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空の色 心の色

作者: 幸兎

◆登場人物

青木朋子(あおきともこ)……主人公。高校生一年生。

岡部良秋(おかべよしあき)……朋子の彼氏。告白はこちらから。

(あかね)……朋子の幼稚園来の親友。

紗季(さき)……高校に入ってから朋子と知り合った友人。


(……前書きって、こんなのでいいんでしょうか?)


「青木さんが好きです。付き合ってください! 」

そう言われ、初めて彼と手を繋いだのは何ヶ月前のことだっただろうか。

その時の、彼の手の温かさを。

その時の、空の蒼さを、私は今でもはっきりと憶えている。

人生で一番幸せな十六歳が始まる。そう思った。


ーーそう、思えたのに。

どうしてこうなってしまったのだろう。


文化祭当日の賑わう空気をよそに、青木朋子は大きくため息をついた。

瞼の裏には、先程見た光景が焼き付いている。どんなに消したいと願ってきつく目を閉じても、それはありありと浮かんで離れない。

ーー 彼氏である岡部良秋が、朋子ではない女の子と手を繋ぎ、楽しそうに歩いていた。それは、朋子といる時には見せなくなった表情で。そして、女の子は、朋子の親友で。

泣くまいとぎゅっと結んだ唇から、呻き声にも似た呟きが漏れる。

「茜……なんで…………?」

幼稚園からの親友で、良秋に告白された時にも背中を押してくれた茜が、どうして?

哀しさと悔しさ、苦しさに心が耐え切れず、視界がじわりと歪む。

( 朋子と良秋ならお似合いじゃん! )

嘘つき。

( 応援したげるから、付き合っちゃえ! )

嘘つき、嘘つき。

( あーあ、あたしも良秋のこと好きだったけど、これはしょうがないよね。朋子に譲ったげる! )

茜の嘘つきッ!!

堪えられなくなった涙が、つぅ……と頬を伝う。

どうして、なんで。

ぐちゃぐちゃとした感情が、行き場を求めて涙となって、溢れて止まらない。

元来似たもの同士である朋子と茜は、好きな男の子が同じであることが何度もあった。それでも今までは、二人して「何処何処がかっこいいよね」「ここが好き」なんていう他愛のない話をして、どっちかがその相手と付き合うなんて、全然考えたこともなかった。

二人の間に、嫉妬心は欠片もなかった。

それは二人揃って想いを告げる勇気もなく、想い人をどこかアイドル然とした眼差しで見ていたからだ。

それがどうしてこうなったんだろう?

良秋くんに告白されて、悩んで、茜に相談して。そこで初めて茜も彼が好きだってことを知って。……でも、茜は私に譲るって言ってくれたよね? 冗談っぽく笑いながら……。

悔しさや哀しさがぐるぐると渦巻く心に、ちくり、と何かが刺さった。小さな、本当に小さなそれは、まるで棘のようなーー。

『罪悪感』

そう表すのが相応しい感情。

私が、良秋くんと付き合ったのがいけなかったのかな?

私が、いつもみたいに茜とおしゃべりする関係を続けていればよかったのかな?

私が、出しゃばらなきゃ。

私が……!

「朋子ちゃん……? どうしたの?」

自己嫌悪と罪悪感で頭がいっぱいの朋子は、後ろから急にかけられた声に、ひっと引きつった声をあげた。

どっと現実が押し寄せてくる。

ざわめく空気、高揚感。

そうだ。そうだった。今日は文化祭なんだったっけ。

急にかぁっと頬が熱くなる。空き教室、それも扉を閉めていたといえ、文化祭当日でたくさん人がいるなかで泣いてしまうなんて……。

恥ずかしさに取り繕うこともできない朋子に、声をかけた少女ーー紗季が、少し困ったように笑いかける。

「朋子ちゃん、何か嫌なことでもあった? 」

「あ、えっと……」

泣いているところを見られた恥ずかしさに口ごもると、紗季は無理しないで、と今度は優しく笑った。

優しい、優しい笑顔。

良秋くんも茜も、最近見せてくれなくなった、優しい友人の顔。

じわりと、さっきとは違う温かな涙で目頭が熱くなる。

「もぅ、泣かないでよ〜」

今度は笑いと困惑を混ぜたような、可愛らしい声。ころころと変わるその表情に、久しぶりに友達と触れ合った気になる。

(あ、私、淋しかったんだな……)

今更気づいた。

良秋くんは『恋人』としての私しか求めてくれなかった。茜は、付き合いだしてからどこかよそよそしかった。

誰も友達としての朋子を見てくれなかった。

誰も、朋子を友達として必要としてくれなかった。

そのことがすごく淋しかったんだ。

「ねぇ、この後、ヒマ? ヒマなら文化祭一緒に回らない? 」

紗季はちょっとだけ目尻を下げて、一人なの、と続けた。

そんなちょっとした『友達』としての会話が、すごく楽しい。

「ほら、行こっ! 」

彼女の温かくて小さな手のひらが、朋子の手を包み込む。

……ああ、温かいなぁ。優しいなぁ。

(ーーーーああ、ほっとするな……)

ぽたん、と落ちた涙を、手のひらでごしごしと拭う。擦ったせいでヒリヒリする目は、多分真っ赤になっているだろう。……少し恥ずかしい。

「……何から見ようか? 」

それでも強がって笑って、今度は朋子が紗季の手を引いて歩き出す。

締め切っていた戸を開けると、途端にお祭りならではの賑わいが身を包み込んだ。

隣で楽しそうに笑う紗季が、なんだかいつもより可愛らしくて、つられて笑ってしまう。

……うまく笑えたかな?



お化け屋敷、プラネタリウムに、アニメ作品の展示。

一ヶ月間で高校生が作り上げた、教室内の小さな世界。見慣れているはずの学校が、まるで別世界になったような感覚に自然と心が弾む。

全ての教室を周り終えた朋子と紗季は、購買のリプトン片手に、満足気に一息いれているところだった。

口に広がる甘い紅茶の味だけが現実味を帯びていて、なんとも言えない、不思議な気分になる。

……もし良秋くんと周っていたら、こんなに楽しいって思えたのかな?

今朝方のことを思い出して、自嘲気味に笑いながらストローを咥える。そういえば、紗季って彼氏いたっけ?

「ね、紗季は彼氏いる? 」

私のいきなりの質問に、紗季は紙パックをくるくると弄ぶ手を止めて、驚いたように答えた。

「え、いないけど……。急にどうしたの、朋子ちゃん」

「ううん。なんでもないよ」

……そっか。いないんだ。

そのことに、なぜだか少しほっとした。

「んー、これは私の勘なんだけどね」

迷うように紗季が口を開いて、ぽつりと呟いた。

「朝教室で泣いてたのって……良秋君と何かあったの? 」

「そんなわけ……」

強がろうとして、はっとした。

紗季相手に、私は何を強がってるんだろう。

別にいいじゃないか。きっと、私が良秋くんにフられていようがフられていまいが、紗季は気にしない。

何故だかそう確信がもてた。

「あのね、良秋くんがね、茜と手をつないで歩いてたの」

「え、なにそれ! 浮気ってこと? 」

苦笑まじりに言い切ると、途端に紗季が怒ったように詰め寄ってくる。

紗季がこんなに怒ってくれると、なんだかあの出来事も、軽いことに思えてくる。ーーそれに、こんなちょっとしたことで怒ってくれる紗季が、本当に可愛らしく思えてしまう。

「やっぱり浮気なのかな。茜も、最近話しかけてくれないし」

紗季に話を聞いてもらえることに安心して、ついつい愚痴めいたことまで話してしまう。

「……良秋くんも、私に飽きちゃったのかな? 」

胸のドロドロを吐き出すように呟き、ふと紗季の顔を見上げると、そこには眉間に深い皺を寄せた仏頂面があった。

「ご、ごめん。つまんなかったよね……?」

何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。

わたわたと焦っていると、彼女は口を開いた。低い、何もかもを見透かすような声だった。

「ーーーーねぇ。朋子はさ、まだ良秋君のこと好きなの? 」

眉間の皺は残したまま、紗季は探るように私の目を覗き込んだ。

「え……」

突然の質問に、固まってしまう。

私、まだ良秋くんのこと、好きなのかな……? 自分が一番わからない。

でも……あの時。あの現場を見てしまった時、悲しさは感じたけど、胸を焦がすような感情はなかった。付き合い出した頃のようなさざめく胸のときめきは、もう感じない。

「私がいうのもアレなんだけど……。朋子ちゃん、そんな恋ならさ」

覗き込んだ目元を少し和らげて、紗季はキッパリと言い放った。

「捨てちゃえばいいじゃん」

鬱々とした胸の内を、涼やかな一陣の風が吹き抜けていった。……それだけの力を持った言葉。

そっか。

そうだよね。

捨てちゃえばいいんだ。

すぅ、と大きく息を吸う。甘い紅茶の匂いと昂ぶった喧騒で、肺が満たされる。

失恋して捨てられるんなら、その前に私が捨ててやればいい。

良秋くんが私を捨てる気なら、私が先に捨ててやる。

「ねえ紗季、彼氏フった女子ってさ、かっこ悪いかな? 」

冗談混じりに笑う。

胸のつっかえが取れたみたいだ。いまならすっきり笑える。

「かっこ悪くないよ。私はなんとも思わないし!」

にぃっと紗季が笑う。なんて心強い笑顔なんだろう。

ひとしきり笑うと、私はケータイを取り出すと送信履歴の下の方にあったメアドを呼び出し、メールを一通打ちあげる。

さあ、最終宣戦だ。



ギィイ……と錆び付いた音をたてる、重たい鉄の扉を押し開けて屋上に足を踏み入れる。

階下の喧騒から遠く離れたこの場所を、冷たい秋風が吹き抜けていった。

錆びてボロボロになった柵越しに、いろんなものが見える。

生徒も外部者も入り交じって賑わう校庭。

隣の校舎の窓越しに見える模擬店。

夕日で真っ赤に染まった空。

その夕日の色は『茜色』と表すのが相応しい、あの日とは正反対の色。

春のあの日、綺麗な蒼色をしていた空は、秋になって燃えるような赤に染まった。

色を映し変えた秋空のように、きっと恋心も幾重に色を変えるものなんだろう。

蒼から、赤へ。私から、茜へ。

そして私の心も、きっとそう。

真っ赤な空の端っこが、だんだん暗い藍色に移り変わっていく。まるで、私の心を映しているみたいだ。

屋上の柵に寄りかかって空を眺めている背後で、ふいに、ギィイと重たそうな音がした。それから、遠慮がちに声をかけられる。

「青木さん……話しって、なに?」

私の彼氏ーーいや、元彼氏の良秋くんが、後ろに立っていた。

彼にはさっき、「話があるから、屋上まで来て」とだけ書いたメールを送ったのだった。ちゃんと来るなんて律儀だな、と内心で笑ってしまう。

「良秋くん、久しぶりだね」

本当に久しぶりに見た顔に、にっこり笑いかける。その流れであのね、と切り出そうとすると、慌てたような声に遮られてしまった。

「そ、その、違うんだ。今日は茜に誘われて……! 本当は青木さんと見てまわるつもりだったんだ、本当だよ!? だから……っ」

何を言い出すかと思えば、言い訳だった。

しかも、こちらから何か言う前に。……なんだ。こいつ確信犯だったんだ。

泣いていたことも怒っていたことも忘れて、なんだか馬鹿らしくなってきた。

私、なんでこいつと付き合ってたんだろう?

「もういいよ」

気づいたら口から言葉が滑り出ていた。その途端に、ほっとしたようにこちらを見てくる良秋くんに、怒りを通り越して呆れてしまう。

「もう、いいから」

私は冷たく言うと、手を伸ばして良秋くんの胸倉を掴み上げてーー


ずいぶんと冷えた唇を、良秋くんのそれに思いっきり押し付けた。


何カ月か前まではドキドキしていたその行為も、今ではなにも感じない。そのことに、もう良秋くんなんか好きじゃないことを改めて実感させられる。

ーー本当に、なんでこんな人が好きだったんだろう。

突き飛ばすように唇を離すと、顔を赤くした良秋くんが、私を驚いたように見上げてきた。

別れの言葉なんていらない。今ので充分だ。

「バイバイ」

さようなら私の初めての彼氏。

さようなら私の好きだった人。

泣き出しそうな彼を尻目に屋上から出ると、そこには紗季が待っていてくれていた。

静かな廊下に、二人のハイタッチの音が響く。

「朋子ちゃんすっきりした顔してる。……よかったね」

並んで歩く友人の顔をちらりと見やる。少し大人びた表情をした、茜よりも大切な友人。

紗季の顔を見ていると、もう恋はしなくてもいいような気になってくる。

小さな窓から見上げた空は、深い藍色に染まっていた。

その色は私にとって、新しい何かを表す色。

それは新しい恋かもしれない。

あるいは……。



きっとあの色は、大切な友情の色に違いない。

つないだ紗季の手の温かさに、そう思えた。


始めまして。

この作品で初投稿となります、幸兎です。

今回書いた小説は、所属している文芸部の企画として書いた物の転載となりますが……今思うと、自分でも何書いたんだろうと思ってしまう作品になってしまいました……。

お目汚し、本当にすいません。


作品内の恋愛観は、私の考えを反映させています。どちらかといえば、紗季ちゃんの考えの方が近いですね。

みなさんはどうでしょうか?

「恋愛」と「友情」のどちらがいいかなんて、決めることができますか?

そんな思春期ならでは(かもしれない)甘酸っぱい恋愛観と悩みを表現できたらなぁ……と書いてみた作品です。

拙い作品でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。

それでは、次の作品でまたお読みいただけることを願って。

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