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オモワヌもの  作者: トキ
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彼の事情

大変お待たせしました!


前回ライガル視点と言いましたが今回はライガル視点ではなく別人物の視点を入れています。すみません。


また今回のはシリアスです。苦手な方は読まない方がいいかも。

読まなくても話はつながるので大丈夫だと思います。



彼の人生を大きく変えたのは弟だった。




彼の家は帝都から半日もかけて歩けば辿りつくような小さな街ルバイドにある。

ルバイトは山の麓、帝都に向けて大きな上り坂があり、その坂に寄り添うように建物が密集し建っている街だ。

坂を登り、街全体を見渡せるところまで行くと遠くの方で帝都が微かに見え、それに連なって街と帝都を大きく遮る壁を一望できる。

壁とは格差の象徴だ。帝都の人間は選民意識が高い。貴族、聖職者や選ばれた有能な人間だけが帝都に入ることができる。帝都の周辺にはおこぼれを貰おうと小さな街や村が帝都とは非公認にできる。ルバイドの街もその一つだ。壁はルバイドのような街と遮断するためにつくられた。


彼は坂を登り壁と帝都を眺めることが習慣だった。自分は貴族ではないのだから壁の先に行くことができないのは知っている。しかし彼の魔力は常人と同じ程度しか持っていなかったが操ることに関しては常人よりも非常に長けていた。頭も悪くはない。これからの未来、壁の先に行くことができるのではないかと淡い憧れをもってしまうのは仕方がない。


「兄ちゃん、またこんな所にいた」


彼が振り向けば弟は街道に立った石碑に寄りかかってこちらを見ていた。呆れたような顔をしている。


「ん?どうした?寂しかったのか?」


「別に。兄ちゃんが迷子になって泣いてないかと思って」


「阿呆。そんな訳あるか」


彼は笑いながら軽く弟の頭をはたく。

7歳になる彼の弟は頭がよく、最近では彼に対してませた態度をとることが多くなった。二人には他に家族がいない。ませた態度をとる弟はなんだかんだいっても彼がいないと寂しいのだ。その寂しさを表に出さないようツンとした態度をとる。だけど彼が側によるとほっとしたような顔になる。そんな表情をする弟を彼は愛しく、そして守らなければと強く思った。


ルバイドは無法地帯の土地だ。当り前のように喧嘩、殺人などが行われる。それを取り締まる者はいないのに帝都から遣わされた人間が現れては税と称して金を略奪していく。彼は一度帝都から遣わされた人間と会ったことがある。帝都の人間はどうやら彼ら街の人間を人とは思っていないようだった。


彼と弟には親はいない。ある日突然いなくなってしまったのだ。何故かは分からない。ただこの無法地帯の街で親がいなくなるのも頻繁にあることだった。そして保護をしてくれる者がいなくなった子供の末路というものも分かりやすい。


しかし彼と弟が今こうして生きられているのは本当に運が良かった。親がいなくなり住んでいる家から追い出される時にちょうど通りかかった薬師の男に拾われたのだ。

薬師の男は街の住人にしてはまともな男だった。薬師は彼と弟にほとんど私的では関わることはなかったが彼に仕事を与え、住む家を与え、魔法の使い方、そしてスリやイカサマのやり方まで教えてくれた。

こうして昼には薬師の助手を、夜は賭場を出歩くという生活が始まった。


1年が過ぎた頃、彼は仕事をなんとか覚え生活できるようになっていた。薬師は寡黙な男で、仕事を忠実に手伝い賭場で稼いだ金を渡せば何も文句は言ってこなかった。それに弟の面倒を見る時間までも与えてくれていたから弟を育てることができた。


仕事共々、順調な毎日を過ごすことができるようになった彼は空いた時間に坂を登ることが習慣になった。すこし余裕が現れると欲も出てきたのだ。彼は薬師にこの国の情勢、自分たちが住んでいる街の事情、自分の価値、壁の存在理由について学んだ。壁の向こうに行けばもっといい暮らしができ、弟に教育を施すこともできることを知った。

今の暮らしが決して悪いわけではない。ルバイトに住んでいるにしては幸福な方だ。しかし彼も彼の弟も、そして薬師の男もこの地に住んでいれば人間として扱われることはない。以前税の徴収にきた帝都の人間は彼らを虫のように見ていた。彼は人間として生きたかった。

彼が帝都にあこがれる気持ちは日に日に高くなっていった。




弟の様子がおかしいと気がついたのは拾われて2年が経過した頃。

彼の仕事が終わり家に帰って来たときのことだ。弟は窓から外を眺めていた。そして彼の顔を見ずに尋ねた。

お父さんとお母さんはどうしていなくなってしまったのか、と。

彼はそのことを聞かれた時少し動揺した。弟は親がいなくなっても決して何も聞かなかった。聞いても意味がないことだからだ。それにまだ幼いのにも関わらず弟は状況を察する能力が高かった。疑問に思う事があってもまずは自分で考え調べ、それでも分からないことがあれば尋ねてくるかしこい弟が、だ。


「どうした?いきなり……」


「ねぇ、どうしていなくなっちゃったのかな」


弟は何でと呟きながら窓の外から視線を外さない。聞いているのに彼には答えを求めていないようだった。


時が経つにつれ弟の様子は更におかしくなっていった。

弟は考える、という行為を放棄しているようだった。疑問が頭に浮かべばすぐに口に出して尋ねる。それなのに彼が答えてもその答えは弟の頭には入っていないようだった。

2週間が過ぎた頃には疑問に思うことすらなくなったようだ。

興味や感動、興奮という感情が失われているようでもあった。


弟の様子は異常だ。しかしいくら弟に尋ねても何もないという返答しかかえってこない。返事すら帰ってこない時もあった。薬師に聞き診断をしてもらっても病ではないと言われるだけだった。


弟が異変から2年が過ぎた頃のことだ。急に弟が元に戻った。

感情を失われたようだった弟が以前と全く変わらないような受け答えをするようになった。不思議に思い何が起こったのか尋ねたが弟は何も起こってない、いつもと同じと答え、逆に彼を不審がっているような表情を見せる。

彼は長い間狐につままれていたような感覚に戸惑ったが弟が無事ならばそれでいい。怪訝な表情をするその顔も2年間見ることはできなかった。

親がいきなり消えた日にも泣かなかった彼はその日久し振りに泣いたのだった。


1ヶ月後、また弟に異変が起きた。

今度は感情が失ったようになる訳ではない。逆に弟の感情は大きく荒れているようだった。ちょっとした些細なことでも過剰に怒り、泣く。思い込みが激しくなり暴れる。

彼は暴れまわる弟をなんとか力で抑えつけ部屋に閉じ込め薬師を呼ぶ。

薬師は弟に気を治める薬を無理やり飲ませ寝かせた。薬師は無表情で対応し、慣れた手つきで弟をベットまで運ぶ。弟に異変が起きた日から2年間ずっと薬師には様子を見てもらっていた。病気ではないと言っていた薬師ではあるが薬師自身も弟の異変に対し不可解だとは思っていた様でこの異変について調べてくれているようだった。



そして今回の更なる異変で薬師は何かに気付いたようで彼を二人の職場でもある調合室に呼んだ。



「……蝕だ」


「蝕?蝕とは二つ月が欠ける現象のことですか?」


「いや、その蝕ではない。蝕害だ。そもそも蝕害とは虫やネズミが植物、木材などを食い荒らすことをいうんだが今回はそれとも少し異なる」


「それと何の関係が―――弟に何が起こっているんですか!」


彼は薬師が何が言いたいのか分からず声を荒げた。もう2年だ。弟に異変が起こったが何が起きているのか全く分からずただただ様子を見るしかなかったこの2年間は彼にとって苦痛でしかなかった。そして弟が元に戻りやっと安心することができたのに再び異変が起きた。もう彼自身、限界が近かった。


「落ち着け……簡潔に言うと蝕害がお前の弟に起こっている可能性がある。あまりない事象でちゃんと解明されたわけではない。俺が分かったのもたまたま古い文献を見つけたからだ」


「すみません。それで」


「この蝕害は“何か”が魔力と人の感情を食い荒らすというものだ。“何か”は分からん。それに当たってしまった人間は初期の症状で感情を無くす。そして末期になると症状が一時的に改善するが最後は症状が悪化し落ちる」


「落ちるとは……?」


「人ではいられなくなるそうだ。詳しいことは分からん。この事象が起こったのは近くても百年前だ。それに近くでその症状をみた人間も蝕害にあたって死んでいる」


薬師は懐に持っていたナイフを彼に差し出す。彼はナイフを渡された意味が分からず薬師を訝しげに見た。


「一人が蝕害になり、最後人では無くなった際に一気に周りに伝染するそうだ。百年前も村や町が滅んだとある。解決方法はない。治った事例も残されてはいない。―――ただ“落ちる”前にその者を殺せば人ではいられるらしい」


「っ!!」


薬師の言葉に彼は手が震える。薬師は彼に手遅れになる前に弟を殺せと言っているのだ。

そんなことが彼に出来るはずがない。彼にとって弟は命と同じくらい大切なものだ。


「俺はお前の弟の症状を蝕害と判断したが過去の事象と照らし合わせ、そう判断しただけで違うものかもしれん。お前が弟を人のままでいさせるため殺そうが、そのまま殺さず周りに伝染させようがどちらでもいい。まあ、俺は命が惜しいから今から街を出ていくがな」


「他に……方法は?」


「知らん。ただ帝都に報告し助けを請うのは無駄だ。百年前この蝕害で街が滅んだ際それをもみ消したのは奴らだからな。それにお前が何を請おうが奴らが動くとは思えん。あったとしてもお前と弟を処刑するくらいじゃないか」


薬師の言っていることは残酷だが真実だった。彼はただ薬師の言葉を聞き呆然とするしかなかった。


「弟を苦しめたくないのなら弟を殺せ。お前が悪いわけじゃない。仕方がないことなんだ」


その日のうちに薬師は街を出ていった。




彼は薬師がいなくなり二人だけになった家で眠っている弟を眺めていた。手に持ったナイフを無意識に摩る。

どうすればいいのか分からなかった。弟を殺せばいいのだろうか。いや、そんなことできるはずがない。しかし薬師の言葉が正しければこのままいけば弟は確実に人ではない者になり最終的には死んでしまう。どちらにしても弟に待っているのは“死”しかない。


どんなに考えても結論は出ない。身動きが取れないまま数日が経っていた。

その間にも弟はやはり叫んだり暴れたりと落ち着くことはなく会話をするということは全くできない。薬師が置いていった薬で弟を眠らせることの毎日になった。


薬師が出ていって1カ月が経ち、彼はやはりまだ身動きが取れない状況だったが弟に身体の異変が現れ始めた。じわじわと足の先から身体が黒くなっていったのだ。弟は足から黒くなっているという自覚症状はないようだった。


それからさらに3日経った頃、弟の体は足の先からじわじわと黒くなっていき今では胸まで浸食されてしまった。

今では暴れる力もなくなり目が覚めてもおとなしい。ただ会話をすることはできず意味の分からない事を口走るだけだった。




彼は窓から街並み、そして遠くに見える帝都の壁を眺めていた。世界の終りのようにも感じたこの数年間、外の姿に全く変わりはない。彼と弟に甚大な衝撃を与えた事件が起こっても周りはこれからも変わらないのだろうと呆然と思った。彼が帝都に憧れていたがそれは幻でしかなく彼の人生はこのまま全てが終わっていくのだろう。


彼の手は赤く染まっていた。

鮮やかな赤だった。

彼が弟の手を握り締めても動くことはなかった。



「これは仕方がないことなんだ」


彼は泣かなかった。





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