第四話 孤高のヒーロー
ヒーローってなんなのでしょう。
スーパー戦隊や仮面ライダーのような変身して悪と戦う強いやつがものがヒーローなのか、たとえ弱くとも不屈の心をもって悪を討つのがヒーローなのか。
明日のヒーローの皆をはどっちも兼ね備えたヒーローに出来たらなぁって思っています。強くて、弱くて、強い、そんな人たち表現できたら良いのですが。
ナイフを持った男がリカに襲い掛かる。リカは悪態をついて、それからそばに立っていた和歌子を掴んで前に突き出す。
「汚ギャル、盾、いけにえ、犠牲どれが良いか選びなさいよ……」
そんな和歌子は早口でまくし立てるリカの腕を掴んで足を軸にして回転、逆にリカを男の前に突き出して叫ぶ。
「アンタが囮になれよこの根暗!」
そのままリカを羽交い絞めにして男のナイフから自分を守る。しかし男が目の前に迫った瞬間リカはお辞儀をするように頭を下げる。するとリカを押さえ込んでいた和歌子が引っ張られるように逆さで男の前に突き出される形になった。和歌子は
「嘘でしょ?」
と叫びながらも足を伸ばす。スカートが開いて中が見えそうになったので僕ら男子は皆目を背けた。視界の外でゴキャリという音がする。僕らがガラスの向こうに視線を戻すと、和歌子の蹴りを脳天に食らった男が床に伸びていた。僕らの隣で見てい蒼太先生が呆れながらに云った。
「クリアだけど……アレで良いのか?」
◆
「ガッハハ、すごいではないか和歌子もリカも仲間割れしているようで実はコンビネーションバッチリじゃのう!」
昼食の席でついさっき行われたリカと和歌子のペアのミッションについてシヴァが絶賛していた。一方射鷹は皮肉たっぷりに云う。
「ほんっと、最高のコンビだね。ベストパートナー賞を僕が送るよ」
「……少しは口を慎めっつーのこのクソガキ。アタシだって好きでこのメガネブスと組んでるんじゃないんだからね」
和歌子はプリプリとしながら云った。そんな和歌子からみて右手に座っている花火とその隣の神酒を挟んだ席に座っているリカが小声で云う。
「私だってアンタがいなかったらもっと余裕だったのに」
それを聞いて二人は箸を持ったまま睨み合う。リカの向かいの席に立っているレアが慌てて割ってはいる。
「だからケンカは駄目だってバ!」
僕はそんなもうすっかり見慣れた光景をみてクスっと笑った。そんな僕らの座っている一帯に食堂に入ってきた美吹が昼食の乗った盆を持って近づいてきた。
「皆集まってるわね。ムゲンは相変わらずいないみたいだけれど」
「あら美吹一緒に食べない?」
神酒が笑顔で誘ったので美吹はうなずいて空席となっているリカの隣に座る。そしておにぎりをパクつきながら僕たちに話し出す。
「午後からは授業だからね。履修必須科目だから皆出なきゃ駄目だから、忘れないように。ヒデも参加するから注意してね」
「えー授業ー?」
射鷹が不満そうな声をあげる。一方札一は
「それよりも天川英志の参加のほうが問題ではないか? 俺はこの学校に入学して以来ヤツの噂を幾つか聞いたが問題ばかりであったぞ」
と述べた。名前があっていないのはもう突っ込まないとして札一がヒデを快く思っていないのは判った。札一はもとから感情表現がない上に軍服のようなものを召していてその高い襟で口元を隠しているため全く思考が読み取れない人物なのだが今回は口調にそれがはっきりと出ていた。
佐吉は僕のほうに少し気にしたような視線を向ける。僕は大丈夫だよ、というように微笑んでみせる。一方美吹は続ける。
「確かにヒデが入るのは不安よね。また問題起こしかねないし」
両端で長く結んだ髪をくるくるとしながら語る彼女はどこか寂しそうだった。
◆
そんな不安も抱えたまま、僕らは授業を受ける教室へと移動した。そこは半円形をした部屋で円の中心に教卓がありそれを囲むように席が段差をなして構えている。僕らはその席に自由に座る。基本的には前列に全員固まったがムゲンは一番後の列の一番右端。遅れてブラっと入ってきたヒデはその一番後ろの列の左端にドカっと座った。しばらくして少し大人占めな印象の女性が入ってくる。彼女はいまだざわつく教室をみて咳払いをする。僕はそれを見て佐吉たちと会話するのを止めたがほかの面々は会話を止めない。
「ガッハハ、ムゲン、そんな端にすわっとらんで隣にすわれ!」
「シーバー・ムハムハよ貴様は空気が読めないのか。刀咲ムゴンは人とかかわりたくないタイプなのだろうよ」
「札一、もはや違いすぎて訂正する気にもならないわよ」
「全く神酒を困らせないでよねーシヴァも札一も。バカなんだから」
「アンタ相変わらず偉そうね……ガキなのに、まあとりあえずムゲンは関わって欲しくないっぽいんだし放っておきなさいよ」
「おお根暗は同士だからわかるんだねー」
「ケンカは止めなヨ!」
そんなやかましい一同に花火は小声で云う。
「あ、あのさ、先生が……」
花火の言葉に皆教壇に目をやった。そこには顔を赤くして目を潤ませた先生が立っていた。
「あ、あの、私初めての授業で色々準備してきたのに、生徒を静かにすることすら出来ないなんてやっぱ私駄目教師だ!」
そして突然狂ったように奇声を上げてわめきだした先生。僕らは呆気に取られた。佐吉が慌てて云う。
「せ、先生すいません、こいつらこういうやつらなんです。でももう静かにしますから、ほら授業始めてくださいよ。俺楽しみだなー」
無理やりいった感があったが先生はそれを聞いてピタっととまった。それを見た和歌子も上ずった声で云う。
「あ、アタシもー」
「僕も!」
「私も」
射鷹、神酒も便乗しほかの皆も頷く。しかし札一だけは
「俺は別に」
と云いかけたので隣に座っていたレアが札一の顔を机に叩き付けて
「札一も楽しみなんだー、ボクもだヨ~」
と誤魔化した。それにより先生の顔が明るく輝きだした。
「本当?」
僕らはガクガクと頷く。(札一はレアが無理やり頷かせた)すると先生はにっこりと微笑んで
「良かった~私如何しようかと思っちゃった。最悪死のうかと」
と云った。僕らは思う――重すぎる。
「あ、私は那智明菜。よろしくね」
急にはきはきと自己紹介を始めた明菜先生。僕らは少し困ったように微笑みあった。
「なぜルアーン・センインは俺を机にたたきつけた」
と文句を云い続けている札一を無視してだ。
授業の内容は僕らの生きているこの世界の歴史についてだった。僕は良く知っている内容だったからさらりと聞いたが説明もかねてここで歴史を確認したい。
現在人々の生活を脅かしている魔獣。それらが最初に目撃されたのは数十年前。性格には三十四年前だ。一部の人々はヒーローとなり魔獣に挑んだが、多くの人々が殺された。魔獣出現から十年で人類は人口の四割を失ったが、その期間により得たものもあった。それが対魔獣バリアだ。魔獣と人間を選別し魔獣だけを弾くことの出来るバリアの完成によって世界には「魔獣の脅威を受けない地域」が完成した。この間も説明したがそのバリア最初の展開地が現在僕らの通っているHTIVSがあるトウキョウだった。最初のうちこそは皆バリアのお陰で皆安息を手に入れたと思っていた。しかしバリア完成から三年で予期せぬことは起こった。バリア展開は時間がかかりバリア完成から十余年経った今でもバリアが展開されている地域は世界で九個しか存在しない。さらにバリアのない地域は今まで以上に魔獣の襲撃が酷いことになり酷い場所に至っては「陸地がそのまま消滅」した。魔獣出現以前に使われていた世界地図など使い物にならないほどになり。かつては各国を分けていたのは海という巨大な水溜りだったらしいが今では「世界の裂け目」といわれる何もない空間になってしまった。僕らの住む場所もバリアの外を出て数日歩くと崖にたどり着くという。普通の人間ではその向こうに渡ることは出来ない。そしてニホンのバリアはトウキョウのみ。つまり魔獣によって削られだいぶ減ったけれど充分に広いこのニホン、そこに住んでいる多くの人が魔獣の脅威から逃げるためには半径二十キロ程しかない円形バリアに囲まれたトウキョウの中に住むしかないのであった。
そうした場合、その貴重なそこに住めるのはだれだろうか、当然金や力のある人間である。何も持たない人間はバリアの外で魔獣の外でおびえながら暮らさなくてはいけない。それを見かねた減学園長姫路は各地に散らばっていたヒーローを集め学校を作りバリア外の人々を守ることを命じたのだった。HTIVSに入れば魔獣やバリア内の犯罪者と戦わなくてはならないが自分がバリア内の学校に住めさらに家族もバリア内に住まわせてもらえることを姫路は提示した。それによりさまざまな人がこの学校に集まり今に至るという。因みに魔獣がなぜ出現したかはなぞで、さらにそれに対抗するための力であるヒーローの魔道具がなぜ出現したのかも明かされてはいない。
こんなところまで先生がざっと説明したときだった。ガタッという椅子を引く音がしたと思うと、英雄が突然席を立ち上がった。
彼は携帯電話の画面を凝視して顔を青ざめさせていたが直ぐにわき目も振らずに教室を飛び出していった。余りにも一瞬のことで僕らはポカンとしていたが、やがて教壇のほうから「キューーーーーーーーー」と変な声が聞こえたことで我に返る。見ると、明菜先生が顔を真っ赤にして教壇に突っ伏していた。
「あああああっ、私の授業はそんなにつまらなかったのね! やっぱり私は教師としての才能がないし、ブスだし、貧乳だし……地味だし。だから二十七にもなって処女歴どころか彼氏いない歴が年齢なんだ! 教師どころか女として終わってるんだ!」
余りにも一気に嘆くので僕らはどこから慰めて良いのか判らなかった。射鷹は寝ている札一の足を先生に気づかれぬよう蹴りながら云う。
「ええっと、ほらヒデは問題児ですから? ね?」
「確かにそうね。でも射鷹、問題児一人良い子に出来ないで何が教師なの? 正直に言って私終わってるでしょ?」
「え? そんなことないですよ……」
そういう射鷹の顔は引きつっていた。大人へのお世辞が得意な彼も限界なレベルだと僕は思った。それを見かねた和歌子がフォローに入る。
「そうそう、少なくとも彼氏いなかったのに処女じゃないよりは良いですって」
それフォローじゃないし今フォローすること炉じゃない。と僕は心の中で突っ込みを入れて立ち上がる。
「とりあえずヒデを追いましょうよ」
「えっ、でもきっと英雄は私の顔なんか見たくないんだわ。こんな顔面偏差値三五!」
話を聞いてくれるような雰囲気ではないと僕はうなだれた。しかしそんなとき射鷹に起こされた札一が目をこすりながら真顔で、ポツリと云った。
「そんなことはないだろう、まあ五四程度はあるのでは?」
「ホント? じゃあ英雄追いかけようか!」
いきなり自信を取り戻して元気よく、飛び跳ねるように教室を出る明菜先生。取り残されてボケっとしている僕達。先生はドアから顔をのぞかせる。
「追いてっちゃうよー?」
顔を引っ込める先生。そしてパタパタと廊下を歩く音。僕らはいっせいに札一の方を向く。ムゲンまで彼を凝視していた。札一は首をかしげる。
「俺がどうかしたか」
「納得行かない!」
と、ブーたれている射鷹を引っ張って教室を出る。廊下の奥に見える明菜先生を走って追う。
「先生思ったより速くないかしら」
リナの言葉に花火も頷く。
「張り切ってるって感じだよね……」
「なぜ張り切ってるのか俺には見当もつかんな」
真顔で云う札一に佐吉は突っ込みを入れる。
「おめーのせいだっつーの!」
「だから俺が何かしたか藤野サトル」
「だーっ、いちいち間違えんなよ名前! んで自覚がねーならもう良いから黙ってついて来い!」
「男ってなんでこうも五月蝿いのかね、射鷹は良い子だから廊下は静かに走ろうね」
神酒が射鷹の頭に手を置いた。佐吉はなぜ俺までという顔をしながら云う。
「良い子は廊下を走らねーよ?」
そんな五月蝿い僕らの方に向って向ってくる影があった。和歌子がその名を呼ぶ。
「美吹じゃんー」
「あれ? 皆授業は?」
美吹は不思議そうに僕らを見る。レアが一歩前にでて状況を説明する。
「それガ、ヒデがいきなり教室を出っちゃったんダ」
「ヒデが? 本当にあのバカは迷惑ばっかり……」
頭を抱える美吹。そして直ぐになにか気がついたような表情をして僕らに云った。
「真逆あれもヒデが……。ちょっと皆もついてきてくれる? 私呼び出されたんだけど、そこにヒデがいるかもしれないの」
◆
美吹につれられて僕らは九十八階にある管理室に来ていた。管理室は巨大なモニタや機械が並んで近未来な雰囲気をかもし出している。そんな部屋に僕らが来たときには既に鞍臣先生がいて彼の足元には一人の生徒が伸びていた。
「彼は明菜の助手、田中ジオンだ」
鞍臣先生が云う。美吹も頷いて云う。助手――鞍臣先生における美吹だ。
「ええ、私も良く知ってる生徒です。でもなぜ彼がここで気絶してるのですか?」
そう問われて鞍臣先生は頭をかきながら答える。
「ああ、美吹は知っているだろうがジオンは明菜の助手であると同時に優秀な生徒でな。俺ら学校からの信頼も強い。老院のジシイどもの信頼を得ている数少ない生徒だ。それでこいつにはここで新入生の魔道具の管理をさせていたのだが……」
「ジオンが気絶させられてそれが奪われてしまった、ってことですか?」
美吹が先生の云おうとしていたであろう結論を先取りする。先生は頷く。僕らの間に戦慄が走った。
「ちょっと、魔道具が盗まれたって大変なことじゃないんですか?」
僕は思わず叫ぶ。鞍臣先生は頷いて、それから続ける。
「ああ、だが安心しろ。いや安心しろて云っていいのか判らねぇが……盗まれたのはヒデのだけだ」
「それって……」
神酒の短い一言に僕らの意見が収束されていた。鞍臣先生は頷いて云う。
「ああ、先ほどヒデが教室から逃亡したという報告を受けた、恐らくヒデが自分の魔道具を持って逃げたのだろう。今までにも何回かそれを計ったことはあったしな」
そして深いため息。シヴァがそれをみて述べる。
「ルールも守れん男なのかのう」
「噂によると強いらしいけどそれにかこつけて勝手な行動ばかりしてるらしいよ」
射鷹もそう云った。そんな中僕は拳を握り締めて立っていた。
「ヒデ……どうしたんだよ……」
◆
ヒロ達が英雄の一件で騒いでいる一方、渦中の人物天川英雄は町を走っていた。その手には彼の魔道具である黒い短剣が握られている。彼は町を行きながら先ほどハルトから来たメールを思い返す。
「ヒデ、やべぇ、昨日ボコったやつらが仲間連れて戻ってきた。魔獣も連れてる。ダイチが連れて行かれた。助けてくれ。ただ魔道具がないとお前も危ない。無理を言っているのは解るが魔道具を持って昨日の倉庫にきてくれ」
必死さが伝わってくる文面を思い返し英雄は足を速める。しかし英雄は知らない。メールを送ってきたハルトや捕まったと書いてあるダイチはその不良たちと組んでいたこと。そして協力し英雄を罠にはめようとしていたことを。
何も知らない英雄は倉庫にたどり着く。半壊しているシャッターからホコリくさい倉庫の中に転がり込む。ひと気はない。英雄は叫ぶ。
「おいっ、ダイチを返せ!」
そう叫んだ彼の背中にドンっという音とともに衝撃が走る。彼は衝撃に押されるまま転がるように飛び、積まれていたドラム缶の山に突っ込む。ドラム缶の山は崩壊し英雄に襲い掛かる。その下敷きになった英雄は直ぐに血と砂煙を吐き出しながらドラム缶の中から体を起こす。そして自分に蹴りを入れた人物を確認しようとして視線を前に向け、そして硬直した。
「ダイチ……?」
敵の不良につかまったと聞いていたダイチがなぜかそこにいてしかも明らかに自分を蹴飛ばしたであろう位置に立っているのを見て一瞬英雄の思考は停止した。しかし直ぐに声を震わせながら云う。
「なんだよダイチ、無事だったのかよ。不良どもなんてお前なら余裕だったのか? じゃあ魔獣は如何したんだ……?」
安心したような口調。しかしその声には不安が浮き出ていた上に足も震えていた。
「いやヒデ。違うんだ。そもそも俺は不良につかまってないし魔獣もいないんだ」
ダイチは嬉しそうに口の端をゆがめた。英雄はしっかりダイチを見据える。自分が本能的に後退りしていることに気がつかないまま。
「じゃあハルトのメールが嘘ってことか? なんでだ。ドッキリ? 俺の誕生日は過ぎてるぞ」
「それも違う」
そうダイチが云った瞬間ダイチ越しに英雄に迫ってくる一団がいることに英雄は気がついた。まず気がついたのはそれは昨日倒した不良たちであること。そしてその後に気がついたのは、それは余りにも英雄にとって非情な事実であったが……それを率いているのがハルトであるということであった。
「おい、ハルト、何の真似だ?」
不良を従えて自分の目前に迫ってきた戦友に英雄は問いかける。ハルトはクックと笑った。
「いい加減理解しろよ」
そして英雄の胸倉を掴むと投げつけるように思い切り地面にたたきつけた。英雄の手から短剣が落ちる。それを誇らしげに拾い上げ、それから地面に伏した英雄の頭を踏みつけて云った。
「こういうことだよ、ヒーーーーーーデ」
「……っ、裏切ったのか?」
「裏切ったんじゃないよ」
彼はそう前置きしてから残酷な言葉を吐いた。
「お前とは最初から友達じゃなかっただけさ。俺が欲しかったのはお前の魔道具さ。俺は最初からこれが目的でお前に近づいたのさっ!」
サッカーでもするかのように英雄の頭を蹴り飛ばすハルト。そして後ろの不良集団に云う。
「後はお前らの仕事だぜ? 俺が欲しいものは半分手に入った。でも魔道具は現持ち主が新しい持ち主に使うことを許可しなきゃ使えないんだわ。理由は判らないけど。ってことでお前らはヒデをボコってその許可を吐かせな」
「判ったぜー、行くぜお前ら!」
頭と思われる男の号令で不良集団が地面につぶれている英雄に襲い掛かる。それをハルトとダイチは眺める。
「おー、容赦ないな」
他人事のように云うダイチにハルトは聞く。
「お前はいいのか? 参加しなくて」
「俺はもう満足している」
「満足って、魔道具をもらうのは俺で良いってお前が云った以上お前には何の見返りもねーんだぞ?」
「ああ、それで良い。俺はハルトが力を得るところを見たいんだよ」
それを聞いたハルトは足蹴にされている英雄の元へニコニコと歩み寄り、そしてしゃがみこんで英雄の視線に合わせてから英雄に問う。
「気分はどうだい? そろそろ吐く気になったかい?」
「黙れ……俺はヒーローになるんだよ!」
その言葉を聴いたハルトは心底不快そうな顔をしてそれから不良集団に呼びかけた。
「お前ら、止めだ。拷問は俺がやる。その残骸を好きにさせてやるからよ」
それを聞いた一人が不服そうな顔で
「ハルト、そりゃ約束が違うぜ」
と云い返そうとして、それからハルトの顔を見て顔をこわばらせ、引いた。
「お前のおかしさにはかなわねーや。お前らすこし物足りなくなるけど止めだけやらせてもらおうぜ」
彼の指示で不良は英雄たちから離れる。ハルトは捨てられたように地面に転がっている英雄の胸倉をつかんで起こす。そして叫ぶ。
「いいから吐け」
「……ハルト」
突然英雄に呼ばれハルトは顔をしかめる。英雄はハルトをまっすぐな目で見据えて続ける。
「止めてくれ、こんなこと。悪いことだって判ってんだろ? 今なら俺もまだ許してやるから……こんなん止めてまた一緒に悪人退治やろうぜ」
そのまっすぐな目を見た瞬間、ハルトの中で何かが切れた。そして英雄を頭から地面にたたきつける。そのまま馬乗りになって英雄の顔面に拳を叩き込む。英雄の顔は既にボロボロであちこちから血が流れ晴れ上がっていたが動じない。そんな英雄にハルトは声のトーンを低くしていった。
「なあ英雄俺らが会った日、お前がやっつけてくれた不良いただろ?」
「ああ、あれからお前とダイチと俺は友達になった」
力強く、説得するかのように云う英雄にハルトはそれを打ち砕く言葉をぶつけた。
「あの不良、俺の友達。お前が不良退治をやってるって聞いて不良に絡まれればお前に近づけるかなーなんて思ってたんだよ。そしたら案の定でよ! あの日はダイチと二人で笑ったぜ!」
英雄の目が見開かれる。そして声を発する。
「俺を、俺をヒーローだって云ってくれたじゃねーか」
「ああ、アレね」
――嘘だよ。バァカ。
彼がとどめの言葉を吐くのと同時にパンチが顔面にヒットし、英雄は気を失った。ハルトは英雄の上から立ち上がる。
「あーあ、気絶しちゃった。どうしようかな。そうだ、お前ら『起こしてあげろ』」
下衆な笑顔を浮かべてハルトは不良に命じた。それを聞いた不良集団が嬉しそうに英雄に迫った瞬間だった。
「待てよ」
倉庫に声が響き渡った。不良もハルトもダイチもその声の主に注目する。声の主は怒りに肩を震わせながら倉庫の中を突き進む。そして英雄と不良の間に割って入った。彼はハルトのほうを向いていった。
「ハルト君だよね」
「んだお前」
聞き返したハルトの顔面に彼の拳が叩き込まれる。不意を喰らいよろめくハルトに彼は、ヒロは叫んだ。
「僕は天川ヒロだ! でも、覚えてもらう必要はない。僕は君達を許さないから……」
◆
小さい頃からヒーローに憧れていた。でも自然とそれが恥ずかしいと思うようになってそれを封印した。然しヒロに出会った。それで夢に自信を持った。それでヒロがいなくなった後も悪人退治と称して不良を倒して回った。悪いやつを倒せば皆のヒーローになれるってそう思っていた。でも……。
実際は違った。不良とケンカを繰り返している英雄もまた他から見れば不良であった。助けた相手に恐れられ、逃げられ。気がつけば英雄はたった一人だった。それでも不良を倒し続けた英雄に助けられたハルトとダイチはこういった。
「お前は俺らのヒーローだ」
その時英雄は信じられないほど嬉しかった。やっと、自分をヒーローと呼んでくれる人が現れた。やっと俺はヒーローになれたんだ。
前の学校では自分は恐れられた。今の学校、HTIVSではそのまっすぐすぎる性格から仲間と激突し、なかなかヒーローの称号を得られないでいた。でも、ここに自分をヒーローだと認めてくれる人がいた。英雄は心のそこから喜んだ。
けれど――。
「うそだよ、バァカ」
地面に伏せ気を失っていた英雄はその声を思い返しながらうっすらと意識を取り戻した。痛む体がハルトとダイチの件が嘘じゃないと自分に教えてくれる。何度も殴られ蹴られたせいで脳みそはシェイクされている。意識もおぼつかない。そんな中で英雄はなにかに気がついた。そう自分を襲っていたハルトやダイチ、不良たちと誰かが戦っている。その人物はフラフラで、そしてその体にダイチの拳を喰らいこちらまで飛んできた。英雄はその姿を見て驚愕した。なぜ、なぜお前がここにいるのだ? と。
飛んできた彼は自分のそばで地面に倒れながらも意識を取り戻し目を見開いている英雄をみて、微笑んだ。
「やあヒデ、目覚ましたみたいだね」
「お前は、何でお前がここにいるんだよ……っ!」
英雄は平静を装ってそう云った。彼、ヒロは体を起こしながら微笑んだ。
「パートナーがピンチそうだったからね」
「無理だ、お前には無理だよ。お前は運動オンチで弱々しい野郎だ! お前には無理だ――ヒロ!」
それを聞いたヒロは嬉しそうに微笑んで見せた。
「なーんだヒデ、やっぱ僕のこと覚えてるんじゃん」
そしてそのままわき目も振らずにハルトに突進する。
「んだお前! あきらめろ!」
叫ぶハルトに飛び掛るヒロ。そしてヒロはハルトの手から短剣――魔道具を奪い取り、そして英雄に投げつけた。そして英雄に向って思いっきり叫ぶ。
「戦え!」
一方魔道具を受け取めた英雄は呆然としヒロを見つめ返していた。その隙にダイチがヒロを掴んでハルトから引き剥がす。
「調子乗ってんじゃねえぞ!」
ヒロから開放されたハルトはヒロに向って云う。
「無理だよアイツは。親友だと思っていた俺らに裏切られて心折れてんだ。戦えるわけねーよ」
クックと笑うハルトにヒロは叫んだ。
「黙れ。君みたいな下衆野郎にヒデを決め付けられてたまるか! ヒデは絶対お前らを倒す! だってヒデは悪いやつを倒す強くてかっこいい……ヒーローだから」
ヒロが云えたのはそこまでだった。ハルトがダイチによって羽交い絞めにされていた彼の腹に膝を入れたのだ。ヒロは気を失い、ダイチの手を離れて地面に落ちる。ハルトはそんなヒロを見下し、それから英雄の方を向く。
「なァヒデ。早く魔道具を渡せよ」
英雄は返事をしない。その時ハルトはミスを犯した。呆然としている英雄に一歩一歩迫っていったのだ。彼としては英雄を追い詰めるつもりだったのだが、それが仇となり、ハルトが英雄の「間合い」に入った瞬間、英雄は胸の前で腕を交差させ魔道具を構えた。そして笑う。
「そうだよな……俺は何を迷っていたんだよ。行くぜ……チェンジ」
その言葉に応えるように短剣は黒く重厚な大剣へと変貌した。
「ハルト、お前達を俺は倒す!」
「……なっお前……驚かせんなよ。変身しねえじゃねえか!」
「変身はまだ出来ねえよ。許可されてないから。だけどこの武器で十分だ」
英雄の言葉にハルトは激高し英雄をめがけてとびかかった。次の刹那、彼の体は地面に崩れ落ちた。それを見た不良集団は怒声を上げながら英雄に突っ込んでいく。
「てめえ! よくもハルトを!」
英雄は表情一つ変えないで不良集団の間をまるで潜り抜けるかのように突っ切っていく。そして彼が通り抜けた瞬間、不良集団はまるでドミノ倒しかのようにバタバタと倒れた。英雄はさながら竜巻だった。
そしてついに一人残されたダイチは悲鳴を上げて逃げ出した。
夕日の差し込む誇り臭い倉庫で英雄はほっと息を吐いて、地面に腰を下ろした。それから地面に倒れているヒロを見て、微笑んだ。
「――また助けられちまったな」
第四話 完
次回予告
英雄とヒロはまた一つ、壁を乗り越えた。だが二人で挑むミッションで再び問題発生。彼らの人生は壁ばかり。それでも少しずつ、超えていく。
次回第五話「何度でも」