1話 メシ当番(いつも俺だが何か?)
薄暗い夕暮れの森。
ギャーギャーと不気味なケモノだか鳥だかの鳴き声が遠くの方からかすかに響く中、若者が集う野営地にてパチパチと焚き火がゆらめき燃え上がる。
そんな炎の灯りに照らされながら、俺は火の短剣ファイアバゼラードを握りしめ、ジャガイモの皮をショリショリ剥いていた。
2つ、3つならすぐ終わるんだが……。
クラス40人分のイモだから60個近くだよ。
共働きの両親の代わりに夕飯を作る事は多かったので、調理自体は苦にならないけれど、さすがにこの量の皮剥きは面倒くさいんですけど?
もうこのままブッタ切って鍋にドボドボとブチ込んでやりたいぜ!
などと邪悪な計画に想いを馳せているとクラスメイトの吉崎くんが馴れ馴れしく声をかけてきた。
「おい、君島、皮はちゃんと丁寧に剥いとけよ。この前の食事の時、皮にも毒が含まれてんだぞ! って風間っちマジ切れしてたからな。ソラニンだぞソラニン」
だったらお前も放牧された家畜みたいにブラブラ歩き回ってないで5秒でいいから手伝ってくれますように……。
などと願いを込めて視線を向けるが、ソラニン吉崎くんは「早くしろよ、みんなお腹ペッコペコなんだからな」とボヤいてバカみたいにどっかに去っていった。
「フゥ、吉崎もいいご身分だな。ガチャでSR武器を引き当てたからって調子に乗って。偉そうにしてるけど、ただ運が良かっただけなクセにな」
隣でニンジンの皮剥きを命じられていた小松くんが陰口を叩く。
八方美人とまではいかずとも、他人と波風立てずに生きていきたい俺は否定も肯定もせずに「ははは」と愛想笑いして皮剥きに意識を戻した。
☆☆
それから一時間ほどして、人数分の食事が完成した。
まずは街で買った硬くて安っぽいパン。
油断すると前歯を持ってかれそうになるくらい硬いので、軽く火で炙ることで焼きたてフカフカな柔らかさと香ばしさをちょっとだけ再現してみた。
そしてイモとニンジン、干し肉を煮込んだスープだ。
塩とラードで味付けした程度の質素な料理だが、異世界に召喚されて1ヶ月。
すっかり貧しい食事に馴れた俺たちにとってはありがたいご馳走!
「えぇ~、またこの貧困スープ~? もっと他にレパートリー無いワケ? ほんとマジ萎えるんですケド~」
クラスのギャル系JK、磯崎さんが鍋の中身を見るなり、俺と小松くん渾身のご馳走をディスり始めた。
彼女は俺と同じ、ガチャで出る中では最低ランクのR武器持ち。
クラスで唯一の最強SSR武器所持者のイケメンリア充男子の風間くんと仲がいいので雑用仕事は免除されて、色々と優遇されている。
可愛いってお得だよな。
頭の中には脳ミソの代わりに蟹ミソでも詰まってんだろうに。
まぁでも高校指定の制服に、国から支給された軽鎧を装備している女子高生なんて生きてるだけで萌える存在なので、ヒイキしてやりたくなる気持ちは分からんでもない。
萌える磯崎さんは文句を垂れながら、頼みもしないのに誰よりも先にスープを器にすくって飲んで「ウェ~、げろまず!」とかホザきながらバカみたいにお肉だけをムシャムシャ食べ始めた。
野菜も食べなよ。
というかみんなの分のお肉残しとけ。
天使のように天真爛漫な彼女を見ていると、イライラしてスカートをひきずりおろしたくなる可能性があるな。
そうだ! 俺の心が壊れる前にこの場を離れよう!
そういうワケで愛らしさと憎らしさを同居させた生物から距離を置き、野営地から少し離れた小高い丘で見張りをしている連中に食事の完成を告げにいくことにした。
テクテク歩いて丘に向かう途中、何人かのクラスメイトな男子どもを見かけたので声をかける。
「あの、食事。出来たけど」
「おー、ようやくメシか。じゃあ行こうぜ」
おまえら、作った俺への感謝が足りないゾ☆
もう俺が毎日、食事を用意する事になんの疑いもない様子だ。
コッチの顔も見ないでソイツらは野営地の方へスタコラサッサと歩いていく。
彼らも俺と同じ最底辺のR武器組だが、例の風間くんやSR武器持ちと親しいため、調理だ買い出しだという面倒イベントが始まるとフラリと姿をくらませる事が許されていた。
もっとも俺は許した覚えはないが。
不公平だよな。
そりゃあその分、魔物との戦闘で活躍してくれるなら文句はない。
……のだが、結局は俺みたいな友達のいない何か不幸な事故があっても誰も悲しまない陰キャなボッチ野郎に前衛、盾、切り込み隊長という危険な役割が押し付けられる。
戦闘から周辺地域の情報収集に飯の世話まで俺に押し付けやがって。
俺はおまえらのカーチャンじゃないっつーの!
ま、戦闘に関しては今のところスライムや凶暴化したウサギみたいなRPG最初の街周辺にいる雑魚敵としか戦ってないからなんとかなってるけど。
そのうち、敵も強くなってくるよなぁ絶対に。
SSR武器所持者の風間くんに毎朝、元気よく挨拶したり、配膳の際にお肉をちょっと多めによそうくらいのゴマスリはそろそろ始めた方がいいかも知れないぞ。
などと画策するうちに丘の上へと到着したワケだが。
そこには例のSSR風間くんがいて、見張りをしているハズのクラスメイトとお相撲をとって遊んでいた。
ご丁寧に地面に円まで描いている。
「のこった、のこった!」
「おーっと、土俵際、風間危うし! 風間危うしぃー!」
「なんとぉーっ!」
相撲とかコイツら昭和の子供ですか。
いや、日本の伝統文化相撲を異世界に召喚されてまでやるその心がけは同じ日本人として好意に値するが、おまいら見張りはどうした。
「あの。風間くん、食事出来たけど」
「あーっ、風間逆転ー! 上手投げで風間の勝ちーっ」
「おっしゃあ!! SSRもちに勝てると思うなよ!?」
「くっそ、風間っち。もう1回やろぅ! もう1回」
「お、懲りねえなぁ。いいぞっ来い!」
今のは下手投げだろ。
というか俺の話を聞いて?
相撲に興じる無邪気なクソの塊どもに心の中でウンザリしつつ、俺は本来、彼らが見張っているべき丘の下へとなんとなく目をやった。
すると。
なにか……遠くの方に無数の小さな赤い光が揺れているのに気付いた。
なんだ、あれ……?
距離はあるものの、そこそこのスピードでその幾つもの赤い光はコチラへと直進してくる。
なんか嫌な予感がする。
いや……待てよ。
確か2週間くらい前、夜営してる時にもアレと似たような赤い光を見たな……。
そうだ、闇の中で光る魔獣の血走った紅い眼……。
「って、え!?」
思わず心臓が縮み上がる。
あの時は赤い光は2つだけ……つまり2つの眼をもつ1匹の魔獣が野営地の近くをウロついていただけ。
結局、戦うことなく魔獣は去っていったが……。
今回は……パッと見で数十匹分の赤くギラついた眼がコチラに迫ってきているように見えた。
「ちょ、みんな……アレ見て」
俺はアタフタりながら赤い光の方を指差すが、みんな相撲でキャッキャウフフしてて聞いてない。
というか聞こえてるだろうけど俺ごとき相手にしないでいいだろって感じだ。
このまま俺だけ逃げてやろうかチクショーめと頭をよぎったが、さすがにそんなワケにもいかない。
すぅーっ。
「 聞 け よ !! 」
「ぅわ!? な、なんだ……?」
がんばって大きな声を出すとみんなようやくコチラを向いてくれた。
「ビックリさせんなって。陰キャはいきなりキレ出すからなぁ」
「悪かったって君島。メシだろ?」
風間くんが額の汗をぬぐって、からかうようにピッピッと俺の顔にかけてきた。
リア充同士なら「やめろよーきたねーなー」とかって笑いながら反撃するんだろうけど、俺はただただコイツの不幸を心の中で静かに祈るのみだ。
いや、今は神に祈ってる場合じゃない。
「食事のコトじゃなくてアレ……丘の下、魔獣の群れじゃないかな」
「え!?」
魔獣の群れというワードと俺の指差す方向に輝く無数の赤い光を確認して、ようやくコトの重大さに気付いたようだ。
みんなの顔がみるみるひきつっていく。
というか俺もガクブル状態ですけど。
「バカ野郎!! なんで早く教えないんだ!? お前フザけてるのか!?」
は?
驚いたことに風間くんは俺を怒鳴りつけた。
いやいや、お前らが相撲なんてとってないで真面目に見張ってればもっと早く気付いて余裕をもって逃げる準備が出来たんだよ。
いつもいつも余裕ぶってポカやらかしてフザけてんのはお前だろ!
いや、もういい加減ガマンの限界だ。
心の中でグチグチ愚痴ってないでハッキリ言うべきか?
よーし、思い切って言うからな。
後悔するなよ?
せーのっ。
さん、にぃ、いちっ。
いいのか、本当に言っちゃうぞ?
「おい、急いでみんなに知らせるぞ!!」
「お、おう! そうだな! 行こうぜ!」
俺が一大決心して文句を言おうかなーどうしようかなーと迷っているウチに風間くんたちは野営地の方へと駆け出した。