Chapter38 エンゼル フレイ
地面に横たわる大蛇に向かい、俺は飛び上がり勢いよく長剣を振り下ろした。
振り下ろされた長剣は、バジリスクの片方の首を切り付けはしたが、落とすまでには至らない。
「くっ、あと一歩力が足んねえ! 」
フシュルルルッ……シャアァァァッー!!
バジリスクは痛みにもがきながら、アイリにかけられた重力の魔法に反発し、動き出そうとしている。
「もう1度だ! くらえ!」
再度構え直し、さらに斬りかかる。
俺は脇腹に走る激痛に、無意識に身体を庇ってしまい、剣を振るスピードは格段に落ちてしまっていた。
2度目の斬撃も致命傷には至らない、むしろ初撃よりも浅い。軽い切り傷程度しか与えられなかった。
「く、くそう……ダメだ……今の俺じゃあ……」
俺はとうとう足に力が入らなくなり、片膝をつき長剣で身体を支えていた。
「……先輩、あたしの出している魔法陣に向かって、魔力を送り続けて下さい。」
アイリは俺の様子がおかしい事に気付いた。
「えええっ? 私、重力の魔法使えないよー?」
「……1度出した魔法陣は魔力が途切れない限り有効です。」
「そそそうなんですか? 初めて聞きましたよ……
わ、わかりましたよー。えーいっ!」
ミサはアイリに言われた通りに、バジリスクの真下にある魔法陣に向かい、魔力を放出した。
なんだ? アイリが出した重力魔法をミサが引き継いだってのか?
そんな事までできるのか……って、バジリスクがさっきより明らかに地面にめり込み始めたぞ!
ミシミシとかメキメキ、音が聞こえる。
これがミサの魔力……なのか……?
なんかこのまま勝てるのではないのか、と考えている時、アイリが俺に向かい魔法を放った。
いや、魔法と言うよりかは魔術。
「……エンゼル フレイ。」
アイリは杖を使わず、俺に向かい指で空間に文字を書くような動作を見せた。
すると、俺の頭上に見た事の無い模様の、白い魔法陣が現れ、俺は光に包まれた。とても暖かな光だった。
「……なんだろう。凄く身体が軽い。自分の体重を感じないようだ……今なら空だって飛べそうな気が……って……
……な、なんじゃこりゃぁぁあ?」
俺はゆっくりと立ち上がり、違和感を感じ背中を見た。
振り返るると、背中に白い大きな翼が見えた。頭の上には輪っかのような物まで見える。
実体ではないのであろうか、翼と輪っかは薄っすらと透けていた。
「……圭。バジリスクを。」
「え? あ、おおっ!」
魔力を使い過ぎたのか、アイリはしゃがみ込んでしまっていた。
ミサが目をまん丸にして俺を見ている。
本当に絵になるアホ面だ。
「こ、これ? 本当に俺の長剣か? プラスティックみたいに軽くなってやがる……
まぁいい。今なら何でもできそうだ。行くぜバジリスク!」
俺はバジリスクに走りより、長剣を片手で振った。
風を切り裂くような豪音と共に、バジリスクの片方の頭が宙に舞う。
「よし、もう一丁!」
撫でるように、本当に軽く振っただけだった。
いとも簡単にバジリスクの頭と胴体を切り離した。
頭を切り離されたバジリスクは断末魔を上げる暇も無く絶命してしまった。
「ミサ、もう魔力送らなくてもいいぞー。
てか、アイリ、これは何なんだ? 自分の身体じゃあないみたいに感じるんだが。」
俺は血の付いた長剣を1度振り払い、革ベルトの鞘へと収めた。
「……エンゼル フレイ。天使を降霊した。」
アイリは体育座りの体勢で俺を見上げる。
「降霊術かよ! 本当にお前、なんでもできるんだな。こんなに凄いのがあるんだったらもっと早めに出してくれれば良かったのに。ハハッ。」
俺は未だに自分の身体では無い感覚を楽しむかのように、手をグーパーさせたりジャンプしたりしていた。
「……これは最終手段。人間の身体に天使の霊を降ろすと、普通は身体が持たない。」
「え? どういう……」
アイリの言葉を聞き終えると同時に、俺に自分の身体の感覚が戻る。意識を失うように膝から崩れ落ち、目の前が真っ暗になってしまった。
……アリガトウ。 誰だ?
……ヒサシク、ゲンセヲタノシメタ。 天使なのか?
……マタアオウ。 ち、ちょっと待ってくれ!
「……ま、待ってくれ!」
「ひやぁぁぁあっ! いきなり何ですかぁ、びっくりするじゃないですかぁー。」
寝ていた上半身を起こし、叫ぶ。横に立っていたミサが驚き、飛び跳ねていた。
さっきの天使はどこだ?
あれ、俺は夢を見ていたのか……
ここは……世界樹に着いたのか……?
目の前には、暗闇の中、幻想的に青白く光る巨大な世界樹が立っていた。
「ど、どうやって、ここまで……」
「私がおぶってきたんですよ。感謝して下さいよ、本当に心配したんですからー。」
周囲を見回しながら、いまいち現状を把握出来ていない俺に、ミサが見せた事無い優しい笑顔を見せた。
「あぁ、ありがとうな、ミサ。」
「……圭。良かった。」
アイリが安堵した表情で走り寄ってきた。
夢の中で、天使はまた会おうと言っていた。
どこか、懐かしい感じがする暖かい声。
確証は無いけど、いつかまた会えそうな気がする。