第八話 私と君の
今回の主役である和歌子とリカはここまで読んでいただければ判ってもらえていると思っているのですが仲が悪いです。やっぱりギャル系の子はオタク系の子が苦手だろうし、その逆もしかりです。でも美徳まみれの人がいないように欠点まみれの人もいないです。先入観から人を嫌いにならないでもっとよく知ると良いところが見えてくることもあるはずですよ。
ちなみに僕は良く知られれば知られるほど「気持ち悪い」といわれます。
「ヒロちょっと良いか」
英雄はまじめな顔でヒロに歩み寄った。彼の息ははぁはぁと細かく口から漏れて、空気中をなんともいえぬ淡い色に染めているように感じられる。ヒロはその空気に戸惑ったが――英雄は構わずそんなヒロの手を握った。
「え?」
ヒロは思わず声をあげた。英雄の今まだ見たことのないような表情に息を呑む。英雄はそんなヒロの輪郭をうっとりと指でなぞった。
「ヒロ、俺もう限界だわ……相棒以上のモンお前に求めているわ」
◆
「……なんですかねこれは」
天川ヒロは椅子に座ってまるでしぼんだ菓子パンみたいに小さくなっているリカにそう云った。彼の手にはA4版の薄い本。ポニーテルと眼鏡が特徴の少女、泡尾根リカは目をそらしながら云う。
「ナンダロウネー」
札一がヒロの手から薄い本をふんだくり、パラパラと流し見た。そしてほう、と唸ってから述べる。
「これはこいつらのBL漫画ではないか?」
「おまっ、オブラートって知らないのかマジで」
佐吉が地獄産ブロッコリーを見るような顔になる。札一は目を瞬いた。
「俺は事実を述べたまでだが」
「それが問題なんだけド」
レアが苦笑した。一方、ヒロとともにリカの漫画に描かれた張本人、英雄は不思議そうな顔で云った。
「なぁ、リカ。もしかして勘違いしてる? 俺達男と男だぞ? なんかこれおかしくね? 絵柄とか描写とかもなんか――少女マンガみたいな感じだし」
「だから今札一がBL漫画って云ったじゃない」
射鷹がため息をついた。すると英雄は赤いめがねの奥を戸惑わせた。
「びーえるって何?」
「そんな無垢ならこの会話にはこれ以上加わらないほうが良いよ!」
反射的に神酒が英雄をまるでギャグ漫画の如くダイナミックにドアの外に突き飛ばして、ドアをバタンと閉めた。
ヒロは今自分らがいる部屋――リカたちの部屋をざっと見回す。そこには同期に美吹を加えたいつものメンバーが険しい顔でリカを眺めていた。
最もいつも通りムゲンは来ていないし、花火は和歌子が「汚れるから部屋で待ってなさい」といって待機させているが。
ヒロがふうっとため息をついて、それからリカの顔を覗き込んだ。
「えっと、リカ。君がオタク系の女の子だってのは知っていたけれど、その君は腐女子だったんだね」
リカは相変わらず頬をむくれさせ目を背けたまま答える。
「そうですけど……」
「この漫画を描いたのは」
「……私ですけど。ごめんなさい」
俯くリカ。一方ヒロは噴出した。
「大丈夫だって、怒ってないよ。僕だって人の趣味に口を出すほど野暮じゃないよ」
「そうだよな、俺たち一緒に戦ってきた仲だしよ。そんくらいで失望したりしねーって」
佐吉も微笑みかけた。皆も一様に頷いた――一人を除いては。
「はー、有り得ない度増したわー。ただでさえ暗くてウザイのに、男同士の恋愛を描いているなんて。しかも友達をネタにしてさ」
和歌子だった。彼女はいわばギャル系。リカとは正反対の性格で対立も非常に多かった。今回も当然、食いついてきたわけだ。
リカもリカで云われっぱなしでは黙っていなかった。
「五月蝿いわね! そもそも、なんで私の机漁っているわけ? ヒロ、見つけたのあんたでしょ? 女子の机を漁るなんて男としてどうなの?」
声を尖らせ、ヒロを非難しだすリカ。そんな彼女に神酒が面目なさそうに云いだす。
「ごめん、私が許可した」
「はー?」
「だってリカさ、昨日締め切りだった英語のレポート出してなかったでしょ? 明菜先生に頼まれて部屋を探そうとしてたらヒロが通りすがって手伝ってくれるって」
「それでBL漫画を見つけたわけだな。BL漫画を」
頷きながら無駄に連呼する札一を無視してヒロは云った。
「まあ、悪かったとは思っているよ。知っていたら探さなかった」
「知っていたらって、知られたくなかったから隠しているんでしょうが! このっタコナス!」
そう訳めき散らすリカ。彼女の顔は真っ赤でくちゃくちゃだった。
「リカ、すこし落ち着いたらどうじゃ?」
シヴァがどうどうと宥めるがリカはシヴァにさえ噛み付いた。
「五月蝿い五月蝿いデカブツ! これだからリアルの人間ってのは嫌いなの。もう、皆出て行って!」
「は? 根暗、お前なんでまたそういうこというわけ?」
和歌子がこめかみをひくつかせる。
「ちょっト、和歌子!」
レアが慌てて間に入ろうとする、しかし和歌子はギョロリと彼を睨みつけた。
「どいてレア。私このクソオタクぶん殴らないと気がすまない」
「和歌子止めなさい」
美吹が叱咤し、射鷹も半笑いで云う。
「流石に暴力は良くないよ。アツくなってる年上をみるのは愉悦の極みだけれど」
然し和歌子は止まらず、ズカズカと歩み寄ってリカの胸倉を掴んだ。掴み挙げられたリカは汗を流しながらも挑発的に云う。
「殴れば? 結局クソビッチギャルなんて暴力でしか解決出来ないんでしょ?」
「云ってくれんじゃん。お望みどおり暴力で!」
その後二人を止めるのは大変で一同は巻き込まれぼこぼこのげっそりになりながら授業へ向かうことになったのだ。
◆
和歌子とリカは一年以上コンビを組んでいるが仲が非常に悪い。仲が悪いなりになんだかんだで敵を倒してやってきた。喧嘩するほど仲が良いというのは何か違う気がするけれど。嫌い合っているなりに上手くやってきていた。
だが、今食堂の椅子に座り、不機嫌そうにハンバーグを切り分けている和歌子は、そう上手くいかなそうな雰囲気をかもし出していた。
「和歌子、そんな怒ることもねーんじゃねぇか? 人の趣味に口出しするのはお勧めしねェよ」
佐吉の忠告。和歌子はプレートの上にのったハンバーグを乱暴に口に押し込んだ。
「そこじゃない。私が腹立ってんのは根暗が最終的に私たちが悪いみたいな云い方をしていたこと」
「まあリカは、ムゲンほどじゃないけれど人と関わるの苦手だしね」
射鷹が小ばかにしたような口調でそう云った。すると和歌子はハンバーグを丁寧に咀嚼しながらこう云った。
「まあどうであれ、私もうあの根暗とやっていけないわ。鞍臣先生に云って――」
「え? なにリカと和歌子解散するの?」
突然の声。ヒロ達がそちらを向くと和歌子と同じハンバーグプレートを持った明菜がいた。和歌子はハンバーグを飲み込んでから先生に答える。
「はい、アイツとは気合わないと思っていたけど……真逆ここまでとは思いませんでした」
すると明菜は絶叫しながら、ハンバーグプレートを空中にアンダースロウした。
「……そうか、私がもっとしっかりしていたら! 私は教師失格!」
地獄のような声で暴れる明菜。ぎょっとするヒロ達。一方彼女の放り投げたハンバーグプーレートは先生に続いて現れた花火の両手に抱き上げられるような形で収まった。一同は思わずハンバーグプレートの華麗な空中遊泳を追ってしまったが、続くように視界に飛び込んできた花火の有様を見て英雄達は驚愕した。花火はいつも質素な花柄ワンピースを着ていたが今日はフリルのついたロングスカートに茶色のカーディガンという派手な組み合わせだった。
「ど、どうしたの?」
美吹が椅子から転げ落ち、眼を丸くする。花火は照れくさそうに顔を赤らめて云う。
「い、いやね。和歌子が、私の昔の話を聞いて、自分も服を私に着せたいって云い出したんだ」
「それじゃあアレは和歌子の服って事なノ?」
レアは花火の手からハンバーグプレートを奪って口に運び始めた和歌子を呆然と眺めながら問う。
「ええ、アタシがちっちゃいトキ着ていた服よ。可愛い男の子を着せ替えるのって楽しいわねー。花火がパートナーなら良かったわね」
「というか良く考えたら思考は女とはいえ男女が同じ部屋とはなかなか不健全だな」
札一が全く流れを聞いていない発言で会話をぶった切る。和歌子は大丈夫だってと、でも云わんばかりに手を振る。
「良いの花火は。花火だってこの服気に入ったでしょ?」
「うん、和歌子ありがと」
主に褒められた犬のような笑みを浮かべながら頷く花火、一方美吹は居住まいを正しながら和歌子に聞く。
「てか和歌子、そういう服好きなの?」
「うん、好きだねー」
和歌子はハンバーグを口に運びながら頷いた。
「私も好き! 今度一緒に見に行かない?」
「いいね、花火も一緒に行こう」
そう云われた花火は静かに頷いた。和歌子はハンバーグを口の中で細かくしながらフォークの先端を軽く美吹に向けた。
「美吹と趣味合うなぁ、ねね私と組まない?」
「いや、私ヒーローでもないし」
「じゃあヒーロー始めようよ」
「冷やし中華みたいに云わないでよ。とにかく鞍臣先生の助手でもあるわたしの意見としては仲直りして欲しいんだけれど」
◆
その後全員必修の蒼太による授業が始まったが、いつものように二人は喧嘩をすることさえもしなかった。そんな生徒の気持ちに構わず彼は授業を始める。
「えー、前回はヒーローパスに登録するスーツの話をしたが、今回はデバイス事態の話をしよう。お前らの知らない仕組みはまだまだある。よしとりあえず、魔道具と邪道具については知っているな? ムゲン答えてみろ」
蒼太に指名され、依然皆から離れた場所にいるムゲンは音もなく立ち上がり答える。
「邪道具は魔獣の出現と同時に各地で見つかった特殊な力を持った武器です。云わばヒーローの使う魔道具に似せて作った違法な魔道具。邪道な魔道具。それが邪道具ですよね。魔獣ほどではないですがそれに似た力を持っていて邪道具犯罪は社会問題の一つになっています。ヒデ君、ヒロ君のコンビが最初に挑んだミッションで麻衣さんが使ったマシンガンが良い例ですね」
それだけ云って彼はまた座った。蒼太は完璧な返答に少し驚く。
「正解、完璧だな」
「ガハハ、流石わしの相棒じゃな」
豪快な笑いを響かせるシヴァ。
「おめーが威張るのおかしいだろ」
佐吉の冷静な突っ込み。射鷹はニヤニヤしながら、
「ムゲンってコミュ障なのにたまにすごいよね。た、ま、に」
と煽る。一方ムゲンはピクリとも反応を見せなかった。蒼太はため息をつく。
「とにかくだ、邪道具は力を持っている。だがな俺の使う魔道具はそれを遥かに超える」
「それほどなんですか?」
「ああそうなんだよ花火。そもそもまずは魔道具および邪道具がなにかを簡単に教えてやろう……人間は多からず少なからず魔力を持っている。魔道具や邪道具はそれを攻撃に変える媒体の役割を担っている」
「……つまりどういうこと?」
神酒が首を捻った。
「魔力って云うのは体力と同じなんだ。使えば消耗するし時間がたつと回復もする。そしてさっきも云ったが魔力は全ての人間が持っているんだよ。男でも女でも赤ん坊でも老人でも善人でも悪人でもな。だがそれが認識されたのはここ数十年のことだ。なぜか? それは簡単だ。魔力の使い方が判らなかっただ。だが魔道具は違う。使用者の魔力を攻撃に変換できるんだ。例えばヒデ、お前のオストHシュタットはお前の魔力を使って黒い炎を放って斬撃に威力を与えているんだ」
「成る程、英傑魔道具は魔力を使うための媒体ってことか……」
ヒロは納得し頷いた。英雄も興味深そうに身を乗り出している。蒼太は満足そうに口の端をゆがめた。しかし神酒は手を挙げる。
「でもそれは邪道具でも出来るんですよね? それだと『選ばれないと』使えない魔道具のが劣っている風にさえ思えますよ?」
「そう来ると思ったぜ。教えてやるよ。魔道具にはさらに上をな。お前ら、魔道具攻撃を発動するとき如何している?」
その問いには花火が答えた。
「えっと、攻撃の名前を叫んでいます。バトルマンガみたいに」
「だろう? じゃあなぜお前らはワザ名を叫ぶ?」
えっと、息を詰まらせた花火に代わり佐吉が右手を挙げた。
「えっと、俺の場合は俺の頭の中に言葉が流れてきて――それを思わず叫んだら発動しました」
「俺も同じだ」
英雄が賛同する。魔道具を使ったことのある面々もそれぞれ、うんうんと頷いた。蒼太はプレゼントをもらった子供のような笑みを浮かべる。
「そう、俺もなんだが、一種の『技名』を叫ぶと魔道具は応え、お前らに力を貸してくれる。なぜか? それはな、魔道具が生き物だからさ」
「なんじゃと?」
シヴァが絶叫した。レアは早速自分のデバイスに話しかけている。そんな彼をみて蒼太は苦笑した。
「お話は出来ないな、だけど魔道具には意思がある、一説には魔獣に近い生き物とも云われている」
すこし意地悪に笑いながら茶髪教師はそう述べた。それを聞いた一同は思わず、息を呑んで黙り込んだ。
「まあコレは一説だ。兎に角だ、俺らの使っているコレが意思があって、声にこたえてくれるものだとしたら――まだ可能性があるとは思わないか? これが魔道具最大の武器だ。魔道具には上がある!」
◆
「さっき授業の最後に先生がいったことどう思う?」
授業後、蒼太の去った教室で和歌子は声を発した。
「魔道具の上の話か、信じられないがアレが本当なら相当すげぇな」
英雄は目を輝かせている。
「ま、その上を最初に引き出すのは僕なんだけれどね」
射鷹が当然という風で云う。すると和歌子が苦笑する。
「あら、私よ」
「馬鹿には無理よ」
リカがつぶやくように、だが和歌子に聞こえるようにしっかりと云った。 和歌子は舌打ちをして、頭の後ろで手を組みながら椅子から垂らした足をブラブラさせた。
「あー五月蝿い五月蝿い。そもそもさ根暗。私情報屋からアンタがなんでヒーローやってるか聞いちゃったんだよね」
「え……」
リカがうめき声を漏らし、思わず手から筆記用具一式を落とした。和歌子は立ち上がり、意地悪な顔でリカのほうに歩み寄って、机に手を突いた。
「あんた漫画家になりたいけど全然上手くいかないんでしょ? 一回だけ雑誌にのったけれどそれも評価悪くてさー。それでアンタは考えた、あいにくほかの女子より運動は得意だったしヒーローになろうって。ヒーローとして名が売れれば漫画家としても売れるんじゃないかって」
「……っ!」
云い返さないリカ、和歌子は追い撃つように云う。
「なーにそれ中途半端じゃないの? ヒーローとしても漫画家としてもさ」
その言葉にリカは――机を殴りながら立ち上がった。
「五月蝿いわね! あんたに何が判るの? 夢も目標もなさそうな女がえらそうにアタシの夢を否定しないで? アタシはどんな手を使ってでも名前をはせるの。それがたとえ漫画で勝負していなくてもね!」
まくし立てるリカの顔を見て和歌子は小ばかにしたように噴出す。
「ムキになんないでよ、馬鹿みたい。兎に角、アタシ中途半端な人間嫌いなの。そんなんだから漫画は評価されないし戦闘では足手まといになるんじゃないの?」
和歌子が次々と浴びせされる言葉にリカはコトンと椅子に座り、黙り込んでしまった。レアはあわあわとしながら云う。
「和歌子、そこまで云わなくてもいいんじゃなイ?」
「レア――もういいよ」
リカは静かにそうつぶやいて、席を立ったかと思うとドアのほうへパタパタと足音を響かせる。
「アタシ、次の時間授業とってるから、じゃあ」
そういって出て行ってしまったリカをとめようとヒロは手を伸ばし――思わずその手を引っ込めた。
◆
一時間後
「リカ、ただいま」
神酒が部屋に戻ると、リカがベッドで枕に顔をうずめていた。神酒は微笑んで、それからリカがうずくまっているベッドのポスンと腰を下ろした。そして天井を見ながらリカに呼びかける。
「ごめんね、本の件」
「……良いよ、神酒もヒロも悪くないもん」
枕の中に押し込められ、くぐもった声が返って来る。それから
「ごめんね」
と小さな声がした。
「アタシ、皆に色々隠してたよね。その、趣味のこととか、名を売りたくてここに来たことか」
「……別に云う義理はなかったんじゃないかな」
神酒はそう答えた。リカは小さく呻いてからこう云った。
「でも、今日そんなこと思ってないのに、皆に酷いこと云っちゃった。アタシ本当嫌な女だよね……」
「そっか――じゃあ明日謝ろう! きっと和歌子も判ってくれるし、さ」
リカは枕の奥に小さく、ウタコと呟いてから泣きそうな声で云った。
「うん……」
◆
翌朝 食堂
「なんでお使いなんですか!」
鞍臣に呼び出されて食堂に来た、リカは悲鳴を上げた。鞍臣はタバコの煙をかたどらせながら云う。
「いや、だから俺マックのハンバーガー食べたくなったんで買ってきてくれないか?」
「……」
げんなりとした顔になるリカ。鞍臣は彼女の隣で同じくげんなりしている和歌子を指差して云った。
「二人で云って来い、初めてのお使いだ。ド~レミファソラシド~」
「先生キャラ作りに無理があるんじゃ」
柄にもなく唄いだした鞍臣に和歌子が突っ込みを入れる、が。鞍臣は机を殴りつけた。
「うるさい! はやくハンバーガー買って来い!」
「えっ?」
◆
「ったく、モスなら学校の仲にあるのになんでわざわざマックなの?」
HTIVS外、マクドナルドへと続く道を行きながらリカが毒づいた。すると和歌子は方をすくめた。
「そりゃマックのが良いじゃない」
「は? モスでしょ? 絶対モスのが美味しいでしょ!」
「判ってないなぁ、マックのが安いし食べやすいじゃない。モスなんて味こそ良いけどそれ以外はビミョウね。なんていうかモスって云っておけば通ぶれると思ってるでしょ?」
「意味わかんないですけどー? アンタの舌って安っぽいわねぇ」
口に手をあて、噴出すリカ。それを聞いた和歌子は不機嫌そうな顔をしてから問いかけた。
「あんたビアンカとフローラどっち派」
「フローラよ」
「ビアンカでしょうが! あんたタケノコとキノコは?」
「タケノコに決まってるでしょうが!」
「はああああ? キノコでしょうが!」
そんな風に云い争う二人を見て、彼女らの数歩後ろを行く二人の内一人がため息をついた。
「なんであんなに趣味が逆なんだ……」
「知らんな」
もう一人――英雄が答える。ヒロは不安そうに二人の様子を伺いながら毒づく。
「大体なんで僕らが二人の監視をしなきゃいけないんだよ!」
「仕方ねぇよ、あのクソ師匠がやれって行ったんだから」
英雄も心底不満そうだった。ヒロはうんうんと頷いた。
「まあ仕方ないよね。二人の不仲は僕らの間でも問題の一つだし、それを僕らが任されるのも判る――わけねぇだろクソヒゲ師匠!」
「お前いつになく荒れてるな……」
英雄が苦笑した。その時美吹がハンバーガーの入った袋を持って現れた。
「先回りして私たちの分買ってきたわよ」
「お、ありがとよ。まあ飯がいるような見張りでもないけどなぁ」
英雄はチーズバーガーをモソっと口に運びながら云った。ヒロも照り焼きバーガーを乱暴に口に押し込みながら店内に消えて行く二人を見守った。美吹はポテトを口に挟みながら云う。
「まあよっぽどのことがない限りマックのお使いで事件なんて――」
彼女がそう云った瞬間、それをあざ笑うかのようマックの店内から悲鳴が聞こえ――雪崩れるように人が店から飛び出してきた。
「助けてくれ! 邪道具犯罪者だ!」
「殺される!」
「いやああああああああ!」
店から溢れてくる阿鼻叫喚の光景を眺め、ヒロは毒づき、飛び出した。英雄は美吹の叫ぶ。
「お前はどっかに隠れてろ!」
そしてヒロの後を追い、人の流れに逆らってマックのほうへ突っ込んで行った。依然として人が慌しく溢れてくる中、ゆったりと歩きながら出てくる二人組みがいた。
「おー皆いなくなったねぇ」
「これでハッピーセット買えるねダーリンッ!」
それは男女のペア。英雄は怪訝な顔で二人に声をかけた。
「なんだ、あんたら」
すると男のほうがウインクをして、指をズバッと突き出した。
「世界一愛し合っているカップルですっ」
星の出そうなポーズと声、英雄は笑顔で頷く。
「そうかー、そりゃ幸せそうでなにより、ところでカップルさん、あれ見ろよ」
彼らの後方を指差した、二人は釣られて後ろを向いた――瞬間
「カフカ・ソード!」
英雄は叫んで黒い炎を纏った剣で斬りかかった。ヒロは絶叫する。
「ちょと、ヒデ?」
「腹が立った」
いや、いくらなんでも一般人に……然も不意打ちで……。ヒロはまた問題沙汰になることを危惧し頭が痛くなった。しかし振りかざされた剣が二人を切り裂く直前で男が女を抱き上げそのまま後方に飛び退って回避した。
「いやーん、カッコイイぞ!」
男のほうのほっぺをつつく女。英雄は膝から崩れ落ちた。
「躱された? こいつら一般人じゃねえ!」
驚く英雄に男は問いかける。
「それ魔道具じゃん。でも不意打ちって、本当にヒーローか?」
「うるせー!」
悔しそうに叫ぶ英雄、その時店内から声がした。
「気をつけて! ――そいつら邪道具犯罪者よ!」
その声とともに、リカと和歌子がバタバタと飛び出してきた。男は目を細める。
「あら、まだお客さんいたんだ」
「店員の避難をさせていたのよ」
リカが不適に笑う。和歌子は英雄とヒロに向かって頷く。
「店員は実吹に預けたわ!」
「判った、それより今、邪道具犯罪者って――」
ヒロの問い、それに答えたのは二人ではなく、男本人だった。
「そう、そこの二人の云うとおりっ、俺は風祭サーヒ、そしてコレが俺の相棒、邪道具……ディメンジェスさっ!」
彼はそう叫びながら拳銃を胸ポケットから取り出し掌でクルクルとまわしてからヒロと英雄に向けた。リカは叫ぶ。
「気をつけて! それにあたっちゃ駄目!」
それと同時にサーヒが拳銃、ディメンジェスのトリガーを引く。光線状の弾丸が放たれ、二人に襲い掛かる。英雄、ヒロは体を捻り、それを素早く回避する、二人を捕らえ損ねた光の弾丸はそのまま二人の後ろにあった看板に当たった。すると看板は――一瞬で跡形もなく消滅してしまった。まるで、最初からそこになかったみたいな顔でそこには何もない空間が笑っていた。サーヒはディメンジェスを愛撫しながら云う。
「あはっ、俺可愛いディメンジェスに撃たれたものは消滅するんだ。たとえ人間だろうとね……!」
「え? ダーリン私より邪道具のが好きなのっ?」
「そんなわけないだろう?」
優しく囁くサーヒ。しかし目の前で行われている茶番などどうでも良いほど英雄とヒロは驚愕していた。
「消滅……だって?」
「嘘じゃないわ、こいつらハッピーセットが売り切れていたのに怒って急に暴れだしたの! それで他の客をその銃で撃ったと思ったら消えちゃったの!」
リカが泣き叫ぶ。英雄は舌打ちをして、それから剣を構える。ヒロも懐に収めていた二刀を素早く抜き出す。
「うっひょー全員ヒーローなの。すごーい あ、あたしはサーヒの相棒で恋人の霧峰コヨイでーす!」
「エアコンみたいな苗字ね! というか犯罪者が堂々と名乗っていいの?」
和歌子の突っ込みにハっとした顔になる二人。男、サーヒはたじろいだ。
「おい、コヨイ。こいつらやはりヒーローだけあって賢いぞ」
「うん、びっくりした。コヨイこわーい」
「大丈夫、俺が守るから」
いや、君達がバカなんでしょ。ヒロは脳内でそう突っ込んでから刀を構える。その時だった。
「俺もいるぞバカップル」
変な声がした。声のするほうをみると人がこちらのほうへ歩いてきていた――その姿が目視できる距離まで近づいてきて……それをみた一同は唖然とした。その人物は頭をすっぽりと被り物で覆っていた。それも学校などでよく見かける馬の被り物で。体格からして男だろうか――カップルの女、コヨイは馬に向ってさけぶ
「あ、来てくれたんだ――」
「俺の名前を今呼ぶな、何のためにこの馬を被り声を変えている」
馬の声は変な声、アヒル声だった、ヘリウムガスでも吸っているのか? つまり正体を知られちゃいけないやつってことか……? などとヒロが思考をめぐらせる一方でコヨイは首をかしげる。
「え? 楽しいからじゃないの?」
馬はため息をついて――それからヒロたちに向って叫ぶ。
「お前ら、俺の仲間がバカでスマねえな。俺はホース。まあ仮名だがな」
「ばれちゃいけないの、正体?」
ヒロは鎌をかける。しかしホースは答えずに冷静に続けた。
「そんなことは気にするな、それより俺はお前達を倒す」
懐から取り出した銃を構えるホース。そんな彼の懐にいつの間にか英雄がもぐりこんでいて彼の顔めがけて足を蹴り上げた、が……。
「遅い」
突き出しや足をつかまれ地面に叩きつけられる。たたきつけるモーションが終わる直前にヒロは彼にめがけて斬りつける。
――このタイミングでなら反応できないでしょ!
しかしヒロの斬りつけに彼は素早く肘を突き出し、ヒロのみぞおちに叩き込んだ。
「ぐっ!」
ヒロは呻きながら地面に転がり、リカと和歌子に向かって叫んだ。
「リカ、和歌子。馬鹿そうな二人は君たちに任せる。こいつは僕とヒデにやらせて!」
和歌子はうなずいて背中にかけてあった金色の琴を構えた。
「嫌よっ。天琴ロスカスタニエ――ドク・ボイセル!」
撫でるように旋律を奏でる。やわらかく奏でられた音は実体を持ち、衝撃波となって襲い掛かった。しかしその矛先はこともあろうにリカであった。一方それを受けてリカも叫んだ。
「才筆ドライファッハ! ダヴィンチ・クリエイティオン!」
同じく背中から巨大な鉛筆を取り出すと、空中に円を描いた。するとその円に沿って木の壁が実体化し和歌子の音波を食い止めたではないか。
そしてさらにリカは空中に槍を描いてそれを掴んでから、和歌子めがけて投げる。和歌子はそれを間一髪かわした。コヨイはニヤニヤと笑う。
「うっそー仲間割れ?」
「みたいだねハニー。ねぇちょっとお二人さん相手は俺達じゃ……」
「うるさい黙ってろ!」
サーヒは息ぴったりに答える二人に少し狼狽してから、ニヤリと笑う。そしてリカの盾に向かって銃を撃った。光線の弾丸が盾に襲い掛かった。
「忘れたのか? 俺の相棒の能力を! これは人間だろうと消せるんだぞ?」
それを聞いた和歌子は悪態をついて、琴を二人に向けた。
「ドク・ボイセル!」
音波は衝撃を持ってサーヒに襲い掛かった。
「私は音波で攻撃するの。音は実体がないから避けることも銃で消すことも不可能でしょっ!」
守備手段のないサーヒはモロにドク・ボイセルを喰らい、後方に大きく吹っ飛んだ。和歌子は畳み掛けるようにドク・ボイセルを叫び、音波でサーヒを襲う。
「相手が悪かったわね、私の音攻撃は消せない!」
一方サーヒはフラフラと起き上がりながら口の端をゆがめた。
「確かにそうだ、だけど……ハニー!」
コヨイを呼ぶ声、リカはそれが何を意味するか察して叫ぶ。
「ビッチ女! 上!」
和歌子は反射的に顔を上げる。そこには地面を蹴って宙に舞ったコヨイがいた。そして彼女は体の後ろに忍ばせていた左手を前にひねり出す。その手に握られていたのはサーヒと同じ銃だった。
「へっへ、ダーリンとおそろいなんだっ!」
引き金を引くコヨイ。しかしとっさに反射神経を全て開放した和歌子がとっさに体を捻った。コヨイの放った弾丸はわずかに和歌子を捕らえ損ねて空中に霧散した。
和歌子は勝ちを確信した。不意打ちを封じた――だが自分の手元でジュッという音がしたのを聞いて、その確信がスーッと引いていくのを感じる。ドクンと心臓が高鳴り、絶望が湧き出てくるのを本能的に察した、コヨイは着地しながらいやらしい笑みを浮かべた。
「ここまででギャルちゃんが、こっちより身体能力に優れているのは判っってるんだよねーっ。だから貴方本体を消すことは諦めて狙ったのは――」
コヨイは和歌子の手の中で消えつつある和歌子の魔道具、ロスカスタニエを指差して邪悪に笑う。
「貴方の武器よ?」
◆
あっという間に琴は氷が溶けるようにに空中に霧のようになって消えていってしまった。和歌子の顔が青白くなる。
「嘘! そんなでも、魔道具は破壊されても時間がかかれば、再生するんだ……」
「無駄だよ。ヒーローの武器は壊されても再生可能だ、でも君のロスカスタニエは壊れたんじゃない。――消えたんだ」
「そんな……」
たじろぐ和歌子を押しのけてリカは飛び出た。
「役に立たない女ね! 喰らいなさいダビンチ・クリエイティオン!」
リカが描いたのは大量の爆弾だった。爆弾は空中を乱舞して襲い掛かる。
「これならどう? これだけの数を一気に処理できないでしょう?」
しかしコヨイは笑って、それからサーヒを抱きしめた。そして片足立ちをして、思いっきりスケート選手のように高速で回転をした。そして二人は回転しながら銃を放つ。銃は彼らを取り囲んだ爆弾を全て消滅させた。
「一瞬ヤバイと思ったが僕らの愛の力でなんとかなったね。ハニー」
「ええ、それにしてもそっちのメガネちゃんの筆、なんでも実体化できるなんて強すぎると思ったけどさ、実体化した物自体は魔力帯びてないよね」
「っ――」
リカ瞼がピクリと動く。
「煮干みたいね」
「ハニー、それを云うなら図星だ」
「やん、ダーリン賢い! とにかく、魔力も持たない攻撃ぐらい全部これで消し去れるわ」
銃を構える二人。リカは悪態をつく。
――私は……私は、こんなところで負けてる暇はないのに! 私は私は――あの人のためにも有名にならなきゃいけないの!
◆
私は勉強も運動も人より出来る方だった。だから小学校の頃はそれなりに友達も出来た。でも、中学に入って気がついたら友達はいなかった。私は独りになった――。
きっとそれは私が本来人と関わるのが下手だった上に小学校では自然と友達が出来ていたから、友達の作り方が良くわからなかった故なのだろう。とにかく私は孤立した。
同時に私を救ったのが漫画であった。漫画の登場人物は私を馬鹿にしたりしない。こちらをみて明らかにニヤニヤしたりしない。気を使う必要もない。私はそう感じた。
自然と私は漫画家を志すようになった。漫画だけが私の全てだった。いつかすごい漫画家になって、私を見下している、友達がいないという理由だけで私の価値を見ようともしない学校のやつらに思い知らせてやるんだ、泡尾根リカの価値を。
その一心で私は漫画を描き、雑誌などに応募し、そして小さな賞を取った。大きな雑誌でもなかったが名前くらいは大体聞いたことある雑誌。私を見下している軽そうな女が読んでいる雑誌に私の漫画は読みきりとして載ることになった。これで、私を認めてもらえる――そう思った。
然し
「ねえ今週号に載ってた新人の漫画見た?」
クラス内でその話題が出た瞬間私は参考書を読んでいる振りをしながら体中の聴力を使って会話に集中した。
「見た見たー微妙だったよねー。それよりラブリンスやばくない?」
「うんうん、竹咲君と三島ちゃんがハグしちゃってさー」
――終わりだった。私の漫画は微妙の一言で終わり。絶賛は愚か、批判もなかった。
女らは既に別の話をしていた。私はその時点で、吐き気を覚え、動悸が早くなり、心の蔵がむき出しになるのでは、と思った。しかしそれ必死で押さえ、家に帰った。パソコンを立ち上げ、自分の漫画の評価を調べる。
誰も話題にさえしていなかった。学校同様、賞賛どころか大した批判もない、私が中学時代唯一誇ろうとしたものが、他人に自分の価値を示そうとしたものには、何もなかった。
私が深く落胆し、漫画家の夢など捨てた、ある日のことだった。ポストに一件の手紙が入っていた。私はその内容を読んで驚愕した。あて先は采炎。私のペンネームだった。
「采炎先生へ。私は漫画みたいのには疎いんですが偶然先生の漫画を読んで感動しました。漫画ってすごいと思いました。友達は先生の漫画の話を読んでもなにも言ってくれなかったけれど、私は、先生の漫画好きです。いつか先生が有名になると信じています」
差出人不明のその手紙。それは私の心を打った。そして私は決意した。この人のために、どんな手を使ってでも名前を馳せて見せる、と。
◆
「――私は! たとえこんなやり方でも! 強くならなきゃいけないの!」
リカは結んだ髪を思い切り振り回し、ドライファッハで英雄の黒剣にも良く似た巨大な剣を形作り、それを思い切り握り締めサーヒに斬りかかった。サーヒは悪態をついて、
「あーあ、平凡。もう消すまでもないや」
と云ってからその一振りをまるで地面でもすべるように砂利を巻き上げながら、にべもなく窮した。そしてそのまま、大降振りを回避されバランスを崩し、転んでしまったリカに銃口を向ける。
「剣の使い方、なにも判ってないんだね……さようなら」
リカは呻きながら体を起こそうと足を突っ張るが、まるで他人の足のみたいに云うことを聞かず、体を支える役目を放棄してしまっている。如何やら今転んだことでくじいてしまったらしい。
サーヒがトリガーを引き、リカの視界に向かって光の弾丸が空気を貫いてくる。その光でリカ自身も、彼女の夢や、何もかもさえも消し去ってしまおうとせんばかりに。
――ああ……結局、アイツの云うとおり私は……ヒーローとしても中途半端な最期を迎えるのか。転んで自滅なんて、かっこ悪いなぁ。
リカは体中の力を地面に預け、静かに目を閉じた。まるで光線で消える前に地面と一体化してしまうんじゃないか、というくらい心地よく、自然に意識が地中に埋まっていく――ああ、もうすぐ体も消える……。
しかし、しばらく待っても、リカの体は消えることはなかった。少なくともリカの意識は今もなお、地面に伏せていて、微妙に口に入り込んでくる砂利が歯の間に挟まっているのを感じていた。リカは恐る恐る、もしかしたらもう自分にはそんなもの存在しないかもしれない目をゆっくりと、開けた。
視界は醤油をぶちまけたみたいに真っ黒だった。リカは一瞬、やはり消えてしまったのだ、と感じた。しかし直ぐにその黒い闇は――自分に覆いかぶさるように立っているものにより作られている陰であるとわかる。リカはさらにしっかりと目を開け、自分の目の前に立っているそれに焦点を合わせた。それは人だった。両手を広げ、リカを庇って立っていたのが判る。
そしてその人物の体越しにサーヒとコヨイが見えるということに気がつき、リカは目の前の人物が自分を庇ったというこに気がつく。リカは下唇で上唇を覆い隠し、涙をこらえてから、うめき声を上げた。
「なんで……アタシを庇ってんのよ……和歌子!」
◆
「ギャルちゃんがメガネちゃんを庇った?」
コヨイは目の前で消えかけている和歌子をみて、絶句した。サーヒも納得いかない、という顔で指を突き出す。
「なぜだ、お前ら仲が悪かっただろう?」
「ええ、そうよ。アタシはこの根暗が大嫌い、でもね、こいつに死なれたら困るの。だって、こいつの漫画読めなくなっちゃうじゃない」
和歌子はそう微笑んだ、そして地面に伏したまま目を白黒させている、リカのに視線をあわせるようにしゃがみこんだ。
「そうでしょ? 采炎先生?」
◆
「なんで、アンタが私のペンネームを? ていうかなんで、庇って、え?」
リカがいよいよ判らない、という表情を作った。和歌子はまるで自分の体の一部を吐き出すようなため息をついた。
「まだ判らないの? まあ私もびっくりしたよ根暗。……私が昔ファンレターを出した漫画家がお前だったなんてね。部屋から見つかった漫画の絵柄をみて真逆とは思って情報屋に聞いてみたけど、聞いても信じられなかった」
「うそ? 何を云ってるの貴方は!」
「細かい話をしている暇はないわ。まったく……リカ。昨日はあんなこと云ってごめん、でもさ、私は信じてる。あんたならすごい漫画家になれるって、だからこの局面、突破したらヒーローなんか止めて漫画に専念しなさい。大丈夫自信をもって、私が保証するから――」
そこまでだった。
和歌子の体は目視不能なほど薄くなり、ついに消えてしまった。
彼女の消えた場所を呆然と眺めているリカを見て、サーヒはニヤニヤと笑み浮かべる。
「うんうん、俺達は空気の読める悪人だから別れの言葉は聞かせてやったよ」
「いやーんダーリン紳士!」
サーヒの腕にしがみつくコヨイ。
「まあね! さてお嬢さん、君の武器は通用しない。仲間も和解したけど消えた、さあ? どうする」
一方リカはそんなカップルのことなど気に留めている風もなく、ブツブツと呟いていた。
「なーに云ってんの?」
サーヒは首をかしげる。リカは大きく息を吸って、それから怒鳴り声を上げた。
「ほんっと迷惑よ! クソギャル女!」
声と拳で地面を殴りつけながらリカはわめき散らす。
「仲悪かった二人が、死に際に和解なんてそんな古い展開脚本力ゼロよ! プロットから見直せ! でも、でも――あんなこと云われたらお前のために戦う以外ないじゃないの! 和歌子!」
リカは今までになく力を入れながら体を起き上がらせた。
「動けるわよね。脚ぃ、御託並べてアタシを支えきれなかったら叩き折るわよ!」
次にドライファッハを掴んでそれに話しかけるように叫ぶ。
「あんたもよ! 生きてるんでしょ? じゃあ私に応えなさい! ヒーローの武器なんでしょう! ここでアタシを勝たせないならぶっ飛ばすわよ!」
それを馬鹿にしたような目で見つめるサーヒ。
「まさか、たかが武器が応えるわけないでしょ?」
それを否定するように、ドライファッハはまばゆい七色の光を放ちだした。リカはその光を見つめ、微笑んだ。
「先生の云ったこと、魔道具に上があるって、本当だったんだね」
ドライファッハは姿を変え、巨大な絵の具筆へと変形した。彼女の頭の中では蒼太の言葉が思い返されていた。
『英傑魔道具最大のウリはな――生きていること。そしてだからこそ、持ち主の心に応えて、形態を変え……進化することだ!』
◆
「なんだ? 魔力が膨れ上がった?」
サーヒは思わず右腕で顔を覆い、左手でコヨイを抱き寄せた。
魔道具を持っている犯罪者とはいえただの人であるはずの彼、しかしその彼もわかる程大きな魔力の高まり。
一方リカの頭には筆に変形したドライファッハの使い方を本能的に理解した。
「成る程、これが武器と意思を通わせるってことねっ! 行きなさいドライファッハ第二形態――ダヴィンチ・コード、和歌子のために勝利を作りなさい!」
彼女は叫んで筆を豪快に振った、すると筆先から赤い絵の具が跳ねた。そしてそれがサーヒの腕に付着する。
「あはは、なあに? お絵かき?」
サーヒが笑った瞬間、彼の腕から火柱が立ち上がった。
「なにぃ?」
サーヒは熱さに悶えながら、腕を振り回す。すると火の粉が辺りを舞いこそしたが、本の威力は全く納まる顔を見せない。
「ダーリン、これただの炎じゃない! 魔力を帯びた炎だ!」
コヨイが絶叫する。そんな彼女に今度は黄色い絵の具が振りかかった。瞬間、彼女の体に凄まじい痛みが走い、絶叫し、悶絶しながら彼女は地面に崩れ落ちた。
「キャアアアア! なにこれ体が痺れて、ああっ!」
彼女の全身を襲っていたのは高電圧の電気だった。サーヒは意識まで燃やされそうになりながら必死で意識を保って云う。
「まさか、魔道具が進化するなんて!」
リカは静かに頷いた。
「ヒーローを舐めないで頂戴。これは第一形態のクリエイティオンほど手数が多くない。炎の赤絵の具、電撃の黄絵の具、毒の紫絵の具、爆発の白絵の具たった四パターンに絞られるけれど、コードの攻撃は魔力を帯びている!」
「そんなの反則でしょ!」
「本当ね、漫画なら読者が興ざめする能力だわ。でも――私はあんたらを倒す!」
筆を構えるリカ。
「くっそおお、コヨイ、そうだ俺の炎に向かって消滅銃を撃て!」
しかしコヨイは電撃の痛みに悶え、声が届いていないようだった。サーヒはさらに声を大きくする。
「たのむ、マイハニー!」
その言葉にコヨイの腕がピクリと動いたかと思うと、絶叫しながら立ち上がった。リカは眼を丸くする。
「うそ、電撃に耐えた?」
「愛の力舐めんなぁ! ダーリン今、炎消してあげるから!」
そういってダーリンに向かってトリガーを引くハニー。サーヒの炎めがけて飛んでいった光の弾丸は――わずかに軌道がずれ、サーヒの体に辺あたって、サーヒは消滅した。
「……」
リカは黙ってしまった。一方コヨイは泣きそうな声をあげる。
「そんなぁあああダーリン! もう私も消える!」
そういって自分の胸に銃を当て、引き金を引く。まばゆい光が辺りを走り……コヨイの姿も消えた。
リカが勢いをそがれ、呆然として突っ立ていると英雄の声がした。
「おーいリカ無事か!」
リカが振り返ると英雄とヒロがこちらに向かってパタパタと駆け寄ってきていた。リカは頷いた。
「うん、なんか自爆した。そっちは――?」
「逃げられちゃった。でも市民は無事だよ」
ヒロが弱々しくしく笑った。英雄は怒りに拳を振るわせた。
「アイツ意味がわからねぇ、どれだけ攻撃しても馬のマスクだけびくともしねぇの」
それに思わずリカは噴出した。そのときヒロが……少し聞きづらそうにリカの顔を覗き込んだ。
「あ、あの、さ和歌子は?」
その問いにリカは静かに俯き――首を横に振った。
「お、おい嘘だろ?」
剣をカランと地面に落として絶句する英雄。
「サーヒの銃にあたって、私を庇ってだった。最期の最期にすこし分かり合えた。でも、もう和歌子死んじゃったし。和歌子の最期の言葉通りヒーローやめて漫画家に――」
「なーに殺してんだよクソブス根暗オタメガネ」
張りのある声が響き渡った。三人が声のした方向を向くとそこには――和歌子が立っていた。
「よっ」
「和歌子? なんで」
「あー私もびっくりしたよ。まさかアレが消滅銃じゃなくて撃ったものを遠くにワープさせる銃だったなんてね……。おそらくあのカップルも効果理解してなかったんでしょうよ。まあ一番びっくりしたのは私だよ。死ぬと思ってあんなことして、あんなこと云ったから、その……恥ずかしいし」
顔を背ける和歌子をみて、リカはクスっと笑った。
「でも、ありがと和歌子。貴方が私のファンだったなんて気がつかなかった。それに貴方があんなことを云ってくれたから――アタシは魔道具を進化させられた」
「それを云ったらこっちこそ、アンタがアタシのために戦ってるのみて、その、嬉しかった」
和歌子は顔を赤らめ、そう云った。そんな和歌子をみてリカは再び笑い、和歌子に歩み寄った。そして和歌子の胸の中に飛び込んだ、和歌子はそれを抱き寄せた。リカは和歌子の胸の中に声を放つ。
「もう、あんなことしないでよ! 本当迷惑だから! あんな友情ごっこ私には合わないから! シナリオセンスもないから」
「ごめん、悪かった」
「あとやっぱアンタが生きてるなら私ヒーローやるから! あんた私がいなかったらボッチじゃない!」
「そうだね」
そんな二人をみてヒロと英雄は互いに見つめあい、それから肩をすくめ二人を残してその場を後にした。
◆
翌日 食堂
「ほら、リカ。このプリンおいしいよ、口あけて。あーん」
スプーンにのせたプリンをリカの口元に運ぶ和歌子。リカは恥ずかしそうに顔を赤らめてから口を開きスプーンの上のプリンをパクンと食べた。
「うん、おいしい」
そんな二人を見て佐吉が小声でヒロに聞く。
「何があったんだ?」
「さあね、女の子の考えていることは僕らには判らないものさ」
「まあ二人が仲良くなって僕は何よりだヨ」
レアは頷いたがどこか寂しそうでもあった。ヒロは隣でラーメンのコーンを弾く作業をしている英雄に囁いた。
「そういえば、あれがワープ銃だったならあのバカップルまだ生きているわけだね」
「……ああ、そうだな。あいつ等のせいで報告書も書かさせられたわけだし、次ぎあったらぶっ潰す」
コーンを小皿に弾ききった英雄はスープを一気に飲み干しながらこたえた。ヒロも水の入ったコップを口に運びながら頷く。
「まあ今回の目的は確保じゃ――」
そこまで云ってヒロはずるっと手からコップを落とした、プラスチック製だったのでコップは割れずにカーンという音をフローリングに響かせた。ヒロはまるで彫刻みたいにコップを持った手の形のまま固まって、一点を凝視している。
「どうしたんだよヒロ、お前らしくもなく行儀が」
英雄が首を傾げてからヒロの目線を追った。そして――まるで宿題を忘れた子供のような顔をした。
そこには鞍臣が立っていた。そして彼の顔は地獄の四丁目のような顔をしていた。顔からは蒸気がほと走り、目は人殺しのようにギラついている。彼が歩いた先には草一本残らない、そんな雰囲気を放ちながら食堂の入り口に立っている鞍臣を見て、英雄は必死に頭をめぐらせた。
「なんで怒ってるんだあのおっさん!」
「判らないよ!」
ヒロが泣きそうな悲鳴を上げる。鞍臣はのっそのっそとこちらに向かって歩いてくる。道中にいる生徒は泣きそうになりながら道を明けた。鞍臣は英雄達の座っているテーブルのほうまで来ると轟くような声を出した。
「……リカ、和歌子」
「私たち?」
悲鳴を上げる和歌子。鞍臣は野獣の雄たけびのような声でこう云った。
「マックはどうしたぁ!」
「あっ」
「俺は昨日ずっと待っていたんだぞ、昼も抜きにして、クオーターパウンダーチーズ待ってたんだぞ!」
「えええええ? 本当にマック食べたかったんですか!」
「当たり前だろ……! 罰としてお前ら一階から百階までの階段駆け上がり五セットだ! ヒデとヒロもだっ!」
大声でわめき散らす鞍臣に、英雄とヒロは思わず文句をたれる。
「俺たちもかよっおかしいだろ!」
「というか職権乱用ですよ先生!」
「うるせえええええっ!」
ぴしゃりと跳ね除ける鞍臣。和歌子は駿河湾よりも深いため息をついてから立ち上がった。
「仕方ないね、行くよ、リカ」
「そうね。ヒデとヒロも行くわよ」
リカも立ち上がる。英雄とヒロもしぶしぶ立ち上がった。
「理不尽だ、納得いかない。教職乱用だ、体罰だ!」
英雄は以前文句をたれていたが。佐吉は苦笑して箸をおいた。
「いいじゃねぇか、俺たちも同行するぜ」
「達っ?」
射鷹がギョッとする。佐吉は射鷹を無理やり抱きかかえるように立ち上がらせて云う。
「そ、皆で階段ダッシュだ!」
「仕方ないな、俺は実は趣味だから一緒にやってやらんこともない」
札一は頷く。他の皆も互いに見つめあい、ため息をついてから立ち上がり。のそのそと階段のほうへと向かった。
◆
結局階段を五セット、つまり五百回分の階段を駆け上がった皆はその後、食べたものを全部吐き戻した。佐吉は床にしゃがみこんで洗面器とにらめっこしながらつぶやく。
「あー、なんかノリで格好つけるんじゃなかった……うっ」
再び洗面器に吐き出される嘔吐物。シヴァはそれを見て顔をしかめる。
「お前まだ出すのか。ワシはもう……おろろろろろろろろろ」
「ああ、もう本当この学校意味判らない、最悪!」
和歌子も毒づいた。リカは床に仰向けになりながら声を漏らした。
「本当、アホな学校よね。世界救うとは思えないっ!」
そう、めちゃくちゃでいい加減で破天荒。それがHTIVS。変わったやつらが集うし、世界を救っている実感なんかわかないかもしれない。非日常みたいな日常――そんな日々を彼らは過ごす。喧嘩したり、吐いたりするけど、なんだかんだでこの騒がしい日常が、確かに彼らの平和だった。
だから、彼らは知らない。
そんな非日常の日常も、もうまもなく崩れつつあることなんて。少なくとも、バケツや洗面器に向かってゲーゲー吐きながら先ほどまで仲の険悪だった二人が微笑み会っているのをみているときには――想像だにしなかったのである。
第八話 完
次回予告
英雄とヒロ、花火と佐吉、リカと和歌子。それぞれがそれぞれの絆を深めていく中いまだ心を開かない「彼」がついに動き出す。
次回第九話「価値なんて」