第五話 何度でも
第一幕も終盤です。あえて第一話で更正した英雄をもう一度壁にぶつけるという構成は非常に悩みました。でもこれから先の展開で英雄が壁にぶつかり続けることは必要なことである、と思ったのです。ぶつかった壁が多い人ほど魅力的になれるんです。最も壁を超えられればの話ですがね。
僕はまるで壊れたヤジロベエみたいにフラフラと体を揺らしながらも……しっかり立ち上がった。
今の僕は一本の糸でつられてるみたいだ。ほんの一瞬でも気を抜けば全身を支えられずに倒れてしまう。それでも、僕はしっかりと目の前の敵を睨みつけ――突進していく。
僕は敵に向かっていく自分を阻むように吹く向かい風に体を突っ込みながら小さな言葉を風に乗せた。
「ヒデは、来る」
◆
三日前
嫌に体が重い。まるでゼリーの中に入れられそのまま固められてしまったみたいに体動かない。むしろそこのほうにズブズブと引きずり込まれているような感覚――ああ、僕は今眠っているのか。
そこで初めて僕はそう自覚した。そしてゼリーの中をゆっくりと掻き分けていくように、つかみどころのないまどろみの中を僕は泳ぎ続け――やがてまどろみの中から脱した。
世界がまるで買いたてのスケッチブックみたいに、白く塗りつぶされている。そして次第にその純白の中に、ボヤボヤとした線が現れてくる。色々な色を持ったその線は――次第に、どんどんとくっきりとしていき形を成す。まるで隠れていたものが姿を現すかのように、視界が鮮明に描かれだし、真っ白だったスケッチブックには見慣れた部屋の風景が映し出されていた。そうして――僕は目を覚ました。
◆
両手におにぎりを持ち、同時に口に押し込む僕。そんな僕を見て佐吉は苦笑した。
「ついさっきまで一日寝込んでいたヤツとは思えない食いっぷりだな」
「そんなに寝ていたんだ……」
僕はベッドから足を垂らし振り子時計のようにブラブラさせた。佐吉は頷いた。
「ああ、ヒデと一緒に町外れの倉庫でぶっ倒れているのが見つかって――慌ててここに運び込んだんだぞ?」
その言葉で僕は思わずハッとした。ベッド脇にある机上の皿に盛られたおにぎりを一気に四つ口に押しこみ、飲み込んでから僕は問いかける。
「ヒデはどうなっての!」
「……無事だ。お前よりも先に目を覚ました」
その返答に僕は安堵の笑みを浮かべた。然し続く佐吉の言葉におにぎりを吐き戻しそうになった。
「だけどヒデのヤツ、今問題になっている。魔道具を勝手に持ち出して勝手に使ったんだからな。それも一般人相手に」
僕は口を押さえ、里帰りしようとしたおにぎりを胃につき返してから唸った。
「――悪いのはハルト……あの不良達だ」
僕はは思わずベッド脇の机を殴りつけた。こびりついた米以外何も盛られていない皿が寂しそうにカランと唄う。佐吉はそんな僕の気持ちを抑えるかのように穏やかな口調で口を開いた。
「ああ、彼らがヒデに悪意を持っていたことは鞍臣先生も理解したらしい。だけどそれでも、ヒデが犯罪者でもない人間にヒーローの力を使ったという事実は変わらねーし、世間が認識するのはそこなんだよ。『HTIVSの生徒が一般人に力を使った』という事実だけだ」
「……判ってるよ」
不貞腐れながら頬についた米粒を親指でとった僕の頭にポンと大きな掌を置いて佐吉は云った。
「ま、なんとかなるって。とりあえず鞍臣先生が、起きたら来いって云っていたから、一緒に行こうぜ」
◆
鞍臣先生は九八階、この間英雄がジオンから魔道具を強奪した事件のあった管理室にいた。薄暗い部屋で青白いモニタの一つとにらめっこしながら眉間にしわを寄せている顔をしている鞍臣先生は普段にも増して顔つきが悪かった。そんな先生に佐吉が呼びかける。
「鞍臣先生ー。ヒロ起きましたよ」
「ああ、そうか。ヒロ、テメェ具合はどうなんだ?」
先生は怖い顔のまま振り返った。僕はガクガクと頷く。
「僕は、もう大丈夫です。それより英雄は?」
「アイツなら恐らくジジイのところだ」
ため息交じりに答える先生。ジジイとは学園長のことだろう。僕は問いかける。
「姫路学園町のところって、やっぱり何か罰を?」
「ああ、下手したら……ぶん殴られて跡形もなくなっているかもしれねーな」
それを聞いて青ざめた僕と佐吉に真顔で続ける先生。
「冗談だ。だがもし本当にあのジジイに殴られたら並の人間じゃ跡形もなくなっちまうだろうよ。あいつこの学校をここに建てた時位置が微妙に気に入らなくて根っこから引き抜いて学校を持ち上げて動かしたらしいからな」
僕はそれを聞いて笑った。佐吉も笑った。だが先生は冗談だ、とは云わなかったし、僕らも有り得るなと思ってしまった。そして僕らが鞍臣先生の次の言葉を待っていると
「なにを突っ立てる。はやくどこかに行け」
と云ったので僕らは顔を見合わせてから部屋を後にした。
◆
「なんつーか鞍臣先生って意思疎通が下手だよな」
階段に靴の音を響かせながら佐吉が云う。僕は頷いた。
「まあ、ああいう人だからね……」
ぼくがそう答えたと同時に視界が開けた。これ以上階段はない――最上階、百階だ。佐吉は子供のようにはしゃぎながら窓に駆け寄る。
「うおー! すげ! 町がおもちゃみたいだ!」
僕はそんな佐吉を傍らに云う。
「学園長室が最上階なんだね」
「ああ、蒼太先生曰く、何とかと煙は高いところが好きだってよ」
佐吉は窓の向こうに身を乗り出すんじゃないか、と心配に成る程に前のめりになって、一望千里の景色を楽しんでいる。
「佐吉が煙のほうであることを祈っていくよ」
僕が苦笑した時だった。周囲にいた生徒――佐吉同様景色を楽しんでいた――の間にどよめきが走った。彼らは皆、学園長室のほうに目線を投げ、なにやらヒソヒソと話している。僕も当然視線をそちらに視線を向けた。そこには人がいた。如何やら経った今学園長室を出てきたばかりらしく、学園長室の扉に向かって下を突き出している。彼の髪はホワイトチョコを頭からかぶったみたいに白かった。そう、皆の視線を集めている人物は他ならぬ天川英雄だったのである。
◆
英雄はまるで自分の方を見ている生徒など気にも留めない風で、エレベーターのあるこちらのほうまでズカズカと歩いてくる。皆、その様子を固唾を呑んでみていたが――一人がアクションを起こした。ヒデの行く手を遮るように、躍り出て、胸倉に掴みかかった。それを見た、彼の友達と思しき少年が叫ぶ。
「栄二やめろ!」
「っせー幸太。俺がこいつのせいでどんな目にあったか判ってんだろうが! 親にHTIVS辞めろって云われたんだぞ? こいつが学校の評判を落としたから! 絶対にゆるさねえ」
そんな栄二の叫びを聞いてまるで駆り立てられるかのように、黙って見ていただけの生徒も便乗し、英雄を囃し立て始めた。
「そうだそうだ。お前みたいなヤツがなんでヒーロー目指してるんだよ!」
「お前みたいなヤツが学校の評判下げてるんだろうがよ!」
「学校辞めてくれない?」
「パートナーを何人も汚してるらしいしな」
「そんなに自分だけで戦いたいのかよ?」
「お前みたいな勝手なヤツ誰も来て欲しくなんかねーよ!」
――ああ、三流だなぁ
僕は冷めた目をして、彼らを眺めている自分を見て……ぎょっとした。そして皆を止めさせようと一歩前に出る、然し佐吉が僕の腕を掴んだ。
「やめろ、ここはお前の出る幕じゃない。それにヒデだって云われっぱなしじゃないだろう、ほら」
栄二に先導されるように僕は英雄を仰いだ。英雄はまるで水がいっぱいのコップみたいだった。そして以前浴びせ続けられる罵声に――英雄の水はこぼれた。
「黙れ! お前らに何が判る! 俺のせいで学校の評価が下がった? 確かにそうだ! 俺はそれは否定しないし反省している。だからこそ俺はこの学校でヒーローを続けてやる! それで俺が自分で落とした評価以上の評価をこの学校に与えるようなヒーローになってやる! お前らはどうだ? 俺に評価を落としたなんて文句を云うくらいだからお前らは学校の評価を上げているような立派なヒーローなんだろうな?」
そう云って自分より背の高い栄二を睨みあげた。
「なんなら今ここで勝負するか?」
「……」
栄二は舌打ちをして英雄から手を離す。英雄は威嚇するように皆に指を突きつけて叫ぶ。
「俺はお前らなんかに理解されようとも思わんし、お前らに云われたからって辞めるわけがない!」
そのまま英雄はずかずかと、僕に気を止める風もなく姿を消した。生徒達はそれぞれ意味深な笑みを浮かべながらなにか云っていた。そのうち、さっきの栄二は僕に気がついた英二はニヤニヤと小ばかにしたような笑みを浮かべながら僕のほうに歩み寄って来た。
「君、天川ヒロでしょ? 英雄の新しいパートナー」
「うん、そうだよ」
僕は平然と頷いた。栄二は僕の肩に手を、ポンと置いた。
「大変だねー、ヒデのパートナーだなんて。きっと怪我するしロクな目にあわないよー。君もアイツの犠牲者だね」
ヘラヘラと云う栄二の手を僕は笑顔で叩き落とした。自分の手と僕を交互に道目、驚いたような顔をしている笑顔のままこう云った。
「――実は明後日僕とヒデのミッションの日なんだ。良かったら見に来て欲しいな!」
「は?」
「そこで君の考えを変えさせるから、じゃあね!」
そしてそのまま、転がるようにエレベーターに乗り込み、そのまま扉を閉めてしまった。ポカンとしている栄二達が見えなくなり――佐吉は声をエレベーター内に響き渡らせた。
「良いのか? あんなこと云っちまって!」
「ああ、ヒデは変わってなんかいない。ただ周囲にそれを理解させるのが苦手なだけなんだ。僕にできるのはそれを救い出すこと、それだけだよ」
そして僕はエレベーターの五〇階ボタンを壊しそうな勢いで叩き押す。佐吉は少しビクビクしたように声を小さくした。
「部屋に戻るのか」
「うん。といっても一個寄りたいところあるんだけれど。啖呵切ったとは云え情報が少ないからね。何でヒデがああなったか」
「ああ、でもそれって生徒会でも知らないんだろ? じゃあ誰も判らねーんじゃねーの?」
「それがね、和歌子から聞いたんだ。知っていそうな人の噂をね」
◆
僕と佐吉は部屋が立ち並ぶ一帯のある部屋の前にいた。僕がその扉をノックするとヒョロっとした男が出てきた。目がビー玉のようにギョロっとしていて。それが常にせわしなく動いている。僕はそんな彼に云う。
「木田真二だよね?」
彼の目玉がぐるんと回った。
「そうやって訪ねてくるって事は情報が欲しいのかな?」
「そうやって聞くって事は真二ってことで良いのかな?」
僕は彼の云い方を真似てそう返した。真二の目の回転が更に速くなる。一方話が読めていない佐吉は不安そうに僕のほうを見てくる。僕は彼、真二を示して云う。
「彼は木田真二。この学校一の情報屋だって和歌子が云っていたんだ」
真二は目が飛び出そうなほど目玉をキョロキョロさせた。
「早速新入生にも名が売れているなんて照れるなぁ。まあ今ヒロが云ったように俺はこの学校一の情報屋さんなんだ。よろしくね、ヒロ、佐吉」
笑顔で手を差し出す真二。僕はその手を握る。佐吉も握り返す。自分達の名前を知っていたことに関しては驚かなかった。なにせ彼は情報屋なのだから。
「まあ君が何の情報を欲しがってきたのかは知っている。だから結論から云うとヒデとパートナーになったってことは一週間以内には君は病院に入ってるね。彼はパートナー潰しだから」
真二はニヤリとしてそう云った。
「パートナー潰し……?」
「うん、彼は実力がある。しかし……戦いではいつも自分勝手な行動を取る。それにパートナーも巻き込まれて怪我をしてしまったんだ。それからもそんな行動を繰り返している。だから皆煙たがっているよ。あいつと組まされたら終わりだって。ヒーローの資格も得ない方が良いって人もいる。何をしでかすか判らない。早い話自分勝手な天才だよ」
「その辺、大体の話は生徒会で聞いた」
僕はペラペラとしゃべる真二を遮って、ぴしゃりと云った。真二は目を大きく見開いた。
「ワオ、生徒会か。君なかなか手をつけるのが速いね」
「まあね。天才情報屋のもう君なら知ってるだろうけど――僕はヒデと知り合いだったんだ。だけれど当時の彼そんな人間じゃなかったハズなんだ。なにかあったのかな」
真二は僕の問いに、待ってました、といわんばかりに目を輝かせた。
「それはね、ヒデは一番になることに強く拘ってるから、そういう行動をとるようになっちゃったんだと思う。なんで一番に拘るか、知りたい?」
僕の質問に真二は逆に聞いてきた、僕は勿論頷く。すると真二は――手を差し出した。目が先ほどとは違う、いやらしい輝きを放っている。僕は少したじろぎながらも聞く。
「なに、それ?」
「俺は情報屋だよ、情報は商売道具なんだ。知りたかったら、そうだな……千円」
僕は素早く踵を返し、その場を去ろうとした。アテにする相手を間違えたか。そんな僕を見て、彼の叫ぶ声がした。
「判った、判った! 初回サービスで五百円!」
「……」
僕はそのままスタスタ歩き続ける。
「百円!」
「……」
歩みを止めない僕。真二が不満そうな声で云う。
「タダでいいよ……。最初だけだからね!」
僕は足を止め、満面の笑顔を浮かべて振り返った。
「ありがとう真二!」
「どういたしまして」
真二は目を動かすことなく答えた。そしてそれから――彼は語りだした。
「ヒデが周囲を巻き込んでまで一番に拘る理由、それはね、家が超エリートだから――ってのは知っているだろうけど。更に君が知らない深い事情があるんだ。彼はエリート家計の生まれ、けれどもヒデは俗に言う落ちこぼれだった。だからヒデがヒーローを目指すって云ったとき父親は反対した。家の名を堕とすだけだからやめろって。それでも親のになんとか頼んで認めてもらった。NO1になることを条件にね。ヒーローになるなら最強になれ、それが彼の父親がだした条件だった。だから彼はここで最強をを目指しているんだ。家族に認めてもらうためにね。然し最初のミッション彼は先走ってパートナーを怪我させた。それに反する反省もあったんだろうね。彼は自分でした失敗は自分で取り返す性格だから。家族の圧力への焦りとその反省が重なって気がつけば彼はミッションをクリアすることに取り付かれた。結果パートナーのことを考えない嫌われ者になってしまったんだ」
全て話しきった真二はそんなもんだという顔をしていた。僕は微笑を浮かべる。
「ありがとう真二。また必要だったら呼ぶかも。あと友達にも宣伝しておくよ」
彼は目を思い切りキョロキョロさせて嬉しそうに部屋へ消えていった。僕は佐吉に向き直る。
「じゃあ部屋に戻ろうか」
「アイツの情報、役立ったのか?」
「ああ。大丈夫」
◆
ミッション当日。僕は巨大な扉の前に立っていた。すでに僕のミッションを見に来た同期含めほかの生徒も集まっている。一昨日の栄二が複雑な表情でこちらを見ているのと目が合った。僕は先ほどよりも思い切り微笑んで――僕は大きく深呼吸をした。そんな僕を見て鞍臣先生が訝しげな表情で歩み寄って切る。
「おいヒロ。準備は良いか」
「はい、万端です」
「そうか、まあテメーは大丈夫だろうとは思っていたが……。あのバカはどうした?」
「……ヒデは、未だ来てません」
僕はそう事実を告げた。先生は険しい顔を益々険しくした。
「あの野郎如何しやがった?」
それに答えるように
「大変です鞍臣先生!」
という声が廊下に響き渡った。振り返るとエレベーターから美吹が飛び出してきた。
「なんだ?」
更に顔が険しくなる先生、もはや修羅の域に達しておるといっても過言ではないほど怖い顔をしている。そんな先生に震えながらも美吹は唇を動かした。
「ヒデが……部屋から出てきません」
◆
真っ白な部屋。僕はあっという間に変わっていく世界を目に投じながら先ほどの会話を思い出していた。
「ヒデが出ない? どういうことだ?」
「私も判りません。ただ、ヒデはルームメイトが出払った隙に部屋の鍵を閉めて閉じこもってしまったらしいんです」
鞍臣先生の顔がもはや筆舌出来ないほど険しくなった。
「あの野郎何をウダウダしてやがる……」
そして僕の方に首を向けた。
「如何する? ヒデが来るまで待つか?」
――その顔のままこっちにないで下さい。
と僕は心の中で思ったが、それを丸めてゴミ箱に捨ててからら……頭を振った。
「はい待ちます。だけど……ヒデが来るまで僕はミッションを一人でやります」
真面目な顔でそう云った僕に流石の鞍臣先生も修羅の表情を解除した。
「なに云ってるんだ……てめぇ」
「だから……ヒデを待つのはミッションをやりながらことです。もしヒデが来ないまま僕がクリアしたらそれはノーカンでいいです。だからやらせて下さい」
まるで先生の目に言葉をねじ込むかのように、先生の目をしっかり見つめて僕は云った。そんな僕を見て、鞍臣先生はため息をついた。
「なんか考えがあるんだな?」
「いいえ、ないです」
僕は云いきった。鞍臣先生と美吹は呆然とした。
「でも大丈夫です。僕、色々ヒデを救う方法、考えたんです。過去のことも聞きました――その結果、ただ僕は彼を信じて待とうって思いました!」
周囲の景色が完全に変貌した。どうやら今回僕は町中のコンビニ内からのスタートらしい。そして続いて僕の隣に現れたのが今回の相手である犯罪者の女だ。僕は先ほど先生から聞いた情報を思い出す。
「今回お前らがが戦う犯罪者は、強盗の天川麻衣だ」
天川僕と同じ苗字だ。偶然ではない。僕はその名前を知っていた。しかし僕の親せきなどではなく……僕と同じ苗字の奴の親せきとして。そして顔を見て確信した。なんの偶然か知らないけれど彼女は英雄の姉だ。
◆
英雄の姉。僕は正直あまたが痛くなった。選出される犯罪者はランダムだ。何という確率のめぐりあわせだろうか。だが、そんなことを云っている暇はない。麻衣は今からコンビニで強盗をする被害が出る前に止めなくてはいけない。
そんなことを思っていると麻衣はスタスタとレジまで歩み寄って右手を持ち上げた。拳銃でも握っているのだろうか、彼女は叫んだ。
「動くな!」
刹那、僕は後ろからとびかかった。
「やめろ!」
懐には支給品の木刀が忍ばせてある。素人の弾丸くらいなら防げる……。しかし振り返った麻衣を見て僕はぞっとした。彼女の右手は右手ではなかった。右手のあるべき場所がマシンガンの形をしていたのだ。
麻衣は僕を見るとクスっと笑った。
「あら? ヒーローさん?」
そしてダダダダダダという豪雨のような音ともに炎の弾丸が僕へ大量に襲い掛かってきた。
「邪道具か!」
邪道具――ヒーローの使う武器が魔道具、と呼ばれていることからつけられた名前。邪道な武器、それが邪道具。
どこから現れたのか、などが全く判らない点はヒーローの魔道具と同様だが、認められた人しか使えないヒーローの武器と違って、邪道具は誰でも使うことが出来る。性能は魔道具と比べれば圧倒的に劣るけれど、それでも犯罪を起こすには申し分ない、と。当然不正使用は法律で禁じられている。然し犯罪者の間では色々な取引が行われているらしく、なかなか流通を止めることは出来ていないのが現状だ。
彼女、麻衣も恐らく何らかの方法で邪道具を手に入れたのだろう……。
僕は再び悪態をついて、麻衣の手だった物に目をやる。そこには手の面影はなかった。改造したのだろう。生命を感じない、人を殺すために作られた武器質な兵器――つかつて人の一部だったであろうものからそれを感じ取れることに僕は恐怖を覚えた。
カチャリ
背筋が凍るような音、まるで死神が僕に焦点を合わせた、そんな風に感じられる音がしたかと思うと。彼女のマシンガンから僕めがけて再び炎の弾丸が放たれた。コンビニ内に悲鳴がとどろく。僕は避ける間もなく弾丸を数発体に浴び、衝撃でコンビニの壁を突き破って街灯の元にあったゴミ箱にダイブした。
異臭で鼻が曲がりそうになる。 僕は体を捻って必死でゴミ箱から体を抜き出し、地面に伏せる。瞬間、ゴミ箱が派手な音とともに、大破するのが視界の端で視えた。麻衣がコンビニにから出てきて僕に追い打ちしたのだ。
「あっちだと人が傷つくもんねー。あたしべつに殺人鬼じゃないから殺したいわけじゃないんだよね。最も邪魔する奴はこのマシンガンで殺すけど」
そう云った杉の刹那視界に麻衣の足がにゅっと飛び込んできて、僕の鼻っ面にまるで隕石でも直撃したんじゃないか、という衝撃が走る。けりを叩き込まれたと理解したときには僕は放物線を描くように宙を舞っていた。まるでスローモーションのように感じられる空中飛行の後、僕の体は硬いアスファルトにたたきつけられた。
◆
スクリーンの前
「視ていられないなぁ」
栄二が目を覆った。
「ヒロって見掛け倒しだな。全然強くない。麻衣のマシンガンだって蹴りだって普通は避けられる。それこそ、ヒデが来て更に彼と上手く連携しなくちゃ勝ち目なんてないぞ?」
「……それがあったら勝てるんだな」
佐吉は笑みを浮かべる。栄二はうーんと唸る。
「どうだろうね、まぁあり得ないでしょ」
◆
ああ、頭ら血出てる。視界もフラフラする……。
僕が体を持ちあげた。麻衣は眼を丸くする。
「あら、立ち上がるんだ!」
僕は何も答えず、フーフーと息を吐きながら麻衣を睨みつけた。刹那彼女のマシンガンから炎の弾丸が五発放たれる。
――やっぱり放たれるのは毎回五発だ。
見切れて少しうれしくなったがよけられるわけではなく僕は再び弾丸を数発もろに食らった。
◆
――そして今、僕は何度目か判らないけれど、地面に倒れていた。
僕はまるで壊れたヤジロベエみたいにフラフラと体を揺らしながらも……しっかり立ち上がった。
今の僕は一本の糸でつられてるみたいだ。ほんの一瞬でも気を抜けば全身を支えられずに倒れてしまう。それでも、僕はしっかりと目の前の敵を睨みつけ――突進していく。
僕は敵に向かっていく自分を阻むように吹く向かい風に体を突っ込みながら小さな言葉を風に乗せた。
「ヒデは、来る」
そして頬を一回叩いて、意識を奮い立たせてから怒声を上げ、麻衣に向かって突進した。麻衣はそれを足払った。態勢を崩した麻衣がランチャーを伸ばしてくる。ヤバイ――と思った瞬間には遅かった。エネルギー砲が放たれ凄まじいエネルギーに僕の体は呑まれる、悲鳴を上げるまもなく――ブツン、という音が脳内でした。僕を吊るしていたたった一本の糸が千切れた音だ……。
スクリーン前
「あああ、ヒロ!」
美吹が悲鳴を上げた。ほかの皆も表情をざわつかせている。
「諦めろよヒデが来るわけないだろ? このままじゃ本当にお前死ぬぞ!」
栄二がスクリーンに向かって叫んだ。すると、まるで聞こえたかのように彼は手を伸ばし、まるで千切れてしまった糸を再び結びつけるかのようにして立ち上がり、叫んだ。
「ヒデは、ヒデは絶対来るんだ! 僕は信じている!」
◆
同じ頃。英雄の部屋。
ガチャリという音がして部屋の中に鞍臣が入って来た。
「合鍵を俺らが持っていることは判ってるんだろ? 無駄なことは止めろ」
鞍臣がそう云っても、英雄はベッドの上でうずくまってなにも云わなかった。
「ヒデ、そんなところで何をしている。ヒロがお前を待ってる。ミッションに行け」
英雄はまるで白い饅頭みたいに丸まって、しばらく返事しなかったがやがてこう云った。
「いけねーよ」
「あ?」
鞍臣は不機嫌な声で威圧する。英雄はベッドを殴りつけ、叫んだ。
「俺が行ってなんになるんだよ! 栄二達にあんなこと云ったけどよ! 正直俺に何か出来る? 俺は必要なのか? なあ答えろよ先生! 信じていた友達は友達じゃなくて学校のやつらは俺を嫌っている! そんな俺が! 行った所で何になるんだ!」
涙と、怒りと、哀しさと、葛藤と、迷いと――色々なものを一気に吐き出した英雄は再びベッドに蹲りうめいていた。鞍臣は舌打ちをして、それからボサボサの髪をガシガシと掻いた。
「お前そんな風に思ってたのか? ったく強がってばっかいるんじゃねえよ。俺はそういう生徒のメンタリズムみたいの苦手だからよ、今みてぇにちゃんと思ってることを云ってくんねぇと判らん。で、だ。お前が必要かどうかなんて俺には判らん。自分の必要性くらい自分で判断しろ」
そして鞍臣はデスクにおいてあったリモコンをテレビに向ける。テレビの電源が入りニュース番組が映し出される。鞍臣はリモコンでチャンネルを操作し、あるチャンネルに合わせた。
それは学校内の様子を放送する学校自営のHTIVSチャンネルであった。そして現在テレビに映っている映像を見て、英雄は眼を丸くした。
なぜならそこに映っているのはボロボロになりながらも立ち上がっている黒い髪の目つきの悪い少年だったからだ。
◆
俺、天野川英雄が眼を丸くして画面に映ったヒロを凝視していると。ナレーションの声がテレビから流れる。蒼太先生の声だ。
「現在、新人ミッション中の天川ヒロ。パートナーを欠いたままミッションに挑んでいます! 果たしてパートナーは来るのでしょうか!」
「こねぇよ」
俺はテレビに向って思わずそう返した。判ってんだろ蒼太先生だってそれくらい。俺は今ここにいて出るつもりもない。だから、来るわけないんだ。ヒロのパートナーは。そんな俺の心をかき消すようにテレビの中のヒロが叫んだ。
「ヒデは、ヒデは絶対来るんだ! 僕は信じている!」
おそらく朦朧とした意識の中で云った言葉だろう。だがその言葉は俺に云っているようにも聞こえた。テレビの中のヒロはフラフラになって立ち上がった。まるで必死で糸をつないでいるみたいに、しかしそんなヒロの懐に飛び込み飛び膝蹴りを喰らわせる人間がいた。アレがヒロの相手か。と俺は顔をみて心臓が跳ね上がった。
「姉貴……」
そう、俺の姉、麻衣。彼女は引ったくりとして捕まったことは聞いていた、だからここのデータがあることは判っていた。然し、ヒロが戦う羽目になるなんて……。そんなことを考えるまもなく麻衣は右手のマシンガンを構える。客席の美吹の声がこちらまで聞こえてくる。
「ヒロ! もう止めて! ヒデは来ないわ!」
「なんでお前そんなにヒデを信じるんだよ!」
栄二もそう叫ぶ。俺も頷いた。そうだよ、俺なんか信じるなよ。なんで信じるんだよお前は俺を! 俺が心の中で叫ぶ。麻衣がヒロを踏みつけながら云う。
「ヒデってあのヒデなの? だったら来るわけないわよ、あんな落ちこぼれ!」
「黙れ!」
ヒロは叫んだ。
「ヒデを馬鹿にしたら。許さないからな」
そして――ヒロは静かに、だがはっきりと微笑みながらこう云った。
「ヒデが、ヒーローだから」
――っ……?
俺は、まるで突然光の中に引っ張りあげられたような――そんな気持ちになった。
そう云ったヒロの眼はまっすぐで、驚くほど曇りなかった。ヒロは拳を握りしめ叫ぶ。
「天川英雄はそういう人間だ。危険な目にあっている人がいたら助けに来る。僕は信じている。彼が僕の相棒で、僕のヒーローだからね」
そう叫んでヒロは再び麻衣に突進した。俺は瞬間ぶった切るようにテレビを消した。そして何故だか溢れてきた、涙を拭いて大きく息を吸った。そして先生のほうに向き直る。
「先生」
◆
ヒロは再び飛ばされる。空中でなんとかバランスを取り受身を取りながら落下するがそこに直ぐに麻衣が詰め寄る。着地する前に空中で蹴りを喰らいヒロはふっとび建物の壁にめり込んだ。そして麻衣がそのヒロにランチャーを構える。
「ヒロ!」
佐吉が絶叫する。このままでは本当にヒロは死んでしまう。
誰もがそう思った瞬間だった。シュッと宙を切る音。そしてその音が何の音か認識できないまま客席の一同は麻衣のマシンガンに亀裂が入り――真っ二つになるのを見た。そしてそれから、そこで初めて麻衣の前に降り立った人間を見て、それが蹴りによってマシンガンを粉砕した音だと認識した。
次に彼らはその人物を認識する。真っ白い髪にひょろ長い背丈、一見弱そうだが赤縁のメガネの奥に秘めた闘志にあふれた眼を見ればそれは間違いだと判る。彼は――天川英雄は倒れたヒロを見てつぶやく。
「すまねえなヒロ。何度も」
そして髪をたなびかせてこう云った。
「待たせたな相棒」 第五話 完
次回予告
佐吉「ついにヒデとヒロのコンビが復活だ! 見せてやれ! 俺を動かして変えた……お前らの力ってやつをさ!」
次回第六話「天川英雄」