第0話「プロローグ・魔王の事情」
異世界のどこか。
街道からも少し離れた美しい湖の畔で一人の13歳くらいの少女がゆったり草原に寝そべっていた。
長い金髪に赤い目、その華奢な両手を頭の下に組み、足は大きく開いている。
上質なゴシックドレスに身を包んでいながら、その行動は豪快だ。
「いい天気だな」
青空を見ながら一人そう呟いてみた。
だが、返事はない。
唯一の部下は近くの街に買い物に行っている。
一見長閑そうに見えるが、魔物や盗賊も出現する危険な世界の街の外で、このような行為をとれるものはそうはいない。
この少女のようにしか見えない者は、それが許された存在の一人だ。
「なあ、そこに隠れている奴、なんか俺様に用か?」
少女に見えるそれは、ゆっくり起き上がると自分の後ろの木に隠れるようにしてこちらを見ている存在に声をかけた。
「勇者か」
「…………」
力ある少女に声をかけられた者が特に慌てた様子もなく木の影から出てくる。
出てきたのは簡素な軽鎧を身に付けた少女。
肩までの黒いストレートヘア。
その感情の窺えない青い瞳は、しっかりと自分の獲物である存在に狙いを定められていた。
与える印象は氷を連想させるほど冷たいものだ。
その手には凡そ華奢な少女に似つかわしくない大剣が握られていた。
「私はアース=レイヤード、この剣はエクスカリバー」
王剣エクスカリバー、それが少女の持つ大剣の名だ。
大剣から大きな力を感じるが、それがどれ程のものかは力ある少女ですら正確にはわからないでいた。
だが、その程度の不確定要素くらいで自分が負けるとは考えられない。
それくらいの自負はあった。
「どうした、俺様に用があるんだろ? 用件を言ってみたらどうだ?」
「お前は、魔王だな」
「そうだと言ったら、どうする?」
「…………お前を殺す」
返事をすると同時に大剣を持った少女が動き出す。
自分の正体はバレバレであったことを理解するが何も問題はない。
「初めて出会った奴にくれてやるほど、俺様は弱くはないつもりだぞ」
この少女に見える存在の名は、魔王ミリ-ヒルクライム。
言葉にした通り、魔物として誕生し魔王と呼ばれて以降、引き分けはあっても負けた記憶はない。
自分に近しい力を持つ者を前に油断はできないが、こちらは相手を殺すつもりもなければ、こんないい天気の日に戦いなんてしたくない。
こういう手合いは適当にあしらって逃げ出すのが一番だと判断した。
転移の準備を開始する。
この世界の何処にでも移動可能な便利な能力の1つ。
街に出掛けている部下は途中で拾えばいいだろうと考えていた。
そこへ、
「良いもの一杯ありましたよ、ミリ-ヒルクライム様ぁ-」
街から戻ってきた部下の呑気な声が遠くから聞こえる。
「! バカ、こっちに来るなっ!」
まだ姿の見えぬ部下に声をかけるが、それが魔王の油断に繋がった。
「奥義…………」
「しまった」
少女が王剣エクスカリバーを構えて、真に必殺とも呼べる一撃を放つ。
「くっ、俺様としたことが油断した」
「去らばだ、魔王」
再度、少女が王剣に力を込める。
さすがの魔王も至近距離の勇者の奥義は致命的だった。
膨大な魔力で抵抗をしてみるも魔王は剣から迸るエネルギーに自分の体が消滅していくのを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
<ここは? 俺様はいったいどうなったんだ?>
魔王ミリハイムが目を覚ます。
どれだけ時間がたったのだろう。
自分の姿を確認すると、ゴシックドレスではなく裸体だった。
どうやら、有り余る魔力により、どうにか魂のみを現世に繋ぎ止めているだけのようだということを理解する。
魂のみとなった魔王ミリハイムが、眼下を見下ろす。
そこでは、鉄の馬車が馬もなく走っていて、王宮より高い建物が幾つもそびえ立っていた。
<?>
それらは魔王の理解を越えた光景だった。
だが、このままでは不便でしょうがない。
仮初めでもいいから実体が欲しいところだ。
魔力は有り余る程あるのだし、この際人間の体でもいい。
なるべく若い方がいいと思う。
眼下の見たこともない街を歩く子供は元気そうで、その光景は今までいた世界と一緒のようで安心する。
<まあ、子供の体だと復活したあとが大変だからな>
魔王ミリーヒルクライムは念じる。
<検索の魔法よ。この辺りで、誰にも影響を与えないように孤独で新鮮な大人の死体を探せ>
こうして、暫しの間魔王はその瞳を閉じてこれからの新しい世界での生活に思いをはせた。