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14話 いいもの


 温泉郷シンナイにたどり着き、1週間が過ぎた。



 2日目に魔石を100個稼いだ事で『もしかしてこのまま、この村に永住できるんじゃないかしらん?』と思いもしたけど、人生そんなに甘くなかったぜ。


 3日目からヒルデロの丘のスライムの数が減り、魔石の稼ぎが悪くなったのだ。


 4日目、5日目はまだまだ利益は出たが、シンナイは宿代が他の街より高くつくのでこのまま稼ぎが下がり続けると野宿しないとそのうち赤字まである。




「それはソラさんたちがヒルデロの丘のスライムを狩りつくしちゃったって事でしょうねぇ~」


 冒険者ギルドのいつもの優しい受付のお姉さん、ファリナさんに相談してみると、1つの場所で短期間に魔物を討伐し過ぎると個体数が減少するのはよくある事らしい。



 シンナイに仕事をしにくる冒険者が少ないのはこづかい稼ぎにスライム狩りをしてもすぐ狩りつくしてしまうから。


 という理由も含まれていたようだ。


 熟練冒険者なら文川さんの攻略法無しでもスライムくらい余裕で刈り取れるんだろうしな。



 1ヶ月もほっとけばスライムなんてものはまたウジャウジャ湧き出してくるらしいけど、コッチとしては1ヶ月も稼がないワケにはいかないワケで。


 6日目、7日目はスライム狩りを早めに切り上げ、俺と文川さんは次の街を目指す準備を始めた。




「……というか、次はどこにいこっか?」


 文川さんとお茶屋さんにて、お団子と熱くて苦いお茶をいただきつつ、地図を広げながら相談する。



 街も村もいくらでもある。


 確たる目的もないのでどこへ行こうと自由!


 ……なのだがゲーム馴れしてる俺は「自由の中から何かを選択する」ってのが逆に苦手だったことに気付かされる。



「『自由さ』がウリのゲームもあるけど、なんだかんだいっていける街の数は限られてるし、攻略情報をネットで調べたら効率のいい優先順位はおのずと浮かびあがってくるからなぁ」


 俺は地図とファリナさんから聞いた周辺地域の情報メモを見比べながら頭を悩ます。



 金に糸目をつけなければ良質な武器が手に入る街。

 モンスターが一年中暴れまわってて討伐系クエストが絶えない街。

 おだやかで平和そうな街。



 他にも色んな特色の街があるけれど、何を基準に優先順位をつけるべきか……。

 


 ゲームなら街から街へと移動するのはせいぜい数分から数十分程度、ソシャゲなら一瞬だ。


 選択をミスっても大したロスにはならないが、現実には数日から下手すれば数週間も移動に費やすし、金もかかる。



 何日もかけてたどり着いたものの、なんの成果も得られませんでしたー!! なんてワケにはいかないのだ。



 そう考えるとスライム狩りという手頃な稼ぎが出来たシンナイをたまたま目的地に選んだのはなかなか良いチョイスだったんだなぁ。



「よし、分からん!」


 俺は開き直ってテーブルに突っ伏した。


「昔風に表現すれば頭から煙がプスプスと出そうな感じ……」


 お茶屋に入ってすでに30分くらい、あーでもないこーでもないと肯定と否定を繰り返して頭がンンンンンンッ!! ってなってきた(伝わるだろうか)。



「よしよし、ちょっとクールダウンしなされ」


 そういうと文川さんはやや体温の低い手で俺の頭をヨシヨシとなでてくれた。


 ヒンヤリしてて熱を帯びた脳みそに心地よい。


 というかクラスの女子に頭をなでられる人生って最高ですがなにか?

 


「はい、疲れた時には甘いものだよ」


 文川さんの女神(ゴッデス)(ハンド)で脳をバターみたいにトロトロ溶かされる快感に浸る俺におまんじゅうが差し出された。


 アンコがぎっしり詰まってて甘い!! うまい!! 癒されるぅ!!


 こっちの世界にもクッキーやケーキ、アンコといった甘味はあるけど、節約せねば……という思いから、そう毎日食べる感じではない。



 なのでこうして、たま~に食べると干からびた大地に水が染み込むように糖分がじゅわじゅわと脳みそに染み込んで頭がよくなった気がする。


 そして苦いお茶をズズズッと。


「くぅ~、五臓六腑に染み渡るなぁ~」


「それはよかったよ~」


 俺がしみじみと満たされた顔をすると文川さんもニッコリ微笑んでくれた。



 はぁ~幸せだな~。でも、この幸せがあるのも所持金に余裕があるからなんだよな~。



 稼ぎが悪くなったといっても実際は金貨10枚分近い蓄えが出来ていた。


 金貨は一万円札くらいの価値で、つまり1週間で10万円近く稼いだのだから今日くらいお茶屋で甘いものをおかわりしてもバチは当たらないのである。当たらないよな?


 でも貯蓄がなくなればたまの休養日に昼間から女の子とお茶をしばくこともできなくなるワケで。



「やっぱり当面は貯蓄を増やしたいなぁ。そういう意味ではモンスターが毎日ワルのオリンピックを開催してる街で討伐クエストをこなすのがいいんだろうか」


「でも私たち、防具が貧弱だからね。先に良質な武具を扱う街に行った方が結果的には効率よく狩りができるかも」


「でも良質な武具ってお高いんでしょ? 行ったはいいけど欲しいモノが買えないって事態は避けたい」



 と、やっぱり堂々巡りだ。


 んー、いや、俺が難しく考え過ぎてるだけなんだろうか?



「ナギさんはズバリここだ、って街ある?」


 困った時の文川さん頼りだ。



「そうだねぇ。ここ、って街は分からないけど、私は薬草についてちょっと勉強したいなぁって思ってるかな」


「薬草かぁ。ふーむ」


「傷薬を自前で用意できたり、魔獣が嫌がるニオイのハーブを作れたりして単純に役立つっていうのと、あとソレを街で売れれば儲かるでしょ?」


 お……?


 おお!


「それ、答えだよ!」


「え?」


「今みたいに狩れるモンスターがいなくなっても副業という保険があれば安心だし、ナギさん要領良さそうだからなんだったら薬草採りを本業にしてもいいワケだし!」


「いや、そんな期待しないで……。まだ勉強も始めてないんだから」


 文川さんは顔を赤くしてちぢこまる。


「となれば、えーと確か……ここだ。ガーヤックの街を目指そう」


「ガーヤック? どんな街だっけ?」


「エルファストにいた時に集めた情報でね。街の周りに結構な種類の薬草が生え揃っていて、ここで修行する薬草師は多い、って話だった」


「わ! すごい! 私が欲しい情報そのものだったね! 私も調べてたつもりだったけど、情報収集はソラくんにはかなわないなぁ」


「いやー、俺は知ってたのに『ふーん、そんな街あるんだー』くらいにしか思ってなかったからね。ナギさんの発想があってこそだって」



 俺たちはまた「いやいや、そちらこそスゴい」とおだてあって甘やかしあう。


 くぅ~っ、アンコより甘いぜ!!



 などと甘ったるい話を続けていると石をぶつけられそうなので、目的地も決まったことだし、キビキビと旅の準備を始めることにした。


 シンナイの村には野営地から着の身着のままで歩いてきたからなぁ。


 替えの下着やタオルなんかは2日目に買っといたけど、他に何かいるかな?


 ガーヤックの街までは馬車などを乗り継いでも1週間はかかる。


 途中、村や街もあるだろうが買えるものは今のうちに買っておくか。




 というワケで出発は明日の朝と決めて、今日は二人でショッピングすることにした。


「とりあえず調理道具は欲しいな。小鍋は二つあると便利そうだ。あとナイフも欲しい。モンスターを斬ったファイアバゼラードで食材を斬りたくないし、ああ、それからタッパーがあれば作りおきも出来るぞ……」


「ソラくん、主婦みたいだねぇ」


「ああ……クラスの連中にメシ当番押し付けられたのは腹立ったけど料理自体は嫌いじゃないかも。それに40人分も作るとなるとアメリカの刑務所みたいな大雑把なメニューにせざるをえなかったけど、二人分ならまともなモノ作れそうだ」


「すごいなー、私は料理とか出来ないからなー……あ、でも手伝う気はあるよ! 私も覚えたいし、色々教えてくれると嬉しいかも」


「おお、いいね。じゃあ、ナギさん用の調理ナイフも買っておこう。自分専用ナイフとかあると、やるぞ! って気になれる、気がする」



 なんかテンション上がってきて、もう色んな調味料とか買い揃えたくなるが、あんまり大量に買うと持ち歩くのが大変だしな。


 節度大事! あとお金も大事!



「ソラくん、エプロンってあった方がいいのかな?」


 エプロンか……。まぁ俺たちの服なんて冒険で汚れ放題だし必要ってものでもないかな、と声のする方を見ると、そこには制服の上からエプロンをつける文川さんの姿が……!!


 うぉおおおめっちゃカワイイんですけど!?


「うぉおおおめっちゃカワイイんですけど!?」


 思わず声に出てしまった。



「かっ!? かわいくないでござるしっ!?」


 何故か武士みたいな口調で文川さんは顔を真っ赤にしてエプロンをバッと外して店の床に叩きつけた。


 それ売り物なんだが。


「これ、買います」


 俺はエプロンを買った。


 これはいいものだ!!



 まぁ、汚ない服で調理してスープの中に泥とか魔物の肉片が落ちたら嫌だしな。





「あとはナギさんのコップかな」


「コップ?」


 水筒を買ったので必要性は薄れたが、湧水の杖で水を飲む際にあると便利だ。


 俺は両手ですくって飲めばいいが、文川さんは未だに水道水を口で直飲みするような感じで飲んでいるし。



「だったらソラくんも買おうよ。熱いお茶とか飲むときにいるよ」


「いや、熱いお茶も俺は両手ですくって飲んでみせる」


「なんで!?」



 ウソです。


 そりゃそーだな、俺も買おう。



 最初は二人それぞれ気に入ったデザインのコップを買おうと別々に見てまわっていたが、考えてみれば同じデザインのコップならピッタリ重ねて収納できる事に気付いた。


 それならば若干、鞄の中のスペースを節約できる。


 というワケで値段もデザインも手頃で、持ち歩いても壊れにくい丈夫そうな造りの、二つで一セットの茶碗を買うことにした。



「すいません、この茶碗を一組お願いします」


 と、店員さんに声をかける。


「はい! ありがとうございます、こちらの夫婦(めおと)茶碗ですね! こちらのお会計……」


「えっ、これ夫婦茶碗なんですか?」


「めっ!? めおとじゃないでござるしっ!?」


 顔を真っ赤にして涙目の文川さんが茶碗を床に叩きつけようとしたので、俺は必死に阻止した。


「すいません、これ買います絶対に」


 こうして俺はまたまたいいものを買ってしまった。




☆☆




「いや、ちがうのちがうの、別に君島くんとメオトが嫌とかそういう問題じゃなくて違うものは違うワケだし、そこはキチンと言ったほうがいいわけで私はあのそのごめんなさい……」


 店を出てから文川さんは謝りっぱなしだ。


 何に対する謝罪かはよく分からないが、買ってない商品をいきなり破壊するのはどうかと思うので、まぁ反省するというなら反省してもらった方がよいのだろうか。



「まぁアレだよ。夫婦茶碗、なんてただの商品名なんだし気にしなさんな。それにホラ、なかなかいいデザインだよ。丈夫そうだし」


 俺は買ったばかりの茶碗を文川さんに見せてみる。


「今まで屋外で寝泊まりする時は味気ない器で食事してたけど、こういう淡い色合いの茶碗でお茶なんか飲んだら、1日の疲れも癒されて和めるんじゃないかな」


「……そうだね。うん、そんなものかもね」


「よし、宿に戻ったら早速、この茶碗を使ってみよう。明日はここを出発するワケだし、新たな門出に祝杯をあげよう」




 そんなワケで帰りにジュースを購入して、宿の部屋で夫婦茶碗にジュースを注いで二人で乾杯した。


 最初は照れ臭そうにしていた文川さんもすっかり茶碗が気に入ったようで今は茶碗を眺めてニコニコしている。



 はぁ、なんだろう。


 自分で言った通り、夫婦茶碗なんてただの商品名だ。


 だけど、こうして彼女と同じ夫婦茶碗で乾杯して、彼女の笑顔を眺めながら飲み物を飲み干すとなんだか体の中から不思議な力がみなぎってくるような気分だ。



「よーし、やるぞ!」


「うん、やろう!」


 飾り気もヒネリもない言葉だが心の底から溢れてくる言葉なんてそんなものだろう。



 文川さんが俺のことをどう思ってるかは分からない。


 でも俺はこの夫婦茶碗にかけて、彼女のことを絶対に守ろうと心に誓う。


 誓うことでそれが力に変換されるような、そんな気がした。



 明日から始まる新たな冒険を前に、なんかすごいパワーアップアイテムを手に入れた気がしたシンナイ滞在、最後の夜であった。

 

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