニ玉


 モスレムから馬車に揺られて半日。


 俺たちは平和に穏やかに薬草都市ガーヤックに到着した。


 以前、温泉郷シンナイから馬車に乗った時は狭い馬車に見知らぬ乗客とスシ詰め状態で何日間もガタガタ揺られるという劣悪な状況だったが今回は小松くん……いや、富豪の小松様がポンとお金を出してくれて俺たち6人だけの貸し切りとなったのでわりと快適な馬車旅になった。


 あと異世界ってトランプもあるんだな。


 そういやファンタジーRPGのカジノでポーカーとか遊べたりするっけ。


 とにかくトランプが雑貨屋に売ってたから早速購入して馬車の中で不覚にもリア充のようにキャッキャッと盛り上がってしまった。


 

 そんなワケか今回は文川さんも馬車酔いすることなく、わりと元気に夕食を食べに行こうぜっ! という流れとなりました。よかったよかった。



 他人の体調なんてあっしには関わりあいのない事でござんすってスタイルだった俺だが文川さんに関してはいつも元気であってほしい。


 疲れがたまってツラそうな顔をしてると心配で心配でたまらなくなる。


 フッ……ちょっと暗黒騎士的なクールで一匹狼みたいな男をひそかに目指していた時期もあったこの俺も変わったものよ。



「君島くーん、夕飯この店にするんだってー。早くおいでよー」


「うん、いくいくー!!」



 牙を全部抜かれてお腹を向けてゴロゴロしながらシッポを振るトイプードルに成り下がった俺は嬉しそうに文川さんの元へとダッシュした。




 磯崎さんチョイスでガーヤックで最初の夕飯は薬草料理の店となった。


 なんとなく雰囲気がちょっと上等な中華料理屋みたいだ。


 ただ中華料理屋っておめでたい朱色を基調色にしてるイメージだが、この店の柱や家具、食器類は緑色が多く使われている。


 薬草の色をイメージしているのだろうか。



「薬草料理って、薬膳料理みたいなものかな。なんかカラダに良さそうだ」


「ウチ、こっちに来てから肌のケアとか全然できてないから、美容に効くヤツ食べたい! けどメニューの文字が読めないッス……」


「磯崎さん、それはパセルルデミラ、下がラサッマニグリス、その下がヨギリルヂミスレシアと書いてあるよ」


「えっ、すごーい小松くん! 異世界の文字もう覚えたの!?」


「大体は。もっとも発音できるだけで単語の意味はまったく分からない」


 確かにパセルなんとかとかラサッマ? とか言われても全然分からない。



「じゃあサーヤさんにはお肌によさそうなヌルッとした料理を注文しておきますね。他の人は何かリクエストありますか?」


 そんな感じでアトラスがみんなの要望を取り入れて注文してくれた。


 

 みんな共通して頼んだのは店オススメの逸品料理、薬草と野菜の豆炒め。


 カシューナッツみたいな豆の食感がほどよくて香ばしく、汁がたっぷり染み込んだジューシーな葉もの野菜、そして薬草のちょっとした苦味がアクセントとなってすっげー! どんだけでも食べられりゅ! 絶品料理であった。


 しかも内臓にいいらしい。


 あと俺が頼んだのは鶏の香草焼き。


 パサついた肉にピリ辛なイメージがあったが、ここの鶏肉はなんの肉だ!? ってくらいプリプリしてて噛むと旨味の絡んだほどよい辛みが舌に染み込んでくる。


 この料理には薬草が直接ぶち込んであるんじゃなくて、鶏に薬草を食べさせて肉をトロトロな食感に育てあげるところがポイントらしい。


 うーむ、薬草料理っていうからにはありがたい草をムシャムシャ食べさせられるのかと思ったが、そんなパターンもあるのか。



「文川さん、この鶏肉美味しいよ。食べてみる?」


「食べる食べる。じゃあ君島くんには濃厚カニ玉を進呈するね」


 文川さんが取り皿にカニ玉をトロンッと分けてくれた。


 琥珀みたいに濃い黄色だ。



「……!! うっま! カニ玉超絶うめぇー!! なんだこの玉子……?」


「それも黄身が美味しくなる薬草を餌に混ぜて飼育したって書いてありますよ」


「へぇー……薬草ってすごいんだな。せいぜい胃腸の調子を整えるとかそんなのを想像してたよ」


 

「ってか師匠とミッシーずるい! ウチも誰かと料理シェアしよ!」


「磯崎さん、じゃあコレを食べてみるかい?」



 そう言った小松くんは



 何か小さな脳味噌のようなものを食べていた。




「ひっ!? なにソレ!? 絶対いらないし!!」


「だ、だが、食べればアタマが良くなるらしい」



 小松くんをよく見ると半泣きだった。



 もう、そんなの泣きながら食べてる時点でアタマ良くない気もするがレバーが肝臓に良いって理屈で考えると脳味噌を食べたら脳の栄養が補給できてもフシギではない。



「なんだ、君島……物欲しそうな顔をして。食べてみるか?」


「え、うーむ……」



 とりあえず吐きそうだが、しかし店で売られている以上、食べられないものではないのだろう。


 今日食べなかったら2度と食べないだろうし、怖いもの見たさで試してみたい気もする。



 迷ってる俺の耳元でコソッと文川さんが囁いた。



「あれ食べたら半年間キスしないから」



「小松くんごめん絶対に喰ってたまるか」



 俺は頭を下げて丁重にお断りした。





 一通り料理を食べ終えて、デザートタイムが訪れた。


 杏仁豆腐っぽいデザートとか甘い胡麻団子とか、この辺はもう薬草は関係ないらしい。



 俺はほろ甘な杏仁豆腐をちゅるちゅる食べながら明日以降の予定に頭を巡らせる。


「さて、明日からどうしようかな。って俺はとりあえず街をまわってみるけど、みんなは何か予定たてた?」


「ボクは冒険者ギルドでモンスター討伐の依頼を見てみます。ここから東のネクロスの森にはトロールが多く棲息してるみたいなので、近いうちに挑戦してみたいですね」


 おお、トロールといえば強さランク☆3のモンスターじゃないか。


 2~3メートルくらいの巨大な体で棍棒を振り回してくる乱暴なヤツと聞いている。


 まぁアトラスは☆2スケルトンを5体同時でも余裕で倒せるようになったからな。


 段階的に挑戦してもいい頃合いかも知れない。


 とはいえ、こんな小さくて華奢な身体のアトラスがそんな大柄な化け物と戦うってやっぱり心配だ。



「無理するなよ? あー、初めて戦う時は俺もついていこうか? 」


「あっ、ぜひぜひお願いします! 正直言うと、ソラさんが見ててくれたら心強いので本当にお願いしたいです!」


 アトラスの方が強いんだからそんなに期待されても困るんだが。


 まぁこのコがピンチになったらファイアバゼラードで炎をふりかざしてトロールの注意をひくくらいはできるだろう。



「ね、ね。そのトロ~ルってウチでも勝てるかな?」


 サーヤさんがワクワクした顔をしている。


 無謀……ってほどでもないか。


 最強SSR武器を持ってるんだからトロールくらい楽に倒せなきゃ悲しい気がする。


 トロールもゲームじゃ雑魚キャラの部類だもんな。



「将来的には勝てるかもだけど、まずサーヤさんはスライムとか倒して魔石を集めてアロンダイトをレベルMAXにするのが先じゃないかな」


「レベルマックス? ……にするとどうなるの?」


「どうなるって……えーと、すごく強くなるよ」


「……それって筋肉ムキムキになったりしない?」


「はは、しないって……」


 え、いや、どうなんだろう。


 そんなこと考えもしなかったが……。



 うん、まぁ大丈夫だろう! (適当)



「小松さんはどうするんですか?」


 腹筋がシックスパック状態でボディビルダー系ギャルという新たなるジャンルのサーヤさんを想像していると、何かの脳味噌をムシャムシャ食べて賢くなった(?)小松くんにアトラスが尋ねる。


「ふむ。今後やるべきことをいくつか考えているがどれが実際にできるか分からないからね。明日、街を回りながらゆっくり考えてみるよ。それと、人手が足りなければ遠慮なくいってくれ。みんなの役に立ちたいとは思っている」




 と、こんな感じでこの日はお開きになった。


 

 夕飯を食べる前にチェックインだけしておいた宿屋に戻り、各自部屋へと入っていく。


 俺と文川さんは二人部屋を借りた。


 部屋に入り、パタンとドアを閉じると完全に二人きりの時間だ。



 俺と彼女は顔を見合わせて「えへへへ」となんとなく笑いあった。



「私は君島くんのことが大好きです」


「えっ、なんでそんな嬉しいことを突然発表してくれたの?」


「うん。大好きだからずーっと二人きりで旅ができればいいと思ってたけど、みんなとワイワイ遊んだあとで、改めて二人になるのも新鮮でいいなぁっと思って」


「ああ、なるほど。そうだね。メリハリがあるのかな。こうして文川さんと二人になるとホッとするけど、それと同時に明日みんなと顔を合わせるのも楽しみで」


「そうそう。良い循環っていうか……ちょっと幸せだよねぇ、今」



 文川さんは宿の受付で預かったポットから温かいお茶を、いつかシンナイで買った夫婦茶碗に注いでくれた。


 俺は椅子を二つ、窓際に並べて二人で座って窓から夜景を見る。



 窓の外からアトラス、シュペットちゃん、サーヤさんの笑い声が聞こえてきた。


 どうやら3人は合流したみたいだな。



 学校の教室でクラスメイトたちの談笑が聞こえてくるとなんだか耳が痛かった。


 みんなは楽しそうな国を建国したのに、俺だけその幸せな国へ入れない疎外感があった。




 だけど今はリア充サーヤさんたちの声を聞いて安心感すらある。


 シンナイにいたときは俺と文川さんどっちかがケガや病気をしたら、あるいは二人同時に動けない事態に陥ったら終わりだな、とどこかで覚悟していたけど今ならみんなが助けてくれるだろう。


 前は人に頼ることを恥ずかしいってちょっと思ってたけど、人に頼れるってありがたい事だよなぁ。


 こうして異世界に放り出されてしみじみ思う。



「こんな感じがずっと続けばいいんだけど」


 ずずっとお茶をすすりながら文川さんが呟いた。


「そうだなぁ。でも、例えば1年後って俺たちどうなってんだろ」



 立派な勇者を目指すアトラスたち。


 魔王を倒したいサーヤさんに何か新しいことを始めようとしている小松くん。


 そしていつか異世界で家でも買ってのんびり暮らしたいと思っている俺と文川さん。



「仲良くしてるけど……そう遠くないうちに、みんなバラバラになるのかも知れないなぁ」


「さびしいなぁ。でも、まぁ……」



 文川さんが頭を俺の方に寄せてくる。



「結局、君島くんが側にいてくれたらそれでいっか」


 ふふっ、と彼女が笑った。


「俺も。だって文川さんのことが大好きだから」


「えっ、なんでそんな嬉しいこと発表してくれたの?」



「うーん、……健康にいいから?」



「なんだそりゃ!」


 などと文川さんからツッコミをくらって幸せな気分に浸りつつ、ガーヤック初日の夜は更けていった。



 真面目な話、好きな人に向かって「大好きだよ」っていうと心が活性化されて健康にいい気がするんだけど、どーなんでしょうかねっ。

 


いつもブクマありがとうございます!

昨日は評価が2人もついてビュンっとなってギュンッとなって幸せな日でした。

ところでこの作品もしかしてR15くらいには過激な表現があるのかしらと思う今日この頃です。。。


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