12話 栄光の温泉回
魔石も換金したし、新しい冒険者カードも手に入れて、なんだか気分がよくなった私たちは張り切って今宵の宿を決めることにした。
ただ、最高ランクの宿は安い部屋でも一晩、金貨10枚とかいう狂った値段設定だったので初日くらいは贅沢しようという心意気はなんとなく意気消沈。
もう最初に決めてた、二人で銀貨5枚クラスの宿に泊まろうという話になった。
と、思ったのに宿はどこも満室状態。
観光地だけに早くから予約していないとなかなか部屋は空いてないんだって。
一時間くらい宿をまわるけど一向に空き部屋は見つからず、もう次の宿がダメだったら野宿だねって話していたら、ギリギリ見つかりました空き部屋が! やったね!!
そこは賑わっている場所から少し離れた古い、和風テイストな温泉宿フェニックス庵。
さっきまでいた場所に比べると寂しい気もするけれど、ゆっくり休むならこんな静かな宿でむしろ良かったのかも。
大通り沿いにあるハリポタ風な宿にも惹かれるけどね。
従業員に宿の中を案内されると宿名にもなっているフェニックスをイメージしているのか床には赤いカーペットが敷かれ、壁も赤い壁紙、天井と柱は金ぴかの装飾と、外観の落ち着いた雰囲気とは逆になんか全体的にド派手だった。
「異世界なのに日本にもありそうな旅館でなんだか変な感じだね~」
と君島くんに小声でふってみると「ん? うん……」となんだか気の無い返事だ。
「どうしたのソラくん? 宿を探してる間はハイテンションで走りまわってたのに」
「え、いや、なんでもない。うん、なんでもないんだ」
「ん~? なにか私、怒らせちゃった?」
「いやいやいや、そういう話じゃなくてですね」
「じゃあ、どういう話かな?」
私が君島くんの表情を読もうと目を見ようとすると彼は照れくさそうに目をそらす。
あ……もしかしてさっきの冒険者ギルドでのやりとりを意識しているのでしょうか。
アレは恥ずかしかったなぁ。
嫌な気分じゃなかったけど、むしろ心地よいドキドキだったけど、あんな風にまっすぐ見つめられると胸が詰まって息苦しくなる。
ああいうのはもうちょっとこう……時間をかけてゆっくりがいいなっ。
君島くんとはまともに接してまだ二日間しか経っていないんだから、あんまり急に距離を詰められると私の思考回路がショート寸前で情報処理能力が追い付かないッスー!
「ではコチラがお客様のお部屋になります。室内では靴を脱いでおくつろぎください。ご要望、ご不明の点などがありましたらフロントまでお申し付けください。ではどうぞ、ごゆっくり……!」
私がギルドでのドキドキイベントを思い返してモジモジしている間に部屋に到着していた。
従業員は部屋の備品などの説明をして、深々とお辞儀をして去っていく。
畳に障子と、なんだかすごく日本っぽい。
君島くんとふたり旅を始めてからは、あまり帰りたいと強く思うこともなくなったけど、こうして日本風なモノに囲まれるとやっぱりちょっぴりノスタルジックな気持ちに襲われる。
そんな事を思ってみても、帰れないものはどうしようもない。
気持ちを切り替えようと何か楽しいものはないかと部屋の真ん中を仕切っている屏風の向こう側を覗いてみると
布団が二組畳まれて積んであった。
……ん?
「そういえば私たち、今夜この部屋で寝るんだっけ」
「ソ、ソウダネ」
君島くんの言葉のイントネーションが奇妙だった。
え? あれ?
いいんだっけ、これ。
この2日間、野宿で彼と二人きりで寝泊まりはしていたけれど、寄り合い所なのですぐ近くに人がたくさんいた、見えた。
しかししっかり壁も天井もあり、外からは様子が伺い知れない部屋の中。
二人きりで寝るというのは今までとは何か色々と意味合いが違うような……。
「ハッ!?」
その時、私はようやくピンと来た。
なぜ君島くんが先程から不気味な沈黙を続けているのかを。
この男、今夜、ここで私を犯す気か!?
いやいやいやいやダメだったら!
そりゃ男のコってのはタンポポみたいにいっぱい種をまき散らしたいのかも知れないけど女のコはそんなワケにはいかないんだって!!
も、もしもきき君島くんのあああ赤ちゃんデキちゃったらもう冒険続けられなくなっちゃ……うけど君島くんとこの街で一緒に生活してくのもいいのかな君島くんはスライム退治でお金を稼いで私は冒険者ギルドで受付のお姉さんと一緒に働かせてもらって休みの日には子供と一緒に家族風呂を満喫しちゃったりなんかして
「ふ、文川さんっ!! じゃなくてナギさんっ!!」
「は、はいっ」
私は君島くんを正面からまっすぐと見据えた。
「と、とりあえず、ごはんにしよう。何故ならお腹が空いたから」
「ソ、ソウダネ!」
今度は私の言葉のイントネーションがぶっ壊れた。
★★
本来なら宿で夕食のコース料理が出るのだが、私たちがチェックインした時間が遅かったため食事の準備がなく、おにぎりと野菜スープだけ用意してもらった。
簡素な食事だけどクタクタなので、これくらいの方が楽に食べれてちょうどいいかも。
ただせっかくのお気楽で楽しいお食事だけど、二人の間には緊張した空気が漂っていた。
落ち着け、クールになるんだ。
そうだ、素数を数えて冷静になろう。
1、2、サァンッ!?
ちがう! それは3の倍数でバカになるやつだった!!
これ以上バカになってどうするの私っ!?
「ナギさん」
「はいっ!?」
「せっかくだから温泉に入ってこよっか。あと30分くらいで今日は終わっちゃうってここの人も言ってたし」
「ああ、そうだよね。うん、そうしよう、そうしましょう」
私は動揺を気取られないよう平静を装いつつ、準備して浴場に向かった。
男湯と女湯の暖簾の前で「異世界にもこんな暖簾あるんだね」なんて言いながら君島くんと別れて、それぞれ脱衣場へと入っていく。
私はすっかりヨレヨレになった制服を脱ぎ、下着に手をかけ、これ1回、洗濯したいなぁって思った。
そういえばタオルと館内着は無料貸し出しだけど下着の替えが1枚もないんだよね。
何セットか買いたいなぁ。
でもお金の事だし、君島くんに黙って勝手に買っちゃう、というのも良くないのかな……。
まぁ君島くんは女の子のそういうところは分かってくれそうだから、慮ってくれそうだけど。
まさか、お金が無いんだから汚いカッコのままでいろ! なんて言わないだろう。
……ん?
というか、考えてみたらこの2日間、動き回って汗だくでろくにお風呂も入らず着替えもしないで、私、今、女子力5以下の生ゴミなのでは……?
え? 私、そんな状態で君島くんと見つめあってロマンチックぶってたの!?
ヤバいよヤバいよぉーっ!?
というかさっきから彼の様子がおかしかったのは外だと気にならなかったけど、室内に入ったら至近距離で体臭が匂って「このオナゴくっせぇえええ!!」ってドン引きしていたからでは……。
正直、女子力だのオシャレだの特に意識したことなかったけど、君島くんの前では必要最低限のラインは死守したいと急に思った。
私はお風呂場で身体にジャブジャブお湯をぶっかけ、まずは湯船にどっぷり浸かる。
10分ほどゆっくりお湯で皮膚をふやかせて、やわらかくなった状態でゴシゴシと肌をこすると毛穴に詰まった汗や垢が落ちやすいらしい。
テレビで漠然と観たテクニックを急に実践して身体をピカピカに磨きあげた。
あとは……一応、ムダ毛の処理もしとこうかなっ。
いや、今夜は絶対に何もさせないし何も起こるハズもないし毛なんか処理したって誰にも私のツルツルスベスベのお肌を見られることは無いハズだけど念のためねっ!
人生、何が起こるか分からないですし……。
などとブツブツとほざきながら、私は従業員の人に掃除をちょっと待ってもらいつつ一時間かけて完全体になった。
★★
お風呂上がりで髪はしっとりと濡れて、心なしか小顔になって、シャンプーのいいニオイがして、ある意味では最強の状態になった私は部屋に戻った。
部屋の戸を開けようとするが異常に緊張する。
いや、分かってる。
君島くんはここで私に何かするような人じゃないよ。
優しいし、その場の雰囲気に流されてノリで……なんて、いい加減な人では絶対にない。
でも彼、やるときはやる人だからなぁ~。
えぇい、もう好きにしろい!
今夜どんなことになっても私は君島くんをうらんだりしないから!!
私が意を決して引き戸をスサッと開けると彼は布団の上でスヤスヤ寝てました。
「……」
君島くん、と声をかけようとして口をつぐむ。
掛け布団の上で横になってるところを見ると、私が部屋に戻ってくるまで待ってたけど力尽きて寝落ちした、ってところかな?
ここのところ、ちゃんとした睡眠、とれてなかったもんね。
結局、君島くんがどういうつもりだったのかは分からずじまいだったけど、君島くんの気持ち良さそうな寝顔を見てたら私も猛烈な睡魔に襲われる。
「そのまま寝たら風邪ひいちゃうよ?」
予備の布団を君島くんにかけてあげて、私は君島くんの隣に布団を敷いて横になり、君島くんのかわいい寝顔を見つめながらなんとなくホッコリした気持ちで眠りについたのだった。
君島くん、おやすみなさい……!
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