第七話 どうでも良い
いよいよ第二幕です。
英雄とヒロ以外の登場人物を中心に物語が展開していきます、最近の物語は主人公が全てで他の人物は皆主人公の踏み台、のような話が多いです。そういう話が悪いかどうかは口出ししませんが個人としてはやっぱり主人公もその友人もライバルも敵も魅力的でそれそれがそれぞれとして生きている話を書きたいです。たとえフィクションの世界とはいえ彼らにも人生があるのですから。
全長二〇メートルはある巨大な蛇がうねりながら大地を進撃する。対峙するのは二つの人影だった。一人は茶色く染まった髪ピアスにリング、革ジャンと云った軽い雰囲気の少年、もう一人は小柄で小動物のような少女だった。
町中で見れば見逃すような二人だったが決定的に一般人と異なっているところがあった。少年の右手は巨大な樽のような発射口が付いていて、少女の方は白く細い弓を握っていたのだった。少年は白い歯をのぞかせてニヤリと笑った後地面を蹴って跳躍しこう叫んだ。
「爆炎拳ブラウヴァルト……イフリートバレット!」
刹那彼の右腕は発火した。そして炎をまとった巨大な拳となりそれは大蛇目掛けて振り下ろされた。
すさまじい衝撃波が周囲に発生し炎と爆風、そして爆炎が大蛇を飲み込んだ。
「っしどうよ!」
少年は煙を上げる右手を抑えながら満足そうな顔で着地した。しかし次の刹那煙の中から白く鋭利な物体が六本、乱舞しながら彼目掛けてとびかかってきたではないか。
「はあああっ? 牙飛ばしやがったのかあの蛇!」
彼が悪態をついたとたん
「貫いて。リーベス・P・ツエッシン……バリエル・サジリオン」
と声がして、背後から光の線が六本、飛ばされた牙めがけて飛んでいきそれぞれ貫いて破壊した。
「もうっ佐吉の攻撃はおおざっぱすぎるんだよ!」
佐吉と呼ばれた彼が振り返ると少女が矢を構えていた。
「サンキュ花火」
佐吉が礼を云ったその時煙がはれた。そこにはまだ大蛇が堂々と首を持ち上げて君臨していた。
「マッジかよ」
佐吉は毒づいて、それから笑った。
「なんてな――もう十分時間は稼いだぜ!」
その言葉に合わせて蛇の背後にあるビルから二つの陰が飛び出してきた。一つは以上に細長く黒い影、もう一つは小さくて白い影だった。
「よくやった、ナイス二人とも!」
黒い影が叫ぶ。
「あとは俺らが終わらせてやるよ!」
白い影も叫んだ。黒い影は両手に鋭い日本刀を持っていた。白い影は彼の伸長の二倍はある大剣を握り締めていた。
「神速二刀流!」
まるで風のように目にも止まらない速度で降られる二刀流。
「カフカ・ソード!」
黒炎をまとった重い一斬。
その二つが交差しながら蛇の体に刻まれ、次の刹那蛇は方向を挙げて崩れ落ちた。
そして次の瞬間には町の景色が消え、蛇も消え、真っ白な部屋に
「目標討伐完了、天川英雄、天川ヒロ、藤代佐吉、姫路花火。試験合格です」
という声が流れた。
「しゃあああああ!」
先ほどの白い影は大剣を掲げて咆哮した。黒い影もクールな笑顔でガッツポーズをする。一方佐吉はというと
「やったぞおおおおおおっ!」
と歓声を上げて花火に抱き着いた。
◆
「祝! 230期生全員訓練生卒業!」
長い黒髪を両端で結んだ少女がコップを掲げた。彼女とともにテーブルを囲んでいる数名の男女もそれに合わせてコップを掲げた。
「いやあ四人ともすごかったよ!」
ギャル風の少女、不動和歌子が目を夜空のように輝かせる。すると佐吉は大声で笑った。
「サンキュ和歌子。まあ当然だからな! なあ花火?」
そういって佐吉は彼の相棒でもある小柄な彼女に話しかける。しかし花火は立ち上がると
「ごめん、私ちょっと用事思い出した」
それだけ云うと何も云わずにスタスタと靴と床でハミングしながら去ってしまった。
「あれ花火怒ってない?」
先ほど乾杯の音頭を取った、御台場美吹が首をかしげる。先ほどの白い影こと天川英雄は霧のように白い髪と赤い眼鏡をにやりと揺らす。
「なんかしたのかよ佐吉」
しかし心当たりがないという顔の佐吉。そんな彼に元軍人で彼らの同級生宮間札一が云う。
「ふん貴様のことだ。そうせデリカシーのない発言でもしたのだろう」
「おめーが云う? なァ、それおめーがいうか?」
佐吉は思わず突っ込みを入れた。
◆
彼らはHTIVS……正式名称Hero training international vocational school(ヒーロー養成国際専門学校)に通うヒーロー見習いだ。いや精密には、だったというべきか。入学して一年以上経った今彼ら230期生は訓練生卒業試験に臨んだのだ。そして無事全員パスした。こうして英雄とヒロ含め全員はいよいよ外で魔獣と戦うための授業を受けたり実戦をしたりできるというわけだ。
現在はそれを祝って230期と教師でもありプロヒーローでもある小笠鞍臣の助手、の美吹で教室を一つ貸し切って集まっていたのだ。もっとも孤独を好む刀田ムゲンは不在だが。ちなみに英雄は身体能力に優れているが突っ走りやすい性格が災いし学校では嫌われていた。然し、ヒロとパートナーになって、彼なりに頑張って周りに合わせつつある。それにより授業を受けるためのミッションをなかなかクリアできなかったのでヒロたち230期生と同じ扱いを受けている。現在では最初のミッションはおろか先ほどの卒業試験でも活躍する躍進ぶりで校内の評価も変わりつつある。
彼はほかのメンバーより入学も早かったことや上記のことが合わさってヒロ以外の面子には最初、馴染めなかったが半年も共に学ぶ間に打ち解けてきた。なんだかんだ上手くやっているという。彼らは希望に満ち溢れていた、HTIVSという場でヒーローとして名をとどろかせ、人を救えるという希望に。
これはそんな彼らHTIVSヒーローの、活動の記録である。
◆
「あー全然理由が思いつかん。合格が発表された時抱きついたくらいか」
「それでしょ……」
廊下のベンチに座り頭を抱えてそうつぶやいた佐吉と呆れる美吹。佐吉は泣きそうな顔で訴える。
「おいおいそりゃねェだろ? 一年の付き合いだぞ? そいよいよヒーローになれるって時のテンションで嫌われるって……」
しぼんだアンパンみたいに、しょげてしまった流石に佐吉が可哀想になり、ヒロは指を立て提案した。
「そうだ在花のとこにいってみようよ。花火のお姉さんだし。なんか判るかも」
「成る程、ハグアレルギーかもしれないぜ」
頓珍漢な発言をする英雄を無視しヒロ佐吉の肩をつかんだ。
「生徒会室に行ってみようよ」
ヒロの言葉に佐吉は少し涙目になりながらもコクンと機械のような頷きを返した。
◆
藤代佐吉はいわゆるチャラい男である。髪を染め耳にはピアスがついている。学校では女垂らしで有名でいろんな女子と噂が立っては消えた。実際は入学してから恋人がいたことはない。本人は非常に気にしている。
そんな佐吉が入学当初から相棒としているのが小柄な少女姫路花火だ。生徒会長の妹で学園長の孫、そんなエリートを感じさせない優しくて自分より他人の意見を優先させるような子。佐吉はチャラいが花火を決して口説かなかった。
それだけ花火を大切に思っている証拠だと思っているのだが、つい嬉しくなって抱きついてしまうなんて佐吉らしいといえばそういえるだろう。
そんなことを考えながらヒロと英雄、そして佐吉は「生徒会室」と赤い文字で書かれた紙が張ってある扉の前突っ立っていた。
ヒロがドアをゆっくりと押す。すると彼らの視界に飛び込んできたのは、
「なははははははは!」
と奇声を上げ、回転椅子にのって高速回転している女性だった。三人が目を点にしていると、彼女はそこで三人に気がつき、ピタととまった。そして三人を数秒凝視した後、ドスの利いた声で云う。
「今すぐ閉めろ。そして五秒後に開けろ」
「はい」
ヒロは思わず閉め、指示通り五秒待ってから扉をあけた。するとそこには回転椅子に優雅な姿勢で座り、右手に持ったティファニーのティーカップを口に運びながら左手に持った三島由紀夫の本に目を落としている女性が彼らを待っていた。彼女は彼らに天使のように微笑みかけ、凛とした声で歌った。
「やあ、よく来たね」
彼女はスラリと立ち上がる。三人突っ込むことも出来ずに突っ立っていると彼女は優雅な仕草で一歩歩み寄った。
「で、何かな?」
「実は佐吉が花火に振られたんだ」
この空気をなんとかしようとしてオブラートを被せないで云う英雄。
すると生徒会長は困ったような顔をする。
「そうか、そうか。ていうか佐吉。お前、花火が好きなのか?」
「え? ええと、それは、よく判らない」
「成る程、成る程。その反応は好きだろう。いやはや驚いたな。佐吉がそっちの人間だったとは」
引っかかりのある言い方にヒロは食いついた。
「いやいや有花。確かに佐吉のが年上だし花火はちょっと幼い顔だけれどその、幼女趣味みたいな云い草はどうなの?」
すると生徒会長はえっ、と声に出し眼を丸くした。それから一口ティーカップを口に運び、白い湯気とともに言葉を吐き出した。
「もしかして知らないのか?」
「なにを?」
佐吉は聞き返した。そして、それに対する有花の答えに彼らは愕然とした。一瞬信じられなかったが生徒会長は確かにこう云った。
「花火は私の『弟』だぞ?」
◆
「え?」
ヒロは声を裏返した。以前こんな間抜け声を出したのも、この生徒会室だった、とヒロは思い返す。部屋の隅にあるコンロにかけられた薬缶がしゅんしゅんと唸っている音が耳の底を走るのをヒロは黙って感じていた。
一方、発言主の有花は、知らなかったの? とでも云いたそうに英雄たちを紅茶から立ち上がる湯気越しに見つめた。ヒロはもうもうと揺らめく有花の顔にめまいを覚えながらも、しっかり見つめ返した。
「冗談はやめて欲しいんだけれど?」
「いや、本当だ。姫路花火は戸籍上も生物上も男だ」
淡々と云う有花。英雄は白い頭を掻き分けながら、有花に問いかけた。
「女装ってことか?」
「ああ、そうなる」
「体は男だけど心は女の子ってこと?」
ヒロがさらに質問を投げかけたその時、薬缶が会話に参加したみたいに絶叫した。有花はしゃなりと席を立ち、薬缶とティーカップを三つもって戻ってくる。
「うーん、ちょっと違うかな。花火はね、男性恐怖症なんだ。まあ私が特別に紅茶を淹れてやるからそれを呑みながら聞きたまえ。やはり紅茶の湯は薬缶で沸かすに限るぞ」
◆
お前らも知っている通り、私の祖父はHTIVS創立者で学園長。偉大な男だ。
然しその息子、つまり私たちの父親は全く駄目な男だった。仕事もせずに家にいて、祖父の金で酒を浴びるように呑む。そしてそのまま私たちの母親に暴力を振るった。そう、典型的な暴力男だったよ。本当に、最低の男さ。
そして花火が齢五歳のとき、母親は私達を残して出て行った。ある日起きたらいなかったのさ、母親が。驚くだろう?
兎に角、残されたのは私と花火と、それから長女の花織だった。ん? なんだ、佐吉。花織が今如何しているかって? まあ焦るな。最後まで聞けば判るから。そして妻を失った父親の暴力の矛先は彼女に良く似ていた長女花織に代わったんだ。
警察に相談、か。ヒデ、最もな案だよ。当然あの頃の私たちもそうしたさ。けれどあの男は警察が乗り込んできた瞬間。さめざめと泣き出すんだ。子供みたいに。
「出て行ってしまった妻が残した子供なんです。私も精神が不安定でした。だけど、このことたちまで、私は失いたくない」
なんて云うわけさ。すると警察もにっこり微笑んで、
「やっぱり実の親御さんが一番だよね。お父さんを大事にしなさいよ。また何かあったら云ってね」
なだと無責任なことを云って帰っていってしまった。よくもまぁあんな大根演技に騙されるもんだ。私はあの警察の顔を忘れないね。きっと彼は普通の家系に生まれて尊敬すべき親の元で育ったんだろうさ。おめでたいね。
おっと、愚痴っぽくなってしまったね。すまない。兎に角、そしてそれから虐待は激しくなるだけだった。監視もされ警察に通報も出来なくなった。
父親の暴言をモロに受けた、花織は勿論。それを支えた私も疲労困憊だった。正直なんども死のう思ったた。
だけど、私達には癒しがあったんだ。そう、それが「弟」の花火だよ。
花火は当時小学校二年生。二次成長がまだなことを考えても女の子のような顔をしていた。私と姉はそんな弟に自分達の昔着ていた服を着せて楽しんでいた。
「花火可愛い似合ってる」
なんて花織が褒めると花火は恥ずかしがりながらも笑っていたものさ。少なくとも、三人で過ごす時間は幸せだった。
すこし歪だったがこれが三人の家族愛だったんだ。腐った父親に対する反抗の意でもあったんだろうなぁ。私たちはもうじき花織が就職出来ることを希望に父親の存在に耐えていた。
でも、その希望は破壊されることにるんだけど。
ある日『いつもどおり』父親に暴力を振るわれ疲れ果てた花織が部屋に戻ってくる。私はいつものように
「おかえり、おつかれ」
と云おうとしてた。だけそその時、私はいつもの花織の表情、やっと終わった開放感に溢れた顔をとは違う顔をしていた。目に光がなかった。
「どうしたの、姉貴」
私はそう聞いた。そう聞けば最悪な答えが返って来るのはなんとなく察していたけれど。それでも聞かざるを得なかったよ。
そして案の定花織は最悪な答えを返してきた。
「父さんの子供、身籠っちゃったんだ」
ってね。
佐吉、お前すごい顔をしてるぞ。口から紅茶がこぼれている、あの時の私もそんな顔をしていたけれどね。兎に角、そのまま姉は部屋を出て行った。そして帰ってこなかったよ。その時初めて知ったけど彼女には恋人がいて、彼から連絡が来た。
川に飛び込んで、花織が自殺した。いろんな感情がごちゃごちゃになっているのが電話越しでも判る彼の声と、その日が雨だったことを私は忘れはしないだろうね。
その後、父親は逮捕された。やっと離れられるけど、失ったものが大きすぎて売れ草なんて微塵もなかったよ。私たちは、祖父に引き取られることになった。そしてそのときには、花火のなかで何かが生まれていた。
それは「男性への嫌悪」だった。暴力を振るい、男としての欲望を丸出しにし、姉を死まで追いやった男性という生き物への嫌悪。と同時にあの子は気がついてしまった。
「自分がそれと同類である」という事実。その間に挟まれた花火は、花織の古い服を取ってそれを身にまとった。そしてさも生まれたときから女であったかのように振舞い始めた。自分が実はその男であるという事実を封印して。そしては知ってのとおり、私は祖父の影響、そして父親のような悪を嫌う心からHTIVSに入った。後を追うように花火もそこに入ったわけだ。
◆
「今では男性恐怖症もマシになったし。一応自分が男であるという意識も取り戻したけど。自我は女のまま。だから先ほどの佐吉みたいに抱きつくみたいな行為をされると
嫌悪感を示しちゃうわけよ。と、まあコレが私たちの過去話さ」
話し終わった有花は冷め切った紅茶を一気に飲ほした。一方佐吉は膝を殴りつけた。
「事情はよーく判った。だけど、だけど……なんで云ってくれないんだよ。俺、相棒なんだぞ?」
ヒロは肩をすくめて見せた。
「無茶いうなよ。花火にとっては最大レベルのトラウマだぞ? ねえヒデ」
話を振られた英雄は曇った眼鏡を拭きながら唸った。
「俺には良く判らないよ、でもこのままじゃ駄目だろ」
「そうだよなぁ……」
佐吉は深い深いため息をついた。
◆
彼らが生徒会室を後にして食堂に行くと同期に美吹を含んだ女子陣が集まって談笑していた。そこに花火の姿はない。
「花火は?」
ヒロが聞くと神酒が答えた。
「花火なら一人で特訓してくるって。佐吉が怒らせるからじゃないの?」
「ああ、神酒の云うとおりかもしれない」
神酒の言葉に、佐吉はがっくりとうなだれた。それをみた神酒は椅子から落ちそうになってぎょっとした。
「佐吉が素直? 如何したの」
「悪かったね、素直じゃなくて」
歯をむき出しにして拗ねる佐吉を片目に、ヒロは切り出した。
「僕も話すべきかは判らない。でも、やっぱり云っておくべきだと思うんだ。えーっと、生徒会長から聞いたんだけれどね――」
ヒロがそう切り出して先ほど聞いた話を掻い摘んで説明した。説明し終わったヒロはみなの反応をうかがった。すると美吹が皆を代表し、おずおずと手を挙げた。
「えと、ごめんヒロ。わたし達、もうそれ知ってるんだけれど」
「ん?」
英雄が首を捻ったので、和歌子が美吹に代わって続けた。
「だから、花火が男ってコトくらい私たちは知っていたの。過去もまあそれほど詳しくはないけど男嫌いって事くらいまでは割と速めに本人から相談受けていたよ」
「えっ? 女の子達は皆知ってたの?」
ヒロは思わず声を張り上げた。リカはうんざりしたような顔を彼らに向ける。
「というか同期であんたら以外皆知ってるんじゃない? 神酒が射鷹に云って射鷹がルームメイトに云ったらしいよ。その時偶然レアも部屋にいたらしいしさ」
「……嘘だろ。てかなんで教えてくれなかったんだ?」
口を洞窟みたいにあけて愕然とする佐吉。
「私達はヒデ達も知っていると思っていたんだけど」美吹は苦笑する。「今思えば他の男たちは教えてくれそうにないわね」
ヒロは美吹の言葉に顔を思い浮かべた。豪快で細かいことは気にしない豪傑シヴァ。空気が読めず他人を全く気にしない札一、他人と関わるのが苦手でいつも極力一人のムゲン、暢気なレア、偉そうな態度の射鷹。確かに、誰が教えてくれるというのだろうか。
「確かに」
そうつぶやいたヒロに噛み付く声があった。
「確かに、じゃねぇよヒロ」
佐吉だった。
「お前は良いかもしれない。けどよ、ほかのやつらには云っていたのに、相棒の俺には相談してくれてないってなんなんだよ」佐吉はそれから声のトーンを落とした。「自分でも意味わからねー怒りだってのは判るけどよ。なんか悔しいよ……」
後半は殆ど聞き取ることさえ叶わなかった。佐吉はその後、フラフラと糸の切れたマリオネットのようにおぼつかない足取りで食堂を後にしてしまった。
◆
翌日英雄たちは今日から始まる全員必修の授業、魔道具学を受講すべくある教室に集合していた。佐吉に負けないほどチャラい男、蒼太による授業だ。
「俺の実践以外の授業は今日が初めてだな。まあ教えるのはそんなに得意じゃないが……。まあ俺の教える魔道具学はな、シラバスにもあるように、俺達ヒーローに大事な魔道具のあり方を教える授業だ。な、美吹たん!」
先生は教室の入り口にたっている美吹にそう投げかける。
「そうね」
美吹はお弁当に入っているバランを見るような目つきでそう答えた。蒼太は茶色い髪をかきむしった。
「つれないなー」
「私だって鞍臣先生に云われなきゃあんたの授業の助手なんてやりたくないわ」
「え? ツンデレフラグかなー可愛いなお前はもー。俺の助手枠は空いているし、オミの助手なんて辞めて俺の助手にならないか? 今なら夜の授業も――ぶべらっ」
美吹が先のとがったヒールで彼の腹に飛び膝蹴りを喰らわせた。断末魔とともに倒れる蒼太を見て、英雄は苦笑いしていた。
「ありゃ、ガチのロリコンだな。いやロリコンにしちゃ美吹大人か。足太いし、ブスだし」
「後半関係ないでしょ!」
怒鳴る美吹をなだめて蒼太は皆を見回した。
「さて……試験入学かつまだ魔道具未取得のムゲンを除いて魔道具を持っているお前らは試験でもなんどか使ったかと思うが、それだけではまだただの魔道具使いなのはわかるよな?」
「そうですよね。僕たちのあこがれるヒーローは魔道具を構えてチェンジって叫ぶと変身する。だけど僕らはまだ出来ない」
懇切丁寧に解説したヒロに頷いて蒼太は
「そう。お前はまだヒーローに変身できない。そしてそれを可能にするのがこれだ」
彼は一枚のカードを見せた。HTIVSの校章が刻まれている黄金のカードだ。
「これはヒーローパス。これを持っていると校外で魔道具の使用が認められる。免許みたいなものだな。お前らが昨日の訓練生卒業試験で勝ち取ったのはこれな。それでこのカードにはヒーロースーツの情報を登録することが出来て、さらに魔道具にセットもできる」
「ってことはそれをセットした魔道具でチェンジ! って叫べば!」
「落ち着けヒロ。テンションがあがるのはこの先だ。お前の云ったのはその通りで、そしてそのスーツは俺達ヒーロー側が好きに決められる」
「!?」
ヒロが立ち上がったまま硬直した。
「それは確かにわくわくするわね。自分でデザインしていいんでしょ?」
リカの言葉に蒼太はうなずく、一方ヒロはいまだ硬直していた。そしてやがて口を開いた。
「魔道具が勝手に決めるんじゃなかったんですね……」
「ああ」
「ってことは……その僕も鞍臣先生みたいな黒くて重厚なスーツのヒーローにも?」
「なれるな」
蒼太の言葉にヒロの表情は七歳ほど若返ったが次の
「まあ、なれるがやめておいた方がよいぞ」
で二〇歳ほど老けた。
「ど、どういうことですか?」
「見た目を好きに指摘できるとはいえスーツはただのおしゃれじゃない。ベースがあるんだ」
彼がそういうと同時に美吹が前の教卓に灰色で地味な鎧のようなパーツを並べた。
「これがデザイン前のスースパーツだまずスーツは頭部パーツ、胸部パーツ、脚部パーツの三つに分かれ、それぞれも種類がある。頭部パーツの一つはランスロット、これは顔を全部覆う形で重いが硬く接近戦かつ正面から戦うタイプの奴に向いてるな。次がストライク。これは頭部でも急所や目と最低限の防御を確保して軽さを確保したパーツだな。これは中距離や裏をかくタイプに向いている。そして最後はセンサーズ。重く速度は落ちるし耐久も低いが、遠くまで見回せるスコープが付いている。遠距離向きだな。
んで次、胸部パーツも三つ、まずドラゴンナイト、重くて防御力が高く、羽が出せ、飛行機能が付いている。飛べる距離はそれほどではないな。三つでは一番平均的な奴だ。次がスカイハイ。こいつはとにかく飛ぶことを重視した性能だ。軽く速い。そして最後がベヒーモス。これは飛行機能がなくとにかく重くて硬い。限界まで耐久に割いているから羽も出ない、地上戦限定で人気も薄いが上手い奴は本当にうまい。
最後は脚部だな。最初のフロッグマンは先に粘着性があって爬虫類みたいに壁に張り付くことが出来る。癖があるが面白いな。次のジェットは先からエネルギーを発射出来て数メートル浮くことが出来る。飛行中だろうと使える。相手の上を取りたいときに。で、最後がウィンディだ。これは単純明快。走る速度を上げる。一番人気だな……これが」
そこで蒼太は机に置かれたパーツと生徒を見回した。
「まあここまで云えばわかるようにスーツにも性能がある。勿論魔道具との相性って云うのも判るよな? 鞍臣は上からランスロット、ドラゴンナイト、ジェットの構築になっている。接近戦で殴り勝つ、大剣使いのあいつにぴったりだろ? だがヒロ。お前の魔道具は……二刀だ」
「…はい」
「二刀に求められるのは?」
「速度……です」
「だったら鞍臣の真似はおすすめしないな」
ヒロはその場に泣き崩れた。札一は優しく云う。
「安心しろヒロシ。お前の代わりに大剣使いのヒデスケが重量装備になってくれる」
「札一、名前間違いに関してはもう突っ込まねーとしてそれフォローになってないぞ」
佐吉が突っ込んだ。一方ヒロはブツブツとつぶやきながら音を立てて椅子に座った。
「いいさ……こうなったらクソと云うほど二刀を活かしてやるよ……。重量級なんて過去にして鞍臣先生が軽量に乗り換えるくらいにしてやる……蒼太先生。どうせ今からそのパーツを選ぶ授業するんでしょ? 知ってますから! とっととやりましょう!」
「お、おう」
少し恐怖を覚えながら蒼太はうなずく。一方英雄は隣で自暴自棄になっている相棒を見て色々と泣きたくなったのであった。
◆
「さて……お前ら決まったか?」
二〇分ほどして蒼太の呼びかけに皆はうなずいた。
「じゃあまずはリカ。お前はどうした?」
眼鏡の少女泡尾根リカははい、と返答をし立ち上がった。
「私の魔道具才筆ドライファッハは描いたものを実体化させる筆ですので基本的には絵をかくために敵と距離を取りたいからまず頭部はレーダース。とはいえ近接で戦わなきゃいけないことも多そうだしドラゴンナイトを体に。そしてかく乱性能を発揮するためのウィンディにしたいと思います」
「いいじゃねえか。和歌子はどうだ? お前のロスカスタニエは音波で攻撃する琴だったな?」
次に立ち上がった和歌子は
「えっと私もレーダース、ドラゴンナイト、ウィンディの構成にしたんですけど、なんかこのブス女と被っちゃいました」
「はは、被るのはしゃーねよ。そんなのよくあるさ。射鷹はどうだ?」
「僕の魔道具猛追ノイエラグーネは圧倒的射程のスナイパーライフルですからレーダースで位置を探って逃げと攻撃に使うし、スカイハイで高い所からの、フロッグマンで不意を突いた一撃を狙います」
その後も続々と皆発表し、いよいよ英雄の番になった。彼は隣に座っているヒロの顔色を伺いながら云った。
「お、俺はフルフェイス、ドラゴンナイト、ジェットっす……」
「へー鞍臣先生と同じじゃん! 僕はストライカー、スカイハイ、ウィンディだよ!!!!!」
圧力のある笑顔を送る親友を英雄は苦笑いで受け流した。すると蒼太はこう切り出した。
「さて、たった今から4VS4の模擬試合を行ってもらう。実際にパーツの性能を体感するのも大事だからな。とりあえず札一、レア、射鷹、神酒チームとそれから佐吉、花火、それにヒデとヒロだな。和歌子、リカ、シヴァ、ムゲンは見学な」 「え?」
ヒロは不貞腐れなど忘却しその場に固まった。
◆
次第に白い世界が街の風景に変わってゆく。
「うおー、やっぱ慣れないなこのシステム……なあ花火」
灰色のサンプルフルフェイスに顔を覆われた佐吉は何気なく花火に呼びかけるが花火は答えなかった。佐吉はがっくりと肩を落とし、英雄とヒロはげんなりとした。
「なんでこの二人と今ペアなんだよ」
英雄も被っているフルフェイスの中で彼の声は反響した。一方ヒロは胸部につけたスカイハイの羽を意味もなく出し入れしていた。
「ああもうパーツが先生と違うなんてどうでもよいからこの気まずい空気を何とかしてほしい」
あまり望まない形でヒロの拗ねは解決した。英雄は解決した問題と新たな問題に頭を抱えながら佐吉の説明を思い返していた。
「今からやってもらうのは正真正銘チーム戦だ。先に相手を全滅させたら勝ちだ。勿論風船を割ったらなんて遊びみたいなルールじゃねえ。ガチで倒せ。殺す気で行けよ……」
――殺す気。冗談じゃないが俺らはヒーロー目指している。生半可な気持ちでやりたくねえし射鷹と札一はその辺容赦しない。気を抜けばマジで殺される。なのに……喧嘩中のこいつらと一緒って
頭が痛くなったがその時試合開始を告げるブザーが仮想の町中に鳴り響いた。
英雄はいつになく頭を回転させこう切り出した。
「いいか、敵には射鷹がいる。まとまっていたら絶好のカモだ。かといって一人になると札一が怖い。ここは二手に分かれようぜ! 俺とヒロはこっちな!」
そしてそのままヒロの腕を掴んで逃げ去っていってしまった。残された二人の間に沈黙が走る。花火はため息をついて、それから佐吉と目を合わせずに云う。
「とりあえず移動するよ。動かないと射鷹の餌食だ」
それだけ云って、英雄に指示されたとおりの方へパタパタと走り出す花火の背中に佐吉は必死で声を絞り出し、ぶつけた。
「なあ花火……昨日は悪かった!」
花火はそこで、立ち止まりやっと佐吉の方を見た。
「私も無視してごめん。つい、びっくりしちゃったから」
その言葉に佐吉はほっとため息をついた。すこし、表情が和らいだ。
「良いって。じゃあ仲直りだな」
心の重荷が外れたように軽快な足取りで花火に歩み寄る佐吉。しかし花火の返しは予想外であった。
「ごめん、それは出来ない」花火は顔を曇らせた。
「だって、その……聞いたんでしょ? 私が本当は、その……お、お、男だって事」
「ああ、聞いた。正直思ったよ。なんで黙っていたんだってな」
「やっぱりね。だから私は」
花火はそこまで云って固まった。
「よおお前ら。会うの速いな」
なんと建物の陰から札一が現れたのだ。佐吉は思わず重心を後ろにそらした。
「まじっかよ。札一!」
「奇遇だが……対峙してしまった以上戦わなくてはな」
それを聞くと同時に花火は逃げ出したがそれを札一は簡単に追い越し立ちふさがった。
「ほう、ウィンデイは想像以上に速めてくれるな。それにレーダースも正確だ」
「なにが奇遇だ。おまえそれつけてんのかよ……てっきりフルフェイスかと思ったぜ」
佐吉は何時もの口調で突っ込んだが花火の危機に表情には焦りが見えた。一方札一は両手でチャリと拳銃を構えた。彼の魔道具だ。
「確かにな。俺の光銃グローセンハンクは中距離武器。打ち合いを意識するならフルフェイスだろうな。だが」
タタタタタと云う音がして赤い光の弾幕が佐吉に襲い掛かった。近距離での発射に花火は悲鳴を上げた。すんでのところで佐吉が間に飛び出しそれを庇った。前段命中した佐吉は獣のような雄たけびを上げて地面に転がった。
「なるほど、お前の胸部はベヒモスか。耐久性は確かなようだな」
「そうだよっ!」
佐吉はそう叫ぶと跳ねあがりそのまま拳を発火させた。
「超近接なら俺に分があるぜ!」
しかし佐吉の拳は札一に振り下ろされることはなかった。空中にいる彼に札一の鉄のような蹴りが撃ち込まれたのだ。
「忘れるな。この勝負は魔道具とスーツだけじゃない。己の肉体もあるんだぞ?」
花火はぞっとした。
――札一は元軍人と云うこともあって強さは抜きんでていた。だが対峙して初めてわかる。接近戦における圧倒的体術と中距離を補う魔道具……強すぎる!
地面に崩れ落ちた佐吉を一瞥した後札一は花火に向き直った。
「今度はお前だな」
「くっ!」
花火は悪態をついて弓を構える。だがそれよりも早く札一が弾丸を乱射し慌てて回避のためにひっこめた。
「悪いが弓は遠距離で真価を発揮する。この距離を俺にとられた時点でお前の負けだ」
ダダダダダダと豪快な音。波のような弾幕が花火に向かって襲い掛かった。花火が諦めたその時だった。弾丸がすべて真っ二つになった。そのまま勢いを失って地面に落ちる。
「なに?」
札一が少しだけ動揺を表に出した。
「やれやれ、面倒だからかかわらないんじゃなかったの?」
「本当だよ。だけどやっぱそんなくだらない理由で見捨てるなんてできねえよなぁ」
札一は自分の弾丸を切り裂いた二人を認識し少し笑った。
「やはりお前、来たか」
「あったりまえだろ? ヒーローだからな」
英雄とヒロは異口同音にそう云った。
◆
「ヒデ……ヒロ」
花火は目を丸くした。英雄はわりぃとつぶやく。
「気まずいなんて理由で危険にさらして悪かった。札一は俺らが何とかする」
「流石に四対一は不味いな」
札一はそういうと背中に羽を生やした。
「これがスカイハイか。逃げさせてもらうぞ」
そう云い残すとすさまじい速速度で飛び去った。
「クソッ逃がしたか」
英雄が悪態をつく。一方花火は頭を下げる。
「ごめん、ありがとう二人とも。私のせいで」
「そんなこというなよ……」
英雄が云った時だった。ターンと音がして周囲の地面が破裂した。
「射鷹だ! 見られてる! 外したってことは相当な遠距離だけどヤバイ!」
ヒロが総毛立ち絶叫する。
「一回別れるぞ! ここからだとどの道から行っても先にある噴水広場につながってる。そこで落ち合うぞ!」
英雄の言葉に花火とヒロ、さらに倒れていた佐吉もうなずき、三つに分かれた道をヒロ、英雄、そして佐吉と花火に分かれて走り出した。
◆
――とっさだったので思わず花火と同じ道を来てしまった
佐吉が先を行く花火を追いながら頭を痛めていると突然花火が立ち止まった。
「ごめん、佐吉」
「え?」
「私のせいで札一の攻撃受けちゃってさ。性別騙してた上に足引っ張るパートナーと一緒なんて嫌だよね?」
花火は振り返り笑った。
「な、なにがいいたい?」
「私は今から札一を追う」
「な……なんでだよ」
「足を引っ張った代償だよ。幸い私もセンサーズである程度位置は把握できる。不意打ちすれば勝ち目はある」
「まて、さすがに一人はあぶねえぞ」
しかし花火は佐吉の顔をみることなく云った。
「行くのは私一人で良いの」
「でも、ほら、俺らパートナーだろ、お前だけでなんて」
佐吉が噴水から這い出そうとした瞬間だった。花火が声を張り上げた。
「来ないでよ! もう、これ以上私に関わらないで! 今日でパートナーもなにも解散! それで良いでしょ! だからもう、来ないで!」
そう云い残すが否や花火はスカイハイの羽を広げると飛べない佐吉を置いて飛び去ってしまった。残された佐吉は数秒間空を見つめた後、がっくりとうなだれて独りで道を歩いた。
◆
英雄とヒロが噴水広場に駆けつけたときには既に噴水の縁でで佐吉が独りでうなだれていた。
「佐吉!」
ヒロと英雄は彼に駆け寄る。
「おい、佐吉、花火はどうしたんだよ!」
彼の呼びかけに佐吉はうっすらと目を開け、蒼い唇を開いた。
「ひ、で……とひろか」
「どうしたの何があったの……花火は?」
ヒロの問いかけ、佐吉は呻くように答えた。
「札一を追って行っちまった」
「ひ、一人でか?」
英雄が聞き返す。佐吉はまるで首の骨が折れたみたいに頷いた。それをみた、英雄はカっとなり、佐吉の胸倉を掴んで睨みつけた。
「なんで一人で行かせたんだお前!」
その佐吉の脳天に赤い光が差した。慌てて英雄は手を放し剣を振るう。キイーンという音がして弾丸が転がった。
「まだ見られてるな……射鷹あのクソガキ化け物かよ」
「こうなったら誰かが射鷹を引き付けるしかねえよな」
佐吉が噴水からよろよろと這い出ながらそう云った。
「俺が射鷹を引き付ける。その間に頼む、花火を助けに行ってやってくれ!」
「嫌だね!」
即答する英雄。そして佐吉にずかずかと歩み寄った後、彼を突き飛ばした。佐吉は華麗に噴水へダイブし、水しぶきが偽物の太陽光に乱反射した。佐吉は慌てて起き上がって叫ぶ。
「なにすんだよ!」
「お前が行け!」
英雄は佐吉を威圧するように一歩踏み出しながら怒鳴った。
「なに人に頼んでいるんだこのチャラ馬鹿。お前の相棒だろ、お前が助けろよ、眠たいこと云ってると燃やすぞ!」
「だけど、俺は、花火に」
口ごもる佐吉。そんな彼に、くると背を向けながら英雄は云った。
「それがお前の本心か。それが花火の本心に見えたか。花火は本気でお前を拒絶し、お前は本気でそれでよいと思ってるのか? もしそうだったら良い、でも」
英雄は既に泣きそうになっている佐吉の顔をみて、肩をすくめた。
「違うんだろ?」
佐吉は顔をしわくちゃにして、ぷるぷると震えながら頷いた。
「じゃあ行け。自分に嘘つき続けて生きるのってめちゃくちゃ辛いんだぜ?」
「そうだよ。それに佐吉。中学の時後悔したんでしょ? それでヒーロー目指したんでしょ? だったらもうさ……後悔するようなことはやめなよ」
それから二人は佐吉に笑いかけた。
「射鷹は俺(僕)たちで倒すから」
佐吉はそんな二人の姿をみて、長い茶髪で顔を隠しながらしばらく震えた後、立ち上がり二人に背を向けた。
「行って来る」
「おうよ」
「行ってらっしゃい」
英雄とヒロはそう答え、走り去る佐吉に目をやることもなく云った。
「さて俺たちはクソガキに大人を教えてやるかね」 ◆
「ごめんネ花火。でもここまで作戦だったんダ。札一を追ってくるだれかを三人で囲むって云うネ」
長髪と糸目、それに黒豆眉が特徴の中国少年レアが申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「まさか花火独りだとは思わなかったけどね」
神酒もそう述べた。花火は肩でハアハアと息をしながら片膝をつく。そこへ神酒が手に持っている傘を払った。
――神酒の魔道具、変則傘タウズンドブレッター。近接では槍としてつかえるし遠距離だと先から光線が出る! やっかいすぎる!
花火は悪態をついて一歩下がる、がそこにはスカイハイとフロッグマンの組み合わせで花火の背後の壁に張り付いたレアが待ち構えていた。そして持っている壺を花火に向ける。
「しまった!」
――レアの魔壺ノートメアシュトラーセは臭いで惑わせて来る! 攻撃力はないけどこっちもやかいだ!
壺から放たれる桃色の煙に花火は眠気を誘われ崩れ落ちる。そしてそこに魔王のごとき風格を放って降臨するのは札一だった。
彼は表情一つ変えず銃を花火に向けた。
「ハチの巣になれ」
襲い掛かる弾幕。花火はそれを必死で、まるで酔っ払いの千鳥足みたいにおぼつかない動きで回避し続けた。
回避しながら花火は、不思議な虚無感の中にいた。自分が何故ここでこうしているのか、それさえもわからなくなるような、そんな感覚。そしていつも背負っていた鞄を忘れてきたときの背中みたいな喪失感。三人の波状攻撃により吹っ飛びそうな意識の中で花火はそちら側へと堕ちていきそうになった。それでも手をじたばたと動かして、必死で花火は現実に喰らいついた。しかしそれを叩き落すように花火の足に札一の太く力強い足が打ち込まれたパキリという音。まるで木の枝でもおれるような軽快な音だったが、花火の足には凄まじい激痛が走り、花火は絶叫しながら地面に崩れ落ちた。感覚で足がおれ骨がむき出しになったのがわかる。肉の壁に守られていた骨が風に当てられ絶叫する。花火はもう動くことさえ叶わない自分に止めをささんとしている兎を視界の端に入れた、その瞬間、今の瞬間から過去のある一瞬までの時間が消滅して、自分が再びあの日に、父親の暴行に耐え続けたあの日々に投擲されたような、そんな感覚に陥った。
花火は泣いていた。確かしょうもないことで、父親に殴られたのだ。あの時も足が痛かったのを、覚えている。部屋の隅で丸くなってめそめそ泣いていると花織が花火の頭をやわらかく撫でた。
「だいじょうぶ?」
「うん、でも、もう僕嫌だよ」
花火が呻くと。花織はクスっと笑って見せた。
「大丈夫よ。今はどん底に辛いけど、独りじゃなかったらなんとかなるんだから。どんなときでも隣にいてくれる人がいれば、人は本当に不幸なわけじゃないの」
再び、花火の耳に兎の気味悪い声が返って来る。花火は過去の姉にむかって、泣きついた。
「ごめん、私、独りになっちゃったよ」
「んなわけあるか」
突然、過去になかった声がした。そしてその声がすると同時に花火の体は何者かに抱きかかえ上げられた。数秒前まで花火のいた場所に兎の攻撃が降りかかる。
「何が独りだ、俺がいるだろうに。俺だけじゃなくて、他のやつらも」
彼を抱きかかえ上げた人物は、藤代佐吉はそう云って笑って見せた。
◆
「なんで、なんで来たの佐吉。お姉ちゃんから聞いたんでしょ? 私の話!」
花火は自分を抱き抱えている佐吉に叫んだ。
「ああ、聞いた」
そう云いながら佐吉は花火を半ば強引に背負うように後ろに回した。
「じゃあ止めてよ。それに……私もう戦えない」
花火は佐吉の背中に顔をうずめて蚊のなくような声をだした。佐吉はそれに答えず、背中に小柄な相棒を背負ったまま、襲い来る札一と神酒の攻撃を回避した。
背負われた花火の顔には汗が浮かんでいた。それは男性に抱えられることの恐怖からのものもあったがそれ以外にもあるのは一目で判った。そして佐吉はそれを背中だけで感じ取り、叫んだ。
「どうしたんだよ!」
「佐吉はさ、私が男だってこと隠しているって聞いてどう思った?」
「……びっくりした」
「だよね。それに、ひいたよね。男の癖に自分を女だと思い込んで、女の格好してさ。気持ち悪いでしょ? そんな私と一緒に戦うなんて本当は嫌なんでしょ! だったら私なんて捨ててよ!」
叫ぶ花火は佐吉の背中で暴れる。
札一はそんな佐吉に向かって飛び膝蹴りを繰り出した。
「荷物を背負ったままでは力尽きるぞ佐之助!」
「ああそうだな、だけどなあ、あいにく俺が背負ってんの荷物じゃねえんだよ」
佐吉は拳を突き出し、飛び膝蹴りを跳ね除けた。
「俺が背負ってんのは俺の相棒だ!」
そして札一たちと十分に距離をとったこと確認すると、花火を下ろしゆっくりと話しかけた。
「花火ィ、お前さっきなんて云った? 気持ち悪いだかなんだかしらないけどよ、それを決めたの誰だ?」
「え、それは」
「お前だろ? まあその、あれだ男が苦手な理由とか過去とか俺はその、そんなところまで踏み込む権利はないと思うんだ。でも、俺は別に気持ち悪いとは思わん。俺は……どうでも良いと思った」
「え?」
意外な一言に花火はポカンとした。佐吉は先ほどより、すこし声を荒々しくして、叫んだ。
「だからよ! お前が男だろうと女だろうと過去のどんなもん背負っていようと俺は興味ねェっつーの! 今お前はここにいて、お前は姫路花火で、お前は一年以上連れ添った俺の相棒じゃねーか! 勝手に決め付けて勝手に逃げんな!」
まるで、魂まで吐き出してしまったのでは、というような声を張り上げた佐吉。
それから背を向けた。
「俺がこいつらを防ぐ。お前はその間にあれをやれ!」
「……うん!」
様々な思いを込めて花火は涙ぐみながらうなずいた。札一と神酒が同時に突っ込んでくる。佐吉はそれを怒声を挙げながら燃え盛る拳で裁く。その隙に花火は弓に矢を構えた。そしてそれを上に目掛けて……ゆっくりとはなった。
「上だっテ?」
レアが思わず目を見開いた。上に放たれた光の矢は到達点で分裂し、そして無数の雨のようになって札一たちへ降り注いだ。
◆
光の雨が降り注ぎあたりは、まばゆい光に包まれた。佐吉は目をつぶりながら呻く。
「やったか?」
光が収まると地面には神酒とレアが倒れていた。だが札一はそこに君臨していた。いつもと違い不敵な笑みを浮かべて堂々とそこにいた。
「まさか……ここまでやられるとはな。俺はお前たちをなめていたようだなあっ!」
「嘘だろっまだ生きてやがる」
佐吉が唖然とする間もなく彼目掛けて弾幕が放たれる。しまった、彼が思った時だった。花火が躍り出て佐吉を弾幕から庇った。
「花火!?」
どさりと崩れ落ちた花火に佐吉は駆け寄る。
「なに無茶してんだよ! まさかお前まだ……」
「ううん違うよ。佐吉。佐吉は私の対等な友達だから。だから……一回庇われて、一回庇った。これで対等でしょ!」
そのまま花火がガクンを気を失った。
「まったくお前らは俺の前で青春劇をやるのが好きだな。だがそれももう終わりだ」
札一は銃を構える。佐吉は身構えた。が、札一は銃を下ろし
「いや、終わったのは俺の方か」
と云った。佐吉が目を点にし、それから背後にある建物を見上げた。その屋上には黒い髪のひょろながい少年とフルフェイスで顔を覆い伸びた射鷹を担いだ小柄な少年が立っていた。
「ちょっと遅れちゃったみたいだよ? ヒデ」
「チっ、一番いいところ見逃したか」
◆
真っ白い空間に二人のヒーローが地面に寝そべっていた。茶髪のほうが肩で息をしながら云う。
「おれ、一歩も動けない」
「私も」
もう独りの小柄なほうが相槌を打った。二人の間には暖かな光が舞っていた。
「無茶しやがって」
「佐吉が先に無理したんでしょ?」
「ヤバイ、このまま死ぬかも俺」
「えー止めてよ。まあ私も死にそうだけど。でも私はそれでも良いかな」
「なんでだよ」
「冗談。でもね、うん、そう思えるくらい、いま幸せなんだ」
独りじゃないって、簡単で当たり前のことに、気がつけたから。
◆
翌日
「はい、もう大丈夫。二人とも一週間もすれば戦えるようになるよ」
HTIVS病室棟。白髪頭と血のように赤い口紅が目立つ白衣の老婆は回転椅子に座って豪快に笑いながら佐吉と花火にそう告げた。佐吉はまだ痛む自分の足を撫でながらブーたれる。
「ちょっと無理云わないでくさいよ」
「無理じゃないよ。アタシの治療なめんじゃないって。あたしの治療を受けて美味い飯喰って、寝てを繰り返せばそのうち治るのがHTIVSの常識ってもんさ!」
「……さいですか」
「ったく、この学校、時たま大雑把だよなぁ」
本校舎に戻る道を行きながら佐吉は毒づいた。花火はクスっと笑う。
「そうだね、なんていうかおじい様の学校らしくて好きだな」
「けー、わかんねぇわその歓声」
ポケットに手を突っ込んでネコの糞を踏んだみたいな顔をする佐吉。そんな二人に前方から黒と白が駆け寄ってきた。
「あ、佐吉! 花火!」
「よっ」
「ヒロ、ヒデ!」
花火は甘い声でその名を呼んだ。ヒロは軽く二人に手を振って、それから微笑みかけた。
「元気そうで何より」
「お前らこそ良く射鷹を倒したな」
佐吉は安心した、と微笑み返した。英雄は鼻をにょきにょきと伸ばし、仰け反った。
「まあな、俺天才だから」
「トドメは僕だけどね」
ヒロはクスりと清楚に笑いながらささりと云ってのける。英雄は目を三角にしてそれに噛み付く。
「おま、嫌なやつ!」
「いや~でも事実だしぃ?」
そしてにらみ合う英雄とヒロ。それをみて花火は噴出した。
「すごいね、二人。私達も負けていられないね」
「……これからも相棒でいてくれるのか」
「うん、やっぱり佐吉で良かったよ私!」
花のように微笑む花火。佐吉は思わず顔が赤くなった。そんな佐吉を英雄がからかう。
「あれー、佐吉やっぱり」
「うるせーよちげーよ! 普通に嬉しいだろうが! 男だろうと女だろうと!」
叫び返す佐吉にヒロは笑った。そして英雄に呼びかける。
「やったね、二人も仲直りしたみたいだし」
佐吉は花火の方に手をまわしてピースをしてみせる。
「だろ? なあ花火」
花火は頷いた。佐吉はクックと笑う。
「じゃあ今日は一緒に風呂に入るか!」
「えっ」
ヒロは声を絞り出した。幾らなんんでもいきなりそれは……。案の定佐吉はビンタされた。
「佐吉のバカ!」
そのまま足早に去っていく花火。そんな花火に手を伸ばして佐吉は叫ぶ。
「悪かった悪かったから、食堂のプリンで許してくれって」
花火は立ち止まり、それから茶目っ気たっぷりにウインクした。
「二個、ねっ」
そのまま上機嫌のスキップで去っていった。佐吉は肩を落とす。
「ったく、勝手なヤツだわ……」
そして空を見上げてつぶやいた。
「ま、いっか」
第七話 完
次回予告
射鷹「明日のヒーローを読んでくれているみなさんこんにちは! 木島射鷹ですっ! 花火さんと佐吉さんの問題解決してよかったですね! ところで今度はリカさんと和歌子さんのコンビに変化が起きるとか! どうなってしまうんでしょう?」
札一「誰だ貴様?」
次回第八話「私と君の」