Chapter8 少女の『ある日』
少女の『ある日』
それは余りにも唐突に訪れた。
1人の少女の、余りにも辛く悲しい昔話。
[旧イルム王国]
父.カルデラ国王 母.ジュリアス王女
兄.アル次期国王 そして私、次女カルミナ
幼い頃の私は、とても幸せだった。
心優しい両親と、誠実でとても仲のいい兄。
街のみんな共、私達が王家だからと、変に気を使わせずにいい関係を築いていたように思う。
政治はすれど統治せず。
私達は、決して権力を振りかざす事はしなかった。
みんな笑顔だった、いい思い出しかない。
あの日までは。
そう、あの日は私の10歳の誕生日だった。
国を上げてのお祝いムード その日は城の門も開け、
街の人たちも、敷地内へと自由に出入りができた。
私は、王室で兄のアルと楽しくお喋りをしていた。
アルは私より5つ年上で、背も高く、私には兄がとても大人びて見えていた。
そんなアルに私は、いつも頼り、甘えていた。
「ほら、カルミナプレゼントだ。」
アルは少し照れた顔で、黒いジャケットのポケットから綺麗な何かを取り出し、私に手渡してくれた。
私はその時、初めてアルからプレゼントをもらった。
本当に嬉しかった。
それはそれは、綺麗な琥珀色の髪飾り。
「あ、ありがとうぅ〜」
私は目を潤ませ、飛び掛かるようにアルに抱きつく。
誕生日という事もあり、今日は両親からもらった新しい純白のドレスに身を包んでいた。
それに合わせるように、早速アルから貰った髪飾りを髪に着けた。
「アッハハハ、大事にしろよ?」
アルは、自分の自慢の黒髪を一度触った後、私の頭を優しく撫でながら、軽く抱きしめてくれた。
優しい兄の腕の中で、幼い私の頭の中では、
これが日常であり、当たり前。
こんな時間が永遠に続く物と思っていた。
ガチャッ
「やあ! お2方、お元気ですかな」
ノックも無しにドアが開き、無愛想な顔をした男が入ってきて、壁にもたれ掛かるような姿勢をしている。
この男は、大臣のウィンス 私はこの男が嫌いだ。
何故なら、よく父とも喧嘩しているし、
何より、何を考えているのか全く掴めない男。
1度街で、大臣のウィンスが、街の住民を足蹴にしていたのを見た事があるから余計だった。
「今日はきっと忘れられない1日になりますよー、
今晩を楽しみにしておいて下さい……では……ククッ」
ウィンスは不敵な笑みを浮かべ、アルと私を交互に見ていた。全ての話が終わる頃には、ウィンスはすでに部屋を出て、姿が見えなくなっていた。
不穏な空気だけを残して。
兄は何か勘付いたのかもしれない、でも私は何も思わなかった。まだ子供だったから?人を簡単に信じる事は無いにしても、疑う事をまだ知らなかった。
そして夜、私の誕生日の宴は、何事も無く終わろうとしていた。夜も深まり、
しだいに街の人達も、自らの家路へと付き出す。
私とアルは、宴の空気に少し疲れ別室で休んでいた。
その時、数人の街の人と入れ替わりに、数10人の剣や斧などで武装した男達が、城の敷地へと入って来た。
そこで大臣が、持っていたワインの入ったグラスを地面に落とし、周囲の人間に向かい叫んだ。
「クク……ククッ……本当の宴はこれからだーっ!!
イルムの血は今日、ここで途絶えるのだーっ!!」
ウィンスは高笑いをした後、両手を上に突き出し、何かの合図とも取れる動きをした。
大臣の掛け声で、剣や斧で武装した男達が、まだ残っていた街の人たち、城の兵士誰彼構わず斬りかかる。
一斉に逃げ惑う人々、必死に抵抗する兵士、
今日は宴という事もあり、誰も武装などしていない。
瞬く間に、辺りは血の海と化した。
その光景を、部屋の窓から見ていたアルは、冷静に私の手を取り、部屋を出て走り出した。
門周辺には、大臣の兵が居て城の敷地の外へは逃げられそうにない。
「とりあえず隠れよう」
アルは、私の手を握ったまま城内から出た後、外の草むらに向かって走り出した。城の中は危険だと判断したのだと思う。
私は、背の高い草むらの中に、アルと一緒にしゃがみこんだ。
「パパとママわぁぁ……ヒクッ……アール〜……グスッ……」
私は、初めての恐怖に全身が震え、泣きじゃくりながらアルの胸元に顔を埋めていた。
「大丈夫だよ、父上と母上は王室にいるはずだ、あそこは強固な鍵もあるし、簡単には扉も破れない」
アルは、私の頭をギュッと抱えこむような姿勢で2階にある王室のテラスを見上げていた。
城には火も放たれた。
火矢のような物が、次々と城に打ち込まれ、瞬く間に城全体へと火は燃え広がった。
まさに地獄、私は生きてきた中での、1番の恐怖を感じていた。
そんな時、2階の王室からテラスへと、父である国王が血相を変え飛び出して来た。
「父上!!」 「パパー」
私達は草むらから立ち上がり、敵に見つかるかもしれないと言う事を忘れ、2階のテラスに向かい、大声で叫んだ。
何故、父は血だらけなのだろう。
王室は、安全じゃなかったのだろうか。
一体、何に怯えているのだろうか。
国王の後を追い、紋章の入った剣を持ち、返り血でドレスを赤く染めた1人の女がテラスへと出てきた。
その女は、無抵抗の国王を容赦なく正面から切り捨てた。
目の前で起きている事が理解できなかった。
理解したくなかった……
私はこんな事、見たくなかった……
私の父を切り捨てたのは ……
ジュリアス王妃 心優しき私のお母さん。