執事
「―――お帰りなさいませ、ドルフ様」
扉を開けて入った部屋は執務室と呼ばれるような部屋、そして目に入ったのは部屋の机の前に立っている一人の男性だった。
男性はスラリとした体形に黒の燕尾服のような服装、黒ではないが黒に近い深い茶の髪の毛をサラリと後ろに流している。そしていかにも几帳面といえそうな細い目とうすい唇。色白の肌。手には真っ黒な手袋を嵌めて―――嵌めていない?手自体が真っ黒だった。
普通では考えられない手の色をしているが一番は気になるのはこの男性の雰囲気と服装だ。
(おぉ!リアル執事だ!!)
私は思わず手を握り締めガッツポーズをしてしまった。
生執事だ!絶対この人執事だ!!一目見ればすぐに執事と言えそうな服装に雰囲気。
完璧だ!
家でメイドさんには会っているが執事はない。しかもメイドさんに出会った当初は生まれたばかりで混乱していて実感も何も湧かなかった。
メイドと執事に対して生前密かな憧れがあったんだよね。それに執事カフェに一度も行かずに終わってしまったし……。でも偽物より本物の方がいい!
あまりの嬉しさに手をぶんぶん動かしていたらおじいちゃんに落ち着けと背中をトントンと叩かれた。はい、興奮しすぎました。すみません。
「なんじゃい、カール。帰ってきていたのか?」
「はい。戻りましたらドルフ様がギルドを立ち入り禁止にしておられましたので何事かと思いまして。
―――それよりドルフ様が只今手に抱いておられるのはサラお嬢様で間違いございませんでしょうか?」
「ああ、サラだ。それよりカール、立ち入り禁止にしていたのにお前さんは何で当たり前のようにわしの部屋にいるんだ?」
「それは私がドルフ様の副官であるからです。当り前でしょう。それよりドルフ様、サラお嬢様に挨拶をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
ドルフおじいちゃんは仕方がないとでもいうように溜息をはく。
それを了承だと判断した執事さんは私の目線にあわせるために少し屈んだ。
「申し遅れました、サラお嬢様。私はカルマド・キェルニ。只今抱き上げておりますドルフ様の副官をしております。以後よろしくお願します」
「だぁぁぁ!<はいぃぃ!>」
「ありがとうございます」
執事さんはカルマドさんと言うらしい。副官ということは執事ではないのか。ちょっとがっかりです。
でも、カルマドさん赤ん坊の私にちゃんと挨拶をしてくれるし、執事風だし、絶対にいい人だと思う。私の返事にも優しげに答えてくれたしね!
「マリア様お久しぶりです。ライトも相変わらず元気そうですね」
「はい!カルマドさん任務お疲れ様です」
「カール、久しぶりね。そして相変わらずの執事服ね」
お兄ちゃんは嬉しそうに答えている。そのお兄ちゃんの返事にカルマドさんも表情を緩ませる。萌え!
あと、やっぱり執事服なんだ。副官ってことは執事のようなものなのかな。
「この服は趣味であり私のトレードマークでございますから、いつでも着ておりますよ」
あ、趣味なんだ。なんか残念だ。
まぁまだ赤ん坊だし、中世のような世界だから次の機会に会えることを期待しよう。
私が新たな決意をしている隙にカルマドさんは私達を座らせ、お茶の準備をしている。手際がいい。見た目も行動も執事のようなのに………。
「今日サラに会うのはわしだけで一人占めしたかったのに……」
「あまいですね。立ち入り禁止にするならばもっと綿密に計画してください。口頭で伝えただけで何も行動していないではないですか。まぁドルフ様の一言でほとんどの皆様が素直にギルドから出ていってしまいましたが。あと、ただの面白半分で立ち入り禁止にされてはギルドの業務に支障をきたします。ギルドで遊ばないで下さい。この後、損失があればドルフ様が働いて頂きますからね」
「―――すまん」
カルマドさんはドルフおじいちゃんを無表情でたんたんと話している。
物腰やわらかな人かと思ったけどどうやら違うようだ。おじいちゃんに対して怒っているのか今の表情では分からない。
「ただ今回サラお嬢様をギルドのメンバーに見せることを控えたのは得策です。サラお嬢様は黒目黒髪ですから大騒ぎになったことでしょう。それにギルドの皆様に見せるのは勿体ないです」
…………。
カルマドさんの言葉がよく分かりません。本当に今日はよく黒の使者というフレーズを聞く。黒目黒髪がこの世界では普通ではない事は分かった。けれどもそれが良いことなのか悪いことなのかが分からない。
というより見せるのが勿体ないってなに?
「下っ端どもがサラの容姿を賭けの対象にしておったわ」
「まあ当然でしょう」
カルマドさんが鼻で笑う。
「あれだけの賭けになればサラお嬢様に注目するのは当然でしょう。それにドルフ様も賭けていたではないですか。今回の立ち入り禁止の件は間違いではありませんが、この前の賭けに負けたからといって賭け自体を止めさせようなどと横暴ですよ。いい加減子供ではないのですから自重してください」
「…………」
「マリア様も今回の顔見せはもう少しサラお嬢様が成長した後でもよかったのではないでしょうか?今、ギルドでサラお嬢様を見せれば街全体に噂が広まりますよ。主に賭けの対象として」
「あら、別にサラちゃんが黒の使者だってことを街中に広まろうが国中に広まろうが構わないわよ。どうせ成長すれば黒目黒髪ということは隠せないし、隠そうとも思わないわ」
「さようでございますか。マリア様にもお考えがあるということならば構わないのです。あと危惧すべきことはサラお嬢様の姿をウル様より先に拝見したことでギルドないし街の皆様がウル様の制裁の手にかからなければいいのですが」
「ウルが早く帰ってこないのが悪いのよ」
「そのウル様を遠征に出したのはマリア様では?」
「もう!カールは小言が多いわ!せっかくサラちゃんを連れてきたのにカールは嬉しくないの?」
「うにゅ?<なに?>」
お母さんはそう言うとおじいちゃんに抱っこされている私を取り上げてカルマドさんの顔に私の顔を近づける。カルマドさんと私の距離はわずかに1㎝。近い!
近づいているがあまりカルマドさんの表情は変わらない。
そもそもこの会話を聞いて疑問に思うことが多いよ。何で黒目黒髪だと注目されるのか教えてほしい。それにウルってお父さんのことだよね。私の姿を見ただけでお父さんに制裁されるってどういうこと?よく分からない。
とりあえず目の前にあるカルマドさんの茶色の瞳を見てみた。睫毛が長い。乙女の敵だな、これ。
ちょっと悔しく思い軽くカルマドさんの頬を触ってみた。すべすべだ。
触りながらまた瞳を覗き込む。すると濃い茶色だった瞳の中になにか銀の光が弾けた。よくよく見て分かる程度だろうが銀の光が茶の瞳の中を泳いでいるようでとても綺麗だった。
その光に吸い込まれるように私は瞳に手をのばす。しかしカルマドさんは一度瞬きをすると茶の中にあった銀の光は消え、顔も離れていく。
不思議な光だったが確認する前に消えてしまった。再度離れたカルマドさんを見れば微笑むようにこちらを見ていた。
「サラお嬢様に会えたことはとても嬉しいですね。マリア様連れてきて頂いて有難うございます」
「もう。初めからそう言いなさいよ」
「はい。そうですね。サラお嬢様には生まれる前からお会いしたかったですから」
「―――そうだったわね」
カルマドさんは私の頬にそっと触った。まるで宝物に触るように。
お母さんも何か意味のありそうな視線をカルマドさんに投げているがカルマドさんは気にせず私の頬から手を離し2,3歩後ろに下がった。
「そういえばドルフ様、何かサラお嬢様やライトに見せたいものがあるのではありませんでしたか?」
「おお。そうだった。サラとライトに渡したいものがあったんだ。あとマリアにもな」
いきなり話を変えたカルマドさんに戸惑うわけでもなくドルフおじいちゃんはソファから立ち上がり執務机に置かれていたものを取りだした。
「ライト、サラ。これだ!」
そう言って勢いよく見せられたのは大きな平たい器に入った水だった。
ドルフおじいちゃんは再度私を抱き上げて器の淵に近づける。
器は薄い白桃色のガラスの器に水が入っているようにみえる。なんというか生け花の花器のようだ。
おじいちゃんはどうしてこれを見せたかったんだろう?
分からずお母さんを見ればお母さんは少し驚いた顔をした後嬉しそうに器をみていた。
お兄ちゃんは不思議そうに首を傾けている。
「副長。これは何ですか?ただの器に見えます」
「ライト、これは器ではなく水が重要なのだ。見てな」
おじいちゃんがお母さんに目線を向け、お母さんが肯いた。
お母さんは器の水にそっと手を添える。すると水に触れたか触れないかの辺りで淡く光だした。
「うわぁぁ!」
「うみゃぁぁ!」
お兄ちゃんが歓声を上げる。私もあまりの綺麗さに声がでた。
水が蛍の光のような淡く儚く輝く。これは何なんだろう。なんとなく肌で感じる感覚は今日あった物体Xと同じだ。
これが何なのか教えてほしくて私はおじいちゃんを見上げる。
おじいちゃんは私とライトを見比べて笑った。
「今からお前達の父親に会わせてやろう!」
カルマドさんがライトを呼び捨てにするわけは既にライトがギルドに加入しているためです。
ギルド内の地位でいうならライトは入りたての下っ端。




