ナーシャの想い
セル君の母 ナーシャ視点です
シャララ。シャララ。
宵の主である美しく輝いていた双の月の一つが欠け、代わりに太陽が表れる時刻。
ナーシャは息を凝らし、音に耳を傾ける。
地面に足の甲を着けて組み、背を伸ばす。手は胸の前に重ね、目を閉じる。
シャララ。シャララ。
朝の音は正直だ。一日の中で一番感覚が鋭くなる時間帯でもある。
ナーシャは朝の音を辿りながら一日の兆しをはかる。
シャララ。シャン―――。
―――兆しを見つけた。
ナーシャははっと目を開けた。
何かが今日変わる。それもいい方向に――。
涙が溢れた。ずっと堪えていた。
子を産んだ母の宿命なのは分かる。だがまだ年若く母になったナーシャには辛すぎた。
「……ナーシャ。見えたのかい?」
後ろを振り返ると夫のクルトがいた。彼は鋭い。毎朝、妻が寝室を抜け出すことも知っていたのだろう。
涙が零れながらも肯く。
「うん。見えた。今日変わるわ」
嬉しくて笑った。まだ変わっていない現状の中でも光が見えたことが嬉しかった。
クルトも安堵したように微笑みそっとナーシャを抱きしめる。夫も不安だったのだろう。毎日が不安で自分のことしか見えていなかったのかもしれない。ナーシャもクルトを背中に手を置き抱き返す。今までのごめんなさいとありがとうを込めて。
どんな生き物でも魔力を持って生れてくる。それが常識だった。
しかし身体に宿した魔力を操ることは難しい。生き物の約7割は操ることができないと言われている。
そして他種族が多く暮らすこの世界で人という種族は最も数が多くそして最も魔力を操ることできない種族だった。
全体で見れば魔力を操ることができるのは3割。人だけで見るとたったの1割だけなのだ。
ただ魔力を操れない人の多くは保持魔力が少ない。そのおかげか魔力が暴走し命を落とすことは少なかった。
しかし生まれてくる子供のうち3割は高魔力保持者だ。その高魔力保持者で産まれてきた3人に2人は生まれて間もなく魔力を暴走させて命を落とす。
助ける方法は少ない。ほとんどが生まれた子の力を信じるしかないのだ。
特に生まれてから3歳までの間が生きるか死ぬかの節目だと言われているためどの国も子が3歳になれば盛大にお祝い事をする習慣があった。
ナーシャは子供を産む前から不安だった。ナーシャもクルトも魔力を操ることができたが生まれてくる子供が魔力を操れるとは限らない。
初めて産む子供―――愛している夫との子供なのだ。産む前から失う事を恐れた。
クルトも気を張り詰めるナーシャを心配し、マリアを相談相手として家に招待してくれた。マリアはオリヴルのギルド長ウルの妻であり、クルトの妹でもある。
2歳年上のマリアは昔からナーシャにとって本物の姉のような存在だった。
それでもナーシャの心に不安は消えず出産することを恐れた。
そんなナーシャを心配し、マリアは遠征依頼がかかっていたはずのクルトと自分の夫を―――クルトがナーシャの側にいられるようにと遠征には自分の夫にいかせたのだった。
マリアの夫が遠征に出た数日後、ナーシャはクルトに付き添われて子を産んだ。
子は高魔力保持者として生まれた。
ナーシャもクルトも魔力が高い。悲しくもその二人の子が魔力が高いのは必然的なことだった。
ナーシャの心配を余所に生まれてすぐの子は魔力を安定させていた。
安堵の息がでた。そして愛しくて愛しくて沢山の感情が溢れる。
この子が無事に産まれて本当によかったと思った。クルトと一緒に名を考え、セルディオと名付ける。
だが状況はすぐ一変する。ナーシャの心配は当たった。
産んで数日経った頃、子供は魔力を暴走させたのだ。しかも暴走したことで子供の魔力は普通の高魔力保持者の基準よりも高いことが分かってしまった。更に命を落とす可能性が高くなってしまった。
今回の暴走はクルトの力のおかげでセルディオの内部に溜まる魔力を外に流すことができ、無事だったが根本的な解決にはならない。魔力とはコントロールが難しい。また他人の魔力を他者が操ることはできないのだ。いつセルディオの身体が膨大な魔力で耐えられなくなるのは時間の問題だった。
状況が悪い中でもナーシャもクルトもできることは全てやった。魔力を暴走させるセルディオに毎日結界をはりセルディオ自身の魔力をセルディオとその周りから弾く様に仕向けた。
しかし問題は大きくなる。セルディオの魔力はどんどん上がりその分魔力の暴走も日に日に頻度回数が上がっていく。
いつ外側に弾いていた魔力がセルディオに戻るか分からない。いつ命を落とすか分からないのだ。
そして魔力を操ることのできない赤子は周囲にとっても危険だ。暴走させた時周りに近づくことができず大きな被害がでる。
また魔力を操ることのできない赤子は常軌を逸して暴れるのだ。
マリアに相談したいと思ったが彼女も子を産んだばかり。しかもナーシャのせいでマリアには一人で出産をさせてしまったのだ。これ以上育児で大変なマリアに負担をかけることはできなかった。マリアから手紙がきても当たり障りのない返事しか返せなかった。
その時からナーシャが始めたのは朝の占いだった。
ナーシャの家系は先見の能力を多く出す一族だった。クルトと結婚した後先見の力は衰えたがまだ使える。先見の力は多くを見せないが兆しを見つけることなら出来る。
毎朝の占う事が習慣になった。クルトに心配をかけるからと朝こっそり行った。
だが1カ月が経ち、半年が過ぎたが何も兆しは現れない。
状況は悪くなる一方だった。
ただそんな中でナーシャの心が折れることがなかったのはクルトが側にいてくれるからだろう。クルトと二人、一日一日暴走でいつセルディオを失うか恐れるのではなく暴走しても元気に過ごすことができたと喜ぶことにしたのだ。セルディオなら自分の魔力に耐えられると信じることにした。
今では毎日発生させる爆発を‘やんちゃ’と言い換え受けとめ、笑う事も出来る。
朝占う事を止めることはできなかったけれど―――。
セルディオを産んで9カ月たったころ、いつものように届いたマリアの手紙は今までと内容が違っていた。
内容はマリアが産んだ子供とセルディオを会わせたいと―――。
マリアの産んだ子供は生後8カ月になる。強い魔力を持った子供同士を会わせると魔力の暴走を誘発する可能性があり、この国では最低1才を過ぎるまではあまり顔合わせさせないことが常識としてあった。セルディオは今頻繁に暴走をしている。マリアの子に影響は及ばないのだろうか。それとも影響を与えないほど子は魔力を持たないのか?
街中で泣き虫姫として噂になっているのは知っているがどのような子なのか?
会ってみたいと思った。
それに初めは断ろうかと思ったがあのマリアである。
きっと考えがあるのだろうと思いナーシャも会いたい旨と綴り手紙を出した。
そして手紙を出した数日後、マリアとその子が会いに来る日に占いの兆しが表れた。
これはどのような意味があるのかは分からない。ただ今日何かが大きく変わる。
次もう一話ナーシャさん視点でその次はまた別視点がきます。
これからしばらく主人公視点ではありません。




