つまらない話
暇ですか?私もです。
初めまして。私は――です。――と申します。何十億といる人間の中で私と貴方が出会えたのも何かの縁。少しの間ですがどうぞよろしくお願いします。
「お前らが嫌い。
当然のように愛されて無神経に育った、
当然のように自分に価値があると思い込む、
当然のように死ぬ意味を考えない、
お前らが大嫌いだ。
歪む私に当てはまる形はなくて、剥き出しのままの状態はとても不安です。
歪な心は誰の胸にも収まらなくて、忘れ去られる日々を消すことはできません。
いつまでも、いつまでも、いつまで私は彷徨えばいいのでしょう。」
さて、何が言いたいのかと言うとですね、特に言いたいことは無いのです。ただ、私という人間を文字にしてみたかっただけ。私という人間を理解して欲しかっただけ。でもね、本当はわかってるんですよ。己を晒すというのがどれ程危険なことか。存在が危ぶまれることはわかってるんですよ。それでもやらずにはいられないのです。私というつまらない人間がこの世に生きた証を、生きている実感が欲しいのです。くだらないと笑うでしょうか。笑ってくれたら嬉しいですね。ほんの少しでも私を思考に入れてくれたなんて嬉しくて涙が出そうです。
人との関わりが煩わしいと感じ始めたのはいつでしょうか。幼稚園の頃はあまり覚えていませんが、外で遊ぶのが大好きだった気がします。小学生の頃は本を読むのが好きでした。放課後に友達と遊ぶのも好きでした。まだ大丈夫ですね。中学生の頃はどうでしょう。なんだか周りが醜く思えましたね。馬鹿ばかり、もう駄目だ。その次、高校生ですか。あぁ、最悪だ。わかり合えるはずがないと壁を作り人が怖いと下を向いて。なんて駄目な人間だろう。そして現在は、まぁそんなことはどうでもいいですよね。えーと、何の話でしたっけ?あ、あれですよね、存在価値のない人間の話でしたよね。そうなんですよ。私には存在価値がないんですよ。姿形も中身もとても褒められたモノじゃなくて、産んだ人間にさえ見捨てられてる人間でして。仕方がないことだとは思うんですけど、だってそう思っていなきゃ泣いてしまいそうです。泣いたら可哀想な人間になってしまうから私は泣きませんけどね。こんなこと言うと「不幸の安売りだ」「被害者面だ」なんて喚く人間が現れますけど、それが何だと言うのですか。不幸なんて売れるだけ売ってやるし、被害者面は何千枚でも被ってやるわ。「もっと不幸な人がいる」としても私の傷は癒えるはずもありません。そもそも他人の不幸で傷が癒えるなんてとんだ悪党じゃないですか。他人の不幸は何とやら、ですか。そんなこと考えたこともない?それはそうでしょう、だってあなたは普通の人ですから。普通に愛され普通に育ち普通の思考を持ち普通だと思い込んでる普通の人ですから。そして私のような出来損ないを見下すことで自我を保つ。構いませんよ。ただ一つ言わせて頂けるのであれば攻撃するのはやめてくださいね。痛いのは嫌なんです。あ、また脱線してしまいましたね、どうも私は話すのが下手で。そうそう、言わずとも私を愛してくれる誰かに縋りたかったという話です。あれ?違うって?いえいえ、合ってますよ。つまり、存在価値もないくせに温もりを求める愚かな私のことです。好きをどれだけ集めても私には何もない、それがどれ程…。
あら、長くなってしまいましたね。そろそろ終わりましょうか。最後にまとめさせていただくと「無駄」です。
お付き合いありがとうございました。特に価値はありませんが「こんな出来損ないが存在するなら自分はまだマシだな」と思っていただけたら幸いです。でも本当はまだ続くんですよ。しつこいけれどまだ続きがあるのです。
いつかあなたとお会いできたなら、この話の続きをしてもいいでしょうか?いえ、私の存在ごと忘れていただけるのが一番ですね。
何はともあれ、楽しかったです。嘘ではありませんよ。
それでは、さようなら。
また機会があれば話しましょう。




