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3話 放火日和


 野営地から何十メートルか離れた場所まで走って、一息つく。


 魔獣たちが森をかき分け、巨大な影がうっすらと迫ってきている様子が見えるのに、思ったより自分が落ち着いているのを感じた。



 ふぅ。なんか言いたい事吐き出したらスッとしたな。


 冷静になって考えてみると、風間(あいつ)だって最強の武器なんか手に入れちゃって逆に色々、気苦労があったのかも知れない、と今さらながらに思った。


 といって俺を囮にしようとした事を許せるほど俺は人間が出来ちゃいないけど。


 普通、クラスメイトを剣で脅す!?



 はぁ……まあ、いいや。もう、どうでも。



 とにかく少しスッキリした俺は自分にかからないよう注意しつつ、草や木々にランプの油をまいて野営地を横切るようにファイアバゼラードで着火しながら早足で駆けていく。


 この短剣、漫画みたいに火の玉を遠くに撃ち出すとか出来ればもうちょっと楽できるんだが、あいにくハズレ武器。

 あくまで刀身が燃えるだけ。

 燃料いらずの自動着火タイマツってところか。


 まぁそれでも今は充分、役に立つ。



 そして最近、雨が降った様子はなく草も土も乾いているようだ。


 ヒャッハァアーッ、絶好の放火日和だな!



 すると想定していた時間よりも早くあっという間に火の手が上がり、バカ学生のSNSが炎上するが如く、炎があちこちに拡散していく。


 うーん、河川敷でバーベキューして河原を全焼させたとかニュースで見てアホかよと思った事があるけど、確かに一度火がつくとこの勢いは止めようがないな。



 あまりにハデな燃え様を見て、俺みたいな大して取り柄もないウンコ製造機が助かるためにこんな自然破壊して許されるんだろうかと心が痛まないでもないが、なんだかんだいってまだ死にたくはない。


 助かる確率が上がるなら、思い付いた事はやらないと。



 5分もするとそこら中の木々がゴウゴウと燃え、顔の皮膚がチリチリと焦げるような熱さを感じてヤバい事になってきた。


 こりゃ俺もいよいよ逃げないと本気で死ぬな。


 

「ボォオォオャァアアアオオオオオオオオンンッ!」



「いっ!?」


 恐ろしい鳴き声に慌てて振り向くと、炎の壁の、ほんの5メートルほど向こう側に体長が3メートルはあろうかという狼の巨人が、いた。


 狼の顔面に獣の体毛、人間のような手足。


 絶望するくらいに狂気に満ちた血走る眼。



 アレはウェアウルフってヤツでしょうか。


 RPGとかで人型狼が出てきてもさほど強敵って印象はなかったけど、実際に三メートルもある巨大狼が二足歩行で攻撃的な表情で咆哮してくるとロケットみたいな勢いでオシッコを噴き出しそうになる。




 そんなやばい化け物が数十匹うじゃうじゃとコチラに向かってこようとしているので、さすがに足がすくむ。


 しかし目論み通り、あんな化け物でも火は熱いらしく、炎の勢いに怯みつつ、炎の壁に沿って迂回していった。


 炎はまだまだ広がっていく感じだし、ヤツら相当遠回りをすることになるだろう。



「よし……よしよし!!」



 咄嗟に思い付いたガキの悪知恵レベルの嫌がらせに過ぎなかったが、あんな恐ろしいモンスターにも通用したと思うとちょっと自信が湧いてきた気がする。



 大規模自然破壊してごめんなさいと森の動物たちと自然保護団体に心の中で謝りつつ、魔獣の第一発見者である俺もようやく逃走を開始した。



 夜の暗い森の中。


 足場が悪く、思い通りに走れないがそれでもさっきまでドンドン近付いてきた地鳴りや鳴き声が少し遠ざかる。


 ウェアウルフたちが結構遠くまで炎を迂回しているって事だろう。


 ちょっとひと安心だ。


 今のうちに走って距離を稼いどかないとな……。



「……て」



 ん?



 今、魔獣とは違う感じの声が聞こえたような……?


 ふと立ち止まって辺りを軽く見回す。


 が、特に何も見えない。



 と言っても、暗いし木々が立ち並んでるし、視界は最悪。


 近くに何かいるのに見落としてるだけの可能性もあるが……。



 あまりグズグズもしてられない。


 気のせいだという事にして先に進もう。



「……て!」



「ああ、もう! なんなんだよ!」


 進もうとしたが、やっぱり何者かの声が聞こえる。


 もしかしてクラスの誰かか?


 すぅーっ。



「おーい! 誰かいるのか!?」



「……けて!! 助けてっ!!」



 アッチも全力で声を張り上げたらしい。


 今度はハッキリと聞こえたぞ。



 声のする方向は進行方向と逆。


 来た道を引き返さなきゃいけないので正直ためらったが、それほど離れた場所でもなさそうなので急いで戻ってみる。




「助けて! ゲホゲホッ……」


 がむしゃらに走って茂みを突っ切っていくと、少しひらけた場所に声の主はいた。


 その姿を見てギョッとする。



 彼女はクラスメイトの一人だ。


 名前は確か、文川(ふみかわ)さん。


 長い黒髪で化粧っけのない、地味で大人しい感じの眼鏡っコ。


 クラスでは目立たない存在だったが、こうしてよく見ると見ようによっては可愛くないこともなくはないこともないというか告白されたら二つ返事でOKしてあげてもよいくらいには好みの顔立ちだ。


 何様なんだ俺は。



 と、そこまではいいんだが、ギョッとしたのは彼女の右手と左手にそれぞれロープがくくりつけられていて、バンザイでもするかのような感じで左右の太い枝に縛り付けられていたからだ。


 当然、自分でこんなプレイが出来るとは思えない。


 誰かに拘束されたのだろうか?



「えっと、文川さん……だよね? なんなのコレ」


「けほけほっ……んっ、んん……ご、めん。叫んだからノドが……けほ」



 ああ、俺も普段は人間と会話しないから急に大声出すと変な感じになるのはわかるよ。


 そういえば文川さんもあんまりお友達とおしゃべりしてるイメージはないな。



 っと、ボケッとしてないでロープを切ってあげないと。


 ガチャ武器の火の短剣で彼女を拘束しているロープをキコキコと切った。


 こんなロープすらシュパッと切れないところが低レアリティのR武器の悲しいところである。



「はぁ……ありがと」


 文川さんは自由になった両手で手首に結びつけられてるロープの切れ端をほどく。


「よし、色々気になるけど、とにかく今は逃げよう。急がないと……」



 遠ざかっていた魔獣の地鳴りが再び近付いてきている。


 俺が進み出すと彼女もついてくる素振りを見せたが


「待って」


 彼女はすぐに制止する。


 これ以上、遅れると本気でヤバいんだが。

 というかもうすでにかなり限界突破状態?



「今から私たちの足で、バカ正直に走って、魔獣から本当に逃げ切れるかな?」


「う。それは……」



 現実逃避してたが、正直あと10分もすれば追い付かれる予感はあった。


 そうなったら追い付かれる前に木に登るなり、手頃な茂みに潜伏してやり過ごせる事に賭けるしかないと内心、覚悟はし始めている。


 もっともそれで本当にやり過ごせるのかは疑問だったが。



 だからって立ち止まってるワケにはいかないだろ、と言おうとしたが文川さんの顔を見ると、それは諦めた人間の表情ではない。


 諦めの悪い主人公ばかりの少年漫画をよく読んでいる俺にはなんとなく分かるぜ(ドヤ顔)。



「もしかして文川さん、何か一発逆転の大作戦があるとか?」


「逆転、っていうかは分からないけど」


 コクっと彼女は小さくうなづいた。



 あの大人しい文川さんがそんな事を言うなんて……。


 これはもしかして勝利フラグってヤツですか?



「よし、なんか分かんないけどそれをやろう。すぐやろう。どうすればいい?」


 俺があっさりノリ気になると逆に文川さんの方がちょっと驚いたようだ。



「いいの? 大失敗するかも知れないよ」


「いいさ。このまま普通に逃げても追い付かれたら結局、大失敗だ。だったらせめて現役女子高生の作戦に乗っかって死んだ方がどう考えても得だろ」


「え? 現役女子こう……得? ええ!? 君島くんってそんなコト言う人だったの?」


 おや、俺の名前を知ってたらしい。

 なんかちょっと嬉しい。



「ごめんな、幻滅させて」


「いやいや、幻滅するほど期待もしてませんけど……」


 おや、この子、意外と失礼だぞ?



「分かった。私はこんな気持ち悪い人と心中したくないから絶対に作戦を成功させたいと心に誓ったよ」



 文川さんはちょっと笑いながらそう言うと、ゴウゴウと燃え盛る野営地に向かって逆走し出した。


「ちょ、そっち!?」


 百歩譲って魔獣から逃れられたとしても炎に焼かれて死ぬんですが!?



 まぁさすがにそれは分かるだろうから何かしらの考えがあるんだろうけど!



 彼女の策に乗ったことを早くも後悔しながら、俺も野営地に向かって駆け出した。

 


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