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21話 知ってる天井


「……」


 静かに目を開くと見知らぬ天井が広がっていた。


 知らない天井……ってヤツか。



 ん? いや、やっぱり知ってるな……。


 昨日、泊まったメシュラフの宿屋の天井か、これ。



 意識がぼんやりしつつも周囲を確認すると、俺が寝てるベッドのすぐ側で文川さんが椅子に座りながら寝落ちしてる姿がすぐ目に入った。


 文川さん……なんでここに……?



 と次の瞬間、先程までのガチャの女神マリアリスとのやりとりを一気に思い出した。



 ま?



 まああああ!?



 そう言えば寝言で文川さんに好き好き言ったのをバッチシ聞かれたんだっけ……!? 


 どうしよ!?



 俺は首を傾け、寝てる文川さんの顔を凝視する。


 疲れた表情をしているように見えるが……。



 うーむ。しかしこの人、こんな状況で俺みたいなヤツの告白をいきなり聞かされてどう思ったんだろうか。


 一晩中、側にいてくれるくらい心配してる時にそんなモン聞かされて大変、困惑されたのではなかろうか。



 マリアリス様に言われた「とにかく安心させてあげて!」という助言を思い出す。



 そうだな。


 俺がどう思われたとか気にするより、まずは文川さんに元気な姿を見せてあげるのが先決だな。



 いや、でも俺ホントに元気なんだろうな?



 布団の中で手足の指を握ったり開いたりする。



 よしよし、ケガした腕も普通に動くぞ。


 女神さまが「お仲間がポーションで治療した」とか言ってたが、やっぱりファンタジー世界の薬はすごいもんなんだなぁ。



「……っと」


 俺は上体を起こし、脚の向きを変えてベッドに腰かけ、そして側で寝ている文川さんに向き直る。


 ベッドがギシリと軋み、布が擦れる音から気配を感じたのだろう。


 文川さんがうつむいたまま目をゆっくり開いて、そして顔を上げた。



「おはよー文川さん。……いや、こんばんわ? 寝すぎて時間がよく分かんないな……」



 バッ



「わっ……と!?」



 空の明るさを確認しようと窓の方に目線をやった瞬間、文川さんが俺の身体に飛び付いてきた。



 病み上がりだからか寝起きだからか思ったより身体に力が入らず、受け止めきれずにそのまま軽い体重の彼女の勢いに押し倒されてしまった。



 ギシッ!!


 とベッドが大きな音を立てる。



「ふ、文川さん……?」



「う、うううっ、ううぅぅうううぅううう……!!」



 文川さんは俺の胸に顔を押し付けながら、くぐもった声をあげる。


 彼女の肩は震えていた。



 ああ……。



 泣いてくれているんだろうか。


 俺なんかのために。



 なんだか申し訳なくて、ありがたくて、(いと)おしくて彼女の背中を優しくなでる。


 

 すると彼女はピクッと反応して、俺から身体を離した。



 あっ、背中を触ったのがセクハラと認定されたのでしょうかと思った次の瞬間。



 彼女の柔らかな唇が俺の唇に、そっ……と押し当てられた。



 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 

 目の前には彼女の閉じられた眼があり、鼻と鼻がくっつき、唇には柔らかな感触。


 

 それが文川さんとのキスだと分かった時、俺はなにか胸の奥が熱くなってもはや理性が抑えられなくなった。



 文川さん……!!



 文川さんの小さな背中に腕を回し、彼女の柔らかな身体をぐっと自分の方に強く抱き寄せて、身体を密着させてさらに深く深く……文川さんの唇に吸い付く。


 口を閉じているのでお互い、鼻で呼吸をする。


 彼女の鼻息がくすぐったくも心地よい。



 すると彼女も俺の背中に手を回し、唇をさらに押し付けてくる。


 文川さんはわずかに口を開き、上唇と下唇で優しく俺の唇をはさみこむ。


 お互いの唇がふれ合うぬるぬるとした感触が心地よくて、俺も口を少しだけ開いて彼女の唇に軽く触れて、そしてまた口づけをする。


 どれだけの時間そうしていたのだろう。



 文川さんが顔を引いた感覚があったので俺も少し顔を引き、お互い身体を起こしてベッドに並んで腰かける。


 そして、あらためて彼女の顔を正面から見つめた。



「……」


 はじめて見る彼女の表情だった。


 せつなそうな、心細そうな、でも何かを期待しているような熱い眼差し。



 なにか声をかけなきゃ……と思うがなんて話しかければいいんだろう。



「あの……」



 文川さんが先に何かをつぶやき始めた。



 一体、俺に何を伝えてくるのか。



 魔物と対峙する時とはまったく逆のドキドキで胸がいっぱいだ。



「よ、喜んでいただけたでしょーか……?」



 緊張しまくった真面目な表情でそんな事を言った。


 初めてのキスの……第一声がそれですか。


 しかし、なんとも文川さんらしくもある。


 俺はクスッと笑ってしまった。



「うん。控え目に言ってすごい元気出た」


「そ、そっか。それはなによりだよ」


「ふ、文川さんはどうでしたか?」


「えっ!? な、なにが!?」


「えっと、その、俺を喜ばせるためにやっただけで……、文川さん自身はどんな感じだったのかなぁっと」


 あああああ俺も緊張し過ぎて何言ってんだかワケわからん。



 と、文川さんはその質問に答えるかわりにもう一度、唇を重ねてきた。



 今度は背中じゃなく、俺の頭を抱き抱えて髪を優しくなでながら激しいキスを求めてくる彼女。



 俺もそんな彼女が愛しくて、その愛らしい頬を手でそっと触れながらお互いの唇と唇を色んな角度で重ね合わせる。



 彼女は少し唇を離して、そして俺と見つめあいながら言った。


「嫌ならこんな事しませんよ」


 そしてまたチュッとキスを続ける。


 俺も少し唇を離して答える。


「ですよね、よかった」


 二人は見つめあいつつ、フフッと微笑みあう。 


「……ていうか、なんか、すごい気持ちいい」


 チュッ、チュッ……と彼女もすっかりやみつきになったみたいにキスを繰り返す。


「ん……」


 チュッ


「んむ……」


 チュッ


「君島くん……」



 バァアアアアアアアンンッ!!



「ソラさんっ!! 気が付きましたか!! この度は大変ごめ、い惑を……おかけ、しま……した……?」



 文川さんを抱き締めてキスしながらドアの方を見るとアトラスがかたまっていた。


 文川さんも俺の腕の中でかたまっている。ああ可愛い。


 

「だめッ!! アトラス!! どあほ!! 邪魔しちゃダメでしょ!! 空気読みなさいっ!!」


 後ろにいたシュペットちゃんがテンパった表情でアトラスの背中を何回もパンチしながらドアをバタンッと閉めた。



 と、思ったらすぐガチャッと開いてシュペットちゃんが申し訳なさそうな顔を見せる。



「あ、あのごめんなさいごめんなさい……一応、お話ししたい事があるので、一時間くらいで済みますかね……? いや、もう燃え上がって一日中い、い、いたすというのであれば日を改めますけど……」



 一日中いたす、とか聞いて文川さんの身体がびくっと揺れた。



 シュペットちゃんは顔を真っ赤にしながら、右手の人差し指と親指で輪っかを作って、そこに左手の中指をスコスコさせている。


 その手つきをやめなさい。



「いや、あの……たぶん、みんなで俺を助けたり宿に運んでくれたりしたんだよな? コチラもお礼とか言いたいんで、どうぞ中に入って」



 

☆☆



 とりあえずまだ身体が若干フラつく俺はベッドに腰かけ、文川さんは椅子に戻り、アトラスとシュペットちゃんは土下座していた。


「この度は本当にすいませんでしたっ!!」


 二人は声を重ねて詫びる。



「いやいや、コッチこそとんだシーンをお見せしてしまって申し訳ない」


 俺も頭を下げて謝罪した。


 彼らもさぞ気まずかった事だろうなぁ。


 

 昔、兄貴を驚かそうと思って音を立てずに近付いて部屋のドアをいきなり開けたら、兄貴がエロ動画を見ながらティッシュ片手にイキリたったまま俺を凝視していたのを思い出した。



 あの悲しい事件以来、俺は兄貴の部屋に入る時はわざと足音を立ててから30秒以上の間を与えてからドアを開けるように心掛けていた。


 いや、そんな事はどうだっていいか。



「それで話ってのは何かな」


「あ、いえ。ですからその、今回ボクの不注意……いや、傲慢で自分勝手な行動のせいでナギさんを危険な目に合わせ、ソラさんに重傷を負わせてしまったケジメをつけないと、と思いまして……」


「ケジメ!?」


 まるでヤクザやら極道みたいな言葉がかわいいお顔のアトラスの口から飛び出してびっくりだぜ。


 というか……。


「というか、俺がケガしたのはアトラスのせいじゃないと思うぞ。不幸な事故ってヤツさ。気にするなよ、な?」



 これは本心だった。


 言われてみれば、アトラスが一人で突っ走ってスケルトンに戦いを挑んだからああいう事が起きたんだ……という理屈は分かるが、そもそもああいう戦いの場にいる以上、俺ももっと警戒すべきだったのだ。


「ま、お互いこれから気をつけるって事で」



 人から謝られ慣れていない俺としてはこれにて話はオシマイ! ……にしたかったんだがアトラスは気持ちがおさまらないようだ。

 


「そんな簡単に!? 貴方は死にかけたんですよ!? ボクのせいで!! それをそんな……あっさりと……」


 アトラスは涙目だ。


 真剣に思い悩んでいるらしい。


 真面目でイイ子よな。



「そう言われても俺は苦しむ間もなく意識が飛んで、気が付いたらベッドの上でピンピンしてるし、あんまり死にかけたって実感がないんだよな……あ、というかポーションはどうしたんだ? あれ、前に買おうとしたけどかなり高くて断念したんだが」


「えっ? ああ、それはもちろんコチラで出させていただきました。多少の資金はアトラスが旅に出る時にもたせてもらっていましたけれど……」


 シュペットちゃんが答えるが、何か微妙そうな表情している。


 なんだろう、その不思議そうな顔は。



「結構な値段しただろうし、お詫びというのならそれで充分過ぎるんだが……」


「いえ、それは本当に当然の事で、その上でボクはお詫びをしないと気が……」



「あれ? ソラくん、ポーション使ったの気付いてたんだ?」


 文川さんが言うとシュペットちゃんもウンウンとうなづく。


 ああ、それでそんな表情してたのか。



 えーと? マリアリス様に聞いたって事、教えてもいいんだっけ?


 漫画とかでこういう特殊な体験をした事を主人公だけの秘密にしておくパターンもあった気がするが……。



 うーん、別にいいよな。


 それに死にかけたおかげでガチャを回せたというメリットがあったと伝えればアトラスも気持ちにおさまりがつくんじゃないだろうか。



 そう考えた俺は『文川さん好きだー』以外のマリアリス様とのやりとりを洗いざらい、3人に伝えた。



 最初は「俺、女神さまに会ったんだ!!」と目を輝かせてほざく俺をコイツやばいクスリでもキメてんのか? という眼差しで眺めていたみんなだったが、手に入れたばかりの新たなガチャ武器を見せると文川さんが信じて、そんな彼女の反応を見てアトラスたちも信じたようだった。



「むおー、ソラくんばっかりズルい!! 私もガチャ回したい!!

なに? 私も死にかければいいの?」


「わー!? 待った待った!! 危ないから!! 下手したら死ぬから!! そこは慎重に考えようよ!?」


「ええええ~……ガチャ回したいよぉ~……」



 しまった、この文川さんの反応は想定すべきだったな。


 俺は運よく助かったが、大切な彼女にそう簡単に『死にかけて』ほしくない。



 俺が死んだ時の彼女の行く末ばかり案じていたが、もはや俺自身もそうなんだ。


 もしも文川さんがいなくなったら、俺は……。



 これはハッキリ伝えといた方がいいな。



「文川さん、聞いて。もしも文川さんに何かあったら……俺もたぶん近いうちにあとを追うよ」



 アトラスたちの前だが、あえて本名で呼ぶ。


「えっ……あぅ」


 彼女の手を握って見つめると、文川さんは押し黙る。



「だから、死にかける……とか、そういうのは、ね?」



「……うん」



 少し恥ずかしそうに頬を赤らめつつもコクリとうなづいて、そして俺の隣に座って肩に身体を預けてきた。


 そんな彼女の重さが心地よい。



「まぁ、そういうワケで僕たちとっても幸せだから、アトラスも楽しく生きてくれ」


「は、はぁ……」


 まだ何か言いたそうな顔をしながらも、シュペットちゃんに引っ張られてアトラスは退室していった。


 と、シュペットちゃんが振り返る。



「あのー、ソラさんのお気持ちは分かりましたがやっぱりアトラスの気が……というか私の気も済みませんので、やっぱり何かお詫びさせてもらえませんか? どんな事でもよいので……」



「ん~、と言われても本当に……。ナギさん、何かある?」

 

「ん~、じゃあ食事を1回おごるとか? それで本当にオシマイって事にしようよ」


「はいっ!! 了解しました!! とびっきり美味しいお店を探しておきますね!!」



 なるほど。ただ許す許すっていうより、そういうカタチでアトラスの言ってた「ケジメ」ってヤツをつけた方が気楽ならソッチの方がいいのか。


 まぁ本当に「許す」以前に怒ってすらいないので、妙な感じではあるが。



 と、文川さんが立ち上がって二人の方へと向かった。


「シュペットちゃん、アトラスくん」


「は、はいっ」



 急に文川さんに声をかけられてアトラスの緊張した声が聞こえる。



「君島くんを助けてくれて、本当にありがとうございました!」


 彼女は深々と頭を下げた。



 そんな! 全部ボクが悪いんです!! とアトラスはさらに土下座を始めるが、文川さんがそんな事を求めてるワケじゃないと察したシュペットちゃんが彼を起こして連れ去っていってくれた。




 パタン……とドアを閉め、部屋には俺と文川さんだけが取り残される。



 はぁ……こうして彼女と二人でいるだけで幸せだな……。


 生きててよかった。



 俺が微笑むと彼女も微笑み返す。


 文川さんはゆっくりと俺の方に歩み寄り……



 クラっと俺の身体から力が抜けてよろめいた。



「大丈夫、君島くん!?」


 慌てて文川さんが駆け寄ってくる。



「ああ、大丈夫……だと思うけど、ちょっとクラっと来ちゃって。さすがにまだ病み上がりってことなのかな」


「うん、そうそう。街の治療師(ヒーラー)さんが言ってたよ。傷は治ったけど、失った血が一瞬で戻るワケじゃないから数日は安静にしてなさいって」


「そっか。ファンタジー世界のお薬スゲー!! って思ったけど万能じゃないんだ」


「でも、あるらしいよ? お金に糸目をつけなければ一瞬で全快する幻の霊薬が」


「すごいな……。でもソレ、手に入れてもラスボスまで使わないでとっておくような気がする」


「あ~……それはあるね~。というか私、ラスボスにも使わないまであるかも」


 そんなゲームあるあるを話しながら、俺は横になり、文川さんに布団をかけてもらう。



「それじゃ、おやすみ……文川さん」


「あの~、君島くん。お疲れのところ、悪いんですけど……」


「ん? どうかした?」


  文川さんは恥ずかしそうにゆっくりと唇を近づけてきた。



「……もう1回いいですか?」


「いいですとも! というかこちらからお願いします」


「ん……」




 彼女のやわらかく温かな感触を唇に感じながら、俺は人生でかつてないほど幸せな気持ちで眠りについたのだった。



いつもブクマありがとうございます!

2日休んでる間に100pt達成しました!

ブクマ批評してくれた方々、本当にありがとうございます!

いやはやメリークリスマスですね。

みなさんに幸あれ。


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