11話 転生
★★
スライムを畑でも耕すようにザクザク倒しまくった私たちはシンナイの村へと引き上げた。
最初、君島くんが命を削るような戦い方をしてたのですごく怖かったけど、安全に勝てるやり方を発見できて良かった……。
だけど私が攻略法を見つけた事で逆に彼の男の子としてのプライドというか自信みたいなものを傷つけてしまったような気がする。
男子ってムズカシイ。
いや、女同士だからって分かりあえるワケでもないけれど。
というかムズカシイと言ったけれど、むしろ女に比べれば君島くんは分かりやすいか。
考えていることが顔に出やすいし、自惚れかも知れないけれど思考が私と彼は似ている気がする。
だからこそ、向こうも私の考えていることが分かるのかも。
私が君島くんのプライドを傷つけてしまった……! と気にしている様子を察して、今も歩きながらわざと明るく色んな話題をふってくれている。
私は1つのゲームやアニメに深くハマるタイプであるのに対して、君島くんは守備範囲が広く色んな事を知ってるようだ。
なので私が好きな作品の話にはなんでもついてこれるので彼といると話題がつきない。
というか男子と二人でオタクトークで盛り上がるの、楽し過ぎるっ!
しかも君島くん、テニスやってただけあって何気にカラダは引き締まっているし、顔も本人は過小評価してる気がするけどもしも誰もいない放課後の教室で君島くんに告白されたら二つ返事でOKしちゃってもいいかなって考えなくもないかも知れないくらいには整っているので、そんな笑顔で私ごとき女子力低い生命体に話しかけられるとテンション爆上がりなのであった。
ありがたやありがたや。
★★
冒険者ギルドの換金所は夕方になると閉まるというので私たちは若干、早足で向かう。
スライム退治は安全ではあったが、昼から夕方までほとんど休まずにやった上にデコボコな山道を早歩きで下って来たのでシンナイに着いた頃にはなかなかに足が痛くなっていた。
「文川さん、疲れてない? なんだったら昼間の足湯のところで休んでても大丈夫だよ。換金するくらい俺一人で充分だし」
なんというイケメンか。
君島くんは何も言ってないのに私が休みたいと思った絶妙なタイミングでいつも優しい言葉をかけてくれる。
はぁー、君島くんの家の飼い猫になって君島くんの膝の上でお昼寝してこころゆくまで甘やかされたい衝動に襲われながらも私はギリギリのところで踏みとどまった。
「ありがと、でも大丈夫。疲れてるけど、モンスターの魔石を換金するの初めてだもん。私も一緒に立ち会いたいからね!」
魔石の換金とかお金にまつわるやりとりはクラスのスクールカースト上位陣が仕切っていた。
みんなで手に入れたお金なのに、まるで換金した彼らの所有物であるかのようにお金を管理して偉そうに振る舞って……効率的な冒険の進め方なんか何一つ思いつかないアホどものくせに。
ああダメだ。
あの人たちの事を思い出すと胸がムカムカする。
「そっか、それもそうだよね。それじゃ二人仲良く換金に行くとしますか!」
君島くんが明るく声をかけてくる。
彼の屈託のない笑顔を見ていると心の中のドロドロした感情が一瞬で浄化されてしまう。
この人にはかなわないなぁ。
私は餌付けされたネコのように君島くんのあとをホイホイついていった。
夕涼みに歩く観光客をかき分けて歩くと冒険者ギルドが見えて来た。
建物の前には昼間、君島くんが鼻を伸ばしていた美人受付のお姉さんが立っている。
「ああ、良かった! 間に合ったみたいですね~」
お姉さんはコチラに向けて手をヒラヒラ振ってきた。
「あれ、受付のお姉さん! そんなところでどうしたんですか?」
君島くんは餌付けされた犬のようにお姉さんの元へパタパタ駆けていく。
って、ちょっとぉぉお!?
「もうすぐ換金所が閉まる時間だから、あなたたちが来るのか来ないのかなんだか気になっちゃいまして~」
「それでわざわざ外で待っててくれたんですか? すいません。
でも、ありがとうございます!」
お姉さんが君島くんに特別な感情を持ってるワケじゃないし、君島くんもこのお姉さんと特にどうにかなろうと思ってるワケじゃないのは分かるけど。
彼の屈託のない笑顔を見ていると心の中のドロドロとした感情が純粋な怒りへと昇華され、私は銀河を震撼させる伝説の超戦士に覚醒しそうになった。
はぁはぁ、落ち着け、私。
こんなことでいちいち不機嫌になってたら、私が嫉妬深くて心の狭い地雷女だってバレてしまう。
もう手遅れな気もするけど。
とにかく私は中学時代、左目に宿っていた邪気眼の封印を強化することで気持ちを鎮めようとした。
鎮まれ、我が左目に宿りし憤怒の暴竜よ!!
キィエエエエエエエエエエィィィッ!!
「あれ、文川さん左目を押さえてどうしたの? どこか具合が悪いとか……」
「へぅっ!? きき気にしないで。ちょっと急に視力検査をしたくなってね!」
「そ、そっか。まぁそんな日もあるよね」
ふぅ……彼も納得してくれたようだ。
うまい言い訳を思いついて助かったよ。
お姉さんの案内でギルド内の換金所コーナーに移動する。
換金もこの人がやるみたい。
エルファストのギルドでは各部署ごとに係員がいたハズだけど、ここは利用する冒険者も少なそうだし、経費削減ってことなのかも。
「では換金したい魔石と冒険者カードを提示してください」
「え……あっ!?」
君島くんが急に叫びだした。
というか私も声を出しそうになった。
冒険者カード……!!
そんなのすっかり忘れてた……!!
「ヤバイな。俺、カードは野営地に置きっぱなしだ……」
「私も。ウェアウルフのことで頭がいっぱいでそれどころじゃなかったもの……」
普段からよく使っているなら肌身離さず持ち歩いていたろうけど、私たちみたいなスクールカースト下位民は冒険者ギルドに行っても換金もしなければランクの更新をする機会もなかった。
ゆえに貴重品だからこそ、身に付けるのではなくカバンに入れて大切にしまう……という扱いになってしまっていたのだ。
「どうしよ。カードがないと換金は無理なんですか?」
君島くんが不安げに尋ねるとお姉さんは不安をやわらげる包み込むような優しい笑顔で答えた。
そこは別にもうちょっと蔑むような目でもいいんですよ、お姉さん。
「大丈夫ですよ。紛失届を出せば5分で再発行出来ますから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、すぐします、再発行」
「ではコチラの紙に必要事項を記入してくださいね」
私たちは用紙を受け取り、名前や経歴を記入する。
その間にお姉さんが話しかけてきた。
「カードを紛失した場合はすぐに届け出を出した方が良いですよ。カードを拾ってあなたたちの身分を騙って悪事を働く者もいるし、また、仲間との連絡手段もなくなるワケですし」
連絡手段かぁ。
別にあんな人たちと2度と連絡がつかなくたって構わないんだけど……というか、連絡つかない方がいいくらいまであるよ。
ん? あれ、でも待てよ?
「えっと、あの……」
私はお姉さんに聞きたい事があったけど口ごもる。
知らない人と話すのって緊張するんだよね……。
「文川さん、どうしたの?」
「あ……えっと、逆に言うと、冒険者カードがあると連絡とりたくない仲間とも連絡がついちゃうって事ですか? って聞いてくれるかな」
私は君島くんに耳打ちする。
「え? えーっと、ぎゃくにいうと冒険者カードがあると……」
「聞こえてますから大丈夫ですよ~」
お姉さんが私の方を見てニッコリ笑う。
うぅ、いい人だなぁこのお姉さん……。
私もこんな風に感じのいい人になりたかったなぁ。
「あなたの言う通り、カードがあれば全国のギルドを通して仲間にメッセージが送れます。換金やランク更新、功績の上書きをした際の記録も残るので調べれば何日前にどの冒険者がどのギルドにいたという情報も検索できちゃうシステムとなっております」
えええええ!?
じゃあ私たちがみんなのあとを追わずにシンナイに向かった事もバレちゃうワケ!?
いや、そこはバレてもいいけど……でも、もしも私たちを連れ戻しに来たらどうしよう。
クラスの人たちにとって私たちなんてそんな重要な存在じゃないだろう。
だけどたまたま近くの街にいることを検索システムで調べたら、会いに来ても不思議はない。
そしてまた、いいように利用されて、便利に使われて、私たちはあんな勝手でバカの人たちの元で旅を続けなきゃいけないの……?
体が震えだした。
君島くんには話していないが、あのウェアウルフ襲撃の夜。
私はあの人たちに殺されかけたのだ。
「だ、大丈夫ですか……?」
受付のお姉さんが私の顔色を見て心配そうに気づかってくれる。
ダメだ……。
クラスの人たちに私たちの居場所が知れると思うと胸が苦しくなり、呼吸も乱れてくる。
そんな時、君島くんが口を開いた。
「あのー、冒険者カードって新規で作り直すことって出来ないんですか?」
「え……君島くん?」
「ほら、ソシャゲでもリセマラで新しいアカウント作ったりするだろ? それみたいに別の垢でプレイできないかなって」
「そしゃげ? ……が何か分かりませんけど、冒険者カードを複数もつ事は出来ますよ。ただし、新規で発行となると他のカードに更新された冒険者ランクや功績などは反映されませんけれど」
と、お姉さんが説明する。
「だったら答え出たね。どうせ反映される功績なんか無いし、俺たち新規でカード発行お願いします」
★★
私がポカンとしている間になんだかどんどん話が進んでいって、私たちは新規のカードを作る手続きをしている。
「えっと、つまり私たちは別人として冒険を続けるってこと?」
「別人っていうか、新しい自分かな。ま、とにかくこれなら俺たちの居場所がアイツらにバレる事はないよ」
きっとまた、私のことを気づかってくれたんだろうなぁ。
ありがたいけど、ありがたすぎてどうやってお礼をすればいいかも分からない。
「……でも君島くんはそれで良いの? クラスの人たちと合流……」
「いいさ。そりゃみんなの事がまったく気にならないかと言えばウソになるけど、アイツらと今は合流したくないのは俺も同じだし」
「今は……ってことはいつかは合流したいの?」
「さぁね。ま、俺たちが二人で軽くドラゴンをヒネれるようになったらクラスに戻って俺tueee!!するのも爽快かなって。アイツらたぶん、ずっと弱いままだろうし、俺たちに頭が上がらなくなるぞ」
君島くんはイタズラっ子みたいにニヒヒと笑う。
おぉ~、なるほど。
それは確かに爽快かも!
ざまぁ展開のあるラノベは私の大好物だ。
よーし、お礼も兼ねて君島くんが立派なドラゴンスレイヤーになれるよう協力するよ。
ドン引きされそうだから秘密だけど、私そこそこ規模の大きいソシャゲでイベントランキング1桁台になった事あるからね。
効率の良いプレイを編み出すことにかけてはちょっと自信がある。
まぁゲームと現実は違うだろうけど、やれるだけの事はやろう。
「さて……必要事項は大体書いたけど、名前はどうしようかな」
と君島くんが頭を悩ましている。
私もどうしようかな。
ゲームでは「カタクリ子」とか「おもち」とか超テキトーに名付けるけど、実際に人前で名乗るならもうちょっと真面目に考えたいところではあるね。
「君島くんはゲームでつける名前とか決めてないの?」
「……ムカキンS.W」
「ん? むかきんえすだぶりゅ?」
「いや、俺、ソシャゲは無課金で出来るだけ強くなるっていうスタイルだったから。まぁ信念というか単に他に欲しいものあるから金が無いだけなんだけど」
私はお昼代をよくガチャにぶち込んでたなぁ。
「なるほどね。それでムカキンは分かるけど、あとのSWはなに?」
「ア○キン・スカイウォーカーとムカキン・スカイウォーカーを掛けてみたんだ。ほら、男って暗黒卿とかそういうの好きだろ? 女子は特に憧れないだろうけど」
どうやら有名なSF映画のキャラの名前を借りたみたいだね。
ちなみに私も赤いライトセイバー大好きだしウチにあります。
「しかし、この世界で実際に俺がムカキンS.Wと名乗っても浮いたりしないだろうか」
「うーん。でも君島くんがカッコいいと思って一生懸命考えた名前なんだから堂々と名乗るのも一興なんじゃないかな。一応、勇者なんだし」
「一興ってなに!? 愉快なの俺の名前!? そして名乗るのに勇気がいるほどアレなの?」
「大丈夫、例え世界中の人に君島くんが笑い者にされても私だけはそばで微笑んでいてあげるから」
「それって結局、文川さんも俺を笑い者にするって事ですよね!?」
「あのー、イチャつくのはその辺りにして手続きを済ませてくれるとお姉さん、嬉しいなって」
「「いっ!? イチャついてませんっ!!」」
私も君島くんも条件反射でお姉さんに言い返したが、私は悪い気はしていない。
むしろ『いいぞ、もっと言え』まであるが、今たぶん私は耳まで真っ赤なので深呼吸をしようねスゥウウハァアアアア……。
「じゃあ君島くん、スカイを和訳して『ソラ』にしたら? この世界の東の国には日本語っぽい響きの言葉があるみたいだし、そんなに目立たないだろうし」
「ソラか……。結構いいかも知れないな! じゃあソラに決定!」
わぁ、決定だ、採用だーパチパチパチ。
君島くんが名乗る名前を私が決めたのはなんだか嬉しいな。
「じゃあ文川さんはウミ……じゃヒネリがないから『ナギ』って名乗ったらどうだろう。合言葉の『山』『川』みたいにセットっていうか……お互いの足りないところを補う的な感じで」
「ん! それイイ! すごくイイ!」
ただ単に決めた名前じゃなくて、君島くんが私の付けた名前を気にいってくれて、それに対してお返しにつけてくれた名前というのが大変、気に入りました!
★★
「ソラさん、計算が終わりましたので換金窓口の方へどうぞ」
カードの発行も無事終えて、ようやく魔石の換金をしてもらえた……けれど君島くんは壁に貼ってある貼り紙なんかを眺めながらお姉さんの呼び出しに応えない。
「君島くん、呼んでるけど」
「ん!? あ、ああ、そっか。俺だ。なんか別の名前で呼ばれるって慣れてないから……すいません」
謝りながら、換金したお金を受け取りにいく。
「ダメだよ、君島くん。そういう油断が命取りになるんだから」
「でも文川さんだって今、俺を呼ぶなら『ソラ』って呼ばなきゃいけなかったんじゃないの?」
「むむ……確かに……」
分かってはいるけど、急に決まった名前だから違和感がある。
だけどプロの逃亡者なら、この違和感を自然なものにしていかないとダメな気がする。
「よし、ちょっとお互い名前を呼びあって練習しようよ君島くん。じゃなくて、ソラくん」
「わ、分かったよ。えーと、ナギさん」
「ソラくん」
「ナギさん」
「ソラくん」
「ナギさん」
「ソラくん」
「……ナ、ナギ、さん」
おや、君島くんのようすが……?
なんで顔を赤くしてるんだろうと思っていると
「ソラくん」
「ナ、ナギさん……」
「ソ、ソラくん……!」
「ナギさん……!」
いつのまにか私たちはお互いの目と目で見つめ合い、お互いの名前を呼びあううちに、な、なんかすっごく恥ずかしくなってきた!!
「ソラ……くん」
「ナギさ……ん」
「っ……」
君島くんと視線が絡み合い、恥ずかしいんだけど慌てて視線をそらしたら何かを意識してしまいそうで彼の瞳を見つめたまま、私は名前を呼ぶことも出来なくなり、頬を熱くして喋る事もできなくなり。
そして、ただ二人で、じっと見つめあう。
「こほん。え~っと、用が済んだらお前ら早く帰ってくださいねっ!」
振り向くとあの優しい受付のお姉さんが満面の笑みで中指を天に向かって突き立てていたのであった。