Chapter29 予期せぬ遭遇
「お、おい、あんた……俺を知ってるの……か?」
「ねぇ……K、この人、何か危ない感じがするよ……」
俺とカルミナは1度道化師の前を通り過ぎかけたが、道化師の言葉に、思わず立ち止まり振り返えった。
カルミナは俺の背後に隠れるようについた。
道化師は高らかに笑い声を上げ、何か呪文のような物を唱えた。 すると、街の人達の動きがピタリと止まり、俺達3人以外の時間が止まったように感じた。
「イッヒッヒ。僕達の内緒のお話しをみなさんに聞かれても困りますからねぇ〜。
少しだけみなさんには止まってもらいました。
それで、君を知ってるかだって? いーや、知らないよ?
たった今、初めてお会いしましたからね〜。」
道化師は不気味な動きをしながら、俺の顔を見た。
しかし、仮面のせいで視線がどこを向いているのかはわからない。
「そ、そうかい。じゃあ俺の事をもう1人のって言い方をしたって事は、俺達からして、もう1人を知ってるって言い方だよなー?」
対峙しただけでビリビリと伝わってくる道化師の禍々しいオーラに、額に汗し震える足を押さえ込むのに精一杯だった。
「そうですねぇ〜もちろん知ってますよ〜。
彼はとても素晴らしい思想の持ち主です。
悪魔の鑑とでも、言いましょうかねぇ……
君は、彼にとてもよく似た匂いがする。
ですから、もしかしてと思い少しだけカマをかけさせてもらいました。 でも、まさか本当にもう1人居たとは……イッヒッヒ、楽しくなって来ましたねぇ。」
道化師は時折、俺の背後にいるカルミナを気にしたような仕草を見せている。
振り返るとカルミナが酷く怯え、震えていた。
「あ、あんたは一体、何者なんだ……?」
「僕ですか? ただの道化師ですよ?
イッヒッヒ……失敬。 僕は悪魔です。
名前も聞きたいですかぁ〜そうですか〜では教えて差し上げましょう。
僕の名前はベリアル。覚えておいてきっと損は無いですよ。」
道化師は両腕を広げ、俺達を見下し、いかに自分が崇高な存在であるかを証明するかのように、強大な魔力のオーラを見せつけた。
とうとう出たか悪魔……もう何て言うか、危ない感じしかしない。戦っても絶対に勝てる気がしない……
「あ、悪魔ベリアルね……覚えた……よ。
もう1人の召喚者について何か教えてくれたりは……
流石にしないか……」
「イヒッ、そうだね〜僕も彼を慕ってるから、彼の不利益になる事は言わないよ〜?
君の後ろにいる女の子は、イルムの国王だよねぇ、
だから、君達は彼の敵。そして僕は君達の敵。
その情報だけで君達には充分じゃないのかな。」
戦闘の意思は無いのか、ベリアルは強大な魔力のオーラを消し、只の道化師を演じているようだった。
やはり簡単には教えてくれないか……
しかしこれで、そのもう1人と悪魔が繋がっている事が間違いないと確信できた、って、ヤバ過ぎだろ……
「ち、ちなみに何故悪魔がこの街に? ま、 まさか攻め込んできたのか?」
「イッヒッヒ、いやいや、そんな気は毛頭無いよ。
僕はお祭り事が大好きでね〜この街にはよく遊びに来るんだよ。もちろん、彼や他の悪魔には内緒でね。」
道化師はくるりと背中を見せ、両手を広げ街全体を抱きしめるような仕草を見せた。
本当に遊びに来ただけなのだろうか。
もしこの悪魔と戦闘になったら、俺だけしかいない今、カルミナを守りきれるのか?
相手は悪魔だ……いくら俺が不死だろうと、武器すら持たない俺は、殺され続ける事しか出来ない……
「それでは、そろそろ僕は失礼するよ〜。
今日は楽しめた。何より面白い情報も手に入った。
君も、彼のように何か能力を持っているのかな〜?
おっと、こちら側の話をしないのに、君の事を聞くのはフェアじゃないね。これは、失敬。
イッヒッヒ……
……
それでは近いうちに、お会いしましょう……」
道化師は右手を挙げ斜めに振り下ろし、お辞儀をし、消えた。黒い霧となって忽然と消えてしまった。
と、同時に街の人達が何事もなかったように動き出した。
「こ、怖かったぁ……あれが、悪魔かぁ……反則級に強そうな奴だったな。 カルミナ大丈夫か?」
「うん。私は平気っ。Kが守ってくれてたし。」
俺は一気に全身の力が抜け、崩れるようにへたり込んでしまった。カルミナもまだ少し声が震えていた。
「お、おう。災いの王を倒すって事はあんな奴らも相手にしなきゃいけないんだよな……
そう言えば、ベリアルって悪魔、元の世界で聞いた事あるんだよな〜、高位の悪魔か何かだったか……」
「ごめんなさい。私、悪魔の事はよく知らなくて……」
俺は地面にお尻をつけたまま、カルミナを見上げるような体勢で考えていた。カルミナは俺の目を見ながら、横に首を振っている。
うーむ、俺がいた世界と、共通している所もちょくちょくあるな……
恐らくこの先会うであろう、大天使も聞いた事がある名前なんだろうなぁ。
もしかして、悪魔に堕ちた天使ルシファーとかいたりするのだろうか?
いや、それは流石にテンプレすぎるか!
「よし! 悪魔も居なくなった事だし、もう少しだけ見て回ろうぜ!」
「うんっ」
ようやく震えも止まった足で立ち上がり、再び2人で街を歩く。
この先に待つ、辛く長い戦いという現実を忘れたくて。
ただ、今、この時だけは楽しい時間を過ごしたくて。
沈みかけた気持ちを無理にでも明るく見せる。
街の人達も同じ気持ちなのかなと、俺は思った。