27話 そして想像に委ねる
展望レストラン!
左右の壁はガラス張り。宵闇の中に天から降り注ぐ星屑が雪のように煌めきながら降ってくる外の光景が見える。
すっげぇなぁと思いながら席に着こうとすると、客の数に対して机も椅子も少なすぎるのに気付いた。
「ソラくん、あれ。ビュッフェだよビュッフェ!」
文川さんの指す方向にはなるほど、パンや肉、魚、野菜、デザートなどなど種類豊富な料理がテーブルの上にところ狭しと盛り付けられている。
で、みんなソレらの料理を好きなようにとって立ち食いしていた。
身なりからしてマナーを知らない野蛮人間……じゃなくて、ここではそういう風に食べるもんなんだろう。
周りには金持ちそうな格好の人しかいないもんな。
「立食パーティってヤツかぁ。俺、初めてかも」
「私も。立ち食いソバ屋なら行ったことあるんだけどなぁ」
それはちょっと違い過ぎるような気がしますよ文川さん。
ルールのよく分からない俺たちは周りの人たちの振る舞いを観察しながら、大きめのお皿にクラブハウスサンドや肉料理、サラダなんかをよそって最後に輪切りオレンジがコップに突き刺さったトロピカルな飲み物をとってきた。
しばらくすると音楽隊の演奏に合わせていやらし……ごほん、麗しい格好の踊り子たちが華麗なダンスを始める。
人々はそれを見ながら食事をしたり、あるいは自分たちもダンスの輪に加わって和やかに楽しげで華やかな宴が催された。
俺はというと華より団子。
ダンスはチラ見する程度で文川さんと料理にがっついていた。
「ふぁぁ……なんかここの料理、すべてが異常に美味じゃない? ただのサンドイッチまで旨みが舌にじゅわじゅわ染み込んでくるんですけど!!」
「ハムベーコンじゃなくてミートローフを挟んであるね。卵もとろっと半熟状態だし、コンビニで買えるようなシロモノと比べてはいけませんよ」
「あと魚料理もすっごくいい感じ。ここの料理がスゴいっていうのもあるけど、カラダがお魚を求めているというか……」
「確かに確かに。異世界で安くてウマイもの、って言ったら肉中心で魚を食べる機会が少ないからなぁ」
文川さんの言う通り、全てが美味しいけど特に魚料理がいくらでも食べられるって感じだった。
異世界に来て食生活が偏ってることが関係してるかも。
カラダに不足してる栄養を補給するって意味でも今夜の食事は非常に有意義である。もぐもぐむしゃむしゃ。
「あ、君島くん。外に出られるみたいだよ」
見ると身なりのいい子供たちがガラス張り壁の外の甲板デッキで遊んでいる。
透明なので気付かなかったが、注意深く観察すると出入り口があるようだ。
外にも椅子やテーブルがあり、そこで食事をしても大丈夫っぽいので俺たちはデザートのケーキをいくつかお皿に乗せて持っていった。
「うーん、いい風……」
輝くミルキーウェイをバックに文川さんの黒髪がさらさらと風になびいてその美しさに俺は見惚れてしまった。
文川さん、幸せそうだな……。
だけど、そのうち小松くんの話をしなきゃいけないと思うと少し億劫な気分になる。
せっかくの楽しい気持ちに水を差したくないな……。
「ふがっ?」
そんな事を思っていると文川さんが不意に鼻をつまんできた。
「君島くん……おぬし何か隠しておるな? しかも何か良くないベクトルで」
「な……」
ズバリ見抜かれて動揺してしまった。
文川さんはいたずらっぽく笑いながらも、視線を俺の目から離さない。
しまった、今みたいな反応してしまったんじゃもう知らぬ存ぜぬってワケにはいかないぞ。
「話して。なんとなく私に気をつかってる感じがするよ? 大事にしてくれるのはすごく幸せだけど、そのせいで君島くんが一人で背負い込むのは嫌だもの」
「ふ、文川さん……」
彼女は俺の手をとってきゅっと握る。
「私に君島くんを支えさせて、ね?」
ふぅーっ、と俺は天に向かって一息ついた。
「分かりました、話しますけど……俺ってそんなに悩みが顔に出ますかね?」
「んー、君島くんの顔に出やすいというか……ほら、私ってボス敵の行動パターン分析とか得意だし」
「俺、ボス敵なの!?」
「そうだよ~、ラスボスより手強い隠しボス級だよっ。コッチは君島くんを攻略するのに日々、必死なんですから」
恥ずかしそうにそんな事言われると俺の心がキュンキュンするわ!
はぁかわいいカワイイ可愛い。
「……俺はとっくに文川さんに攻略されてるよ」
「本当?」
「ホントホント」
「あー、嘘っぽいー!!」
彼女が俺の脇腹をつっついてきた。
コチラも反撃で文川さんの脇腹をチョンチョンっとつつくとケラケラ笑い出す。
「ちょ、待てよ! 私、それ弱いからっ!! 私をくすぐるの禁止!!」
俺たちはキャッキャウフフと思いきりじゃれあってから、ちょっと落ち着く。
「はぁ楽しかった。もう思い残すことはないよ。で、何を隠してるの?」
文川さんは覚悟を決めたって顔をしていた。
「えーと、まぁそんな大した話じゃないかもだけど……実はさっき、船の中でクラスの……小松くんとばったり再会した、って話」
「えっ」
文川さんの肩がビクッと動いた。
「そ、れって……クラスの人たち、みんな船に乗ってるってこと……?」
「いや、宝くじが当たったから小松くん一人で抜け出して来たんだって」
「宝くじ?」
俺は先程の彼との会話を洗いざらい話した。
彼女は気を落ち着かせるためかトロピカルな飲み物をごくごく飲みこんだ。
「はぁ……」
「大丈夫? 別に文川さんが会いたくないなら無理に会う必要もないし、俺ももうちょっと情報交換したらもう会わないようにするけど」
「ああ……大丈夫。まぁ……私は特に会いたくないけど、君島くんが必要だと思うなら自由に話をしてきて下さい。そこは私に遠慮しないでいいから」
大丈夫、と言いながら暗い顔になったな。
彼女は小松くんとはほとんど面識がないから彼個人に特別な感情は無さそうだけど、本当にクラスの連中が苦手そうだ。
……あえて聞かないようにしていたけど、これは一度はっきり聞いておいた方がいいだろうか。
「文川さん」
「はい?」
「あのウェアウルフ襲撃の夜、文川さんは両腕を木に縛り付けられていたけど……あれって文川さんも無理やり囮にされてたって事だよね。クラスの誰かにやられたの?」
「……」
文川さんはうつむいたまま、口をつぐむ。
しばらく待ったけど、言いづらいのか言葉が出てくる様子はない。
「そっか。言いたくないなら無理に言わないでもいいからね。でも、俺は絶対に文川さんの味方だから、言いたくなったらいつでも……」
「香川さんと、……桃園さん」
「え…………えっ!?」
桃園さん!?
桃園さんってあの桃園さん!?
文川さんが絞り出した名前に俺は驚いてしまった。
桃園さんと言えばクラスの副委員長で成績が良くて、容姿端麗で俺みたいな陰キャぼっちが相手でも朝、廊下で会ったら「君島くん、おはよう!」と笑顔で声をかけてくれる女神のような性格の天使だ。
異世界に来てからもSR武器を引き当てながらイバりちらすこともなく、食事当番や買い出しなどの雑用を手伝ってくれたりもした……そんな彼女が文川さんを……?
「やっぱり、信じられないって顔してるね」
文川さんの指摘にハッとして顔を押さえた。
そういえば俺の顔は読まれやすいんだったな。
「いや、でも、ごめん。正直、俺の中での桃園さんの印象は悪くないから、ちょっと信じられなくって」
「それは無理ないよ。私だってそう思ってたもの。あのクラスで私がまともに会話した事あるの、あの人だけだったし」
「文川さんと桃園さんが……?」
「あの人、リア充ぶってるけど結構オタクなんだ。週刊少年漫画購読してるし、ゲームも結構やり込んでるみたいだし」
え、桃園さん、オタクだったの!?
やべぇ、ちょっと胸がときめいてきた……けど、そんな事言っていい雰囲気じゃなさそうだし黙っておこう。
「ハッ……!? 君島くん、今ちょっとときめいたでしょ!?」
うおっ!? 読まれている!?
「まぁ……私も実際、彼女には気を許していたし、異世界に来てからも彼女に頼っていたよ。だけど、あの夜、ウェアウルフから逃げるための作戦会議をするって桃園さんに呼び出されて……」
文川さんの声のトーンが落ちていく。
別に怪談を聞かせる時みたいに演出してるワケじゃなく、本当に気持ちが沈んでいくのを感じる。
「突然言われたわ。『冷静に考えて、戦力的に一番劣ってる貴方が犠牲になるのが最善だと思う』って」
思わずキンタマがゾワッとした。
もちろん性的に興奮したワケじゃなく、あの優しそうな桃園さんが、あの大人しそうな文川さんにそんな事を言ったかと想像すると単純に恐ろしくなった。
見ると文川さんは青ざめて震えだしている。
「文川さん……!!」
俺は迷わず、震える彼女を抱き締めた。
想像するだけでショックなのに、唯一頼りにしていたクラスメイトにそんな事を実際に言われた文川さんの気持ちを察すると、かわいそうでならなかった。
文川さんの心の傷を癒してあげたいが、どうしていいか分からずにただ頭を優しくなで続ける。
「ん……」
彼女も俺に体を預けてきて気持ち良さそうな顔をする。
「ふひひ……君島くんに頭なでられるのキモチイイ……」
「おぉ、よしよし。俺の胸でたんとお泣き」
「いや、泣きませんけど……ちょっと疲れちゃったし部屋に戻りませんか?」
「ん……そうだね」
元々、ディナーの時間が遅めだったのと、とっぷり話しこんだ事もあり、結構いい時間になっていた。
レストランの方に戻ると客も食事を終えてあらかた引き上げて、あとはお酒を楽しむ大人たちの時間……といった感じだ。
大人の時間か……。
部屋に戻って備え付けのシャワーを浴びて、俺たちは寝る準備に入り、部屋の灯りを消した。
客室の窓からミルキーウェイの白く輝く水平線が見えてシャラシャラと星屑が弾ける音が優しく耳をくすぐってとてもムードがある。
はぁ……。
文川さんと一線越えてぇぇええ。
などと思うが、文川さん的にはそんな気分じゃないだろうな。
俺は仕方なく自分が世界最強のチートキャラになった妄想でもしながら楽しく眠りにつこうとすると、文川さんが俺のベッドに潜り込んできた。
「え?」
彼女は布団の中で俺に抱きつきながらつぶやいた。
「セックスする?」
「す、え、へ!?」
「まぁ……しませんけどね」
「しないの!?」
俺は大変ガッカリした。
「今、子供とか出来たら大変でしょ?」
「ソ、ソウダネ!」
子供、と聞いて何かものすごく興奮した。
股間が熱くなる。
うおおおおおおおおおおお、いや落ち着け俺。
「君島くんにはご迷惑かも知れませんが、今夜はこのまま眠らせてください」
文川さんは俺に優しく口づけしてきた。
そして、顔を胸にうずめて動かなくなる。
ああ……なんか幸せ。
同じ布団で寝るのは初めてだし。
今日の所は彼女を抱き締める幸福感で満足しますか、と納得する俺であっ
「あの、ちょっとなら胸とか……触ってよいですよ?」
文川さんは胸に顔をうずめながらつぶやいた。
ごくりっ……!!
「ちょ、君島さん、生ツバを飲む音がすごいよ?」
「いや、だって……!!」
俺は、俺は……
いつもブクマありがとうございな




