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明日のヒーロー  作者: 山多かおる
第一幕◆始まりはいつも小さな出会い◆
1/39

第一話 英雄とヒロ

どうも「明日のヒーロー」を読もうとしてくれて有り難うございます。

 私は日ごろ思っているのですが、どんなにクールに振舞っている人でもきっと心の奥では譲れない、負けたくない、守りたい「アツい何か」が渦巻いているんだと思います。この物語は私個人としては色々な意味合いをもって送り出しているのですが、そのなかの一つがこの「アツい何か」の物語でもあります。この物語に触れて、英雄とヒロと一緒に皆さんの「アツい何か」が呼び覚まされたらいいなぁ、なんて思っています。

 第一話なので説明的になってしまいますが、判らなかったら飛ばしてもらっても結構です。そんなの判らなくても面白いって思えるような爽快でアツい話に出来たら良いなって思っています。

「どうして……どうして!」

 黒い空に絶叫が響く。黒い空を覆い隠すような巨大な影はうなり声をあげて、絶叫した青年を見下ろす。青年は自分の背後についているゴマのようにうじゃうじゃとした軍勢を振り返って、叫んだ。

「共に戦ってくれるか? 皆」

 いくつあるかもわからない首がすべて同時にうなずいた。

「当然じゃないですか。美久馬さん」

「俺らは美久馬さんの理想について行ったんすから」

 仲間の言葉に、美久馬と呼ばれた青年は目に涙を浮かべると巨大な影に、刃を向けた。

「お前を、友だと信じていたよ……ナナシ」

 それだけ言うと彼は多数の仲間を連れて、影へと突っ込んでいった。




                    ◆






 あなたの夢は何ですか? ――「                  」

 

 進路の授業というのはいつも嫌いだ。夢? やりたいこと? 目標? そんなことを聞かれてもどうしようもない。大嫌いな数学より無駄な授業だ。だって俺にやりたいものなんてないから。

 俺の名前は天川英雄(あまのがわひでお)。夢も目標も、何もない――中学一年生だ。そんな俺にとって進路の授業などというものは鼻持ちならない存在でしかなかった。皆、キラキラした目で友人と将来の夢を語っている。スポーツ選手、アイドル、漫画家……バァカ、無理に決まっているだろ? 目指すだけ無駄な夢を描いて、キラキラしているような風をするなんておめでたいにも程がある。

 俺の机の上に広げられている真っ白い進路用紙。それはまるで俺自身の、先の見えない、漠然とした未来を象徴している風でもあった。この用紙を見ているとこの真っ白く何も見えない世界に放り投げられた旅人でもあるような感覚に陥りそうになる。

 そんなことをしている間に紙が回収される。後で先生からなにか云われるだろうか。しかし云われたところで俺に目標が出来るわけでもない。さっきも云ったように俺の人生は真っ白だ。今の髪や――俺の髪のように。

 俺はクラスの窓にうっすらと自分の姿を映して自嘲的に笑った。生まれつき真っ白なその髪はクラスでもかなり浮いていた

 そんな風に思考をめぐらせていると、俺の背中がツンツンと二回ばかしつつかれた。そして声がする 

「ねね、英雄君さ、白紙だったでしょ?」

 話しかけてきたのは恐らく俺の後ろの席のヤツ、確か座席は名前順だったから――

「なんだ、天川(あまのがわ)ヒロ」

 俺は振り返りながらそいつの名を呼んだ。視界に入ってきたのは猛禽類のような鋭い目つきのヤツだった。顔に似合わずニコニコと友好的な笑みを俺に向けている。まだ入学して間もないので他の生徒の名前だと覚えていなかったが、「天川」という珍しい苗字なのに苗字が被ったことを驚いたために覚えていた。どうやら血縁なども全くないらしく「偶然」らしい。

 そう、偶然。本当に偶然であった。俺が天川ヒロを気にとめていたのも、逆に彼が俺に興味を持ったのも。多分その偶然がきっかけだった。そのときの俺はこの出会いが俺の運命を大きく変えることなど夢にも思っていなかったのだけれど。

 天川ヒロは苗字こそ同じだが俺の生まれつき真っ白な髪とは正反対に、見ているだけで吸い込まれそうな程の黒い髪を持っている。性格も見た目に反して温厚で少しインドアな趣味を持っている。苛立つことが多く、外で遊ぶほうが好きな俺とは正反対の男だ。そんな天川ヒロは身を乗り出して俺の椅子の背もたれにに腕を組んで乗せ、無邪気な笑みを浮かべながら云う。

「だから英雄君さー白紙だったでしょ」

「んー? ああ俺にはやりたいことがねぇんだよ。そういうお前こそあんのか? 夢」

 俺は少しイラつきながら天川ヒロに聞き返した。すると天川ヒロはそれこそ待ってましたといわんばかり椅子をガタガタいわせながら乱暴に立ち上がり、目を輝かせながら声を張り上げた

「僕は、あるよ! ヒーローさ!」

                 ◆         

「ヒーロー」昔は物語のなかの存在でしかなかったそれはいまや現実のものとなった。

 約百年前、東京は異世界に侵食された。突然異世界への扉が開き、異形の怪物「魔獣」が人々を襲うようになったのだ。さらに「邪道具」と呼ばれ超現実な能力を持つ武器が大量に出現し、市場に出回った。それにより世界中が大混乱に陥った。現在では東京以外にも、三十年前にニューヨーク、十年前にロンドンが異世界に侵食され、世界レベルの問題として話題になっている。



その脅威に立ち向かうべく現れたのがヒーローである。


 魔道具と呼ばれる不思議な力で武装した集団が突然、魔獣や邪道具犯罪者を倒し始めたのだ。彼らは姫路美久馬という男のもとに集められた精鋭で、魔獣たちがいずれ侵食してくることを読み、力を蓄えていたという。

 


 彼らは各地に拠点を構え、日々、人々を脅威から守っているのだ。

 

 とにかく、そのヒーローに憧れているという天川ヒロにクラスメートが云う。

「ヒロには無理だろー、だって運動苦手だろ~?」

 天川ヒロ照れくさそうに髪をガシガシと掻きながら答える。

「そうなんだけどね、小さいころ魔獣に襲われているところを助けられて、それ以来どうしても憧れているんだ」

「そりゃせいぜいがんばれよ」

 その生徒がにやっとして天川ヒロをグーで小突く。天川ヒロは少しバランスを崩したが頷いた。

「ありがとねっ、まずはHTIVSに入るためにがんばらなきゃね」

「HTIVSってヒーローの養成学校だよね」

 別の誰かが会話に入ってくる。

「うん、知ってのとおり、魔獣へ浸食された三都市にだけあるんだ」

 そして天川ヒロは窓の外を指差す。遥か遠くに巨大な建物が見える。HTIVSだ。ヒーローの親玉である美久馬が学園長らしい。俺たちの学校は千葉に存在するので、隣の東京にあるHTIVSは良く見える。彼はそのHTIVSをうっとりと眺めながら云う。

「HTIVSはバリアに守られているからねぇ」

 今しがた天川ヒロはバリアと云ったが、それは一定の範囲に張られた魔獣が進入できないバリアである。東京内でも重要な機関が集まる場所、ようするにHTIVSや首脳陣が集う場所はその中に押し込まれている。逆に侵食された東京近郊でバリア外に住む人は魔獣に怯えながら生きなくてはいけない。

 一方、天川ヒロは皆に演説を続けていた。 

「テレビでも見たことあると思うけどさ。世界中からの税金でなりたってるし、バリア内への居住も容認されるっていうから入学は容易じゃないけど……そこで認められないとヒーローにはなれないからね」

 そんな話を聞きながら俺は鼻で笑った。

 天川ヒロにヒーローなんてなれっこない、さっきのヤツも云ったけれどヤツは運動も苦手だ。それなのに無駄な夢を抱くなんて――馬鹿なヤツだ。

                ◆

「ありがとうございましたー、またお越しくださいませー」

 店員の声を聞きながら俺はメガネ屋を後にする。布に包まれたメガネを取り出し、装着するとぼやけていた視界にピントが合い、くっきりとハッキリとしてくる。

「やっぱりメガネのが良いな」

 俺は息を吐きながら誰に云う訳でもなく呟く。先日メガネが壊れてしまったので直るまではコンタクトにしていたが、やはりメガネのが見えやすい。メガネをかけると色々見えてくる。遠くのものとか、人とか、そいううものが否応にでもよく見えてくる。

 そんな風に思いながら家路を急いでいるとどこからともなく俺を呼ぶ声がした。

「ようヒデ」

 ヒデ……俺のあだ名を呼ぶのは誰だろうと見回すと道端に小汚い男が座っていた。

「なんだ、ウルフのおっさんか」

 俺は笑った。この辺りの公園に住んでいるらしい浮浪者だ。狼みたいに鋭い目つきをしているから俺はウルフのおっさんと呼んでいる。

「相変わらずお前は一人なんだな」

 おっさんが小馬鹿にしたようにクックと笑うので、俺は悪態をついた。

「あんたにだけは云われたくねーよおっさん」

「若造が。お前とて大人になれば俺の気持ちも少しはわかるだろうよ」

 おっさんの年齢は良くわからない、二十代といわれても六十代と云われても納得できる。なにせ顔中をひげが覆っているので顔を確認できない。だけど、俺はこのおっさんはその辺りにいる浮浪者とは違うものを感じる。どこか、とは上手く現せないのだけれど、強いて云うなら目が違うと思う。なんというか、もじゃもじゃ顔から覗いている目は、見かけによらずぎらついているのだ。

 俺はそんなおっさんに云う。

「確かにな、おっさんは今は怪我で仕事をなんとやらってで今はこんな状態だけど、確かにちゃんと仕事を見つけた大人だもんな、俺なんて……」

 ――やりたいことねぇもん。

 俺は小さく声に出す。 

「やりたいことないか、さみしいヤツだな」

 馬鹿にしたようなおっさんの物云い。俺は舌打ちをしておっさんの隣に座る。おっさんからはカブトムシの飼育カゴのにおいがした。

「おっさんは小さいころなにがやりたかったんだよ?」

「俺か? 俺はな、ヒーローになりたかった」

「またヒーローかよ」

 顔をしかめた後、俺は掻い摘んで補足した。

「クラスにもヒーローになりたいやつがいたんだよ。とにかくヒーローになりたかったおっさんも今じゃそんなだ。やっぱ世の中そんなもんだよな。無駄なことは無駄なんだよ」

 ため息をつきながら立ち上がった俺におっさんは笑いかける。

「確かに一理あるな。だがそうとも云いきれん。たとえばお前が俺を助けてくれた時、俺は無駄だと思った、足を怪我した状態でぼろぼろになって倒れて、こんなところで無様に死ぬのかとも思った。だが俺を見つけたお前は俺に自分の昼飯を与えて足をその場ながら治療してくれたじゃないか」

「ああ、そんな事もあったな……」

 俺は少し笑って、それからおっさんに別れを告げて家に向かった。

             ◆

 翌日

 俺は学校の中庭にあるベンチに横になっていた。目を瞑り、春の暖かい日差しと、柔らかな風を全身で感じながら俺は昨日のおっさんの言葉を思い返し、舌打ちした。そして顔にかぶせていたタオルを引っぺがし体を起こすと、大きく伸びをして校舎へ戻ろうとした。

 そのときだった、中庭は体育館裏に続いているのだが、その体育館裏から声が聞こえてきた。俺は気配を殺して恐る恐る体育館裏を顔を覗き込んだ。俺の視界には頭を金色に染めたチャラチャラとした男が目にはいってくる。

「おい、お前俺のことジロジロ見ていたなぁ」

 あの金髪男は学校でも有名な不良男、藤代佐吉だ。そして藤代の陰で見えないが誰かに絡んでいる。俺が絡まれている相手を覗き込もうともう一歩身を乗り出したとき、そいつが声を発する。

「ええ、見てましたよ。藤代先輩。だって貴方カツアゲしていたでしょ?」

 その声を聞いた瞬間俺の心臓はドクンと跳ね上がった。同時に藤代が体を動かしたことでそいつの姿が目に飛び込んでくる。天川ヒロだった。

俺は思わず地面を一歩踏みしめ――その足を直ぐに引っこめた。一瞬胸がドキリとしたのが判る。一方藤代は天川ヒロの胸倉を掴んで壁に押し付けながら云う。

「それにしてもお前馬鹿だな、俺がカツアゲしていたヤツと友達かなんか?」

「いいえ。違います。でも貴方がやっていることは間違っている。だから僕はそれを止めようとしただけです」

「変なヤツだなぁ! 赤の他人を助けるために俺に喧嘩売るなんてよお!」

 ドシャリという嫌な衝撃音。俺は思わず目を瞑った。ドサリという音と砂利が舞う音がして俺は、天川ヒロが地面に叩きつけられたのだと理解した。

「あっは、弱いなァお前。思ったより弱ええ。そんな弱さでよく俺に挑んだなホント」

「そうかもね、だけれど。ここで挑まなきゃ駄目なんだ。誰も僕に出来るなんて思ってないかもしれないけれど、僕はあんたに挑まなきゃいけないんです。だって僕はヒーローになりたいから」 

 力強く云って立ち上がる天川ヒロ。一方藤代は体を折り曲げ品のない声をあげて笑った。

「お前なんかがヒーローなれるわけないだろぉ? そういう夢抱くだけ無駄なんだよ!」

 ――そうだ、藤代の云うとおりだ。

 と俺は思った。アイツはカツアゲされているヤツを庇って藤代に挑んだようだが無謀にも程がある。何を考えているんだか。俺はうめき声をあげた。すると天川ヒロがそれに感づいて声を張り上げる。

「そこに誰かいるの?」

 俺はギクリとして、思わずバランスを崩し体育館裏側へ倒れこんでしまった。天川ヒロは歓声を上げる。

「英雄君!」

「ああ? お前コイツの知り合いか?」

 藤代は俺を睨みつける。俺は再び拳を強く握り締め口をパクパクと動かした。天川ヒロは叫ぶ。

「英雄君一緒に戦おう! 君も戦ってくれるよね?」

「へぇ、お前も俺に喧嘩売るのか」

 藤代が首をかしげる。俺は歯を食いしばりながら立ち上がり、藤代を見つめる。そして俺は――ニコニコと諂ってこう云った。

「嫌だなー、知りませんよ。ごめんなさいね、先生にも云いませんから俺は見逃してくれませんかねぇ」

 藤代は虚をつかれたような表情をしばらく顔に貼り付けた後、思い切り噴出した。

「お前どうしようもねぇな! 良いぜ、どこにでも行けよ」

「あ、ありがとうございます!」

 俺は頭を下げる。その時俺はホッとしていた。藤代にボコボコにされることがなくて良かった、と。助かったと。

 だからこそ俺はその時自分でさえ気がつかなかったのだ。頭を下げている自分の顔がとても悔しそうに歪んでいたことなど。 

               ◆

 俺は腹の中で渦巻く何かに吐き気さえも覚えながら、フラフラとおぼつかない足取りで教室に戻り、倒れこむように席に着いた。

「どうしたのヒデ君?」

 よほど顔色が悪かったのか隣の席の女が俺の顔を覗き込んできた。俺は顔上げずに、なんでもない、と微笑んだ。

――そうだなんでもないじゃないか。

――大体俺、天川ヒロと友達でもないし。

――そもそも俺に何が出来る?

――アイツに感化されてヒーロー気取りかよ

――なにより俺があの藤代に勝てるわけがないじゃないか、出て行ったところで無駄だ

――俺より強い『誰か』がやってくれるだろ?

 何度も心の中に渦巻いてくる色々な感情を吐き気とともに腹の中に押し込み、押さえ込むように俺は鞄から水筒を取り出して蓋を開け、お茶を全部飲み干した。腹に流し込まれたお茶は俺の腹をタプタプとかき乱し、余計に気分が悪くなった気さえもしたが、少なくとも少しだけ気が紛れた。

 

 藤代が先生に見つかり、止められたということを知ったのはその日の放課後だった。

             ◆

「ヒデぼっちゃんお帰りなさいませ。どうされたんですかその怪我は」

 家に入るなり俺が先ほど体育館裏で転んだことで膝に出来た擦り傷をみて、召使が心配そうな声をあげる。それを聞きつけて俺の母親がバタバタという音を立てて現れる。

「ヒーデちゃん! いったいどうしたの喧嘩でもしたの?」

 金切り声をあげる母親を俺は押しのけ部屋に向かおうとする。すると居間から父親の苛立ったような声がする。

「英雄、お前真逆ほんとに喧嘩でもしたのか?」

「親父には関係ない」

 俺はぶっきらぼうに云い捨て、居間を通り過ぎようとする。しかし父親に腕を掴まれる。

「関係ないことはないだろう。その云い方をする限りお前やはり喧嘩でもしてきたんだろう。馬鹿なことはよせ、以前浮浪者を助けてきた時のようにヒーロー気取りでもしたのか? 前も云っただろ。そういうことは程度の低い人間がやってくれる。お前がやるだけ無駄なんだ。ヒーローなんぞならなくても俺の金があればお前らはバリアの中で――」

 長々と俺に話をする父親の手を粗暴に振りどき、俺に襲い来る言葉を遮断するように俺は部屋に飛び込み、扉の鍵を閉めた。俺はベッドに身を投げ枕に顔をうずめ呻く。

 ――ほらな、おっさん。あんたを助けたもの親父からすりゃ無駄なんだよ。

 ――ほらな、天川ヒロ、助けることに意味なんかねえんだよ。

 ――人一人なんて無力なんだから。


 心の中でつぶやきながら俺はなぜだか流れた涙をぬぐって、部屋のクローゼットを開ける。そこの並ぶ「あるもの」を見て、俺は急に惨めな気分になって、声をあげて泣き出し、崩れ落ちた。

             ◆

 翌日、少し俺が登校すると校庭が嫌に騒がしかった。行事でもないのに生徒達が大勢集まりガヤガヤとしている。生徒達はどうやら何かを取り囲むように見物しているらしい。

「なにがあったんだよ」

 俺が生徒の間ををかき分けてるように進んでいくと皆が見ているものがなんだか判った。それは、昨日の藤代と、先生だった。

「あ、ヒデ。お前も見にきたのか?」

 クラスメートの沢北が声をかけて来た。俺は、なにを? と聞き返す。沢北は知らないのか、と笑って説明してくれた。

「大寺先生と藤代先輩の喧嘩だよ。昨日の恨みを晴らしに藤代先輩が喧嘩を売った」

「なんだよそれ?」

 大寺先輩はどこの学校にでもいるガタイのいい体育教師だ。生徒達から少し怖がられている存在で昨日藤代を止めたのも大寺先生だった。

「藤代、俺とて無意味に生徒に危害を加えたくはない。教師と喧嘩などバカなこと考えんで今すぐ……」

「舐めんな大寺ァ。俺はなお前のせいで何度も恥かいてるんだよ。だがな、今日はちげぇんだわ。俺はお前とは戦わねえ、俺はな」

 高圧的に大寺先生を睨みつけながら藤代は突然、口笛を吹いた。皆は唖然とする。大寺先生としてそれは同じだった。

「なにをしたんだ藤代先輩」

「はったりか?」

「なんだろ?」

 彼らを取り囲む生徒はザワついた。すると藤代は舌打ちをし、人差し指を空高く伸ばした。

「こいよっ」

 彼がニヤリと嗤うと同時にバチバチという音が空間に響いたかと思うと。まるで空間に誰かがトンカチで殴ったみたいな皹が入った。そしてその皹が広がって、そこから何かが這い出してきた。

――それは俺達と同じくらいの大きさの人間型をしていた。しかしそれが普通の人間と違う点は羽が生えていることだった。そして全身が真っ黒で目も口もなく影のようだった。

 そんな、真逆、ありえない。だが俺たちの世界であんな異形の姿をしているものなど、たった一つしか思いつかない。

 そう――魔獣だ。

             ◆

「うそ? 魔獣なのあれ?」

 誰かが悲鳴を上げる、一方大寺先生は冷静に云った。

「ありえんな。ここは東京じゃないぞ?」

 すると藤代は高笑いを始めた。彼の笑いは狂気を帯びていて、現在降下してくる未知の生物と合わさり俺らに異常な恐怖を感覚的に与えた。中には既にその場を逃げ去る生徒、恐怖で泣き出す生徒もいた。藤代はそれらを見回し快楽的な笑みを浮かべ続ける。

「ああそうだ、魔獣は自分の意思でなぜか東京外にでない。だがな……俺が持ち込んだとしたらどうする?」

「なにを云っているんだお前は!」

「だからよ大寺センセ、俺が教えてやるよ。俺は昨日、東京に出かけた! そこで俺はある男からこれを『買った』んだ。まあ今更金の出所も聞くなよ? 兎に角そんなお前も、このクソ見てえな学校もこの俺が買った魔獣、ケフェウスでぶっ壊すためになぁ!」

 一瞬の沈黙が訪れる、そして数秒後生徒達は状況を把握し悲鳴をあげて散り散りに逃げ出した。俺も当然彼ら同様に想いっきり走った。恐怖でどうにかなりそうだ。本当に魔獣なのか? だとしたら本当にヤバイ。ただの人間が襲われば死ぬ――細かいことなどは最早判らなかった。ただ聞いた話で得た知識と感覚が、逃げろと叫んでいる。恐怖に体中の細胞が震えている我武者羅に一目散に逃げさる俺の背中で藤代の声がする。

「カハハハ、あいつらも俺が大寺にボコられるのを見に来たんだろうがな。お前らも全員こいつに殺されるんだよ! さあケフェウス、まずは逃げ遅れた大寺から殺れ!」

 その声に呼応するように、まるで空が割れたという錯覚に陥るような衝撃音とともに人が逃げる俺たちの頭上を突っ切って飛んでいった。

「大寺先生!」

 俺は悲鳴を上げ飛ばされた人間に思わず駆け寄った。俺以外の数名も同様に駆け寄り、飛ばされた人物を見て絶句し、立ち止まった。

「藤代……先輩?」

 そう、魔獣に飛ばされて来たのは大寺先生ではなく藤代であった。藤代はあばらを抑えながら呻き、立ち上がる。

「なん、で……ケフェウス」

「大丈夫か、藤代!」

 大寺先生が叫びながらこちらに駆け寄ろうとする。然しケフェウスが素早く先生に襲い掛かった。先生は両手でケフェウスの突進を受け止めるが、弾き飛ばされ、宙を舞った。先生を押しのけたケフェウスは羽を喜ともとれる雄たけびとともに広げ、こちらに向かって滑空してくる。俺を含め様子を伺っていた生徒は再び逃げ始める。後数メートル逃げれば学校の外に出る校門へたどり着く、そんな時、集団の中で一人女子が転んだ。

転んだ女の子は集団から孤立し、ケフェウスの格好の的になった。ケフェウスはクックと笑い声を上げながら彼女に飛び掛った時、それを遮るように声が辺りに響き渡った。

「やめろ!」

 見ると先ほど飛ばされたはずの藤代が頭やあばらを抑えながら、フラフラと、まるで見えない何かに引き寄せられるかのようにこちらへ歩み寄ってきていたのだ。

「由紀を、俺の女を殺したら殺す……」

 フーフーと息を吐きながらそう云う藤代。誰かがひそひそと囁く。

「そうか、あの人藤代さんの彼女だ」 

 ケフェウスは藤代など気に留めず、由紀にじしじりと歩み寄る。俺は絶叫した。

「馬鹿ヤロウ逃げろよ!」

 しかし由紀は地面にヘタレ込み、ケフェウスを見つめたままガタガタと振るえ動く気配など見せない。

 俺は反射的に――魔獣を止めようとして。また反射的に足がすくんだ。脳内で声がする。

「無駄に決まってるだろ?」

「不良にもビビッてたお前に人類の脅威でもある魔獣が倒せるかよ」

「というかあの由紀って女、クズ野郎藤代の女なんだろ? 助ける意味なくない?」

 その声にそそのかされ俺は――呆然と立ち尽くし彼女――由紀が捕まるのを見ていた。ケフェウスは由紀の両腕を掴んでまるでキーホルダーでも見せびらかすかのようにブラブラと揺さぶった。そして彼女の頬をとがった爪でツーッとなぞり、邪悪に笑う。

「美味そうだな」

 ――しゃべった……。

 皆、息を呑んだ。だが、そんなことに驚く暇も与えず、ケフェウスはそのまま由紀を空中に放り投げる。そして重力につかまり落下してきた彼女を切裂かんと鋭い爪を伸ばした。俺や周囲の生徒は彼女がケフェウスに引き裂かれる姿を想像し目を瞑った。藤代はボロボロの体を引きずって泣き叫ぶ。

「俺が悪かったから止めてくれ、止めてくれ! 誰か由紀を助けてくれ!」

 藤代が血と涙を目から大量にこぼした時。まるで藤代の言葉が天に通じたかのように、ケフェウスがバランスを崩し、爪が宙を切る。由紀は切裂かれることなく、そのまま地面にドサッと落ちる。俺は彼女の腕を掴んで立ち上がらせすばやく人ごみのほうに送り込む。

「大丈夫か!」

「ええ」

 頷く由紀。俺はほっと息を吐いて、ケフェウスに視線を戻す。ケフェウスは怒りに目をたぎらせていた。まるで世界中の怒りが全部アイツに凝縮したようだとさえ感じた。ヤツは周囲をぎらつくめで見回し――一本の木で視線を留めた。

「お前か、これを投げたのは」

 ケフェウスは地面から小さな石を拾い上げながら木にそう呼びかける。俺たちは木を見つめ、目を凝らす。そして木の上に誰かがいることに気がついてハッとする。

「そうか、アイツが石を投げて魔獣のバランスを崩したんだ!」

 誰かが歓声を上げる。木の上のそいつは木の上から跳躍し――ベチっという音がしそうなほど派手に地面に落ちた。そして頭をポリポリとかきながら立ち上がり、ケフェウスをにらみつけた。彼の髪は吸い込まれそうなほど真っ黒だった。俺はその男の名前を知っていた。そうだ、こんな無謀なことをするのってこいつくらいしか思いつかない。俺は震える声でそいつの名前を呼んだ。

「お前は……天川ヒロ」 

「やあ、英雄君」

 天川ヒロは微笑んだ。が、体制を直したケフェウスに殴られ数メートル吹っ飛んで花壇を破壊しながら突っ込んだ。ケフェウスは再び由紀に狙いを定めて向かって滑空してくる。しかし天川ヒロが再び起き上がり、体を捻りながらケフェウス突進した。

「彼女は殺させない!」

「しつこい」

 ケフェウスは滑空の片手間に何食わぬ顔で肘を天川ヒロの顔面に叩き込む。天川ヒロは悲鳴を上げて地面に崩れ落ちる。しかし天川ヒロはすぐに起き上がった。その姿に、逃げ出していたはずの生徒も立ち止まり天川ヒロを見守っていた。何度も、何度も、立ち上がる彼を。そして天川ヒロが七度目立ち上がったときついに由紀が叫んだ。

「もう止めて、あなたには無理よ! わたしだけじゃなくてあなたも死んでしまう! 魔獣、わたしのことは良いから天川君を……」

「無理か……そんなの判っているよ、僕が! でもここでやらなきゃ駄目なんだよ! 勝てる勝てないじゃない! ここで立ち向かわなきゃ一生後悔するんだ!」

 そう天川ヒロが叫んで殴りかかった瞬間、ケフェウスは大きく羽を広げた。その瞬間周囲に凄まじい圧がが発生する。俺には判る、ケフェウスは本気で天川ヒロを邪魔と判断し、本気で潰すつもりだ、と。

 そして俺の予想通りケフェウスは天川ヒロに向かって、思い切り蹴りを入れた。再び地面をすべるように吹っ飛んだ天川ヒロは口から血を吐きながら立ち上がり、ケェウスの前に両手を広げ立ちふさがる。

「魔獣ケフェウス、皆は攻撃させない。皆は逃げて」

「いい加減どけ、人間」

 天川ヒロを掴んで地面に叩きつけるケフェウス。然しヒロは先ほどまでと同じように立ち上がり、力強い目でケフェウスを睨みつけ、立ちはだかる。

「僕は、あきらめないよ」

「何故だ。お前では勝てん」

「そうだね。だけどそれでも戦わなきゃヒーローにはなれない。それにこの学校にはもう一人僕と同じ人がいるからさ、無謀でも、無理でも、無駄でも戦う人が、ヒーローが」

「アハハハ、居るわけないだろう。見ろ、誰もお前と戦おうなどというヤツはいない。まともな判断だ。HTIVSのヒーローでもない人間が我らに歯向かうほどが馬鹿なんだからな」

 ヒロは微笑み、一瞬俺のほうを見た――ような気がした。

「いるさ。その人はずっと戦いたいと思っていた。でも怖くて戦えずにいた。無駄だと決め付けていた。彼の君の拳は握られている、彼は悔しそうなんだ。 彼の進路希望用紙にはヒーローって書いて消した後があった。でもそんな彼が僕は来てくれるって信じている! 彼が来ればお前なんてケチョンケチョンだ!」

 それだけ云うと、天川ヒロは再びケフェウスに突進した。瞬間俺の脳裏には色々なものがフラッシュバックしていた。

 小さいころ魔獣から助けてくれたヒーロー。

 それいらいヒーローを夢いていた自分。

 そしてヒーロー気取りでウルフのおっさんを助けた自分。

 おっさんが助かって誇らしかった自分。

 部屋に貼られたヒーローのポスターやグッズ。

 勇気をだせず困っている人を助けられなった自分。

 いつの間にかクローゼットに隠していたヒーローグッズ。

 そして進路希望用紙に書いて……消した夢を。

 無駄だとあきらめていた全てを――。


 もう無駄にはしない。


 誰かがやってくれる……そんな甘えた自分をぶっ壊して俺は……。絶叫しながらケフェウスに突進していた。そしてケフェウスの腹に飛び込んで思いっきり拳を叩き込んだ。

「誰かじゃねえ! 俺がやるんだ! 俺は、俺は……」

 ――ヒーローになるんだよ!

 俺の拳はケフェウスの腹に入るがケフェウスは全く動じない。そして俺の頭を掴んで地面に叩きつける。頭が揺れる、痛い。

「大丈夫かい?」

 俺を心配する声が俺の視界の外から聞こえてくる。天川ヒロか……。俺は泣きそうになりながら立ち上がる。

「なに勝手に信じているんだよ!」

 その言葉に天川ヒロは眼を丸くして、それから微笑んだ。

「やっと来たね」

「なんで偉そうなんだ。だいたいなんで俺が来たらケチョンケチョンなんて云った!」

「えー、なんとなくかな。でも、君が、やっと自分に向き合ってくれただけで僕は嬉しいかな」

 屈託のない笑みを浮かべるヒロ。俺は思わず噴出す。そして俺とヒロは笑いあったれ。それを遮るようにケフェウスはクックと笑う。

「盛り上がっているな、だが二人で何が出来る?」

 俺は答えずに殴りかかるがケフェウスはまるで踊りでも踊ってるように悠々とかわした。俺はすかさず蹴りを繰り出すがそれさえも余裕で回避されてしまった。そしそれと同時に俺の腹へすさまじい衝撃が撃ちこまれる。まるで腹が内部から爆発して、中身が全部ぶちまけられた衝撃がずっと続いているかのよう。一瞬にして自分がケフェウスの蹴りを喰らったことを理解する。俺は泣きそうになり悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちる。かすれる意識の中で隣を見るとヒロも同様に崩れている。同時に俺は消えそうな意識のなかで皆が逃げていることを確認した。

「良かった。皆逃げてくれたみたいだな」

 俺は自分に云い聞かせた。もう体は動かない。さっきの一撃は半端じゃなく重かった。

――ああ、死んだな。

――ここで死んだなんて聞いたらお袋は、親父はなんて顔するだろうな

――他人のために死ぬなんて愚か者って云われるかもな

――俺だってばかばかしいと思うよ。

――結局無駄だったじゃねえか。無駄にアツいバカに乗せられてなにやってるんだろうな

 

 でもさぁ、と心の中で自分に問いかける。自然と笑みがこぼれる。


 ――意外と悪い気はしないなぁ


 俺は覚悟を決め、目を瞑ろうとした。

 その瞬間だった。

「よく時間を稼いでくれた」

 凛とした力強い声。まるで放たれたミサイルのように電光石火で俺たちの魔獣の間に躍り出る影。俺は閉じかけた目でその影の姿を捉え、唖然とした。

「あ、あんたは……。なんで!」

 俺の消え入りそうな意識は衝撃によってグイっと引き戻され、俺は思わずそう叫んだ。影は頭をボリボリと掻きながら少し照れくさそうに答える。

「ここに魔獣がでたって叫びながら逃げてくるヤツがいたんだ、だから来た」

 その答えではまだまだ疑問まみれなので俺は問いかけ続ける。

「いや、そうじゃなくて、魔獣がいるのとあんたがいるの、どう関係してるんだよ――ウルフのおっさん!」

 そう、俺とヒロを殺さんとしているケフェウス。その前に悠然と立ちふさがったのは浮浪者のおっさんだった。そしておっさんは今、俺が時折感じていたただ者ならぬオーラを過去最大限に放ちながケフェウスを睨みつけていた。そして俺の方を振り返りヒゲもジャの顔で優しく微笑みかける。

「良くやったな」

 そしてポケットから短剣を取り出し、それを掌でくるくると躍らせた。そして辺りの空気が震えるほどの声で叫ぶ。

「チェンジ!」

 おっさんの手中にある短剣は声に呼応するかの如く見る見るうちに二メートルはある大剣へと姿を変えた。そしておっさんの全身もまた光に包まれたと思うと、全身をとげとげしく黒い――まるで狼のような――鎧に包まれていた。

「へ、変身だと! 貴様……」

「そうだ。魔獣ケフェウス。俺はヒーロー。ブラックフェンリルだ」

 鎧の中でおっさんが不敵に笑ったような気がした。俺はその場にへたり込みながら思わずおっさんに声をかけた、 

「おっさん、あんた――ヒーローだったのか……」

「おう、カッコいいだろ?」

 とたん、奇声を上げながらケフェウスがおっさんに突っ込んで来た。そのケフェウス向かっておっさん大剣を掲げ、まるで挨拶でもしているかのように軽く手を振った。

 ヒュンという空を切る音、この世のものとは思えないおぞましい悲鳴、ドサリという音。

 すべてが一瞬の間に起こった。そしていつの間にか地面に倒れていたケフェウスの体は風に吹かれ、さらさらと砂になって消えていった。おっさんは肩で息をしてから、こちらに振り返り笑みを浮かべる。

「大丈夫かお前ら」

 俺も、天川ヒロも、その場で動くことも何か発することもできなかった。

その間におっさんの体が光に包まれ、鎧が光の粒になって空中に霧散し、大剣は短剣に戻った。

「どうだすげえだろ?」

 鼻の穴を膨らませ、したり顔で短剣を懐に戻すおっさんに俺は地面にへたり込んだまま、目を白黒させるしかなく、

「見直すも何も……あんたヒーローだったなんて聞いてないぜ?」

 と、我ながら間抜けな返事をしてしまった。

「……ああ、ずっと戦って足を負傷したままだったんだよ。お前に助けられた時だ。お前のおかげで一命はとりとめたけどよ、それ以来戦いが怖くなってな。そのままここで浮浪者の真似事したまま燻っていたんだ」

「そうだったのか。でもなんで来てくれたんだ? あんただって怖かったんだろ……」

「そうだな。今回だって本当は学校に魔獣が出たって聞いて行かなきゃならねえと判っている反面、怖かった。それにすぐに現役のヒーローが来てくれるだろうしな。でもよ、逃げてくるやつらの中にこんなこと云ってるやつらがいたんだ。『白い髪の男の子が戦ってる』ってな。それで俺はピンときた、そんな髪のガキこの辺りじゃお前しかいないだろ? そうしたらな、お前が戦っているのに俺が出ないで如何するって思ったんだ。急に、力がわいてくるのが判った。お前のお陰でヒーロー復帰する勇気をもらった。ありがとよヒデ」

 肩に手を置いた、余りにも実直なお礼に俺は照れくさくなって少し笑ってからヒロを指差して云った。

「礼ならあいつに云ってくれ。俺に勇気を与えたのはアイツだ」

 それを聞いたおっさんはヒロの方へ向き直った。

「そうか、君が……」

 そして相変わらずポカンとしているヒロに近づいて頭をなでた。

「ありがとう、君達は立派なヒーローだ」

「えっ、そんな。僕はただ……」

 ヒロが照れくさそうに顔を赤らめる。俺だって照れくさい、憧れのプロヒーローに「ヒーロー」って呼んでもらったのだから。俺はニヤリとして云った。

「謙遜すんなって、お前の憧れのヒーローにほめてもらったんだぜ? ヒロ」

 ヒロは目を丸くして、それからクスクス笑った。

「憧れのヒーローにほめてもらったのは君もでしょ? ……ヒデ」

「ああ、そうだな」

               ◆

 それから俺とヒロはおっさんの元で色々な修行をした。もちろんヒーローになるためのだ。厳しい修行の日々をおくること四ヶ月。夏も終わりに近づいてきたある日。ヒロは俺とおっさん――師匠にこう云った。

「ごめん二人とも、僕ね親の都合で転校しなきゃいけないんだ。だからその、ヒデ君と一緒に強くなるのは……もう出来ないんだ」

 淡々と云う黒髪の相棒に俺はそっけなく云った。

「なんだそんなことかよ、いきなり呼び出すから何かと思っただろうが」

「そんなことって!」

「そんなことだろうが、だってさ……俺もお前もHTIVS目指してるんだろ? だったら三年後、二人ともそこに受かれば良い話だろ? そん時までにお互いびっくりするくらい強くなっておいて、それでそこで会ったときに『やるじゃねえか』って云えれば俺はそれで云いと思う」

 俺の言葉にヒロは一瞬きょとんとしてそれから無邪気に微笑んだ。

「はは、そうだね。単細胞のヒデらしいや」

 そして拳を突き出した。

「だれが単細胞じゃ。とにかく……三年後に、会おうぜ、相棒」

 俺はヒロの拳に自分の拳をコツンとぶつける。

「ああ、落ちたらゆるさねえぞ?」

「ヒデ、君こそね」

 こうして俺とヒロは再び会うことを約束し、俺はヒロを見送ったのだった。

             ◆

「あれから三年か」

 トウキョースイドウバシ。一際大きな建物の門の前に一人の少年が立っていた。

「ヒデのやつ元気しているかな。それともまだ受かってないかな。僕だって最初の募集は落ちちゃって、今年度の二期生になっちゃったわけだし」

 ――でもアイツなら大丈夫か。 

 誰にいい聞かせるのでもなく天川ヒロはつぶやいて……HTIVSの門をくぐるのであった。

                  第一話 完

次回予告

ついにあこがれのHTIVSへの入学を果たしたヒロ。英雄との再会を夢見、約束を果たすべく門をくぐる。しかしそこまで彼を待っていたのは予想外の展開であった。

次回第二話「小さくて大きな一歩」

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