手合わせ(前)
「――僕の名前はライガル。ガタニア人です」
「あくまで名しか言わないか。清々しい」
「他の名を名乗る資格が自分にはないので」
「……わかった。じゃあそのナイフを俺に見せろ」
男は厳しい顔をしたあと、呆れたように息を吐いて手をだす。ライガルは一瞬、躊躇したがすかさず男にナイフを差し出した。
―――ナイフを見せる。
その行為はガタニア王国の人間、もしくはガタニアを知る人間ならばどういう意味か分かる。
ガタニアには10歳の誕生日に盛大に祝う風習があった。男にはナイフを、女には鏡を祝いの品として親から贈られ、またその祝の品には必ず家紋と名が刻まれる。
ライガルが持っていたものはその祝の品で肌身離さず持ち歩いているものだった。
ライガルは自分のナイフを矯めつ眇めつする男を見た。
このナイフは一見どこにでもあるようなナイフに見えるだろうがよく確認すれば意匠をこらした傑物だと分かる。この男なら簡単にライガルがどこの誰かであるか分かるだろう。
(それに、既に僕の身の程は分かっていただろう。なぜ今さら?)
ライガルが気を失っている際に既にナイフなど確認しているだろうに。なぜこの男はこのような行いをするのだろうか?
(僕がこの男にナイフを見せるということに意味があるのだろうか?)
ぐっと唇を噛む。この男が何を考えているのか分からない。
「ほら、返すぜ。次の質問だ。何故ここにいた?」
男はなんでもないようにナイフを投げて返し、ライガルに問う。
「分かりません。僕が記憶に残っているのは王都の近くにある森にいたことまでで、ここに来た記憶はありません」
「何故そんな傷を負っている?」
「帝国が攻めてきたからその逃げる際に」
「ほう。情報によれば帝国は攻めてきたのは1カ月前。しかも奴らは1か月前に攻めるだけ攻めて国からは退いているはずだが?」
「……1カ月も。分かりません。僕は帝国が攻めてきたのは昨日だと思っていましたし」
「もう一度聞くが精霊は?」
「分かりません」
「ふっ。分からないことだらけだな。最後だ。これからお前はどうする?」
男はやんわりとした笑みを浮かべる。目は笑っていないが。
――これから、の言葉に親友を思い出す。
これからなんて分からない。ただライガルは死にたくなかった。生きたいというわけではない。なぜか死んではいけないと思ってしまったのだ。
毅然と男を見つめ返す。
「僕もあなた達に質問があります。良いでしょうか?」
「なんだ?」
「あなた達は何者でしょうか?」
「ただの商人ギルドだ。それ以外に何に見える?国と国を行き来するからな。武装もするし、お前のような怪しい奴には尋問もする」
「嘘ですね。国を行き来する商人だからといって滅んだ国にはいかないでしょう?それにどう見てもあなた達の気配はそんなものじゃない」
「じゃあ、何者にみえる?」
「分からないから聞いています。国に仕えている人には見えない。商人にも見えない」
「クックックックックッ」
二人が見つめる中別の笑い声が聞こえた。団長と呼ばれていた男の隣にいた男が笑っている。銀髪に赤紫の瞳の男だ。この男からもどこか獣と対面しているかのような空気がある。
「――ック。団長ぉ。やっぱり商人というのは無理があるんじゃねぇか?」
「お前が獣染みた空気を出しているからだろうが」
「それは団長だろ。よう。坊主、お前は阿呆なのか、鋭いのかよく分からんな。商人に見えないのならそれを今指摘するのはお前自身が危ないんじゃないか?」
銀髪の男の指摘は尤もだとライガルも思う。
「でも……まあ、気に入った」
―――――ビュッ。
男はそういうやいなや、ライガルの顔面にいきなりこぶしを向けた。
(はっっっ!!)
ライガルは瞬時に顔の前でナイフを持つ手ともう一つの手を交差させ、こぶしを受け止めようとした。しかし、子供の体重だ。簡単にライガルの体は宙に吹っ飛んだ。
手を地面について着地する。ライガルは何が起こったか分からなかった。
銀髪の男はニヤリと笑う。
「ほう、かわせるのか。おもしろい。坊主。俺に一発でも攻撃が当たれば何でも答えてやるよ。
――――ちょっと遊ぼうぜ」




