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僕と彼らと狂戦士  作者: 牧織トト
第一章
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新しい町-5

新しい町、終了

 時間を戻して1時間後…。

 風はいくばくか冷たくなり、日は西へ、土手の向こう側にはランドセルを背負った子供達がちらほら見え始めている。


 「………はぁ」

 「…あたしの横で堂々とため息つくたぁいい度胸だな」

 「………はぁ」

 慣れました。というか開き直りました。


 「さっきのことをいろいろと思い出してたんですよ。やりすぎも甚だしい。あいつら絶対仲間を引き連れて報復しに来ますよ」

 「来たら来たで別に困りゃしねぇよ。もしかしてお前、あいつらの数が増えたからって、あたしが負けるとでも思ってんのか?」

 「いや、あなたが規格外に強いってことは見てて十分に伝わったんですけどね、あいつらもそれを分かってるからこそ、次は卑怯な手を使ってくるかも知れないじゃないですか」

 「だからそんな心配すんなって。見てたからわかんだろうが。自我自賛じゃなく、あたしは正真正銘強いんだよ」

 ほれ、と駄菓子を渡された。

 パチパチくん、コーラ味。

 ちなみにパチパチくんというのは、平面型の味つきのわたあめの中に大き目のザラメのようなものが練りこまれ、それが口の中に入れるとパチパチとはじけるお菓子である。

 「…」

 これがあの刺青男の目に入ってなくてよかった。

 「てゆーかよ、何でさっきからあっち向いて話してんだ。普通会話ってもんは正面向くか、相手のほうを見て話すもんだろ」

 「できるわけないでしょう。見た瞬間から言おう言おうと思ってたんですけどね、何でそんな格好してるんですか!」


 そう、いろいろありすぎて今の今まで触れてこなかったが、僕がこの美女のことを『淫魔』と連想させた要因は、まずはその格好にあった。

 所々が大きく、きわどく裂けている水色のツナギ。しかも着ているのは下半身だけで、上半身の部分は後ろに垂らし、両袖をへその下でひと結びにしている。じゃあ上半身はどうなんだというと、スポーツブラ一丁であった(最初は水着かとも思ったが、水着であって欲しいという期待も込めて何度か見たが、紛れも無くスポブラだった)。Eカップくらいはありそうだが、そのサイズのスポブラがあるとは驚きだ。ついでに言うと、裸足だった。


 美女が今日一番の無垢な顔で「ん?」と首を横に倒す。

 「………いえ、いいんです」

 さっきの相手は好戦的な不良だったわけだが、これじゃあ誰でもどうぞ襲ってくださいと言ってるようなものである。

 わーすげえ、前屈気味で座ってても腹の肉に切れ込みが入らないのか(これは男子ならともかく、腹筋が付きにくい女子としては結構珍しい。いや決して見慣れいるというわけではなく、妹から聞いた知識だ)


 「あ、そうだ」美女が、思い出したように切り出した「さっきの時間の話だけどな」

 「時間?」

 「ほら、言ってたじゃねぇかよ、なんか中二っぽいこと」

 「…ええ」

 「ん?何だ?何か急に顔がどんよりしたな」

 「いえ、そんなこと…えっと、確か1分は1分、1年は1年って頭では理解していても、心のどこかで今現在やってることが永遠に続くんじゃないかっていう感覚に陥るとかそんな話でしたね」

 「そうそれ。あれからちいと思考してみたんだがな」美女が、頭の後ろで両手を組んで芝生の上に寝転がった「あたしは、お前みたいに今の状態が永遠に続くなんて考えたこた無いが、それこそ永遠と変わらないくらい遅く感じることがあるぞ」

 「遅く?」

 「ああ。相手が喋ってんのが遅ぇ、向かってくる拳があたしに届くまでが遅ぇ、物を投げてもらってあたしの手に収まるまでの滞空時間が遅ぇ。その間にひと眠りできるんじゃないかって程にな。1年だろうが1秒だろうが、遅くて遅くて腸が煮えくり返る」

 ヒヤッ、と何かが背筋を撫でた気がしたのは気のせいだ。

 しかし、『永遠』と『永遠のように遅く』か。

 似ているようで全然違う、円と線くらい違う。

 まあ僕の『永遠』っていうのは、正真正銘の錯覚なんだけれど。


 「取ってやろうか?」

 「え?」

 「その『永遠』ていう感覚をだよ。お前の感じる1秒を、時計が刻む1秒と同じにしてやる。20秒で済むぜ」

 獲物を捕らえる猛禽類みたいな目が、斜め下から僕を見ていた。

 「それは……」

 どういうことだろう。

 この感覚は、別に生活に不便を感じたり、何かに支障が出るレベルのものじゃ無い。

 でも僕に”個性”と呼べるものができてから何年も、そして多分これからも、下手すると一生頭の隅にあり続けるであろう小さなしこりだ。

 そう、しこりだ。

 しこりは、無いほうが良い。

 だけど僕は、このしこりを捨てたいと思ってるのだろうか。

 「それは……いいです」

 「あっそ」

 そのまま美女は眠るようにまぶたを閉じた。


 と思ったら2秒後にバチッと目をかっ開いた。

 バネつきか!っていうくらいの勢いで起き上がったかと思うと、あくせくと半裸状態だった上半身の服を着だした。

 夕日の下でもはっきりと分かるほど頬がほんのり色づいている。

 なまじ今までの行動を目にしているので、はっきり言って気持ち悪かった。

 「変じゃないか?」なんて言いながら必死になって髪を手ですいている。

 ???

 「じゃ、じゃああたしは帰るからよ、お前はそうだな。あ!あれ、見えんだろ、3人組とやりあった高架下。あん時の犬だか猫だか放置したまんまだったから、黙祷して行け、5分ぐらい」

 「え?え?」

 「5分だからな!あたしの分も入ってんだからしっかりカウントしてきっちり祈っとけ!いいか、絶対に振り返ったり目ぇ開けたりすんじゃねぇぞ」

 お得意の怪力で両手を固定されたり(ミシリ)、首を曲げられたり(ゴキッ)するものだから、仕方なく言うことに従う。

 (目を閉じているので気配でしか判断しようが無いが)美女は僕の鼻先で薄目を開けてやしないかとたっぷり確認した後、「じゃあな!」と言って駆けて行った。

 そもそもが裸足だったし、あの脚力だ。足音はすぐに聞こえなくなった。


 …見たい、ものすごく振り返りたい。

 あの露出趣味、オラオラ系な口調、絶対的な自信、人の眼球にわたあめを押し込むような残忍さを持つ変態美女がキャラも投げ打って隠したかったものとは何なのだろうか。

 欲求虫が腹の中をのた打ち回っているかのようである。

 僕はかつて、これほどまでに何かを強く望んだことがあっただろうか。

 気が狂いそうだ。

 振り返ってるのがばれたら何をされるのだろうか?

 何を眼球に詰められるのだろうか?

 ああでも…いやしかし…。

 

 チラ…ッ。

 ガクッ!と僕は脱力してその場で四つんばいになった。

 果たしてその視線の先には…土手の先にある車道に1台の汚い軽自動車が停まっていて、それに体重を預けるように立っている男の胸に飛び込んでいく美女の姿があった。

 く、くだらない。

 「はぁ……帰ろ」






 それから30分後、疲弊して帰った僕は家族全員から「あれ?何か声変じゃない?」という指摘に曖昧に答えを返し、無事母さんのいつものぼんやりとした味の夕食を食べることができたのだった。

 …先行き不安だ。

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