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15話 孤高のぼっち飯


 スライム退治に見切りをつけ、温泉郷シンナイを発って3日が経った。


 乗り合い馬車に揺り揺られ、街から街へと馬車を乗り継ぎ、日が沈み夕暮れから夜へと移り変わる頃。



 俺たちはついに特に目的地でもない都市メシュラフに到着した……!!



「はぁ……疲れた……。今日もただ、ただ、疲れたな……」



 俺は馬車から崩れ落ちるように降り、うおおおっ……! と背伸びをしたりヒザを屈伸したりして凝り固まった全身の筋肉に血液をぎゅんぎゅん循環させる。


 はぁ~、窮屈だったっ……!!



 当初の予定では馬車で1週間、走って走って走り続けて文川さんの目的地、薬草の街ガーヤックに最速でゴールを決める予定だったがよく考えたら1週間も狭くてガタガタ揺れて乗り心地の悪い馬車に乗りっぱなしとか一種の拷問じゃないかニャ? という結論に達したニャン!!



 といった感じでたった3日の馬車生活で、俺のティッシュのように繊細な心は壊れる寸前だった。




 もう腰は痛いわ、馬車の中でやる事なくて暇だわ、ちょっと馬車酔いするわでよく3日間も耐えたと自分で自分を褒めてやりたいトコロだが、今は文川さんの介抱でそれどころではないのでそういうのは後日にしておこう。



「う、ううう」


「ナギさん、大丈夫? しばらくここで休んでから宿を探しにいこうか?」



 ここは繁華街の入り口といった感じの場所だ。


 少し歩けば店々の灯りが煌々と輝き、酒に酔った笑い声や喧騒が風にのって聞こえてくる。



 なのでさっさと宿にチェックインして文川さんを一刻も早くベッドでゆっくり休ませてあげたいと思うのだが、彼女は極度の乗り物酔いで歩くことすらキツそうな様子。


 口元を手で押さえ、青ざめた表情でヘタりこんでいる。



「はぁ……はぁ、ソラ島くん、わ、私のことはほっといていいから先に宿を探して、きて……うぅ」


 ソラ島ってもはや誰だよとツッコミたい君島氏だが、彼女にジョークを言う余裕があるのか俺の名前すら間違えるくらい余裕がないのか判断がつかない。



「こんなヘロヘロ状態のナギさんをほっとけないって。ほら、いっそ吐いちゃった方がラクになるかもよ?」



 俺は嘔吐を促そうと文川さんの背中を合法的にさすった。


 いや、合法的ってなんだよ。


 こんな状況でこんなパワーワードがスッと出てくる自分のポテンシャルに戦慄しながら俺は文川さんの華奢な背中をなでまわした。


 いや、やましい気持ちはほとんどないから! たぶん!


 

「や、本当にいいから……。というか、背中さすられるとなんか本当に吐きそう……」


「いや、吐かせるつもりでさすってるんですが何か? 少しはスッキリするだろうさ」


 さすりさすり。



「うぅ……や、やめ、うっ!? うぉろろろろろろろろろろろ……」



 その時は唐突に来た。



 文川さんの口元を押さえる指の隙間から、良く言えばカスタードクリーム色の夢の液体が、悪く言えばゲロが溢れだし、まるで盆と正月とハロウィンとクリスマスが1度に来たように盛大に地面にぶちまける。


 吐くのを嫌がっていたようだが、1度吐くともう止まらないようでさながら決壊したゲロのダムみたいに放流を始めた。


 吐くもの吐いたし少しは気分良くなるかなと安心したが、文川さんは依然として冴えない表情だ。



「大丈夫? まだツラい?」


「うぅ……見ないで……私、こんな、汚な……うぇぷっ」



 文川さんがちょっと目を潤ませていてドキッとする。



 うーむ、女子としてはこういう姿を他人に、特に異性に見られたくないものかもな。


 というか逆の立場なら俺だって親ならともかく、同年代の女子の前でこういう姿を見せたくはない。




 でも彼女のそんな姿を見て俺が文川さんを嫌うとかイメージ下がるとかそんなことは微塵もない。


 ありえない。




 むしろ、こんな弱ってる時に彼女のそばで支えてあげられるのが俺で本当に良かったとまで思う。



 よし。文川さんも不安がってるだろうし、こういう事はハッキリ言葉にして俺の気持ちを伝えよう。



 鞄から取り出した清潔なタオルで、遠慮する文川さんの口元や手の汚れをぬぐってあげながら、俺は彼女に言ってあげた。



「俺、弱ってる文川さんの近くにいて本当にラッキーだったよ……」



「よ、弱ってる私に何をする気なの……!? へ、変態!! 虫けら!! 卑怯もの!!」



「いや、そうではなく」



 フッ、なにやら俺まで涙目になってきたぜ。



 まぁとにかく出すもの出して少しはスッキリしたようだし、とりあえずフラつく文川さんに手を添えながらなんとか宿屋までたどり着くことが出来たのだった。




☆☆




「ナギさん、一人部屋2つも二人部屋も両方空いてるけど今日は一人部屋にしとく?」


「……うん。今日はそうする……」



 基本的には一人部屋を2つ借りるより二人部屋1つの方が安くつく。


 最初は同じ部屋に女子と二人きりで寝るなんてハァハァ!! と緊張したり興奮したりしたものだが、お金の節約でしかたなく、そうあくまでしかたなく二人部屋に泊まり続けるうちに最近はすっかり慣れてしまった。


 というか毎日クタクタなので夕飯を食べて部屋で一時間もおしゃべりしてると二人とも自然と眠くなって即おやすみモード。


 よからぬ事をしようという気すら起きないというのが現実でした。




「では、ごゆっくり……」


 宿の人に案内されて俺たちはそれぞれ隣同士の部屋までやって来た。



「さーて、いつもならどこかへ夕飯食べにいくとこだけど……ナギさん食べられそう?」


「う……なんかちょっとムリかも。私、今日はもう休む……」



 さっきより気分は落ち着いてるようだが、体に力は入ってない感じだ。


 これが日本のホテルならルームサービスでおかゆでも作ってもらえる可能性もあるだろうがここにはそんな気の利いたサービスはない。



 あ、待てよ。


 おかゆくらい俺が作ればいいのか。



「じゃ、ソラくん……ここは誰もいないし別にいいか。君島くん、また明日ね……」


「ああ、ゆっくり休んでね文川さん」



 俺たちは人の多いとこではソラナギ呼びで、部屋の中で二人きりの時などは本名で呼び合おうと一応、そういうルールにしておいた。


 部屋の中、二人きりの時だけ特別な呼び方をするってなんかアレだよな。


 うふっ。



「それと君島くん、さっきはごめんね。介抱してくれたのに罵詈雑言を浴びせかけて……」


「気にしてないよ。むしろ興奮するからまたよろしくな」


「……ヘンタイ!」


「ありがとうございます!!」



 俺が軽口を叩くと彼女は少し笑顔を見せてくれて自分の部屋へと入っていった。



 おかゆの件について話そうと思ったが、作ったもののやっぱり食べれなかったら彼女の負担になるし、ここは言わないでこっそり作って様子をみよう。


 そもそもコンビニなんか無いんだからこんな時間に食材がゲット出来る保証もないしなぁ。





☆☆




 ワイワイ、ガヤガヤと漫画ならそんな擬音がつきそうな賑やかな夜の街を歩き出す。


 シンナイから3日、いくつかの村や街で休憩、宿泊してきたけどその中ではここメシュラフは人口も多く、一際(ひときわ)大きな街のようだ。



 目的地であるガーヤックまでの通過点としてしか見ていなかったが、別に急ぐ旅ではないのだから、しばらく滞在するのもアリかも知れないな。


 明日、冒険者ギルドに寄ってみよう。


 なんにせよ少なくとも明日1日くらいは文川さんに休ませてあげたい。



「……なんか最近、文川さんのことばかり考えてるなぁ」



 久々に一人になってもコレだ。



 漫画やゲームのことで頭がいっぱいだった異世界に来る前に比べれば、女子の事ばかり考えてる今の方が男として進化した気もするが、あんまり文川さん依存症になるのも何か……ストーカーにクラスチェンジを遂げる可能性も出てきそうだ。



「よし、とりあえず飯を喰う時くらいは久々の一人の時間を堪能するぞ」


 俺は手頃な食事処をさがすことにした。



 文川さんといるときは俺ごときでも店を選ぶ時はある程度は気をつかう。


 例えば外観に清潔感があって、店内にある程度、女性がいる店とかね。


 女性がいるってことは女性に受け入れられてる店ってことで当然、文川さんにも居心地のいい店だろうからな。 



 だが今日はそういうのはまったく考えず、その辺にある食堂にふらっと入った。



「いらっしゃい」


 狭い店内には客が7人。


 全員、大人の男だ。


 家族とかカップルとか友達連れなどはおらず、一人ずつバラバラにもくもくとタレのついた豚肉丼とか塩で炙った魚飯をそれぞれのペースで自分勝手に食べている。



 ああ、なんかいいな。


 いかにも、って感じの店だ。


 

 俺も豚肉丼を頼んだ。


 店主も余計な事は言わずに「あいよっ」と一言応えて、すぐに豚肉を切り分けて焼き始めてくれる。


 そんな御大層なものでもないだろうが、なんとなく俺もこの孤独な男たちの輪に受け入れられた気がする。




 飯はみんなで食べる方がうまい? いやいや、一人で食べる方が味わって食べれるからうまいだろう、なんて説もあるが教室でみんなグループで和気あいあいと喰ってる中でのぼっち飯はやはり少々みじめというかツラいものがある。


 といってグループに混ぜてもらって食べる飯はうまいか? と言われるとやっぱり答えは否だ。



 俺は一人で食いたいのだ。


 からあげを喰う時は頼むからからあげに集中させてくれ。


 だから、俺の周りでみんなでワイワイ楽しそうにするの禁止。気になっちゃうから。


 じゃあ出てけよって言われそうだが便所とか屋上で一人で喰うのは淋し過ぎるからお断り。


 それが俺のジャスティス。



 なに勝手ほざいてやがる豆腐のカドに頭ぶつけて死ねって感じだろうが、そんな俺のワガママを容易に叶えてくれるのがこういう孤独な男たちの店だ。


 そこそこ旨くて、そこそこ安くて、ぼっち飯をみんなで堪能できるぼっちたちの楽園。



「へい、お待ちっ」


 コトッ、と奥さんのいなさそうなぼっち店主が豚肉丼を俺の前に置いてくれた。


 肉は薄切りだがほどよく炙られていてクニュクニュと噛むたびに旨味が口の中に拡がり、そして潔く溶けてゆくだろう。


 たっぷりかかったタレと肉汁がご飯にまで染み込み、米まで旨そうだ。


 まずは焼き肉のみを楽しみ、次はご飯に肉をのせて同時にいただき、そして最後はタレで味付けされたご飯を一気にかきこむ。


 想像しただけで舌から唾液が染み出してくる。


 俺は肉の香ばしい匂い漂う丼を前にごくりと喉を鳴らす。


 寡黙な店主はそんな俺の様子を見て満足気にうなづいた。




「でもこれ、文川さんと食べたらもっと美味しくて楽しくて幸せだろうなぁ」


「えっ」


「すいません、これお持ち帰りに出来ますか?」



 俺は偶然、片手に持ち歩いていた小鍋に豚肉丼をガッと詰め込むと、一緒にメシを喰う相手もいない気の毒な連中に一方的に別れを告げて淋しい店をさっさとあとにしたのだった。




☆☆



「文川さ~ん、起きてる~?」



 宿に戻り、一緒にメシを喰う相手のいる幸せいっぱいの俺様は彼女の部屋のドアをノックする。


 しばらく待てども返事がない。


 もう寝ちゃったのだろうか。


 と諦めかけたその時、部屋の中からモゾモゾと音が聞こえてカチャリとドアが開いた。

 


「……なんか、美味しそうな匂いがする」



 ちょっと眠そうな、髪が乱れた文川さんが薄いシャツの上に制服を羽織って姿を見せた。


「ごめん、起こしちゃって。体調はどう?」


「ん……いいかも。ていうか、ちょっとお腹空いてきたかな」


 彼女はお腹のあたりをさする。



「それはよかった。おかゆ用意したんだけど食べる?」


「うん、食べるー。よこせー」


 

 彼女は目を閉じながら俺の方に両手を伸ばしてパタパタと振ってきた。


 少し寝起きのテンションなのかすっげーかわいい。




☆☆



「わぁあ! これ、君島くんが作ったの? すごーい!」


「いや、夕飯に豚丼を食べようとしたんだけど、コレおかゆに出来るなって思って利用しただけ。そんなに大した手間はかけてない」



 豚丼のご飯だけ取り出して、お湯でふやかし、卵と刻みネギをまぜておかゆにする。


 胃が弱ってそうだから脂っこいのもどうかと思って、しかし精はつけてあげたいのでタレの絡みついた豚肉はひと切れをさらに三等分にして文川さんの分のおかゆに散りばめた。



 彼女はスプーンで、はむっと一口含んで、もぐもぐと噛み締める。



「あ~……美味(びみ)すぎ……。なんか身体中の血管のすみずみまで肉汁が染み渡る……!!」


「それ、血管が大変なことになってるけど大丈夫?」



 と言いつつ俺も一緒に豚肉おかゆを食べるが超絶うまい。


 玉子粥に豚肉の脂とネギがいい感じにコラボして、単純に豚肉丼として食べるよりコクもさっぱり感も増して上出来だ。




「あー我ながらうまい。我ながら、って言ってもほとんどあの店の親父さんの手柄だけどな」


「ふふっ、だけど栄養たっぷりの卵とかネギの優しさ成分が君島くんって感じだよねぇ」



 そうかね?


 大したことじゃないが気をつかったところをちゃんと言葉にしてもらえると嬉しいもんだなぁ。


 野外で俺が飯を作ったとき、彼女はちゃんと褒めてほしいところを褒めてくれるので非常に作りがいがあるし、その相乗効果でメシも美味く感じる。




「でもまぁアレだな」


「なに?」




「やっぱり文川さんと食べるから美味いのかな」




 俺はちょっとそんな恥ずかしい事を言ってみた。



 こんな事を言うとまた文川さんは顔を赤くして照れるのかなって期待して彼女の方を見ると



「え? なんだって?」



 と、真顔で返されました。



 こ、この女、さては告ってくる男たちに聞こえないフリを続けてハーレムを作る気か!?



「もうっ、なんでもないっ!!」


 俺は何故かオカマみたいな口調でおかゆをかきこみ、それを見て文川さんは楽しそうに噴き出す。


 よかった、もうすっかり元気みたいだな。



 そんなこんなで今日も楽しくメシュラフ滞在1日目の夜が過ぎてゆくのであった。


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