Chapter50 怒れる剣聖 後編
「……死に晒せ。」
ロアが俺の側で小さく呟いた。
一歩一歩、ゆっくりと剣を片手に魔物へと近づく。
狂気に駆られたロアを見て、俺は恐怖を感じていた。
土煙りが上がったと思うと、ロアは再び人並み外れた跳躍力で魔物へと飛び掛かっていた。
そして目にも留まらぬ速さで剣を振り続けていた。
しかし、虚しく金属音が響き渡る。
魔物もロアの剣のスピードに着いて行くように、下半身をしならせ続け、ほぼ全ての剣を下半身の甲殻で弾き続ける。
「ハッハッハ、ムダダ、ムダダーッ」
「……チッ……うるせぇな。」
ロアは初撃のように弾き飛ばされる事はなかった。
剣は通らずとも、すぐに体制を整えすぐ様斬りかかる。
金属音が鳴り響く中、素人目で見ていても、徐々にロアの剣が重くなっていくのを感じた。
「ムダダ、ム、ギィッ!?」
ロアの仕掛ける猛攻に対し、防御に徹していた魔物の身体に異変が生じる。
下半身の甲殻が、どんどん強さを増すロアの剣に耐え切れずヒビ割れた。
俺はロアの闘いを見て、疑問に思っていた。
ロアは何故クラウンネームの能力を使わないのか。
確かに今のロアは、最初の段階に比べかなり強くなっているようには見えるが、能力ではない。
今のロアにはオーラが見えない。
「……もろいな。」
「チョウシニノルナヨ、ニンゲンガ」
ロアが好機とばかりに、ヒビ割れた一部へと目掛け、剣を振り上げた。その時、
今まで防戦一方だった魔物が攻撃を仕掛ける。
「ロアッ!! 避けろぉー!!」
ロアが下半身の甲殻がヒビ割れた一部へと剣を振り下ろす刹那、下半身の先端、蠍の尻尾がロアの死角である背後から襲う。
「……フン、やっときたね……ぐあぁッ!!」
蠍の尻尾はロアの脇腹を軽く抉るようにすり抜けた。
あれ? 何故だ? 何故よけなかったんだ……
魔物の目は誤魔化せても俺の目は誤魔化せない!
ロアは今、魔物の背後からの攻撃に気付いていた、その上で致命傷を避けるように少しだけ避けた。
わざと攻撃を食らったってのか!?
ロアは魔物の攻撃を食らいつつ、魔物を足蹴にし、こちらへと飛び戻ってきた。
脇腹からは、血が滲み出しポタポタと滴り落ちていた。
「お、おい! 大丈夫かロアッ!?」
「……あぁ、準備はできたよ。」
俺の心配をよそに、ロアは脂汗をかきながらも不敵に笑みを浮かべていた。
「小田っちは知らないんだったね……
……僕の能力の発動条件。」
ロアの身体中を赤いオーラが包み込んでいき、
辺りには風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がっていく。
「僕はね、敵意ある者に傷付けられ、自分の血が流れた時にだけ、剣聖の能力が発動するんだ……」
「フザケルナヨ、ニンゲンゴトキガ」
魔物が、ロアに起こった異変に危機感を感じ、
先手を打ちに蠍の尻尾をロアに対し伸ばした。
「ロアッ!! 危ねぇーッ、ぐあぁっ!!」
「お、小田っち!?」
俺は咄嗟に、ロアに飛び掛かかり押し飛ばした。
蠍の尻尾は俺の腹に刺さり、背中へと貫通した。
その勢いのまま、俺は後方へと吹き飛んだ。
しかし、俺の身体からは血は流れない。
「お、俺は大丈夫だ! やっちまえー!!」
咄嗟に飛び出しちまったが、ちゃんと俺のチカラが発動してくれて良かったぁ!!
死んだかと思ったぜ……
ヒーローの変身中は攻撃してはいけないっていう、
暗黙のルールを知らないのかあいつは!
「ありがとう、小田っち……
さぁ、お前に選択肢をやろう。
一撃で死ぬのと、切り刻まれ死ぬ、どちらがいい?」
「ダマレニンゲン、コレデオワリダ」
ロアを覆う赤いオーラが大きくなり、ロアは静かに目を瞑った。
魔物はロアに向かい突進し、下半身をしならせ尾を振りかぶった。
「……神の名の下に、お前を断罪する。」
雷のような閃光と、凄まじい轟音が響き渡った。
俺は余りの眩さに、目を閉じてしまう。
目を開け、次に飛び込んで来た光景に、
俺は開いた口が塞がらなかった。
あの大きな魔物が縦に真っ二つになっていた、
そのまま左右に分かれ、大きな地響きを立て倒れた。
「……これが、剣聖のチカラかよ……」
「ありがとう、君の助けが無ければ危なかった。
そうだ、他の団員は何処に!?」
魔物を倒した俺達は、他の団員を探し回った。
皆、息はあるが大怪我を負った者ばかりであった。
中には、片腕をもがれ瀕死の団員もいた。
第1騎士団は、死者1名、重体3名という痛手を負ってしまったのであった。
その後、イルム王国から救護班が到着し、怪我人の搬送や応急処置が行われる事となった。
集落は、ほぼ修復不可能。
冒険者も、話には100人ほどの集落だったらしいのだが、生存者は怪我人も含め60人ほどだった。
約40名ほどの冒険者が魔物に殺されていた。
生き残った冒険者達も、精神的におかしくなってしまった者も多数おり、
冒険者達を1度城へと連れ帰り、メンタルケアをする事となった。
救護班がゲインを担架に乗せ、毛布を全身に被せた。
ゲインの亡骸は馬車に乗せられ、城へと送られる。
ロアを始め、意識のある騎士は馬車に向かい、見えなくなるまで祈りを捧げ続けていた。
その時、俺は冒険者の中に少し気になる人間を見つけ、思わず声を掛けた。
「なぁ、君……」
「はい、何でしょうか。」
歳は20歳前後の華奢な青年。
衣服は、冒険者のような装備品では無くボロ布。
それだけなら特段気にはしないのだが、その青年。
髪が真っ白、白髪だったのである。
「あ、いや、何でもないんだ。さぁ、馬車に乗って。」
俺は神楽ではないかと、疑ってしまった。
しかし、彼は違った。彼の瞳は蒼かった。
神楽は俺と同じ日本人のはず、神楽が実は外国人でしたというオチは無いだろう。
馬に乗れない俺も馬車へと乗り込み、
城へと帰る事になった。