16話 骨と美少年とウサギ耳
都市メシュラフに来て2日目。
馬車酔いで凹んでた文川さんも翌朝にはすっかり元気になり、軽めの朝食をムシャムシャ食べた俺たちはおしゃべりしながら冒険者ギルドに向かう。
「ナギさん的には早めにガーヤックで薬草師修行を始めたい感じ?」
「いや、全然だね。ていうか、ちょっと勉強できたら便利かなって程度で薬草『師』とか、そんなケッタイなものを目指してるワケじゃないですので」
「そっか。それじゃこの街で稼げるお仕事があるようなら、しばらく滞在するってカタチでもおk?」
「全然おkだよ。ていうか、しばらく馬車に乗りたくないなぁ、うぅ」
馬車の乗り心地を思い出したのか、文川さんは弱気な顔をする。
ガーヤックまではあと4日分、馬車に乗らなきゃならないがこの様子だと何か手を打った方がいいかもな。
1日乗って1日休むとか、あるいは次の街まで歩くとか。
貴族が乗るような高級馬車なら乗り心地がいいらしいが、ああいうのは貸し切りらしい。
俺と文川さんの二人だけでチャーターすると結構、高くつきそうだ。
いい仕事が見つかってガッポリ稼げればそれも不可能ではないだろうが……どうかなぁ。
などと考えているうちに冒険者ギルドに到着する。
「うわぁ、賑わってるねぇ」
文川さんが呟く通り、ギルド内には結構な数の冒険者風の人たちがいた。
閑散としてたシンナイとは大違いだ。
街の規模としては王都エルファストに及ばないメシュラフだが、ギルドの活気は負けていないみたいだな。
そしてその活気に応えるようにギルドの壁にはたくさんのクエストの貼り紙がしてある。
が、うーむ……読めん!
いい加減、こっちの世界の文字を覚えないとなぁ。
文川さんが薬草の勉強をしてる間、俺は文字の勉強でもした方がいいのかも知れない。
読めない貼り紙とにらめっこしててもしょうがないので受付へGOだ!
「あのー、すいません。クエストの内容についてお聞きしたいんですけどー……」
「クエストに関しては向こうの壁に掲示されておりますので、そちらでご確認ください」
例によってギルド受付のお姉さんは美人だが、ここのお姉さんはシンナイのリファナさんと違って心なしかツンとしてて素っ気ないぜ。
見れば分かるでしょガキが……、と汚物にツバでも吐きかけるような表情で貼り紙の方を指し示す。
本来、人見知りな俺はそれだけで戦意喪失だが一応、俺も勇者の端くれ。
勇ましき者らしく勇気を振り絞って食い下がった。
「あの……ここだけの話、僕たち異世界から召喚された系の人間なのでコッチの文字はサッパリ読めないのでありまして」
「あら、そうだったんですか。異世界ということはもしかして勇者様ですか?」
おお。『異世界』ってワードだけで勇者だと通じるのか。
うーん、ギルドでは正体を隠したいところだが話が早そうだしなぁ。
いいか、微妙にボカしながら話しちまえ。
「一応は勇者らしいです。まだ全然、未熟者ですけど」
「そうでしたか、これは失礼を。それでは一通りご説明いたしますね」
おや、お姉さんの表情が少し柔らかくなったぞ。
すごいな勇者効果。
勇者と言えば、SSR武器を持つエリート勇者の風間くんや他の連中はどうしてるかな……と、ふと頭によぎりつつ、自分たちの強さの現状をお姉さんに伝える。
「ふむふむ。まだ冒険者ランクが低いのでしたら、スケルトン討伐がオススメですね。現在236件のクエストがありますし選びたい放題ですよ」
「にひゃっ!? スケルトンだけでそんなに!?」
多すぎるだろ。エルファストだと色んな種類の依頼を合わせてようやく100件って感じだったのに。
「ここから少し北にあるマルガスク盆地はスケルトンの名産地ですからね」
「スケルトンに名産地とかあるんですか」
「あります。ちなみにこの街ではグッズも販売しております」
お姉さんが受付机の上にあるスケルトンのマスコット人形の頭をなでる。
リアルな人骨ではなくデフォルメされてて表情にも愛嬌があるな。
「へぇ、不覚にもちょっと可愛いですね」
「でしょ!? 分かります!? さすが勇者様、見る目がありますね。私はもう子供の頃からこのケルトン君が好きで好きで大好きで家にはケルトン君のぬいぐるみもあって今でも寝るときは抱っこして寝るんですけど、この前、友達に『それは絶対におかしいよ、それはウケ狙いの土産物であって本気で骸骨を愛でるとか魔女なの?』とか言われて私すごいアタマ来てケンカになったんだけど誰も私の味方をしてくれなくてちょっと人間不信に陥っててでもやっぱり勇者様ほどの人にならないと骸骨の可愛さは分からないんですかね? フフッ♪ というか今夜飲みに行きません? 勇者様よく見たら可愛いカタチの骸骨してそうだし」
「ん? はぁ……え?」
急に興奮したように受付からガタッと身を乗り出すお姉さんに呆気にとられてしまった。
でも熱っぽいお姉さんの視線を感じて、あれコレ俺、食事に誘われてるの? と気付く。
ふむむ。ちょっと変わってるけど美人に誘われるとか正直、悪い気はしないな……。
ズキンッ
「うっ!?」
ふいに背中に痛みを感じたと思ったら文川さんが不機嫌そうにツネってきてた。
今の押し売りみたいな会話もリア充トークにカウントされてしまったのだろうか。
「すみません、未成年なので飲みにいくのはちょっと。それよりお仕事のお話をですね……」
「えー、残念。でもさすが勇者様、マジメなのは良いことですよ。赤ん坊の時からミルクのかわりにお酒飲んでそうなそのへんの薄汚いゴロツキどもとは違いますね!」
最初とはうってかわって友好的になったお姉さんは俺たちに丁度良さそうなクエストについて丁寧に説明してくれた。
ケルトン君に感謝だな。
しかし、大好きなケルトン君の仲間であろうスケルトンの討伐クエを説明するってどんな心境なんだろうか。
☆☆
一通りクエストについて聞き出したので受付のお姉さんにお礼を言って別れ、俺は文川さんと相談する。
依頼内容は自分んちの畑に夜な夜なスケルトンが出るから倒してほしいというような、迷惑な野良スケルトン討伐というものが多かった。
報酬は安いけれど、数をこなせば稼げそうではある……が。
「そもそも俺たち、スケルトンに勝てるのかな?」
スケルトンの魔物強さランクは☆2つ。
ちなみにスライムは☆1つ。
スライムを楽に狩れる俺にはちょうどいいステップアップのハズだが、スケルトンは剣を振り回してくるって話だ。
スライムパンチと違って当たりどころによっては即死もある。
「ゲームなら雑魚キャラだけど、実際に刃物もった相手と戦うのは怖いんだよなぁ……。文川さんはどう思う?」
「うーん、あの、ごめん。私ちょっと、その、お手洗いいってくるから少し待っててくれる?」
「ああ、じゃあ俺その辺でスケルトンについて聞き込みしてるからゆっくりいっといれ」
「ごめん、お願いね!」
文川さんは俺の渾身のオヤジギャグをスルーしてその場から去っていった。
さて、誰か話しかけやすそうな人は……っと、辺りを見回そうとしてさっき風間くんたちの事が一瞬よぎったのを思い出す。
文川さんはクラスの連中の話題を避けているので、俺も話題に出さないようにしていたが、彼女がいないうちに調べてみようかな。
「あのー、すいません」
「勇者様、どうされました?」
俺はササッとさっきの受付のお姉さんの所へ歩み寄った。
「ケルトン君グッズ専門店ならギルドを出て右に進んで最初の十字路を左へ行って坂を上がって右に曲がると看板が見えてきますよ」
「ありがとうございます、あとで行ってみます。ただ、用件はそれじゃなくて他の勇者が今どうしてるか知りたいんですけどギルドの情報網で分かるかなって」
「他の勇者様、ですか……?」
お姉さんが眉をひそめた。
嫌な予感がする。
「彼らの身に何かあったとか?」
「いえ、勇者様といっても1000人以上いらっしゃいますのでどの勇者様かな、と」
1000人!?
「勇者ってそんなにいるんですか!?」
「ええ、例えば光の勇者様に闇の勇者様。赤の勇者に青の勇者。ドラゴン殺しに不死身の勇者に大海の勇者、力の勇者、知恵の勇者その他色々と」
そんなにいるなら誰かさっさと魔王倒して来いよ。
もう今からみんなで殴りに行こうか!
「はぁ……。じゃあ一ヶ月ほど前、エルファスト王国に召喚された異世界から来た40人の勇者の情報はありますか?」
「40人の……。ああ、確かエルファスト近くの森でウェアウルフに襲われたとか……」
「それです、それ! 襲われたあと、どうなったかをまさに知りたくて」
さっきとは逆に俺が身を乗り出してお姉さんに迫る。
「ま、待ってください、私も詳しくは知らなくて……」
気のせいか少し顔を赤らめたお姉さんは受付の後ろにある本棚からファイルを持ち出して調べてくれる。
「えー、彼らならセイラムの自警団によって保護されたあと、エルファストへと送り届けられたようですよ」
「エルファストに?」
せっかく目的地セイラムに行けたのにまた戻ったというのか?
「なんでもウェアウルフの襲撃で精神的にショックを受けたらしく、しばらく療養すると。その後の予定などは特に記載されていませんね」
精神的に、ってことは肉体的には無事だったって事なのだろうか。
それならとりあえず安心していいよな。
ん? でもそれじゃ俺と文川さんの扱いはどうなってるんだろう。
行方不明か死亡扱いか、いずれにせよ無事だと記録されてるって事はないはずだが。
「その勇者たちって何人か死んだとか失踪したとか、そういう情報はないんですか?」
「えーと……、勇者のうちの二人がウェアウルフの襲撃にいち早く気付きながら、残りの勇者たちを囮にするために襲撃の事を伏せて森に火を放ち、自分たちだけ逃亡。囮にされた勇者たちは野営地を焼かれ混乱し、対応が遅れたゆえに敗走した、そうですよ」
ん?
なんか俺が体験した話とずいぶん違うような?
というかソレ、俺たちが悪者になってない!?
「なんですかその人たち! 仲間を囮にして逃げるなんて勇者の風上にもおけない卑怯者じゃないですか!!」
突如、後ろから怒りの声が響き渡る。
なんじゃらホイホイと思って振り替えると、鍛えられて引き締まった上半身裸の赤毛の美しい少女……じゃないか、少女なら裸なワケないわな。
長い髪の赤毛の美少年が俺の背後でなんか怒ってた。
「まったく! その二人は貴方のお知り合いなんですか?」
燃えるような真っ赤な瞳でまっすぐと俺を見据えてくる。
お知り合いというか、本人?
というか、なんでこの人、他人である俺の話にいきなり割って入ってこれるの?
というか、なんで上半身裸なの?
ゲームとかじゃよくあるキャラデザだけど、実際に街中で乳首全開乱舞で生活してるとか普通にヤベー奴だろ。
「ダメよアトラス。いきなり話しかけるから、この人ビックリしてる。ごめんなさい驚かせてしまって!」
俺が脳内で半裸美少年をディスっていると、今度はウサギ耳みたいに尖ったリボンをつけた、胸のふくらみのある本物の金髪超絶美少女が超半裸人をたしなめつつ、俺にペコリと頭を下げてきた。
スタイルのいいカラダに黒いミニスカドレスに網タイツ。
そして優しそうで礼儀正しそうな美少女フェイス。
俺は脳内いいねボタンを16連射した。
「許します。どんな罪も許しましょう」
俺は手のひらを高速で返す。
「わぁ、罪が許されましたよ! ありがとうございます。アトラスもお礼を……いえ、その前にこの人にちゃんと謝って」
「これは突然、失礼しました! ボクはアトラス、炎の勇者アトラスです。以後、お見知りおきを」
「なにっ、炎の……?」
この半裸の民も勇者なのか?
炎の勇者ってなんか主役っぽいし強そうじゃねーか!
……と若干驚きはするものの、だからって俺には関係ないしこれ以上話すこともない。
「では俺はこの辺で失礼をば」
「待ってください! さっき受付の方が話してるのを聞いたのですが、貴方も勇者……なんですよね?」
「え……まぁ一応そうですけど、まだ勇者始めて一ヶ月なんで全然ショボいスよ」
目の前の少年は俺より年下っぽいが、それでも初対面ショタについ敬語になっちゃうかわいげのある俺氏。
「でしたら丁度いいです!」
なにが?
少年はスゥッと息を吸って、そして少し緊張した表情で、そしてハッキリ告げた。
「ボクと付き合ってください!!」
え?
同性からの不意の愛の告白にドキッとしてしまった俺はワケが分からなくなり、改めて少年の方を見る。
言ったはいいが俺が沈黙したまま、ただじっと見つめてくるので少年の方は照れるようにモジモジし出した。
なんだ、コイツ?
……よく見たら可愛いじゃねーか。
なにコレ、俺がOKしたら抱き締めてもいいの?
いや、違う!! 違うの!!
でも顔は女っぽいし、目元は可愛いし、引き締まってるけど骨格も女子っぽいし、なんかいいニオイもするし、なんなの!?
異世界に来た俺をさらに新しい世界に導くのやめて!!
「あの、ごめんなさい。今のアトラスの言い方は明らかにアレだったので補足しますね」
「してして!! すぐして!!」
いけない異世界に足を踏み外しそうになった俺はウサギ耳美少女の助け船に全力ですがる。
「もしよろしければ、私たちのスケルトン討伐に付き合っていただけませんか?」
ぺこり、とキレイなうなじを見せつけるように、再び彼女は頭を下げるのであった。
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