おやすみなさい
じゅっ。じゅぅぅ。
熱々の鉄板に肉をのせると発生する非常に美味しい音。
今部屋の中ではそれに似たような音が発生しています。しかも熱い。
別に部屋の中で肉を焼いているわけじゃないです。それに本当は美味しそうな音というわけでもない。ただ昔食べたバーベキュー大会の記憶を思い出して現実逃避したかっただけです。はい、すみません。
音の発生源はお母さんの周辺。突然なにもない空間から火花は散り、小さな煙が発生している。
お母さんの顔は相変わらずニコニコとしているけれど後ろのオーラが恐ろしい事になっています。恐っ!
そしておじいちゃんのお説教がようやく終わりお母さんに気がついた4人組みはメドゥーサに睨まれたように固まってしまっている。
「ふふふふっ。あなた達何をしたか分かっているのかしら~?」
口調が伸びていることが逆に恐い。
「ま、ママママリアさん!すみません!お、オレどうしても姫さんに会ってみたかったんです!」
「ちょっと賭けの結果を見にきただけで!」
「副長がひどかったから悪戯したかっただけなんです!」
「お、おれは皆が……」
ヒュッ!
最後のとかげさんの言葉は鋭い風切り音にかき消された。
バンッ!
次に響いたのは床を叩く激しい鞭の音。
な、何でムチ―――!?!?
いつの間にかお母さんの片手には鞭があった。手で鞭を弄びながら周りでは火花を発生させている光景は異様としか言いようがない。
「別にあなた達が天井裏にいようが、ギルドを壊れようがかまわないわ。だけどね……今あなた達が落ちてきた場所にはララハイナの魔水があったのよ。さっきまで天井裏いたなら副長の話聞いていたでしょ?」
「いや~、オレら消音魔法使っていたから何も聞いてないっす!はははっ―――ひっ」
ビシッ!
4人の中で唯一の人間の女の子――確かダミヤさんかな?……が苦しい言い訳をしていたが鞭の音に悲鳴を上げ顔が真っ青になっている。
「じゃあ教えてあげる。この魔水は本当に貴重なものよ。リール国とレンド国の間に魔の樹海があるでしょう。その奥地にある鍾乳洞の中――天井から滴として落ちてきたものがララハイナの魔水となるわ。ただ落ちてくる滴が魔水になるのだけど気化性が強くて専用の容器にいれないと地面に落ちる前に消えちゃうの。樹海には魔獣がたくさん生息して行き来だけでも危険で大変なのに落ちてくる滴を回収するのにも労力と時間がかかるわ。手間がかかる分あまり市場では出回らないから手に入りにくいわ。
―――今回、副長が手に入れるのにも苦労したんじゃないかしら。
そしてあなた達は器を割っちゃったわね。器がなければ魔水も無くなる。
せっかくサラとライトにウルの姿を見せてあげられる機会をね。台無しにしてくれっちゃって……。
うふふっ。それに私ももう何か月もウルの姿を見ていないの―――っふっふっふっふっふ」
「「「「…………………」」」」
ニコニコとした顔でたんたんと説明していたのに話の最後には笑っちゃってますよ!お母さん!本当に恐いですよ!それに4人はもはや石となっているようで全く動かない。
お母さんは鞭をリズムよく床に叩きながら周りの火花をどんどん大きくさせている。なんかとても魔法っぽい。とてもファンタジーらしくてわくわくドキドキしたいのに何故だろう。全くわくわくしない。お母さんの真っ黒なオーラのせいかな?
「ま、まずいのう……これは」
「そうですね。マリア様がギルドを壊してしまう前になんとか止めた方がいいかと思います」
「いや、以前止めた時は止めなかった時以上に被害がでたからな。ここは止めない方がいいのかもしれん」
「しかし、今回はサラお嬢様がいらっしゃるのですよ。子供の教育には悪いかと」
「副長、カルマドさん。まだサラは赤ちゃんだから今何が起きているか分かってないから大丈夫だと思います」
「うきゃきゃ、きゃぁきゅ!だにゅあぁ<いやいや、お兄ちゃん!大丈夫じゃないよ>」
「そうじゃのう。今のうちから慣らしておかないと困るのはサラだしな」
「ではとりあえず結界をはっておきましょう」
「ああ、頼む」
どうやら私の訴えは全くお兄ちゃん達に伝わらずここに留まって静観することが決まったらしい。会話が終了するとカルマドさんがパチンと指を鳴らした。その瞬間、私たちを囲むように薄い膜のようなものが現れる。
これが結界っていうやつなのかな。おじいちゃんに再びだっこされている私はどうしても結界というものが気になっておじいちゃんに触れるよう催促してみた。
「なんじゃ、触ってみたいのか?」
「だあぁ!<うん!>」
うまく伝わったようでおじいちゃんが近づけてくれる。薄い膜に触ってみるとなんだかシャボン玉に似ていて割らないで通り抜けたような感覚だった。なんだか面白い。
「きゃぁぁ♪」
「おぉ、気に入ったか、サラ。良かったな」
はしゃぐ私におじいちゃんは微笑む。なんだかとてもほのぼのするなぁ。
少しだけ遊んでみたいと結界に手を突っ込んだり、表面部分を優しく触ったりしてみた。触った感触が面白いな。
―――ん?なんか忘れている?
「でもサラ、そろそろ危ないから手を引っ込めようか」
「う?<何で?>」
ドォォォ―――――ン!!!!
おじいちゃんが私の手を結界の外から内に引きこんだ瞬間だった。
あ、お母さんのこと忘れてた。
お母さんが火花をだんだん大きくし密集させてファンタジーにありそうなフャイアボールをつくりだしていたのは覚えている。どうやらそれが爆発したらしい。あまりの眩しさに目を閉じる。
「サラ、大丈夫だ」
しばらくしておじいちゃんから声をかけられる。恐る恐る目を開けてみると目の前に広がるのは綺麗な夕日だった。
あーキレイ。………えっと夕日?
あ、豪華そうなシャンデリアや机、ソファが無くなっている。というより今私たちのいる部屋は青空教室のように天井がない。三階から眺める夕日はとても綺麗だった。
お母さんを見てみれば片手にあった鞭が何故かバットのようなものに変化している。何でバット?それに鞭はどこにいったの?
バットを握りしめている姿は全く似合っていない。
そして4人を見ていればお母さんの魔法?みたいものを直に食らったようで真っ黒焦げになっていた。
「ふふっ。壊した者が責任を持つのは当たり前よね。ダミヤ、テトラ、トポ、ムーバ。あなた達下っ端といってもオリヴルのギルド員。魔の樹海に入っても生きていけるわ」
「え、えっとマリアさん……」
兎耳の人がなんとか口を開いたけれど、バットのようなものを構えたお母さんをみて言葉を詰まらせる。
「テトラ大丈夫よ。魔水を取ってきたらすぐに帰ってきていいから!
――――じゃあ、いってらっしゃい」
とても綺麗な笑顔で言い切ったお母さんは4人を野球ボールに見立てる様にしてバットを振るう。
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」」」」
悲鳴を上げながらお母さんによって飛ばされていく4人の星。
私はただその光景を呆然と見ることしかできなかった。お母さんに声をかけることはできないしまだ赤ん坊だから仕方がないよね!
「……今回のは軽く済みましたね。よかったです」
「そうじゃの。今回のはやっぱりサラがおったから手加減したという事だろうな。しかしワシの執務室が……」
「あ、副長。僕がサラを抱っこしたいです」
カルマドさんやおじいちゃんは何事もなかったように話している。おじいちゃんはちょっぴり涙目だけど。
お兄ちゃんはお兄ちゃんでお母さんの暴走を当り前のように扱っているしこれが普段通りということなのだろうか?
星になった4人を眺めていたお母さんがこちらを振り向いた。黒いオーラは消えていていつものさわやかニコニコ顔だ。よかった。
「すっきりしたわ。じゃあ、副長、もう夕方だから帰るわね」
「あ、ああ。すまんな。こんなことになって」
「いいのよ。しょうがないことだわ」
お母さんがかるく視線を上げた後きりっと顔を上げて私の手を握った。
「サラ!大丈夫よ。ウル―――お父様を必ず見せてあげるからね。もう少し待っててね」
なにかを決意したように言うお母さん。でもその魔水を取りに行くのはきっとあの飛ばされた4人だよね。大丈夫なのかな?
「サラ、今日はよく来た。またおいで」
「サラお嬢様いつでもお待ちしております」
おじいちゃんとカルマドさんに見送られて再度馬車に乗り込む。
馬車に乗った途端、今日一日の疲れがどっときたようで私はうつらうつらと船をこぐ。それを見たお母さんが背中をぽんぽんと叩いて眠りを促す。
「サラ、今日は楽しかったかしら?」
「また出かけようね」
今日一日本当にいろいろなことがあったな。本当に疲れたよ。でも楽しかった。また外に出たい。
ありがとう。お母さん、お兄ちゃん。
おやすみなさい。
こうして私の赤ちゃん生活で一番濃い一日が終わったのだった。
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(下っ端のひとコマ)
「―――ダミヤ。よかったね。姫さんに会えて」
「おう!本当によかった。巻き込んで悪かったな」
「何を言っているの。僕らはチームだから当り前だよ」
「今回のマリアさんのお仕置きは軽かったし良かったね」
「―――魔の樹海へのおつかいは軽くないと思うけど」
「テトラ、ぶつぶつ言うなよ!樹海で別のお宝も見つかれば一石二鳥じゃねえか」
「おれは皆といければどこでも大丈夫」
「ムーバもこう言っていることだし張り切っていこうぜ!」
「さっさと行ってララ……何て言ったかな、何とかという魔水をとってきて姫さんにプレゼントしようぜ」
「うん!」
「―――あ、僕らが長いこと出かけていたら賭けの集計とかどうするの?」
「ああ、カルマドの野郎がきっとやってくれるさ」
「そうだね。あの人も賭けていたからきっちりやってくれそう。というより僕らの儲けも全て奪われそうだね」
「「……だね」」
「―――仕方がない。取りあえず出発前に飯でも食うか」
「「「賛成!」」」
我がお友達様から頂いたイラストをはってみました。
次回からライガル視点に戻ります。




