手合わせ(後)
短いです。
「えっ?!」
周りではジェノクがあわあわと騒いでいたがどうやら他の人間はこれからの行為を止めるつもりはないらしい。団長と呼ばれていた男も何も言わずにタバコを吸い始めている。
ライガルは立ち上がり、ナイフの切っ先をすこし上げたまま構える。
身体が緊張している。帝国が国を攻めてきて一ヶ月たったと言われたがライガルにとって、兵士と遣りあった記憶は昨日のことなのだ。あの時血まみれだったナイフは刀身の左右に日の光をうけてきらめいた。
男はにやにやと笑いながら話す。
「この二日間暇でな。身体も鈍って仕方がない」
男が一歩一歩近づくごとにライガルも一歩一歩後ろに下がった。帝国の兵士の時とは違う。まるで大きな獣に襲われるネズミになったような感覚だ。
「どうした?俺は手ぶらだぞ。それに聞きたいことがあるんだろう?――こいよ」
「……………」
手ぶらをアピールするように男は軽く手をまわしている。だが、まるで隙は感じられない。
こいよ、といわれ素直に近づくほど馬鹿ではないと男を睨みながらライガルはさらに距離を置くように動いた。
男はじりじりと間合いを詰めていく。
「そっちが来ないならこっちから仕掛けようか?」
「―――っ!」
その言葉と共に男は微かな殺気を放つ。思わずライガルはそれが引き金となり反射的に自分から動いた。
ライガルは子供という事もあるが体重が軽くスピードをいかし動く。また風の力を使い更にスピードを上げる。男は一発でも当たれば何でも答えるといった。という事は男にダメージを与えるというよりただ当たればいいのだ。
重心を低くしながら地面を蹴り、男の脇腹を狙いながらナイフを振り下ろす。男の間合いに入った瞬間男の顔が見えた。その顔はひどく楽しそうだった。
男は簡単にライガルの手首をまわすようにして押し返す。先ほどのとは違いそれほど力を入れたように感じなかったが、またしてもライガルの身体は軽々と吹き飛ばされた。
今度のは受け身をとることができず、地面に転がる。その際に頭に巻いてあった包帯が外れ、顔にずれる。
(くそっ!!強い!)
思わず心の中で悪態をついてしまう。
ライガルは幼いころから王子として名のある騎士に鍛えられ腕にはすこし自信があった。しかし、この男の前では赤子同然だと思い知らされる。
ずれた包帯をむりやり外す。その拍子にまた血が流れたが気にしている余裕はなかった。
「あまいなぁ」
拍子抜けしたように言われ、ライガルは睨みつける。
ライガルは再度男に近づき、首を狙う。しかし男は体を捻りぎりぎりでかわし、ライガルの背中に蹴り上げる。またライガルは前に転がった。転んだ拍子に砂が口に入ったが吐き捨て急いで向き直り距離を置く。腕、足と包帯を巻かれた部分から血が滲み始めていた。
ライガルは腰を低めた状態でナイフを前に構え態勢を直す。
その姿に男は関心したように目を細めた。
「ほう、おもしれぇ。どこまでいけるか試すか?」
その後もライガルが攻撃するもかわされ逆に転がされる。そうした行為を幾度か繰り返すうちにライガルの体力がきれ、動きが鈍くなった。
今の状態を言い表すならば満身創痍。
地面に転がったままライガルは動かなくなった。まだ辛うじて意識はあるが、もはや動ける状態ではない。
立ち上がらないライガルをみて男は笑う。
「おいおいもう終わりか?」
俯いたままのライガルに男は近づき、ライガルの首を掴み軽々と持ち上げる。
手に持っていたナイフの力を失い、手からすり抜け地面に落ちる。
「まぁ。努力賞というところか。なんか言いたいことはあるか?」
「――――――ま……」
「ん?なんだ」
男はライガルの顔を覗き込む。目をつぶったままだったが微かにライガルの口が動く。
「――――ま……」
薄らとライガルの瞼が開く。その目にはまだ光を失ってはいなかった。
ライガルはナイフを持っていなかった方の腕を振り上げる。
「――まだだ!」
「ふっ」
その手に持っていたのは砂。ライガルは相手の目を狙って砂を投げつける。男は至近距離で投げられた砂を避けようと態勢を崩した。ライガルはその隙を逃さない。
宙に浮いていた足を力の限り振り上げ相手の顎を狙った。
「あたれ!!」
ほとんどかわされたが微かにあたった。
そのまま男の手から首を外され地面に落ちる。
ライガルはにやっと笑う。
「あたった」




