Chapter11 団長ヴァイスの思惑
「さて、始めますかな小田殿。」
ヴァイスさんは凛々しい姿勢で、強者の風格を感じさせるような佇まいで立っていた。
ここは、城の裏手に当たる敷地内にある闘技場。
普段は、騎士団が自らの技を磨く為に使用している。
もちろんヴァイスさん率いる護衛団も、カルミナ王を守らんと、日々鍛錬している場所のようだ。
俺とヴァイスさんは、その広い闘技場の中心で、お互いが向き合うように対峙していた。
外壁などは、石畳みを積み重ねた石造りであったが、
足元は、土で固められていた。
「はい！ お願いします！ えーっと……練習だからやっぱり、木刀とか……あったりします？」
俺なりに、凛々しい表情を作り返事をするが、やはり恐怖心は隠せず、額からは汗が流れ落ちていた。
ザンッ!!
「おい!! コレ使えよ！ 騎士様〜てかぁ、ッギャッハッハ！」
この闘技場は、ドーム型に作られている。
2階部分には観客席もあり、そこから俺の事をよく思っていないだろう騎士達がヤジを送り、俺の近くに何かを投げた。
俺がそちらに視線を向けると、剣が近くに投げ込まれ、地面に刺さっているようだった。
は？ コレって、どうみても真剣ってヤツだろ!!
いくら何でも、これは危ない！ 俺はただ練習を……
「早く実力を見せてくれよー！ なぁみんなー！」
1人の騎士が大声でヤジを送ると、よほど俺が気に入らないのか、俺を見て数人の騎士がクスクスと嘲笑う。
「準備はよろしいですかな？ それでは、その剣をお取りくだされ。」
ヴァイスさんは腰に付けた革ベルトの鞘から、スラリと剣を抜き、こちらに向けて構えた。
おいおいヴァイスさんも何ヤル気出してんの!?
完全アウェイ？ もー怒ったぞ、圭は本当はやれば出来る子なんだからね!!
「あぁぁーっ、わかったよ！ やってやる。この剣でっ……こ、この剣……でぇぇえ？ って、重てぇぇ……」
俺は、地面に刺さっている剣に歩いて近付き、
柄を握りしめ、抜いて持ち上げたはいいが、
両腕の筋肉が、ギシギシと悲鳴を上げていた。
両手で持ってようやく、構えができる程度だ。
こんなの振れる気がしない 、勢いにまかせて振ればそのまま脱臼して肘から先が飛んでいきそうだ。
アニメじゃあ、よく剣を、片手で振り回したりしてるが、ありゃあ絶対に嘘だな。
「おい！ みんな見て見ろよ、あいつ震えてやがるぜぇー？ ハッハハハ！」
ヤジのリーダー格が、俺の情けない構えを見て、
さらにヤジり、その笑いに合わせて、周りの騎士も大声で俺を笑っている。
くそッ……うるせぇ……重たいからだよ！
「始めますぞッ、お覚悟ー!!」
凛々しい姿勢から、腰を落とし、一気に低い体勢のまま凄いスピードでこちらに向かって来た。
そして、ヴァイスさんは、剣を持つ右手を真上に振りかぶり、振り下ろした。
って、めっちゃ片手で振りかぶってはりますがな!!
「こ、こなくそぉぉおおー!!」
俺は、全力を使い両手で剣を頭の上に掲げ、ヴァイスさんの上からの斬撃を受け止めようとする。
ガッギィィィィーン
「グッ、……うぅ。」
全身に電気が流れたように痺れる。
あまりの重たい一撃に、一瞬膝から下が地面にめり込んだのでは？ と、思わず俺は足元を見た。
「余所見は感心しませんな。」
ヴァイスさんが言い放った言葉、その冷たい表情から発せられた言葉に、俺は一瞬世界が止まったような感覚に陥った。
縦からの斬撃のあと、体をくるりと回転させてからの横からの一閃。
「ッ、ちょッ……」
本当の殺し合いなどした事などはない。
ヴァイスさんだから、いくらか手加減してくれるだろうと、心の中で思っていたのかもしれない。
しかし、ヴァイスさんの放ったそれは、手加減など無い、完全に俺を殺す為の一撃だった。
余りにも一瞬の出来事。
俺は、斬られる瞬間から目を瞑ってしまっていた。
俺は、横一文字に斬り裂かれた……
言葉が出ない……短い異世界人生だったが楽しかった……
「お、おい…護衛団の団長…マジにやりやがったぞ…
お、俺が剣を渡したなんて誰も言うんじゃねぇぞ、お、俺は知らねぇからな！」
その一部始終を見ていた騎士達は、まさか本気の殺し合いが目の前で行われるなど、想像もしておらず、慌てふためいていた。
チッ、うるせぇ外野だ……死ぬ時くらい、静かに眠らせてくれってんだ、ったく……
「ふむ、お見事です小田殿。 この私に一太刀いれるとは。」
ヴァイスさんは、静かに目を瞑り、俺の耳元でとても小さな声で呟いた。
「……はっ？ ヴァイスさん、何言って……」
俺は訳がわからず、死んだと思い、閉じていた目をゆっくりと開けた。
決して、ヴァイスさんを切った訳では無かった。
俺の剣が、ヴァイスさんの肩に、もたれかかる感じで止まっている。
俺は、斬られた後に無意識のうちに、剣をそのまま振り降ろしていたみたいだった。
完全に斬り捨てたと思った相手が、その後、斬りかかってくるなど、誰も予想はできないだろう。
ヴァイスさんは、俺の気が抜けた一振りをかわせなかった。
「しかし、驚きましたぞ、本当に斬れないとは……
いやはや、申し訳ありません。城外で襲われた後のカルミナ王と小田殿の会話を聞いてしまいまして。
少し試させて頂きました。」
ヴァイスさんの顔は、先程までの冷たい表情では無く、とても穏やかな表情に戻っていた。
は？ 少し試すだって？ 本気で試すの間違いだろ……
あんた完全に目がマジだったよ……
やはり、自分が斬られても死ねないという事を、すぐに忘れてしまう。
死ぬのでは無いか、という恐怖心にはまだ勝てない。
