13話 ドラゴンへの道
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チュンチュン……。
んむ?
スズメの朝チュン音で目が覚める。
起きた瞬間はいつも、異世界に召喚されたなんて夢だったんじゃないかと頭によぎるが目を開けて周りの景色を認識すると、ここは平和な日本ではないという非情な現実が俺に突きつけられ……
「る?」
目を開けると、わずか50センチほどの距離で文川さんがスヤスヤと寝息を立てて女神のようにかわいらしい顔で眠っていた。
長い睫毛に薄い唇、小さくて愛らしい顔。
「ここが天国か……」
呟いてから状況を把握した。
そうか、昨日は文川さんと今後の予定を相談しようと思って待ってたんだけど寝落ちしてしまったのか。
ということはこの布団は彼女がかけてくれたんだな。
俺は改めてあたたかな布団に、ふかっと顔をうずめる。
心なしか布団からは文川さんの甘い香りが漂い、すぅっと鼻から息を吸い込むとコレはもうアレだな。
はぁあぁ、なんか幸せ……。
昨日は一つ屋根の下でクラスの女子と二人でお泊まりだなんて異常に興奮したけれど、この安らかな寝顔を見ているとよからぬ真似をしなくて本当に良かったと思う。
こんな至近距離で寝るなんて俺のことを心より信頼してくれている証だろう。
きっと俺が文川さんに対して邪な気持ちを抱いているなどと毛ほども思っていないだろうし、50センチ先に寝ている彼女のやわらかそうなクチビルにキスしたいなどと考えることすら許されない。
ほわあああああああキスしたいよぉぉおおお!!
文川さんとキスしたいです。
いや、落ち着け俺。
夢は見るものではなく叶えるものだろ?
とりあえず今の俺氏に一人の女性を幸せにできる甲斐性がないことは重々承知だ。
女に手を出すからには、その人を一生笑顔にする自信と覚悟がなくてはいかんと常日頃からカッコいい少年漫画を読みふけっていた俺などは思うワケですよ。
となれば必要なのは力だ。
さしあたって1つの目安になる力の象徴といえば、ファンタジー世界においてはやっぱりドラゴンであろう。
言わずと知れたキング・オブ・モンスター。
ドラゴンを倒す力があるなら、どんな女にいきなり告白しても「なにコイツ、きもっ」とか言われたりはしないだろう、たぶん。
これで答えが出たぜ。
俺一人でドラゴンを倒せるくらい立派な男になったら文川さんに『キスさせてください! もしくは俺のほっぺにチューとかでもよいので!!』と男らしく土下座してみようではないか!!
フハハ、そうと決まったらもう特訓しかないな!!
寝起きで狂っていた俺は半狂乱でファイアバゼラードをつかみ、部屋の外へソロリと抜け出すと旅館の庭先でニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながら短剣を振り回す危険人物と化した、そんなのどかな朝であった。
☆☆
「ふふっ、偉いよねー君島くん。朝から自主練だなんてさすが元運動部」
起きてきた天使、文川さんと合流した。
宿で用意された朝食の川魚定食をいただきながら他愛もない話をしている。
「ま、まぁね。一応、ドラゴンを倒すという目標を口にした以上、ちょっとは努力してみよっかなーって」
「うんうん、いいね~。私も及ばずながら協力するよ~」
彼女は感心したような顔でうなづいてくれるが、目の前にいるナイスな相棒が自分の唇を奪うために朝っぱらから邪念を燃焼していたとは夢にも思うまい。
しかし、朝練で汗を流し、清らかな川でとれた清らかな焼き魚を食べているうちに俺も清らかな心を取り戻しました。
バカな理由でドラゴン殺しを目指すのは止めておこう。
殺されるドラゴンもいい迷惑だ。
「だけどドラゴンを倒すなら、漠然とスライムを狩って小銭を稼ぐだけじゃあダメだろうねぇ」
彼女は倒す気マンマンみたいだな。
まぁキスの件はおいといても、ドラゴンを倒せるほどの強さというのは純粋に憧れる。
「そうだなぁ……具体的には何が必要なんだろう?」
ここはあえて彼女の話にのってみる。
こういうモンスター攻略の話ってクラスの連中とは出来なかったからなんか楽しいな。
「私が思うに……強い武器と作戦、あとレベルと経験かな」
「ん? レベルと経験って一緒じゃない?」
経験値というポイントを貯めてレベルアップする、というのがゲームの中では当たり前の概念だ。
「えーっと、レベルはアレだよ。魔石を使ってガチャ武器をレベルアップさせる」
「ふむ」
そう。
俺たちのガチャ武器は魔石を使用することで武器のレベルが上がる……らしい。
らしい、というのは今まで実際に武器に魔石を使ったことがないからよく分からないのだ。
魔石を使ってレベルが上がった! とハシャぐ風間くんたちの姿は見かけたがハタから見る分にはレベルアップ前と後とで彼らの強さに違いがあるようには見えなかった。
まぁスライム数匹分の魔石しか使ってないからレベルも1上がった程度なんだろう。
それくらいじゃ大した違いはないってワケだ。
「だから、お金に少し余裕が出来たら魔石はガチャ武器に食べさせてみようよ」
「おお……ついに俺もレベルアップできる日が来たのか。うーん、でもそれで武器が強くなったとして、俺がドラゴンの爪や炎をヒュッとかいくぐり、シュパッと倒せるようになるんだっけ」
なんとなく、火の短剣を取り出してそのオレンジがかった赤い刀身を眺めてみる。
レベルMAXになって、このファイアバゼラードの切れ味が鋭くなり、業火を吹き出せるようになったとして……。
それってなんでも切り裂く電動ノコギリと火炎放射器を装備してるようなもんだよな。
スライムくらいなら楽に倒せそうだけど、そんな装備くらいでただの男子高校生の俺がドラゴンを倒せるなら、怪獣映画で自衛隊のみなさんは苦労してないような気がする。
それとも武器がレベルアップしたら俺も少年漫画キャラみたいに何メートルもジャンプしたり、シュンッ! と瞬間移動できるようになるんだろうか。
「そこで『経験』だよ。経験というか君島くん自身の体験だね。昨日、君島くん……じゃなくてソラくんがスライムと死闘を繰り広げた、ああいう体験って数値には出ないけど、しっかり血と肉になって君島ソラくんの強さとして積み重なっていくんじゃないかな」
「君島ソラくんってもはや芸能人のフルネームみたいになってるんですけど!?」
そんなワケで今日は例のスライム攻略法で魔石を荒稼ぎしつつ、適度に『経験』も積もうというお話になって俺たちは宿で用意してもらったお弁当をもってヒルデロの丘へと向かったのであった。
☆☆
2日目のスライム狩りは初日より順調に進行した。
穴への誘導も要領を得てきて、1匹あたりにかける時間が短縮された。
また2匹のスライムを大きな穴にまとめて同時に落とすような上級テクニックを文川さんが身につけたこともあり、夕暮れの一時間くらい前には集めた魔石はすでに100に達していた。
「これ全部、換金したら銅貨500枚か……すごいな」
100個の魔石を数え直してみて、ちょっと気分が高揚する。
命を張って銅貨500枚なら微妙だけど、ゲーム感覚でスライムを穴に落とすだけなんだからこの異世界の中でもかなり割りのいい仕事ではないだろうか。
というか、文川さんの編み出した攻略法がお見事なんだろうなぁ。
俺はつい彼女の顔をじーっと見る。
「ん、なに?」
「いやー、文川さんすごいなぁって。きっとこんな攻略法、この世界の人たちも思いついてないよ。それをたった1日で編み出すなんて、なんというか主人公だよね、文川ナギさん」
俺は朝の君島ソラのお返しをする。
「主人公!? 私が!? いやいやいやいや……」
文川さんは手をぶんぶん振って否定する。
そう言いながらも表情はちょっと嬉しそうだけども。
「それを言うならソラくんこそ、昨日の今日でスパスパ倒してたじゃない。私、驚いちゃったよ」
そうなのだ。
穴からかなり遠くにいるスライムは誘導するのに時間がかかりすぎるので、俺が昨日みたいに接近戦で倒すことにした。
最初の2~3匹で攻撃パターンに目が慣れたら、あとは覚えゲーだ。
敵の攻撃の合間に難関を突破するアクションゲームのようにテンポよくスライムの核を攻撃するだけの簡単なお仕事です。
「うんうん。あの成長ぶり、ソラくんこそ伝説の勇者だよ。レジェンドだよ!」
「お、俺が伝説の勇者!? いやいやいや、俺なんかは全然……。文川さんこそが主人公で……!」
「いやいやいやいや君島くんの方こそ……!!」
「いやいやいやいやいや……!!」
俺たちは二人で謙遜しつつ、おだてあった。
同い年の異性に褒めてもらうって、親や教師に褒められるのとは別次元の甘い蜜だなぁ。
お互いニヤケ顔がおさまらない。
でもこれ、俺の相手がギャル系JK磯崎さんだったり、文川さんの相手が風間くんだったらなんとなくこうはいかない気がする。
普段、誰かに褒められる機会もないクラスの日陰者同士の男子女子で褒めあうというのが微笑ましくて、ほどよいバランスになっている気がした。
いや、まぁ文川さんはかわいいし面白いし、その気になればリア充とも仲良くなれるポテンシャルはあるだろうけど。
「こほん。さて、この魔石だけどどういう風に割り振ろうか。着替えとか携帯用の鍋とか必需品は買うとして、いくつかはレベルアップに回してもいい気がするけど」
俺はニヤケ面を引き締めるため、咳払いをして相談する。
「そうだね。明日以降も魔石は稼ぐワケだし、とりあえずレベルアップするまで使ってみてもいいかも」
「よし、決まりだね」
俺たちはそれぞれのガチャ武器に魔石を押しあててみる。
やった事はないから風間くんたちの見よう見まねだ。
するとすぐに魔石がキラッと不思議な七色の光を発して、雪の粒みたいにスゥッと溶けてなくなった。
「あ……。これって……まだレベルアップしてないよね?」
文川さんの問いかけにうなづく俺氏。
「とりあえず何か反応あるまでやってみよう。このまま10個ずつ使っても何も起こらなかったらいったんストップってことで」
「了解!」
文川さんが兵隊みたいにビシッと敬礼する。
よーし、いちいち可愛いぜ!
と、魔石を次々と使っていると突然、ファイアバゼラードがカッ! と一瞬、真っ赤に光った。
同時に文川さんの湧水の杖も蒼く光る。
今はもう光っていない、普通の状態だけどさっきのがレベルアップの証なんだろうか。
「君島くん、どう? 何か変わった?」
俺は短剣の柄をグッ、グッと何度か握り直し、ゆっくり振ってみたり、刀身に炎を宿らせてみたりする。
「ふ、ふふっ……」
俺は不敵に笑った。
「君島くん……?」
「な、なんという力だ! 信じられんほどの凄まじい力が……!! これがレベルアップというヤツなのか!!」
そして、短剣を天にかざし、炎を噴き上げる。
「勝てる! 相手がどんなヤツであろうと負けるはずがない! 俺はいま究極のパワーを手に入れたのだーーっ!!」
俺は男子なら一度は言ってみたい有名な大魔王のセリフを叫んでやった。
「で、本当のところはどうなの?」
文川さんがちょっと冷たい視線を送ってくる。
「なんの成果も得られませんでしたァーーー!!」
俺は男子なら一度は言ってみたい有名なヤケクソのセリフを叫んでやった。
いや、レベルアップした以上は本当になんの成果もないってことはないんだろうけど。
正直、短剣から出る炎の燃え具合も前と変わらないし、俺の中から未知のスーパーパワーが溢れ出してくるということもまったく無かったよ!
「はぁ~。やっぱりレベルが一つ上がったくらいじゃ大した違いはないか。懸垂1回しか出来ない人が2回出来るようになっても世界は何も変わらないワケで」
ライターみたいに短剣に火を灯したり消したりしながらボヤいてみた。
「ま、気長にいこっか。君島ソラくん」
「そうッスねぇ、文川ナギさん」
二人で顔を見合わせて穏やかに笑いあった。
落ちかけた赤い太陽に照らされて文川さんの顔が美しく輝く。
大して強くはならなかったけど、こうしてクラスの女子と二人で笑い合えたなら今日という日も充分に意義があったように思えてくる。
ちょっと一瞬、最強への道を目指しかけたけど、そんな殺伐とした修羅道に足を踏み入れるのもどうなんだろうとも思うしな。
少なくとも当分は文川さんとゆっくりぶらぶらと色んな街をまわり、雄大な景色を堪能しつつ、一緒に美味しいものを食べる楽しい旅が続けられればいいやと改めて思った、そんな1日でした。
というか日本円にして今、4万円近くあるからな!
今夜はうまいもの食うぞー!!