魔王さん、登場
俺は目を覚ます。
目を覚ます?……っておかしくないか?
確か、俺、死んだんじゃなかったか?
目を凝らすと、そこは異世界……ではなく、ただの病院のベッドの上だった。
見るとベッドの名前も日本語で『小林恭介』となっている。
間違いない。俺の名だ。
異世界でないのは残念で仕方ないが、生きてたというのならそれでもいいだろう。
あのときのトラック運転手には悪いが、入院費と当面の生活費として賠償はしっかりしてもらうとしよう。
そのためには自首しているならいいが、ひき逃げしているのであれば、しっかりと犯人を割り出さないといけない。
バイトも突然休んでしまったし、あの店長夫婦のことだ。えらく心配していることだろう。
さて、これからどうするかとゴロンと寝返りをする。
<よっ!起きたようだな>
長い金髪を二つに束ね、所謂ツインテールにした外見の10代前半と思われる少女が、俺のベッド上の真向かいに寝そべりながら、いい笑顔で声をかけてきた。
「へっ?」
瞳が紅い気もするが、気のせいだろうか?
というか、他人のベッドに堂々と入っていたらダメだろ?
とくに女の子なんだから、相手が成人男性の場合は大変な勘違いの原因になってしまう。
怖い、拳銃とか持ったお兄さんたちに囲まれるのは御免だ。
とりあえず、名前を確認するか。
「……お前、名前は? どこから来たんだ?」
<俺様は魔王ミリーヒルクライム、こことは別な世界からやって来た魔王様だ!>
「……ああ、なるほど」
俺は理解した。
どうやら、この子はこんなことを言ってしまう病気のようだ。
可哀想に……。
世の中にはいろんな病気があるもんだ。
<俺様が病気? 俺様はいたって元気だぞ>
「ハイハイ、君は病気じゃないんだよね。今、看護師さんを呼んであげるから自分の病屋に帰ろうね」
全く、たまたま目が覚めたから良いけど、病院側もしっかりと管理してもらわないと困ってしまう。
ナースコールはすぐに見つかった。
手を伸ばせばすぐに届く位置だ。
ナースコールを押しながら、ふと考える。
今、さっき、俺の心の声に答えていなかったか?
<当たり前だろ。念話なのだから>
ほら、また。
このままでは、自分までおかしくなってしまいそうだ。
少女を自分のベッドから追い出すべく、布団を捲る。
「ほら、出てけって……へっ!」
なんで、こいつ、全裸なんだ。
布団の下の少女は、何も纏っていなかった。
胸の膨らみもなかったけど、股間にも何もついていない。
「………………」
思わずガン見してしまう。
その時、廊下からはコツコツと俺の呼んだ看護師さんの足音。
ヤバイ、このままでは病院から刑務所に直行で、しかも連泊コースとなりそうだ!
どうにかして少女を隠せないかとあたふたしていると、ついにドアが開く。
よりによって、結構かわいい感じの看護師さんが登場。
ああ、終わった。
「あの、これは……」
俺がなんとか取り繕おうとしていると、看護師さんが不思議そうに尋ねてきた。
「小林さん、目が覚めたんですね。事故に遭って混乱しているのはわかりますが、何を1人で騒いでるんですか?」
「1人?」
「1人ですよ。他に誰がいるっていうんですか?」
看護師さんが不思議そうに確認してくる。
俺がチラッと少女を見るが、ベッドの上で胡座をかいた少女は、あくびをして我関せずって感じだ。
ここまで堂々として気付かれないなんて、こいつは本物のようだ。
こいつはとりあえず人間ではない!
ひょっとしたら、本当に魔王かもしれない。
俺はそう認識した。