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オモワヌもの  作者: トキ
22/44

いただきます




「じゃあ次はサラちゃんの番ね~」





お母さんの死刑宣告を受け、私は必死に抵抗した。力の限り泣いて喚いて、手も足もバタつかせ目も鼻も水を垂らして頑張った。

うん、赤ちゃんだから大丈夫だと思うが以前の私がやったら完全に引かれるだろうなぁ。

とりあえず、私の努力が実ったのか赤ちゃん同士の挨拶は不発に終わるはずだった。


お母さんやナーシャさんがあら、どうしたのかしら?大丈夫なの?と心配してくれたからこれで家に帰れる、早くこの物体Xから離れられると思ったのに!!


ほっと安堵している私に向かってクルトさんが2度目の死刑宣告をする。



「違うよ。サラちゃんも女の子だからね。きっとこんなぼろぼろになった部屋では挨拶をしたくないんだよ。初めての挨拶は大事だし」


そう言って私に笑顔を見せる。




………って違うわぁぁぁ!!!


なにそのコメント!!赤ちゃんがそんなこと思うわけがないじゃん!恐がっているの見て分かるよね!?ああ!お母さん!あらあらそうだったのっていって微笑まないでぇ!

くすんっ。ここにきてから突っ込みが多すぎて疲れた。口が悪くてすみません。



クルトさんに対する印象を著しく低下した後、この場所では挨拶は難しいだろうということで、部屋を隣に移動した。


隣の部屋もどうやらセル君専用の部屋だったらしい。ふかふかの絨毯の上に沢山のぬいぐるみや遊び道具が置いてある。赤ちゃんエリアがある先には少し離れた場所にかわいい丸テーブルと椅子がある。そしてその上では既にティーセットの準備がされていた。ここのメイドさん準備早い。




あとはお二人で、とお見合いでの付添人のような発言をしてお母さん達は私と黒の物体Xをふかふかの絨毯の上に下ろし、離れた場所でティータイムを楽しんでいる。



あれよあれよと状況は再度挨拶の場になってしまった。そして私の抗議の声は彼らには届かなかった。

現実逃避をしながらお母さん達を眺めていたかったが後ろに気配を感じた。


私は視線を感じる方に目を向ける。



あ、目があった気がした。



―――ツゥ。



背中に変な汗が流れる。






―――――――ズリッ。

―――ヒタッ。


――――ズリッ。

――――――――ヒタッ。



状況は一触即発。


黒の物体Xもといセル君が少しでも動けば私も手に力を入れ後ろハイハイで1歩後ろに逃げる。動く、逃げる、動く、逃げる。

どのくらいこの攻防しているのだろうか。全神経を集中させて相手の動きを感じ取れるように心掛ける。




「だぁぁ」




おお、黒い物体Xから赤ん坊らしき声が聞こえてきた。やっぱり赤ん坊だったのか!



私は少しも動きを逃さないとばかりに見つめていると奴は動き出した。

奴は私の目線より少し上に核がありそこから中心に大きく黒い靄の塊をまとっている。


その核の部分が先ほどより高くなる。

奴が立ち上がったのがわかった。ナーシャさんとお母さんの会話を聞いたところ、奴は私より1カ月早く生まれたらしい。



奴は歩きをマスターしていたのか!!

これはやばい。私はまだハイハイしかマスターしていない。歩きなら奴の方がリーチがある。

今の状況は限りなく私に不利だ!



「だすぅわぁぁぁ!!<たすけてぇぇぇ!!>」


最後の望みをかけてお母さん達にむけて助けを呼んだ。

笑顔でスルーされた!くそぉぉぉ!!





どたんっ。


――――あ、こけた。


ふっふっふ。なんだ。驚いた。まだ奴には素早い歩きは難しいのか立ち上がっては座るというような動きをしている。まぁ見た目は黒の物体が縮んだり伸びたりしているようにしか見えないが―――。

私はこのチャンスを逃さず後ろハイハイをしながら距離をつくる。

そうしてまた動く、逃げる、動く、逃げるの繰り返し。



つ、疲れる。



何度か繰り返した後、部屋に漂っている方の黒い物体が私の周りにもふわふわと浮いている事が分かった。集まると爆発するから恐いのだけど……。

恐いと思いつつ、近くにある小さな黒い物体が気になる。よく見ると一つ一つがタンポポの綿毛のようだった。塊で見ると強烈だが、小さな一つ一つで見るなら可愛いかもしれない。

一つの黒い綿毛が私の顔に近づいてきた。



ふわふわ。


ふわふわ。



うずっ。



目の前でちょこちょこ動かれると捕まえたくなるのが赤ん坊の習性。私は思わず黒の綿毛を掴む。雪を掴んだ感覚をと同じだ。一瞬冷たいとは逆で一瞬温かくなる。そっと手を広げて見るとそれは消えていた。


「う?」


ほかの黒たんぽぽを掴んでみてもやはり同じで何も残らない。

なんで?でも不思議と私の中で黒の物体の恐ろしさは薄れていった。

次に目の前にやってきた黒タンポポを興味本位でやってしまった。



ぱくっ。



食べちゃいました。


何やってんの!自分!何あんなに恐がっていたものを軽く口に入れているの!

赤ちゃんだから何でも口に入れてしまうといっても食べるのは駄目だろう。

危機感の無さに泣きながら黒タンポポを味わう。




一瞬世界が弾けた。

う、うまい!!うまい!!なにこれ!おいしい!!はじめて食べる味だ。

例えるならば口に入れた瞬間に蜂蜜のように蕩けるような甘さが――その後じわじわとさわやかなリンゴのようなさっぱりとした味が広がる。

これまで離乳食しか食べていない私には堪らない。

しかも味わった後にほんわかと身体が暖かくなる。


私は自分の周りにある黒タンポポをぱくぱくと口に運んだ。

おいしい。止まらない。

周りの黒タンポポを全て食べ終わると物足りなくなった。どんなに食べてもお腹いっぱいにはならない気がする。

他にないかと辺りを見渡して思い出した。――――黒の物体X改めセル君の存在を。



そういえば私は奴から逃げている途中だった。すっかり黒タンポポに夢中で忘れていた。

だが黒タンポポを食べた私にはもはやセル君に対しての恐怖はない。

目の前にあるのは極上の食べ物だと認識してしまっている。




……おいしそう。


先ほどまでと打って変わって私はセル君近づいた。セル君は私が獲物を捉えるような目をしていることには気が付いていないのだろう。今の奴はじっとして動かない。

一歩一歩近づきながらも黒タンポポを食べていく。うまうま。



ついに50㎝幅まで近づいた。


黒タンポポが波紋のように波打つ。

私はそっとセル君の生き物のように動く黒い靄に手を当てる。黒い靄が絡みつく。だが感触はなく、暖かだった。しかも近くにいて分かる。この黒い靄の塊は私に食べられたがっていると。

周りの黒い靄が顔に寄ってくる。

そして私が食べようと思った瞬間、触れたところから黒い靄が淡く光った。それでも構わず吸い込みながら食べる。甘い、うまい。

暫く周りから吸い込み続けるとだんだん黒い靄が薄まり中にあるセル君の実体が見えてきた。

薄らと腕が見える。見るからにぷにぷにとしていてかわいらしかった。


周りの黒靄を食べ終わり遂に一番濃い部分を食べようと私はセル君に触れる。

実体に触れることができた。私と同じ赤ん坊の柔らかさがあった。


さらに黒い靄が光った。私は眩しくて目を閉じる。それでも食べたくて口を開けてパクリと食べる。

さすが一番濃い塊。感触がなかった黒い靄だがこの塊には口に触れた感覚があった。


暫く目を閉じたまま思い切り吸い込み、全て食べ終えたことが分かった。光もなくなっている。





おいしかった。身体もぽかぽかしている。満足。御馳走様でした。




私が目を開ける。初めに目に入ったのは深い深い緑色。

―――みどり?




お母さん達の声が聞こえる。



「あらあらあら~♪この子たちこんなに仲良しになったのね~」


「サラちゃん積極的ね~」


「セルディオの嫁にぴったりだね」


「あわわっ!サラ何をやっているの!」




お母さん達は何を言っているんだろう?


私は目の前にいるのは黒の物体Xではないセル君だ。目の前に広がる緑はセル君の瞳のようだ。そして横目で見る銀と水色を合わせたような美しい髪の毛が少し見える。



なんで?とりあえず態勢を変えようと思って―――分かった。



口に温かい感触がある。先ほどの黒い靄の感覚と思ったが―――どうやら唇の感触だったらしい。




「うきゃぁぁぁぁぁぁ!!」




生後8カ月にしてキスしてしまいました。








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