第六話 天川英雄
第一幕、英雄とヒロ編最終話です。
前を向く、という言葉があります。決してあきらめないで生きていれば報われるという理論です。でも僕はそうは思いません。どれだけ必死に生きても何も変わらないこともあります。そんな「どうしようもない」ときに手を差し伸べる人、そんな人がいたら素晴らしいですよね。
なにも判らない。なぜ自分がここにいるのかも。気がついたらぷるぷる震える手を振り回しながら部屋を飛び出して別館のはずのここにたどり着いていた。かなり遠い道のりを走ったのにワープしたみたいにここに来るまでの記憶がない。ここに来て初めて初めて足が指すような痛みを訴えた。よく見ると俺は靴下さえはいていなかった。思わず苦笑いした。
俺は自分の後ろでヒューヒューと喉を鳴かせている相棒の視線を背中で見つめ返す。俺はここにいる。こいつがいるからここにいる。もう面倒なことは考えない。俺は今、ここ。
「待たせたな相棒」
◆
俺は目の前にいる姉の麻衣、正確には麻衣のデータに手を振る。
「久しぶり、ねえちゃん」
データ麻衣はコロコロと笑う。
「あら英雄なの?大きくなったじゃないの」
それもそうだろう。この麻衣は逮捕当時、三年前の麻衣のデータだ。麻衣が思っているより俺が大きくなっているのは当然だ。俺は皮肉った。
「本体は元気か? 刑務所でババアになってるんじゃねえの?」
麻衣は首をかしげた。当然、彼女にデータという自覚はない。俺は苦笑してから、羽織っていた上着を空中に放った。脚を曲げ、そして屈伸の要領で伸ばす。そのバネの要領で麻衣の懐に弾丸みたいに突っ込んだ。足を伸ばし麻衣の顔面に蹴りを叩き込んだ。俺の脚から脳にかけて麻衣の感触が電気みたいに駆け抜ける。麻衣は悲鳴を上げながら一歩後ずさる。俺は着地と同時にもう一度地面を蹴って加速、突進する。闇雲に繰り出された麻衣の拳を体を捻りながら避けて、腹に拳を叩き込む。ムギュリと鈍い音がして麻衣が地面に体を投げた。
先ほど投げた上着が地面にハサリと落ちた。
スクリーン前
「嘘、今何が起こったの?」
美吹に射鷹が答える。
「僕にはヒデが一瞬で引ったくりを叩きのめしたことしか判らない。眼には留まらなかった」
「天才スナイパーの目にも捕らえられないとはな。彼奴なにものだ?」
「鞍臣先生が云っていたヒデの真価ってのはこれなのね」
再び仮想都市
搭乗が決まり、俺はテンションが上がり、芋虫みたいに地面をずっている麻衣に止めをさそうと歩み寄った。その時だった。体を起こしたヒロのうめき声が聞こえた。
「ヒ……デ、駄目だ、一回下がれ!」
俺はそれを聞いて笑ってしまった。何を云っているのだヒロは。ダメージを喰らって慎重になっているとしたら俺を舐めすぎだ。
もう一瞬で麻衣は倒れる。何を気に病んでいるのだ? 俺はニヤニヤしながら麻衣に突っ込む。待ってろヒロ。俺は強くなってる。今まで勝手に悩んでお前に迷惑かけた分も返すためにもそれを見せてやる。
俺が得意になっていられたのはそこまでだった。俺の頭は突然氷河時代に突入したみたいに冷え切った。先ほどまで虫の息だった麻衣が邪な笑みを浮かべて俺に左手を向けていたのだ。そしてその手は先ほどまでの右手同様マシンガンに変化していた。俺がとっさは踵を返そうと体を動かした。無論もう遅い。轟音が耳の中を突っ切ったと同時に俺の体は内側から木っ端微塵に砕け散った。世界がぐるぐると回り、赤く染まる。そこで俺は爆撃を喰らい体は空中に放り投げられことを悟った。
「ヒデ!」
ヒロが俺の耳のそこで悲鳴を上げる。それで俺は一気に目を覚ました。体中の冠買うを自分に集める。空気中の力をも自分に集めるような感覚で力を振り絞り、空中でバランスを整えて着地。すぐさまヒロを振り返る。
「俺は大丈夫だ。お前のほうがボロボロだろう? 今は下がっていろ。お前がこうなったのは俺のせいだ。お前は休んでいろ。俺が麻衣を倒す」
「でも……」
ヒロは俺のほうに歩み寄りとがめるように肩をつかんだ。
「いいから下がってろ。お前その怪我じゃなにもできねーだろ」
そうして俺はヒロの手を振り払ってから麻衣を煽った。
「やるじゃねーか」
「そっちこそ落ちこぼれの英雄にしてはやるじゃないの」
『落ちこぼれの』それが耳に入った瞬間俺はまるで反射みたいに叫んでいた。
「落ちこぼれだ? じゃあテメーはどうなんだよ。親父から期待されまくって陸上の世界に出て行ったのに怪我くらいで犯罪者になりやがって!」
「英雄。あんたには理解できないでしょう。期待さえされなった貴方には。私は家の希望だった。ちやほやされた。五人もいる兄弟で一番愛情を注がれたわ。それが怪我一つでなにもなかったかのよう二扱われるのよ? 家族の縁も切られてさ、そしたら自分で生きていくしかないでしょ!」
なき叫びながら麻衣は俺に銃口を向ける。銃声。その音が引き金になり、その瞬間俺は十年間の月日が消滅してしまったような気がした。俺はあの日の中にいた。
◆
十年前
「お父さん、県大会優勝しました」
高校生の姉、麻衣は俺達の父親、天川彦一にそう云った。ポマードで固めた髪が特徴の親父は、食卓にどっかりと座り新聞に目を落としたまま表情ひとつ変えずに
「よくやった」
とだけ云った。続いて長男ですでに社会人の謙吾兄さんがメガネの奥で冷徹な眼を光らせながら淡々と云った。
「株取引で一儲けした。これを元手にさらに儲けて会社を建ててみせるよ」
「そうか、精進しろよ」
そんな二人を見ていた六歳の俺を視線に留め親父はポツリと云った。
「英雄、お前は今回運動会での徒競走二位だったらしいな」
俺はそれを聞いて嬉しそうに頷いた。麻衣や謙吾のようにほめてもらえることを期待したのだ。しかし親父は新聞を畳んでから。ため息をついた。
「この家に生まれたからには常に頂点であれ。たとえ小学校の運動会のであってもそれは同じだ。小規模なもので勝てない人間が世界を動かす人間になれると思っているのか?」
父親は自分で起業し成功した人間だった。よって俺達は裕福な暮らしを出来ていたわけだがその分背負うものも大きかった。俺も、長男の謙吾も長女の麻衣も、次女の夕貴も、それから俺より年下で当時まだ幼稚園にも行っていなかった三男の海斗でさえ、絶対的勝利を望まれた。海斗は幼稚園入学と同時にナントカの資格を取った。俺には何もなかった。俺だけが何もなかった。エリートの家のなかで俺だけは何もなかった。父親の愛情もなかった。なにをやっても飛んでくるのは
「お前は一家の名汚しだ」
と言葉だった。そんな俺を見て小学一年生にて資格を七個もっていた弟が兄としての敬意を抱けるわけがなく、俺は弟にさえ見下されていた。夕貴姉ちゃんだけは俺に優しく、親父に否定されべそをかいている俺を慰めてくれたが、音楽の天才と呼ばれすでに色々なスタジオからスカウトも受けている夕貴に慰められても俺は惨めになるだけであった。
次第に俺は全てを否定しだした。ひそかに抱いていたヒーローになるという夢も、親父の「無駄」だとう言葉を言い訳に否定した。然しその否定は中学に入ってヒロによって上から否定され俺は再び抱くようになったのだが。
俺は才を持ち父親から愛されている兄弟四人が羨ましかった。俺にかけられるのは落ちこぼれ、と一位になれ、の言葉のみだった。だから羨ましかった。心のそこから。個人として父親に向き合ってもらえる兄弟が。特に陸上選手として莫大な期待を親父に抱かれたいた麻衣にたいして抱いた憧れは並大抵ではなかった。そんな麻衣が怪我をしたと聞いたときは親父がどんな反応をするかと思ったものだ。
夕貴と一緒に顔を青くする親父を想像した。そしてその親父の反応を見て俺らは絶句した。足を引いて返ってきた麻衣に親父がかけた言葉は
「出て行け」
たったその一言だったのだから。流石に、と謙吾が叫んだ。
「父さん、いくらなんでも出て行けは酷くないですか!」
珍しく焦りが見える。海斗も小学生とは思えない毅然とした態度で
「そうです、麻衣姉さんは陸上を止めるとは」
「謙吾、海斗。お前らは選手として怪我した人間が再び頂点に立つことが出来ると思っているのか?」
謙吾は一瞬言葉を詰まらせてから食い下がる。
「麻衣なら可能かもしれません」
「無理だな」即答する親父「怪我を治癒するだけでも大変だ。そしてその治療で遅れた分を取り戻すのも、怪我をしたことのある体で挑むのも。そうして大会に挑むことなど恥さらしでしかない。麻衣もいい大人だ。多少の金は渡すから今すぐ家を出て一人で生きてゆけ」
その時俺は初めて小さくなってしまった時のスプーンおばさんみたいな気分になった。若しかして俺も、捨てられるのではないか?
そんな不安を抱えたまま俺はヒーローになることを決意した。それを親父に打ち明け、精神が擦り切れるような説得をした。謙吾や夕貴、さらには海斗も手を貸してくれ俺はついにヒーローを目指すことを許可された。
「最強のヒーローになること」を条件に。
HTIVSに登校する日、荷物をまとめ家に別れを告げていると謙吾が俺に話しかけてきた。
「やっと、やりたいことが出来るんだな。英雄」
「ああ、兄さん達が協力してくれなかったら親父を説得できなかった気もするけど。正直謙吾兄さん達が協力してくれるなんて意外だったよ。俺を見下しているとばかり」
「ああ、確かにな。見下している、かは判らないが少なくとも、なにもないな、とは思っていた」
正直に云う謙吾、だが彼は珍しく微笑んで続けた。
「だから俺はお前にやりたいことが出来たことが嬉しくて仕方がないんだ。それは夕貴も海斗も一緒だろうよ。だから英雄。最強になって来い。
◆
俺に今が返ってくる。俺はとっさに前へ体を捻り麻衣の爆撃を回避する。そのまま、一歩踏み出しながら宙を舞い、落ちながら麻衣に踵落としを叩き込む。麻衣は不意を疲れてぎょっとした顔になる。俺は勝利を確信した。
しかし俺の一撃が麻衣を捕らえる寸前、麻衣の表情はまるで百面相みたいにパっと代わった。自分の顔など判らないのでおかしな話だが、それは先ほどまで俺がしていた顔に、そっくりだったような気がした。麻衣は手を伸ばして俺の脚を掴んだ。次の瞬間俺の顔面めがけて灰色が飛んできた。バーンという音ともに視界がはじけ飛ぶ。ああ、そうか麻衣は俺を地面にたたきつけたのだ。俺の蹴りの勢いを利用して、やられたという感じは演技だったのだ。
「落ちこぼれが。あんたの調子に乗りやすい性格なんてわかっているのよ!」
俺は地面に顔をうずめたまま上の歯と下の歯を擦り合わせた。言葉に出来ぬ感情があふれ出してとまらない。自分が形を保っているのも難しい、このまま霧散してしまいそうだ。俺は必死に俺を保つために跳ね上がり、麻衣に突進した。跳ね返された。連続で蹴りを繰り出す。麻衣は踊るようにそれを全部回避した。左手が俺に向って伸びてくる。衝撃が俺を呑み込み空中に跳ね上げられる。
そのままクルクル回転しながら地面に激突した。ヒロの声がはるか遠くで聞こえた。
「ヒデ! このままじゃ死んじゃうよ! ミッションリタイアしよう!」
俺にはそれが異国語みたいに聞こえた。
「出来るわけねぇだろ」
こんなところで逃げていたら、ナンバーワンになんかなれないに決まっている。
「ヒロ、悪い。俺に逃げるなんて選択ねーんだわ。お前や、今までのパートナーを怪我させた償いも出来ていないしな」
そういって、俺は麻衣に向かって再び突進しようとした。
まるでビデオのスキップみたいだった。
いつの間にか俺は地面に伏せていた。ぎょっとして顔をあげると麻衣の爆撃をまるで変えるみたいにおぼつかない動きで回避しているヒロが飛び込んできた。
「なにやってんだお前!」
「時間稼ぎだよ。君が気絶していたから」
その言葉で俺は自分が気絶していたことを知った。ヒロの傷は更に増していた。
俺は悪態をついた。瞬間、麻衣がヒロを拳で叩き飛ばして、バズーカの砲口を俺に向けた。俺の体は気の抜けた浮き輪みたいに力が抜け、動かない。絶叫があたりに響いた、俺の絶叫だった。
ドンという重い音。俺は身構える。しかし俺は吹っ飛ばなかった。なぜなら俺と麻衣の間に黒い物体が現れ、代わりに爆発し地面に転がったからだ。そしてその黒い物体とはヒロであった。
「お前っ!」
やっと力が戻ってくる。俺はヒロに駆け寄った。
「おま、どうして」
「大丈夫、ほら、僕足だけは速いんだって」
「そうじゃねえ、なんで、なんで庇った!」
「そんな理由今はどうだっていいでしょ、強いて言うなら僕がパートナーでヒーローだからだ……。ヒデ僕は君が降参するまで君をかばい続ける」
それを聞いた麻衣が笑った。
「無理よ、コイツはバカみたいにプライドが高いの、絶対に降参なんかしないわ!」
俺は頷く。
「ああ、リタイアなんてしねえよ。お前を倒して終わらせねきゃいけねぇんだ!」
麻衣に突進する俺、しかし蹴り返され飛ばされる。もう一度突進する。しかし今度も、その次も、そのまた次も……俺の攻撃は弾かれた。
「相手にならないわ、やっぱりヒデは『落ちこぼれ』ね」
ああ、なぜだろう。こういうとき、漫画のヒーローは覚醒し、敵をぶちのめす。でも今の俺はそんなことも出来なかった。今までと代わらず無様に、地面をはいつくばっているかっこ悪い。なぜだろう、まっすぐに前を向いて生きてきたのに、前に進もうとしてきたのに、今の俺には前が見えない。ヒロに会ったあの日から、ずっと前に進もうとしていたのに、全部裏目に出る。いつも俺は変わったはずだった、前に進んでいるはずだった。だけれど俺はどこまで行っても駄目だった。必死で前を向いても何も見えなかった。俺は落ちこぼれだったのだ。
「そんなことあるか馬鹿野郎!」
声がした。天川ヒロの声だった。
「彼は、彼は落ちこぼれなんかじゃない。僕は知っている。彼は僕のヒーローだ。彼は前を向いている、どんなときもアンタみたいに後ろを見ることなんかしていないんだ!」
「それでもコイツは落ちこぼれよ、泥の中では前を見ようと後ろを見ようと泥なの」
麻衣は微笑んだ。ヒロは叫ぶ。
「それでも、前を向いている限り、人は負けたとは云わないんだ!」
それから俺に振り返り、微笑みかけた。
「僕は弱い。君も弱い」その言葉には唄うような趣があった。「これからいっぱい強くなろう。そのために、今はリタイアしようよ。こんなところで怪我したらなれる最強もなれなくなっちゃう」
そしてヒロは両手を広げ、俺と麻衣の間に立ちふさがりながら云った。
「ヒデ、君は名家に生まれたから言われたことなかったかもしれない。常に上を取ることを義務付けられたんだからね。そんな人の気持ち。僕には全然判らない。でも、そんな僕だからこそ、君に言えることがある。ヒデ。人は……逃げてもいいんだ。必死で前を向いて、あがいて。それでもどうしようもなく辛いなら、逃げても良い。だってこの逃げはいつかに繋がる逃げだから。これは決して後ろを向くことじゃない。前を見て後ろに行くんだ。そこからきっと見える光もあるよだから、さ」
俺は何も言わなかった。逃げても良い、そんなこと誰も云わなかった。
親父はもちろんそんなこと云うわけがなかった。協力してくれた謙吾は「最強になれ」と後押しした。理解者であった夕貴でさえ「いつかすごい才能で父さんをびっくりさせてやろう」と云った。
だけれど、だれも逃げて良いとは云わなかった。前に進めと云った。だけれど、ここにいるバカは俺に云った。
「逃げても良い」
はっ、なんだよそれ。そんな選択肢初めて聞いたよ。そして俺は口の端を歪めた。麻衣は容赦なくマシンガンを構える。俺はズタボロのヒロと、それから自分を見て、息を吸ってから手を挙げた。
「天川英雄、天川ヒロペア、ミッションリタイアします!」
瞬間時が止まる。麻衣は最後に眼を丸くして、それからフッと霧のように消えた。周りの景色も空中に霧散するように消え、なにもない空間が残った。同時に俺も全ての力がなくなり――微笑みながら地面の中に崩れ落ちた。
◆
司会に飛び込んできたのは白だった。俺はしばらくその白をずっとみつめ、それが天井だと気がついた。俺は体を起こす。ここは俺の部屋で、ベッドだ。眼鏡がないので視界がぼやける。
俺は傍においてあった赤渕の眼鏡をみつけ、それをかけた、しかしがハッキリしてくる。俺は首を右側に、まわしそれから絶叫した。」そこには黒い髪の女がいた。
「うお? なんでお前が俺の部屋にいる!」
美吹だった。美吹は結んだ髪を揺らしながら答える。
「起きたとたんそれはないでしょ、李早は良いって云ってくれたわ」
美吹は洗面器で白い布巾を絞りながら俺のルームメイトの名前を告げた。俺は李早を恨んだ。
「なんでお前なんだよ」
「鞍臣先生に云われたの。私だって好き好んでアンタの面倒なんて見るわけないでしょ」
「それは違うでしょ美吹。嘘は良くないよね?」
凛とした声がして俺と美吹がドアのほうに眼をやると生徒会長有花が立っていた。
「生徒会長。嘘は良くないってどういう意味だ?」
俺の問いに会長は微笑む。
「それは美吹が鞍臣先生に自分から……」
「有花ぁっ!」
突然美吹が手をバタバタさせながら、訳が判らないことを叫んだので、会長の後の言葉はそれ以上聞こえなかった。俺はクックと笑う。
「五月蝿い女」
「なによ! その言い草は!」
俺はそう叫ぶ美吹を笑ってあしらう。それから美吹の顔を見た。彼女の顔は少し青く、目の下も黒い。
「お前ずっと診ていたのか?」
「まさか」
そう美吹が否定に入ったが有花が割り込む。
「いや、ヒデ。お前が寝込んでから丸一日美吹は付きっ切りだったんだからな」
「会長?」
美吹が絶叫する。それから恨めしそうに彼女を睨み、腰に手を当てて俺のほうを見た。。
「そうよ、私ずっと診てやってたんだからね。本当バカを任されると困るなぁ」
「暇なんだな」
俺がポツリと云うと美吹の目は卵ボーロみたいに丸くなった。俺は笑う。
「冗談だよ。美吹、ありがとな」
と云ったら、眼の丸さは増した。
「ヒデが、お礼を云った……。あのゴリゴリのプライドの塊が! お礼を!」
「少しはプライドを捨てられたんじゃないか? ヒロのお陰で。じゃあ私は仕事があるから後は二人で」
云いたいことだけ云ってスタスタさっていく有花生徒会長。美吹はあたふたと叫ぶ。
「私もすぐに行きますからね?」
そして立ち上がって。上から目線になってこう云った。
「どう? 私みたいな美女に診てもらって、嬉しいでしょ?」
彼女なりの冗談だろうか。俺はそんな彼女にこう返した。
「ああ」
予想外の返しだったのか美吹は顔を赤くして。小声でこういった。
「そう……、なら、良いけど」
◆
翌日体の痛みが取れた俺は、鞍臣先生に呼び出されて教室に行くとヒロが待っていた。ヒロは松葉杖をついていた。
「やあ」
「やあじゃねえよ、お前のが重症じゃねーか!」
俺は思わず突っ込みを入れた。ヒロは年頃の少女のような苦笑をする。
「はは、まあね」それから妖怪をみるような目つきで俺を見る。「寧ろなんでバズーカを三発くらいもらったのに二日で治癒してんの? 人間ですか?」
「うるせーお前が貧弱なんだよ。そんなんじゃこれから先が心配だわ。お前は俺のパートナーなんだぞ?」
「大丈夫だって、足は引っ張らない」
「そうかよ、にしてもよ。お前にあんなこと云われてついリタイアーなんて云っちまったけど、俺結局麻衣に勝てなかったな。最強なんて程遠いわ」
「良いじゃん」
ヒロは微笑んだ。
「今はヒデだけじゃ最強に慣れなくても、僕ら二人なら目指せるかもしれない。なろう、二人で最強に」
「二人で最強って、矛盾じゃねえか! 悪くねぇけど」
俺は微笑んでヒロに拳を突き出した。ヒロも拳を突き出して合わせようとしてバランスを崩し床にひっくり返った。
「お前自分が松葉杖ってこと忘れんなよ」
俺が呆れながら手を差し伸べてヒロを立ち上がらせていると、教室に入ってくる人物がいた。茶髪が目立ち、ピアスやら指輪の目立つ男。一瞬誰だ? と思ったが直ぐに記憶の中のある人物と合致した。
「藤代先輩……いや」
「佐吉だ」
彼は微笑んでそう名乗った。彼、佐吉はヒロに云った。
「やっと、ヒデの相棒になれたみたいだな」
「うん。お陰で怪我しちゃったけどね」
ヒロは小姑みたいな云い方をする。
「ああ、美吹から聴いた。お前が怪我治る頃には多分俺ら全員ミッションクリアしてヒーローの資格もらってるだろうな」
「あはは、そうだね」
ヒロは寂しそうに微笑む。佐吉はヒロの肩を叩いて云った。
「まあ安心しろ。俺も、皆もお前らが来るのを待っていてやるからよ」
それを聞いてヒロは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、誰よりも強いコンビになって帰ってくるよ、ねヒデ?」
俺は力強くヒロを見つめ、そして大きく頷いた。
「ああ」
◆
半年後
「やっと、だねヒデ」
「ああ、まあ正直余裕だったな。ミッション。俺は勿論お前もリハビリがてら特訓していたし」
「そうかな……五回目のはヒデ危なくなかった?」
「は? アレはお前が……」
叫びあう俺らの頭を美吹がバインダーでバカンと殴った。
「そういうの良いから、さ。皆待ってるよ」
「そうだった、ね」
ヒロは笑った。俺もニヤリとする。今から俺とヒロのヒーロー生活が始まるのだ。
第六話 完
次回予告
英雄「よしゃあああっ! ついに俺たち最強コンビの伝説がはじまるぜ」
ヒロ「落ち着けよ……。僕たちはまた一つ強くなれたけどほかの人達もまだ問題を抱えてるみたいだしね。例えば花火とかさ」
次回第七話「どうでも良い」