Chapter48 怒れる剣聖 前編
真理子さんの部屋を後にした俺は、再び通路に出た後、数歩前へと進み出すが、1度立ち止まり振り返る。
一瞬、何処に扉があったのか分からなくなるほどに、扉の存在が薄くなっているのに気付いた。
「寂しくなったら、また来ますね。」
俺は、存在の薄くなった扉に向かい話し掛けた後、
ゆっくりと前へと歩き出した。
食卓係の詰所と食堂を通りすぎ、見慣れた通路が見えて来た頃、前から1人の騎士が走り寄ってくるのが見えた。
「ハァ、ハァ、お、小田っち、いい所に居た……
少し、僕と一緒に来てくれないだろうか……」
第1騎士団団長のロアが、俺の前で立ち止まり、息をきらし膝に手を当て背中を丸めていた。
いつものキラキラと輝かせていた顔では無かった。
「おぉッ、ロアじゃんか。そんな似合わない慌てた顔をして、なんかあったのか!?」
「……フゥ……いきなりですまない。先程うちの団員が慌てて帰ってきたんだ。イルム王国から少し南に行った所に、冒険者の村があるんだが、
今そこが魔物の襲撃に遭っているみたいで、救援依頼が来たんだ。
どうやら、かなりの強敵みたいだから、君のチカラも貸してはくれないだろうか。」
事は急を要するのだろうか、ロアの顔にはいつもの余裕は見られず、焦っているようにも見える。
ド天然ロアでも、焦る事ってあるんだなぁ。
しかし、魔物の1匹や2匹、ロアが1人加勢するだけでも余裕で勝てるのではなかろうか……
現場には、第1騎士団もいるのだろうし。
もしかして、以前ロアが俺に言っていた、今度一緒に魔物を狩ろうという言葉を、律儀に守っているのか?
変な所で真面目な奴だ。仕方ない。
「あぁ、いいぜ! 今頃昼飯時だろうから、1度部屋に戻って、カルミナに一言伝えてからでもいいか?」
「すまない。僕は先に門の外で待っているよ。
出来るだけ急いでもらえると、助かる。じゃあ後で。」
ロアはくるりと身を翻し、来た道を走って戻って行った。
俺も、ロアの期待に沿えるべく、全力疾走で1度王室へと戻り、カルミナにロアと少し出掛けてくるからとだけ伝えた。
敢えて魔物退治だとは、伝えない。
余計な心配を掛けたくないと、咄嗟の判断で口にはしなかった。
カルミナは、ちょうど昼食のパンを口いっぱいに頬張っていた為、モゴモゴと何か言っているようだったが、
俺は革ベルトを腰に巻き、鞘に長剣を差して、
リスの頬のようになっていたカルミナに、じゃあ、
と手を上げ、足早に王室を後にした。
昼時の通路には多くの従者や、騎士が行き交う。
俺はその中を全力疾走で、障害物走のように人の波を縫うように走った。
城を出て、待ち合わせの門が見えて来た。
馬に乗った人影が見える。俺は急いで走り寄った。
「はぁ、はぁ……わりぃ、待たせちまった!」
「いや、早かったね。準備は出来たみたいだね。
すまないんだけど、馬が一頭しか借りられなかった。
僕の後ろでも構わないかい?」
「あぁ、もちろん。」
ロアが手綱を握ったまま、馬上から話しかける。
逆に馬が一頭だけで助かった。
勿論、俺は馬など1度も乗った事などは無い。
もし、もう一頭馬が居たとしたら、村へと助けに向かう前に、馬術のレクチャーを受けなければならなかったであろう。
「さぁ、急ごう。乗ってくれ。」
ロアが俺に向かい、左手を差し出した。
俺がその手を掴むと、ロアが片手で俺を持ち上げ、
俺も同時にジャンプし、馬に飛び乗った。
何故か、2人の息がピタリと合っていた。
ロアが手綱を1度弛ませ、しならすと馬は勢いよく走り出した。
ぬわぁぁぁあ!! なんじゃこれぇぇ!!
めっちゃ怖いんですけどぉぉぉお!?
初めて馬に乗り、肌に感じる予想以上の速さと、振り落とされてしまうのでは無いかという恐怖のあまり、
ロアの腰に抱き着くような格好になってしまった。
「面倒に巻き込んで、すまない…僕が最初から救援依頼に加勢していれば……」
「そ、そういえば何でロアだけが城に居たんだ?」
前を見ると怖いので、ロアに抱き着き肩をすくませ、
片目でロアを、見上げた。
「本来、今日の第1騎士団の担当は街の警護だったんだ。
そこに、大怪我を負った冒険者が助けを求めてやってきたんだけど、うちの団員が、団長が行くまでも無いと言いながらさっさと向かってしまったんだ。
もちろん、僕は団員を信頼していたよ。
すぐに片付けて、帰ってくるだろうとね……
しばらくして、街に馬が一頭だけ戻って来た。
瀕死の重傷を負った、うちの団員を乗せて……
すぐに城の救護班に彼を任せ、村へも救護班の出動を依頼してきた。
街の警護は、合同だった第3騎士団に任せて来た。
もし、うちの団員に何かあったら……
そんな風にした奴を、僕は絶対に許さない!!」
初めて聞くロアの荒げた声に驚き、顔を上げると、
手綱を持つ手は震え、歯を食いしばっていた。
「そうか……みんな無事だといいな……」
ロアの耳には届いていないだろう。
俺は小さな声で呟き、その声は風にかき消された。
「見えたッ! あそこだ。」
ロアが叫び、指を指した方向に、勇気を出し顔を上げて見ると、のろし、ではない。
小さな集落には火が放たれ、黒煙が立ち上っていた。
「クソッ、遅かったか……」
「いや、ロア、まだ諦めんじゃねぇよ!
お前んとこの奴らが命張って闘ってるかも知れねぇじゃねぇか! 」
「そうだな……ありがとう。
よし、このまま中へと突っ込むぞッ!!」
俺とロアを乗せた馬は、集落を囲うように立ててあった木で出来た柵を飛び越え、騒ぎの中心へと躍り出た。
そこには、思わず目を覆いたくなるような光景が広がっていた。