22話 この道を往けばどうなるものか
ケガの療養を始めて3日が過ぎた。
ケガ、というか血液が不足してるだけで身体のどこかが痛いワケでもないので基本的にはまったりとした日々を過ごせていた。
こんな、まったく何もしないでいい三連休というのは異世界に来てから初めてなのだが……。
それにしてもアレなのである。
ヒマ。
日本にいたときならゲーム、ネットと暇潰しには事欠かなかったが異世界にそういう類いのものはない。
本でも読んで情報収集できればいいけど文字が読めないし、文字の勉強をしようにも和英事典的なものも無い。
宿で貸し出されてる絵本ならカンで理解できるんじゃないかとも思ったが、リンゴを持ってる女の子の挿絵が描いてあっても、下の文章のどの部分が『リンゴ』に該当するのかサッパリだ。
絵本を3冊広げて、共通する文字列を見つけてメモっているとロゼッタストーンを解読する学者の気持ちになれてちょっとロマンを感じてきたが二時間くらいで飽きて、結局1日の大半はボーッと過ごす生活を送る。
俺、学校の成績は中の上って感じだからなぁ。
ガチャッ。
「ソラさん、ただいま戻りました!! 今日は良いビルフスが買えたので精のつくゴンガイド鍋を食べさせてあげますからね!!」
日も暮れようかという時間にアトラスが紫色の肉塊を片手に部屋に飛び込んできた。
すでにヤル気満々で頭には三角巾、体にはエプロンを着用している。
ビルフスだのゴンガイドだのなんなのか謎で超ブキミだが、この3日間アトラスの振るまってくれた手料理はどれも美味く栄養満点っぽいので今晩も信用しよう。
しかし、アレだな……。
上半身裸にスパッツ、少女のような顔に長い髪に三角巾、そしてエプロンとは。
まるで裸エプロンみたいよな。
しかも日に焼けた肌は光沢があり、ツヤツヤの引き締まった太ももとか肩甲骨とかを見てると不覚にも2回この少年でムラムラしたことがあることをここに告白します。
ま、俺は彼を男だと知ってるから過ちは犯さないが、町ゆく男どもがアトラスのしなやかな肌をニヤついた目で眺めているのを見ると、ほうっておいてもいいのだろうかと色んな意味で不安になる。
いや、男が男に欲情してはいけないとは言わないが、俺は『おっ、ツルツルして細い綺麗な脚だな!』と思って顔を見たらヒゲヅラのオッサンで吐いた経験があるので、やはり街の人が知らずに男に欲情してしまうという状況は避けさせるべきであろう。
「あの……ソラさん、なんですか? ジッと見て……」
「あ……いやぁ、その、なんだろうね。モンスターのいる野外なら分かるが、宿の中なら服を着てもいいんじゃないかなーと、ふと思ってな」
アーティファクトを使うと服が燃えるから、という事情は分かるが街の中で炎を手から噴き出す機会はそうそうあるまい。
絶対に無いと断言できないところがファンタジー世界のステキなトコロではあるが。
「服ですか……。でも兄様たちに止められてまして」
「え? 服を着るのを兄貴たちに?」
さっきまで明るかったアトラスが一転、暗い表情になる。
「『お前みたいな出来損ないの恥さらしが一丁前に格好を気にするなんて許されない』と。『街中だろうと家の中だろうと常に臨戦態勢であれ』と」
「そりゃあ……うーん、まぁ……油断しないのは良いことだと思うけどさ」
いいとこの坊っちゃんなら、むしろ半裸で出歩かせる方が問題じゃないか?
「兄様たちはボクくらいの年齢で既にドラゴンを討伐していた本物の勇者ですから。言うことは絶対ですし、ボクも納得してるのでお気になさらないでください」
そういうとアトラスはニッコリ微笑む。
くそっ、兄様たちめ。
なんて厄介な言いつけをしてくださりやがるんですか。
こんな可愛い笑顔の男のコが上半身裸で歩いてたら街にどれだけの犠牲者が出ることか。
思春期の男子中学生ならアトラスにうっかり初恋してしまうまであるぞ。
「いや、しかしだな。お前が納得してるからよいとかそういう話ではないんだ」
「え、それはどういう……?」
アトラスがキョトンとした顔をする。
「俺が嫌なんだ」
「えっ……」
彼は一瞬、驚いたような顔をして、そしてシュンとした表情を見せる。
「す、すいません、ボク……お見苦しいモノをお見せして……」
アトラスが悲しげな顔で身体を隠す。
「あっ、いや、待て待て! 別に見苦しくはない! というかむしろ逆だ! アトラスの身体は……綺麗だよ、とても」
「……っ!?」
「だから、その……あんまり他の男たちにジロジロ見られたくないというか……。つまり、そのっ、俺が何を言いたいか分かってもらえないだろうか」
「ソラさん……」
今度はアトラスが俺をジッと見る。
うーむ、伝わったのだろうか。
年齢的には中学生くらいだし、その辺の機微はまだ分からんかもな。
まぁ、街の人たちがうっかりアトラスに欲情しても誰かが困るワケじゃないですし。
あんまりしつこく引っ張るほど深刻な話でもないし、話題を変えようぜー!!
「それにしてもキツい兄貴たちだよな。こんなに頑張ってる弟を『出来損ない』だの『恥さらし』だの、まったく!」
服の話のせいでちょっと変な空気になったと感じた俺はクラスのリア充連中の真似をして、わざと馴れ馴れしくアトラスと肩を組んで明るく振るまった。
ふっ、俺がリア充の真似事とは堕ちたものだぜ。
「い、いえ、兄様たちに比べればボクなんて全然大した事ないので……」
「はは、まぁアトラスくらいの若さでドラゴンを倒すような兄貴と比べられちゃ弟としては大変だったろうな」
俺の二人の兄貴も出来が良くて、プレッシャーあったな。
だから俺と同レベルの弟が生まれたとしたら支えあって可愛がってやろうと思ってたもんだが……アトラスはまさにそんな感じの弟って感じだ。
友達、って考えると抵抗があるが弟みたいなものって考えると遠慮がなくなり、俺はアトラスの頭をなでてみた。
このコはどうも家では厳しくされていたみたいだから俺がその分、甘やかしてみよう。
すると照れ臭そうにアトラスは口を開いた。
「確かに兄様たちにはなかなか認めてもらえませんけど……好きな人に『頑張ってる』って分かってもらえてるなら、それだけで充分なものですよっ」
ん? なにっ……好きな人……!?
それってもしかして……
シュペットちゃんだろうな~。
そうかそうか、シュペットちゃんもアトラスの事を気にしてるフシがあるし、美男美女の幼なじみ……お似合いだな!!
「ふふ、頑張れよアトラス」
「えっと……ボクは頑張ってもいいんでしょうか?」
「もちろんだぜ。努力友情勝利は男の合言葉だ。頑張るヤツは俺は大好きだよ」
「わ、分かりました!! ボク、がんばっちゃいますっ!!」
こうして俺たちがただのなんでもない会話をしていると女の子たちの話し声が廊下から聞こえてきた。
「ただいま~」
「ただいま戻りました!」
調理をするために宿の調理場を借りにいったアトラスと入れ替わりで今度は文川さんとシュペットちゃんが部屋に入ってきた。
「ああ、おかえり! 二人ともお疲れさまでした」
スケルトン討伐から帰ってきた彼女たちに労いの言葉をかける。
療養初日はベッドで寝てる俺を取り囲んで3人で見守ろうとしてくれたが、トイレくらい一人でいける程度には体力あるし、看護とかやる事ないよ? という事が分かって、ここ数日は俺を抜いた3人でスケルトンを例の攻略法で狩っている。
もうアトラスも一人で敵を倒すことにこだわらず仲間と連携を計り、文川さんのL字棒ひっかけを起点にして、昨日の時点ですでに50体以上のスケルトンを狩りまくったらしい。
俺がいなくても順調なようなので安心だが、俺がいなくても順調なのはちょっとさびしくもあるぜ。
他の人間がそういう状態でも気にならないが、俺がいなくても場が回っていると『俺いらなくね?』という劣等感に苛まれる事が多々ある。
しかし、そんな俺の負のオーラを感じとったのだろうか。
「えへへ。なんか『おかえり』って言われるの、嬉しいもんだね」
文川さんが、にへら~っとふやけた顔で俺に笑いかけてくれた。
彼女の笑顔を見てると、暗い気持ちも一瞬で吹き飛ぶ。
宿の部屋で文川さんの帰りを待つしか出来ない体調不良の自分に焦りもしたが、そのおかげで彼女を暖かく出迎えてあげることも出来るのだ。
そう考えるとたまには、こんな日々を過ごすのも悪くないのかもなぁ。と、思うことにした。
☆☆
それから、さらに1週間が過ぎた。
充分な休養と文川さんの笑顔とアトラスのスタミナ料理とシュペットちゃんの脚線美が効いたのか俺は完全復活を遂げて、スケルトン討伐に合流する。
L字棒をもう1本追加して文川さん、シュペットちゃんが二人でスケルトンを薙ぎ倒し、俺とアトラスがトドメを刺していくので効率2倍!!
魔石もガンガン貯まっていく。
今回はスライム討伐の時と違って依頼自体で褒賞金が発生するので、そちらを生活費に回し、魔石は出来るだけガチャ武器のレベル上げに使ってみよう! という話になった。
「さて、どういう振り分けでレベル上げするべきか……」
宿屋の裏にある空き地で、集めた魔石を並べる俺と文川さん。
スライム討伐でファイアバゼラードのレベルは5ほど上がっていたが、レベルが上がるほど必要経験値量が多くなり、レベルが上がりにくくなる事は分かっている。
「こういうのって1本の武器を集中して鍛えるより、均等にレベル上げした方がトータルで強くなれるもんだよ」
「そう……いうもんだよね。じゃあ、そうしてみよう」
次々と強力な武器を入れ替えていく状況なら、中途ハンパにアレこれ手をつけない方がいいが、次に新たな武器をゲットできるのがいつになるか分からないしな。
俺は文川さんの言う通り、まずレベル1状態の大地のバンテージと紫電の槍に魔石を使用する。
すると1個使っただけでパシュパシュパシュ!! とそれらの武器が3回ずつ輝いた。
「すごーい! 1個使っただけで3もレベル上がっちゃった」
「魔石が大きいだけのことはあるなぁ。この調子なら早いペースでレベルMAXに出来そうだ」
その後、魔石を10個ずつ使うことで大地のバンテージと紫電の槍はレベル上限の20まで上がり、ファイアバゼラードは残りの魔石も注ぎ込んでレベル27まで鍛えることが出来た。
「なんか、あっさりレベルMAXになっちゃったね」
「まぁソシャゲだと、弱い装備ほど鍛えやすいですし……」
あんまり並外れた能力は期待しないでおこう。
と、冷めたフリをしつつ内心ものすごく期待しながら大地のバンテージをセットする。
女神さまの言う通り、セットするぞ! と意識したら身体の奥でカチャッと何かがセットされた感覚がある。
「哈ぁっ!!」
バトル漫画みたいにカッコよく気合いを入れてみる。
気がカッコよく噴き出すとかそういう演出は特にありませんでした。
非常に残念だなぁ。
しかし、女神さまの説明では怪力やスタミナが強化されてるハズ……!!
俺は空き地の隅に置いてある丸太を持ち上げようとしてみる。
「くっ……!!」
グググッ……と丸太が持ち上がった!!
うおおお、すごい怪力だ!!
いやでも、わりと重いよ?
重いっ!!
俺は重量投げの選手がバーベルを投げ捨てるような感じで丸太をズドーンと落とした。
「ふお~、ソラくん、スゴい……スゴいんだっけ? 男子が一瞬だけ丸太を持ち上げるのってスゴい事なのですか?」
「ど、どうなんだろうね……。俺も今までの人生で丸太を持ち上げようとした時が無いから分からない……」
ああ~でも、確かなんとかって漫画で、男たちはみんな丸太を振り回してバケモンと戦ってるとかネットで見た事があるような……。
じゃあ普通の事なんだろうか、丸太を持ち上げるって。
やはりR武器、大した事ないぜ。
「ふぅ……次は紫電の槍を試してみるか」
コッチは身体を光の粒子に変換するとかいう中二病的には心が疼きそうな設定だがはたして。
身体が軽くなるっていうんだから、とりあえず走ってみるか。
俺は狭い空き地の中をぐるぐるランニングしてみた。
タッタッタッタッ。
おお、身体が軽い!!
「どうだろうか、文川さん!」
「え、何がですか?」
「俺、速くない?」
「すいません、分かりません」
ですよねー。
正直、こんな狭い所をぐるぐる回っても大してスピードが出ない事はなんとなく分かってたぜ。
「ただまぁ光の速さで移動できるワケじゃないのはなんとなく悟ってしまった」
「そっかー」
とはいえ、身体が少し軽く感じるのは確かだ。
俺はどっちかというと持久力があるタイプで短距離走は得意じゃないんだが、今ならクラスで上位に入れる自信がある。ような気がする。
「あっ。アトラスくんが戻ってきたら競争してみたら? そろそろお買い物から帰ってくる頃だろうし」
「ああ、いいね。誰かと比べたら分かりやすいかも」
スケルトン討伐でまとまったお金が手に入ったアトラスは炎でも燃えない装備品を探してみるのだそうだ。
そういった装備は耐火性に優れているが値段のわりに防御が薄いらしい。
なのでコスパが悪いし、兄貴たちの言葉もあって敬遠してたようだが、先日の俺の言葉で装備の購入に踏み切ったとの事。
わずかとはいえ、防御が上がったアトラスはまた一段階、強くなるのだろう。
俺はガチャ武器を鍛え、アトラスは正攻法で強くなり、お互い切磋琢磨していくのもいいかも知れないな。
「ただいま戻りました!」
アトラスの元気な声が聞こえたので振り向くと、そこには可愛らしいミニドレス風の戦闘装束を身に纏ったアトラスちゃんがいた。
ん?
「え? わぁああああ!! アトラスくん、どうしたのその格好!! 似合う!! 可愛すぎるっ!!」
「でしょ!? えへへ~着せ替えるの楽しかった~」
文川さんとシュペットちゃんが大いに盛り上がってる。
「あの、ソラさん、どう……でしょうか?」
アトラスがモジモジしながら上目遣いで俺を見てきた。
「ああ、うん。どうと聞かれたらそりゃすごい可愛いけどネ」
「ホントですか!?」
そこ、そんなに喜ぶところかな?
「兄様たちはボクがこんな格好をしていると……出来損ないとか恥さらしって怒るばかりでしたけど、でもソラさんが受け入れてくれて、すごく嬉しくて……」
「ああ、ああ。そうだね。そうだろうな」
へへっ、俺……いつ受け入れたっけ?
「私からもお礼を言います! 私、お兄さんたちの言いつけで服を着ようとしないアトラスが可哀想で見てられなくて……でもソラさんがその呪縛から解放してくれて。本当にありがとうございました!」
「なあに、どういたしまして」
俺は何をどういたしたんだ?
シュペットちゃんが頭を下げて、文川さんも「ええ話や……」とウンウンうなづいている。
俺はというとトランスジェンダーには理解はあるつもりだが、自分の無意識な一言でアトラスの生き方に影響を与えてしまったのではないかという責任感でうおおおおおってなっていた。
というか俺、女装してよし! とか言ってないからね!?
「えっ、ボクと競争ですか? いいですよ!! この服がどれだけ動きやすいか試してみたいですし!!」
人の気も知らずにとてもいい笑顔で走り出したアトラス。
なんだろうアレは。
心が女そのものなのか、心は男だけど女装癖があるだけなのか色々とパターンがあるからなぁ。
どう接するべきか正直、戸惑ってしまうが、今までどこか窮屈そうで余裕がなく焦りを抱えていた重い空気感はもはやない。
楽しそうに軽やかにスカートをヒラヒラさせながら走るアトラスを見ているのは悪い気はしなかった。
ただドラゴンを殺せるアトラスのお兄さんたちが知ったら俺がボコられるんじゃないかという一抹の不安はあるが……。
ま、いいか。
あとで文川さんと滅茶苦茶キスして寝よ。
そんなこんなで今日もメシュラフの日が暮れていったのだった。
ブクマいつもありがとうございます!
感想、批評も本当に励みになってます!
考えてみたらふたり旅要素が薄れてきたのでそろそろふたり旅に戻さなきゃ!
いや、でもタイトル関係なくなる作品もよくあるしいいのでしょーか。
まぁ色んな寄り道もぶらり旅の良さですよね!(無理やり感)