Chapter52 奪われたチカラ
テレビドラマで、人質を盾に取るシーンを見ては、俺はよく文句を言っていた。
ーー 何故あいつは今動かないんだ。
ーー 俺ならこうするけどなぁー。
ーー 今めっちゃ隙だらけやん。
それはあくまで他人事として、全然事件に関係の無い第三者の客観的な目線でしか見れていなかった。
いざ、目の前にその光景が広がると、今迄の客観的意見などは頭からは吹き飛んでしまう。
ましてや人質が、自分の大切に思う人であれば尚更であった。
俺は神楽が元の世界で、どんな男だったかを聞いている。
下手な行動や言動をすれば、神楽は間違い無くカルミナを躊躇せずに殺してみせるだろう。
神楽はシリアルキラー。連続殺人犯。
人を殺す事に躊躇いなどは持っていないだろう。
「……よ、よぉ、お前が神楽だったんだな。
は、ハハッ、瞳が蒼いから気付かなかったぜ……。」
「ハッ! そうだ、俺が神楽だッ! 瞳の色ぉ〜?
あぁ〜、カラコンだよ、カァーラァーコォーンッ!
ククッ、カッケェだろ。西洋の殺人鬼ってテーマで頑張ってたんだぜぇ〜? ギャッハッハ」
神楽は、俺に正体をバラせたのが嬉しかったのかは分からないが、明らかにテンションが上がり不気味な笑顔で笑っていた。
神楽が少し動く度に、カルミナの首筋に押し付けられたナイフが食い込み、首筋から少しだけ血が流れ出ていた。
く、クソッ、完全に頭狂っていやがる……
何とかして神楽からカルミナを引き離せないか……
「神楽がここまで出て来た目的は何だ……?
その子を離してくれるなら、協力しよう。ど、どうだ。」
「ククッ、小田ァッ!! 何勘違いしてんだテメェ。
俺の目的は、この女だぁ! 本当はもう1人、馬鹿みてぇな魔力持った奴も欲しかったが、先にこの女を見付けたからよぉ〜もういいわ。」
カルミナが目的だって!?
ま、まさかカルミナのクラウンネームが目的……
それにもう1人の馬鹿みたいな魔力を持った奴?
魔法騎士の団長か真理子さんの事か?
「俺ぁよぉ、本気で絶対的な王を目指してんだよ。
この世界を完全に支配してやろうと思ってな。
そんで、調べてみりゃぁ、この女の能力がなかなかスゲェじゃねえか。
この俺にこそ相応しい能力だと思うだろ?」
神楽はカルミナの首筋にナイフを押し当てたまま、
もう片方の手をポケットに差し入れ、何かを取り出した。
それは、神楽が一度俺に差し出した、大きな宝石の着いた金の指輪。
神楽はナイフを口に咥え、カルミナの手首を掴み上へと高く持ち上げた。
……おい。
……まさか……
……辞めてくれ……
「……カルミナから手を離せぇぇえええー!!」
これ以上、神楽に行動させてはいけない。
頭で出した答えに身体がすぐに反応し、神楽に向かい全速力で走り出していた。
ディアンが俺の名を叫び、咄嗟に俺を止めようと手を出すが、俺はそれを振り切るように走り出していた。
「……おせぇよ、小田ァッ!!」
俺の中では時の流れがスローモーションのように感じていた。
あと少し、あと数歩踏み出せばカルミナに手が届く。
カルミナに向かい目一杯手を伸ばした。
よし、もう少しだ!!
掴んだぞ! もう大丈夫だカルミナ……
抱きかかえたカルミナの指には、
神楽によって指輪がはめられていた。
次の瞬間、神楽は巨大な黒いオーラに包まれていた。
俺はカルミナをだき抱えたまま後方へと大きく吹き飛ばされて、ジャックさんに受け止められていた。
「……いやぁぁぁぁああッ!!」
「カッ、カルミナァッ!! 大丈夫か!!」
「カルミナ王! コレは一体!?」
カルミナを黒いオーラが包み、苦悶の表情を見せ悲鳴をあげると、眠るように気を失ってしまった。
クソッ、クソッ、クソォォォオオッ!!
許さねぇ、神楽……絶対に許さねぇ!!
「ギャッハッハァッ〜しゅう〜りょぉ〜!
こりゃあ、何とも素晴らしい能力じゃねぇか……
また一歩、神に近付いた気分だぜぇ……
……後は、その女を殺せば主人を失ったこの国のもんが、俺の支配下に下るって訳か。」
神楽はとても清々しい顔で俺達を見下す。
俺の予想は当たっていた、神楽の能力の発動条件が物々交換のようである事。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。
この男をぶん殴らないと気が済まない。
カルミナを遠くへ避難させた後、思いっきりぶん殴ってやる。
「ディアン!! カルミナを出来るだけこいつから離れた所まで頼む。
ジャックさん、一緒に戦って下さい。お願いします。」
「た、頼まれたわっ!」
「あの男が災いの王なのだな? あいわかった。
カルミナ王を脅かす不届き者よ……
……許すわけにはいかんな!」
ディアンがカルミナを背負い、走って行くのを見届けると俺は神楽に向かい長剣を抜いた。
ジャックさんも背中に背負っていた巨大な斧を手に取り神楽に向ける。
「……それからジャックさん、あの男から絶対に物を受け取らないで下さい。不意に何かを投げられても掴みとらないようお願いします。」
「ガッハッハ、よくわからんが、そうすると危ない目に合うのであろう。理解した!」
俺はジャックさんと目配せ、小声で話す。
「ククッ……いぃねぇ〜……そのヤル気に満ち溢れた目……段々と色褪せ、絶望に打ちひしがれ、やがて光を失って行く様を見るのが最高に楽しい……
……さぁッ! 俺を愉しませろぉッ!!」
神楽を中心に、呪文の様な文字が鎖のように連なり、足元の床や壁、天井まで伸びて行く。
後方には、魔法使いが使う魔法陣とは違う、黒く異形の魔法陣がいくつも浮かんでいた。
今の俺に何を見せようと恐怖などはない。
あるのは神楽に対する憎しみだけ。
俺はカルミナに手を出した神楽を絶対に許さない。
「うおぉぉッ!! かぐらぁぁぁぁああー!!」