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25話 光の河


 メシュラフから西へ、久しぶりに馬車で揺られて一時間。


 俺たちはサンジュリアナ渓谷に到着した。



 時刻は夕方。


 日は沈みかけ、谷は陰気な漆黒の闇に覆われ……るのが本来の姿なんだろうけど今日だけは違うようだ。


 あちこちに篝火(かがりび)が焚かれ、人々の歓声で賑わっている。


 屋台からはタレの滴るお肉がジュウジュウ焼ける芳ばしい匂いが漂い、大道芸人の楽器の演奏、子供向けの人形劇などちょっとしたお祭り騒ぎだ。



「わぁ、屋台もいっぱい出てるね。あっ、あのカイザル牛の串焼き美味しそう! 買ってみよーかな~」


 文川さんが早速、ハシャぎだした。


 出発前は『君島くんが嬉しそうで何よりだよ、うんうん』とお姉さんぶってたけど、実際は文川さんの方がこういう雰囲気に弱いよな。


 まぁ、そういう意外と子供っぽいトコがまた可愛いんだけど。



「食べて大丈夫なのナギちゃん? 乗船したらすぐディナーだって言ってなかった?」


「あ、そうだった……う~ん」


 シュペットちゃんの指摘に頭を悩ます文川さん。


 彼女は別に食いしん坊なワケじゃないんだけど、縁日の焼きそばとかイベント会場で売ってるフランクフルトは無性に食べたくなる病気にかかってるのよ……と以前、誇らしげに自己申告していた。



「じゃあ、俺と串焼き半分こしようか。せっかくアトラスたちもいるんだから一緒に他の屋台も見て回ろう」


「わ、やった♪」


 文川さんがパチパチと拍手した。



「了解です。ではボク、2本買ってきますね!」


「ああ、ありがとうアトラス。頼んだ!」



 すっかりミニドレス姿が板についたアトラスが串焼き屋台へタッタカ駆け出した。


 格好はもう女の子そのものだが動作は少年のままだ。


 ドレスを着だしたからって急にお嬢様みたいにしおらしくなるより、あの方が元気いっぱいって感じで愛嬌を感じるよな。




 俺たちは福引きで見事引き当てたミルキーウェイツアーに参加するためにこの渓谷までやって来た。


 アトラスとシュペットちゃんはお見送りだ。


 「遊びに行くだけなのにお見送りさせるなんて悪い」と断ったんだが年に1度、この地域だけでしか見られない魔法の川ミルキーウェイは結構な有名人気スポットらしく、彼ら自身が川を見てみたいと主張してついてきたワケである。



 豪華客船ってのがどれだけ豪華かは知らないが、この場にいる大勢の人たちが全員乗れるとは思えない。


 おそらくアトラスたち同様、船に乗らず見学だけが目的の人たちも多いんだろうな。



「串焼きお待ちどうさまです! ナギさん、どうぞ!」


「わっ、すごく美味しそう……。アトラスくんありがとうねっ」


 早速、文川さんが牛串にかぶりつく。


「むっ……」


「どう、ナギさん?」


「はぁあああ美味(びみ)っスわぁ~……。子供の頃、1回だけ食べた事がある1皿8000円の上物ステーキ肉みたい……ほっぺたトロけそう……」


 文川さんがトロトロになった頬に手を当ててウットリする。



「ふふ。ナギちゃんって本当に美味しそうに食べるよね」


「だって美味しいだもん。ほらほら、シュペットちゃんも食べてみるがよいよ」


「では失礼して……ぱくり。あっ……おっ、おいしい……ッッ!?」


 文川さんから串を受け取ったシュペットちゃんも一口食べるなり悶絶して、ぴょんぴょん跳び跳ねた。


 揺れ動くシュペットちゃんの網タイツ美脚も愛嬌あって興奮するよな。



「じゃあボクたちもいただきましょうか!」


「ああ、そう……だな?」


 あれ、俺のお嫁さんそこにいるのになんで男同士で1本の牛串をシェアしてるんだろう。



 ちなみに俺と文川さんが結婚した云々の話はこっぱずかしいのでアトラスたちには伏せているが、文川さんが薬指の指輪を大事そうにしてるのを見てシュペットちゃんあたりは何かをキュピーンと察してニヤニヤしている気配はあった。




「あーっ、見ろ! 始まったぞ!!」



 屋台や大道芸を見てまわって一時間ほど経った頃、誰かが大声をあげた。


 みんな、その声の方に注目すると渓谷の上空からキラキラと白く輝く光の粒が谷底へと降り注いできた。



「うわ……なんだこりゃ……!?」


 クールぶりたい年頃の俺も素直に驚きの声をあげてしまった。



 説明は事前に聞いていた。


 この時期になると星座の位置関係が魔力的な意味を発現し、星の大聖霊ティタニアの力が爆発的に増幅するらしい。


 その時、ティタニアから溢れ出すのがこの輝く光の粒『星の結晶』だ。


 普段、闇属性の力の溜まり場となるサンジュリアナ渓谷を浄化するが如く星の結晶は谷の底に注ぎ込まれ、その結果『星の河ミルキーウェイ』が期間限定で姿を現すとの事らしい。



 正直、理屈は一ミリも理解できないがRPGに出てきそうな用語が多いのでなんとか雰囲気は掴めてる感じかな。



 しかし、何が起こるか聞いていて心の準備は出来ていたのに……実際に星の結晶が重なりあって光り輝く美しい河が生まれる様子を目の当たりにするとコレはもうただただ感動した。


 大自然の織り成す奇跡の夜に乾杯したい気分だ。


 周囲にいる人たちも「ワー」とか「キャー」とか意味をもたない言葉を張りあげている。


 俺も勢いに身を任せ、闇に輝く光の河に向かって「わぁあああああああっ!!」と叫んでやった。


 すると文川さんも「あぁああああぁああーっ」と隣で叫ぶ。


 俺たちは一瞬お互いの顔を見て、手を繋いで今度は一緒に「わぁあああああああああっ!!」って叫んだ。


 アトラスもシュペットちゃんも大声で叫んでいた。



 こうして大勢で、みんなで大声で叫ぶって、なんだか気持ちいいもんだな。



 嫌な思い出は吐き棄てて、幸せな想い出を増幅して。


 文川さんもアトラスもシュペットちゃんも、きっとそれぞれ色んな思いを抱えて何かを叫んでいるんだろう。



 ライブ会場や野球場なんかで生まれるであろう、何万人もの観客との間に湧き起こる連帯感……自分と同じ感動を共有する仲間たちとの一体感。


 孤独を吹き飛ばす生きる活力みたいなものがこの場に満ち溢れていた。



 そうして一時間ほどワーワー叫んだり、さすがに疲れて屋台で買ったフルーツのスムージーを飲みながら河を眺めていると、魔法の杖を持った数名の人たちが大きな魔方陣を河の水面とは垂直に描き出した。



 するとザァアアアアアアアアアアッ、っという水飛沫……いや、星飛沫? とともに魔方陣から巨大な船が進み流れてくる。



 おお、あのデカいのが豪華客船ってヤツか!?



 周りに水っけの無い渓谷にどうやって船を運んでくるんだろうと思ってたけど、転移魔法っヤツですか。


 この辺はさすがファンタジー世界って感じですな。



「みなさん、ようこそお越しいただきました! それではこれよりタルソロン魔法社企画ミルキーウェイツアーを開始いたします!! ツアー参加者はチケットを係員に見せてご乗船なさってください!!」



 ツアー添乗員らしき人が魔法の拡声器でアナウンスをする。


 周囲の人たちが移動を始めて、ガヤガヤと騒がしくなる。



「よし……じゃあ、そろそろお別れだな」


 俺はアトラスとシュペットちゃんの方を振り返った。


「……はい。お別れですね……」


 文川さんもシュペットちゃんも名残惜しそうな顔をしている。




 ミルキーウェイツアーの旅の果て。


 それは当面の目的地ガーヤックから馬車で半日の場所にある、モスレムという名の宿場町だ。


 それならツアーが終わったらそのままガーヤックに向かう、という話を切り出すと彼らは少し相談したあと、自分達はメシュラフに留まると告げてきた。


 まだ何かあの街でやり残した事があるのだそうだ。



 もしかしたら彼らは彼らでガーヤックに来てくれて、まだ俺たちと一緒に冒険を続けたい、なんて言ってくれるんじゃないかと期待する気持ちもあったが……まぁそれはコチラの勝手な都合だ。


 アトラスにもシュペットちゃんにもそれぞれの人生がある。


 本気で一流の勇者を目指すなら、もっとふさわしい立派な仲間を見つけた方がいいとも思うしな。



「二人とも、今まで本当にありがとう……」


 文川さんはギュッと二人を抱き締める。


「私、賑やかなのは苦手だけど……あなた達といるのは楽しかったよ、本当に……ひぐっ」


「え、ナ、ナギちゃん……?」


 お、おぉ……文川さんが泣き出した。


 シュペットちゃんも驚いてる。



「あ、あれ……? おかしいな……私、こ、こんな、つもりじゃ……う、うぅぅ……ううううううぇぇ……ぐすっ」


「泣かないでくださいナギさん。この世界は広いようでどこかで繋がっているものですから、また会えますよ、きっと! いえ、絶対に!!」


「そうだよナギちゃん! それにせっかく大好きなソラさんと二人旅なのに泣いてちゃ台無しだよ?」


「だ、だい!? えええええ……!?」


 泣きながら慌てる文川さんを見て、みんな笑った。


 その笑いにつられて文川さんも照れくさそうに笑ってくれた。


 


 そうこうしているうちに、順番は進み、俺たちが船に乗り込む時が来た。


 いよいよ、出発の時……そして本当のお別れの時だ。



「よし、アトラス。今度会う時はお互いもっと大きな男になっていようぜ」


「え……ボク、あんまり大きくなりたくないです……」


 アトラスは細く小さな体を縮こまらせてモジモジした。


「そ、そうか」


 どうすりゃいいんだこの空気。



「じゃあ、二人とも今度会う時はもっと可愛くなってるという事で」


 文川さんがよく分からないことを言ってきた。


「それ、いいですね!」


 アトラスがポンと手を合わせて微笑んだ。



 うーむ。まぁある朝、目が覚めたら絶世の美少女になってても構わないと言えば構わない派だからな、俺は。



「分かった、善処するよ」


「約束ですよっ!」


「ああ、約束だ!! また会おうぜっ」


 俺はヤケクソでヤクソクして、そして船に乗り込む。




 タラップを昇り、甲板に出て出航までアトラスたちに手を振ろうとする。


 しかし、乗客や船員でごった返していて俺と文川さんははぐれないようにするのが精一杯。


「乗船されたお客様は一旦、船内の客室への移動をお願いします! 甲板は大変混雑しておりますので立ち止まらないようご協力お願いします!」

 


 そんな、人の波に押されて船が出発する前にアトラスたちの姿は見えなくなってしまった。


「あー……映画みたいにお互い手を振りながら感動的な船出にしようと思ってたのになぁ」


 文川さんが残念そうにボヤく。



「現実ってそんなトコあるよね。中学の卒業式とかも感動的なことが起こる気がしたけど特に何もなかったよ俺」


「あー、分かる。小学校から一緒だった友達と、高校も違うし一生会わなくなるかも! って思ったけど別になんの会話もなかったねぇ」


「はぁ……」


「とりあえずお部屋に行きましょうか……」




 お互い薄暗い過去を思い出して勝手に凹みながら俺たちは用意された客室に入った。




☆☆




「おぉ~」


「わりといい部屋だねぇ……。というか、すごくいい部屋じゃない?」



 文川さんの言う通り、客室はかなり豪華だった。


 船の部屋なんて最低限、寝るスペースがあるだけの質素なモンかとあまり期待しないようにしてたが、広くて上質な深紅の絨毯に豪華絢爛な照明器具に家具も設置され、質素どころか今まで泊まった宿の中でぶっちきりで最高級ランクの部屋だった。



「すごいな……。シンナイにあった一泊金貨数枚の部屋ってこんな感じだったのかも」



 ボォオオオーーーーッ……。



「っとと……!!」


 その時、何か大きな音がした。


 船の汽笛っぽいな。


 ぐぐっと船が動き出す感覚があり、少しだけ体が揺れた。


 そしてそれに合わせて文川さんが体を預けてくる。



「きっみしーまくんっ♪」


 うぉおお、すごい笑顔で抱きついてきた!


 めちゃくちゃ可愛いな。



 スケルトン戦でケガしたあの日以来、部屋で二人きりになるとちょくちょくキスしてたけどいつも恥ずかしそうだったのに今日は上機嫌なご様子。



 この豪華な部屋の雰囲気が、そうさせているのか!!



 ありがとう、豪華客船。



 ありがとう、ミルキーウェイツアー。



 俺たちは柔らかなベッドに腰掛けて、体を抱き締め合いながら、ゆっくりと丁寧に唇を重ね合わせた。



 ぴんぽんぱんぽん……。



『お客様にお知らせします。ディナーの準備が整いましたので、A棟のお客様は展望レストランまでお越しください。B棟のお客様は……』



 燃え上がってきたぜぇええという所でお食事のアナウンスが流れる。


 俺たちはしばらく無視してお互いの顔を小鳥がつつくようにキスしていたが、オッサンの船内アナウンスをBGMにキスするというのもムードがない。



「仕方ないな、行きますか」


「そうですね」


 お互い笑って立ち上がる。



「あ、ごめん、君島くん。私、ちょっとおトイレット……。あと着替えもしたいし先に行っててくれる?」


「ん? いや、一人で行っても寂しいし、この部屋の近くで待ってるよ」


「そう? ごめんね。ありがと!」



 着替えかぁ。


 そういや、ここ豪華客船だしな。


 身なりのいい人たちも多そうだし、俺も大した着替えはないけど服の埃くらいは払っとくか。


 とはいえ、こんな高級そうな部屋の中や廊下で土ぼこりをまき散らしてたら原始人みたいだぞ。



 とりあえず部屋から出てみると、外の空気が吸えるテラスみたいな場所がすぐ近くにあったので俺はそこに移動してテラスへの扉を開いた。



 カチャ……。



「うおっ……と」



 するとそこには先客がいて、ちょっとビックリして声が出てしまった。


 全身、銀色の甲冑に身を包んだ人物がテラスにいた。


 フルフェイス式の兜を装着してるので男か女かは分からない。



 それにしても、兜に関しては絶対にステルススキンを使用した方が良さそうだな、あの透明にするヤツね。

 

 あんな兜つけてたら絶対に視界が悪いって点と、あとこの人の兜、頭の天辺(てっぺん)に赤い羽根つけててなんかスッゲー目立ちたがり屋みたい。


 いや、目立ちたい人にはいいかも知れないが俺は嫌だなぁ。



 そんな事を考えつつ、制服の上着を脱いでパンパンと埃をはらっていると、突如、甲冑の人物がコッチにガシャガシャと音を立てて向かってきた。



「……!?」



 なんだ!?


 甲冑は俺の前で立ち止まり、じーっと俺の顔を見ている。



 なんですか、なんなんですか、もしかして俺は因縁をつけられているんでしょーか。



 それとも俺が心の奥底で『頭にデカイ赤い羽根なんかつけちゃって、お前は赤い羽根募金のスタンドか何かなの?』とかディスってたのに勘づいたのか!?




「……キミは、君島……か?」




「えっ」




 コイツ、俺を知っている!?



 咄嗟に素早く後ろへ下がり距離をとった。

 


 誰だ!? クラスメイト!?


 どうする!? とりあえず逃げる!?


 いや、だが船内で逃げたところで……。



 俺が短い間にあれこれ考えている間に、ソイツは兜に手をかけた。



「ああ、僕だ。そんな驚かないでくれ、よっ……と!」


 ガシャッと兜を脱ぐと



「こ、小松くん……?」




 そこには異世界に来て一ヶ月、ともに食事当番を押し付けられた親友……じゃないな、友達? いや、お知り合いの小松くんのお顔があったのだった。



いつもブクマありがとうございます!

明日は忙しいので更新むりぽです。ごめんなさいね。

大晦日は……どうだろう?

出来なかったらこれが年内ラスト更新ですね。

では一応みなさま良いお年を!

気が向いたらブクマ批評よろです

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