明日は
ライガルの朝の日課は竜騎の餌やりから始まる。
何故ライガルが餌をやるのかというと、何でもするというならば馬車馬のように働けとササカに言われたからだ。竜騎の餌やりはライガルがやっている多くの雑用のなかの一つだ。
初め竜騎達は突然世話役に任命されたライガルに対し噛み殺すような威嚇の声を出していたが団長のウルに一声かけられただけで素直に従うようになった。竜騎はプライドが高いが一度主と認めた者に対しては忠実で信用が強い。団長が竜騎に一声かけてくれたおかげで今では素直に餌を食べてくれている。
ライガルはマント型の上着を脱ぎ、シャツをたくし上げる。そして両手でバケツを持ち竜騎達の前に差し出した。バケツの中に入っているのは魔力が入った岩塩、マバンの塩だ。竜騎は雑食だが魔力が入ったものがことさら好きらしい。お腹がすくと魔道具にも齧り付くこともあるからと餌は十分にやらなければならない。
今現在、餌を前に竜騎達は太い尻尾を振り喜びを露わにしていた。美しい宝石のような岩塩の塊は加工されていないと石よりも硬い。それを飴玉をかみ砕いているように食べている姿が恐ろしい。
ライガルは竜輝達が突然尻尾を振っても当たらない場所まで距離をおき竜騎達が食べ終わるのを待った。そしてここまでの経緯を考えてみた。
このギルドに拾われて8日経過している。未だ彼らはライガルにガタニアがどのようにして滅んだか尋ねてこない。不思議に思ったが自分から言うことでもないだろうとライガルもそのまま言わずに過ごしている。
ライガルが目を覚ました後ササカは1,2個ライガルの質問に答えた後、他の説明はジェノクに聞けといって出ていってしまった。
その後現れたジェノクにギルドについて、雑用のやり方について習う事になった。
ジェノクによるとライガルを拾ってくれたギルドはどうやら二つのギルドから作られた遠征旅団らしい。
しかもリール王国を拠点としているオリヴルとサンアストロ。東大陸に住んでいる人間ならば必ず耳にするほどの有名なギルドだ。
どういう経緯でこの二つのギルドが協力し帝国の偵察をすることになったのかはジェノクもあまり知らないようだった。
ササカはただの偵察といっていたが本当かどうかはライガルには分からない。ウルやササカには何か別の目的があるように感じる。若干不安に思うことはあるが彼らについていけばガタニアを滅ぼした帝国がどんな国なのかは分かる。帝国を知れば自ずと自国が滅びた理由も分かるだろう。ライガルはそれに賭けるしかないのだ。
今できることはこのギルドに慣れるため雑用をこなすことだ。ライガルは第三王子という立場だった為雑用というものを初めてで、物慣れていないため戸惑うことが多く、しかもこのギルドの人間達は変わり者が多く人使いが荒い。ジェノクが世話を焼いてくれているからなんとかやっているという状態だ。
「ライ、団長が呼んでるよ。―――って腕が凄いことになってるぞ!」
ライガルは慌てたようなジェノクの声で思考を中断する。
どうやらライガルが物思いにふけっている間に3匹のうち2匹が食べ終わりライガルの腕を軽く甘噛みして再度餌の催促していたようだった。竜騎達は手加減をしていた様だが鋭い歯のため服は破れ腕からは血がにじみ出ている。気がつかなかった。
「こいつ等はウルの命令に忠実だから襲うことはないだろうけど、一応竜だからな。あんまり気を抜くと酷い目に合うぞ」
ジェノクは手早く自分が巻いていた布をライガルの手に宛がう。傷の手当に慣れているようだった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。俺もしょっちゅうこいつ等に噛まれているからな。こいつ等は俺のことが鳥……餌にしか見えてねぇんだ。だから俺が世話係になるとこいつ等の扱いが大変でさ。正直ライが来てくれて助かってる」
「そ、そうなんだ」
「おう。んじゃ、団長が呼んでいるから急ごう。明日にはルハの森を抜けるしガタニアについて聞くんだろうと思う」
「うん。分かった」
ジェノクに急かされて竜騎の世話を中断しウル達のいる広場に行くことした。
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「ガタニアは本当に小さな国です。
北はオフログド国、南はスラノ国、西はシローラ国、東はサルジャナ国の4つの国に囲まれています。また、この4カ国との境界線にはそれぞれラリオ砂漠、ルハの森、オタ山、タ―ネット山があるため弱小国ながらも他国に攻め込まれることもなく暮らしていくことができました。
ガタニアは未開も多く、人が住むには難しい土地です。自分たちが管理できる土地も資源も少ないため4カ国から資源を輸入し、代わりに頂いた資源で魔道具を輸出することで国を成り立たせていました。周りの国とはどこも持ちつ持たれつつ、という関係でしたので争いもほとんど起こったことはありません。
だけど、ちょうど今から3年前です。
北の国、オフログドが帝国に滅ぼされました。
帝国は確かに脅威でしたがオフログドが滅ぼされるまではまだ遠くの話だと軽く見ていたというのもあります。
オフログドが滅ぼされてからガタニアは他の3カ国と協定を結ぼうとしましたが他3カ国は応じませんでした。しかもそれどころか貿易自体も一方的に打ち止めになりました。
僕の国は自国での生産というものを怠り他国の資源を頼り過ぎていたということがそもそもの間違いでした。しかし事が起こった後では全てが遅い。
いきなり3カ国との貿易の打ち止めは国に大きな打撃を与え、帝国の侵略への恐怖は民にとってどれほどの恐怖があったでしょうか。僕の国は職人の国です。ですが作る材料がなければ作りようがない。士気も上がらない。……帝国の動きはありませんでしたがじわじわと国の滅びが始まっているようでした。
国の中枢を担う人間が他国に亡命、残る人間はただ怯えいかに帝国に媚を売るかを考える。誰も疑問に思わない。
帝国になんとか媚を売るために国にある貴重な宝物を渡したり、噂を信じ一人の少女を召喚したり……全ては無駄に終わりましたが。
帝国が攻めてきた頃には既に自滅していた状態でした。
これが僕の国が滅んだ過程です」
ジェノクに連れられて来た場所にはウルとササカが待っていた。
他の人間はどうやら別の仕事をやっているらしい。
ジェノクが言っていたようにウル達の元へいくとガタニアについて話せと言われ、ライガルは自国がどう滅びたかを簡単に話した。話してみると自国が滅びたという事が改めて実感できた。胸がじくじくと痛む。
「突っ込みどころが多すぎるな。―――おい、召喚はどうやってやったんだ?召喚魔法の使用には千を超える人間の魔力が必要なはずだ。それにガタニアには高魔力保持者の魔術師はいないだろう?」
「ガタニアは魔道具の発展で成り立っていた国です。人間から死ぬまで魔力を吸い取る方法や小さな魔力で召喚ができるよう魔道具を作ることができました。と、いっても王宮魔同士全ての命と魔力を引き換えに、でしたが」
「何を目的に召喚したんだ?」
「―――白の使者を」
「帝国が白の使者を求めていたのか?」
「分かりません。ただ国中に帝国が白の使者を探しているという噂が流れ、その噂の確証もないのにも関わらず召喚の儀が執り行われました」
「成功したのか?」
「いえ、成功とはいえません。確かに召喚自体は成功しましたが現れたものは白の使者ではなく黒の使者でした」
「黒の使者か――それも珍しいな。で、その黒の使者は?」
「処刑されました」
「むごいことをしたもんだな。それに勿体ねぇ」
ウルの質問に答えているとササカが後ろ首に手を当てながら会話に入ってきた。ライガルもササカの言葉に引っ掛かり尋ねる。
「勿体ないとは?」
「黒の使者は白の使者と同じでいつ生まれるかいつ現れるか不明だ。まぁ白の使者より黒の使者の方が現れる確率が高いがな。数十万人に一人の割合で生まれてくる。国によっては神から何かを託された人間と敬われることがあるくらいだ。それに他人の魔力操作に長けた者だとも知られている」
「……そうだったんですか。僕は止めることはできませんでした」
「反対するものはいなかったのか?」
「いませんでした。皆白の使者さえ現れて帝国に差し出せば救われると信じていたし、なぜか召喚が失敗するとも考えていないようでした」
「決定は?」
「王は病で倒れていましたから兄上……第一王子が」
「ライオネルか……」
「兄をご存じだったんですか?」
「知り合いとまではいかねぇよ。一度別の国で認識があるだけだ。しかし、奴は相当な切れ者として有名だったはずだが?」
「――――はい」
「しかも気になることが多すぎる。何故他国はお前の国を一斉に裏切った?しかも帝国に対する構えが杜撰すぎる。なぜここまで陥った?お前の話を聞いている限り全てが愚かだ」
「分かりません。なぜかと聞かれるならば皆考えることを放棄していたから、としかいいようがないです。いつ頃からか分からないけれど皆動こうとしない、考えない。何かに操られてでもいるような得体のしれない感覚がありました」
「やはり話を聞いただけじゃ分からねぇな。ライガル。ガタニアについて聞いたのはついでで、ここからが本題だ」
ウルが腕を組み直しライガルを見定めるように見つめる。ライガルはウルの気迫に慣れないながら向き合った。
「なんでしょう」
「これからお前の国を見て回る。今現在ガタニアには生きている人間がいないと噂されている。普通、敗戦国でも生存者がゼロというのはほとんどないことだ。今の国の現状は悲惨だろう。この遠征は遊びではなく仕事だ。足手まといは必要ない。――――お前は自分の国を見る覚悟はあるのか?ないのならここで捨てていくぞ」
ライガルはウルの言葉に目を強く閉じた。
ウルの言葉が辛かった訳ではない。腹が立ったのだ。ライガルはもしウル達に出会わなくても自国に、帝国に行っていた。今さら覚悟を聞かなくても分かるだろうに。
「僕は……どんな姿になっていても自国の姿を目に焼き付ける責任があります。覚悟を決めるまでもなく僕にはその道しかないのです」
ライガルの言葉には怒りと自身の決意が溢れ出ていた。
ウルはライガルを見据えたまま笑った。
「そうか。―――わかった。明日からガタニアに入る。忙しくなるから身体を休めておけ」
「はい!わかりました」
ライガルは両手を握りしめ大きく頭を下げた。




