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僕と彼らと狂戦士  作者: 牧織トト
第一章
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新しい町-4

 「っぎゃああああああっ!!」


 何…が起こった?いや、見えてはいた。この美女、向かってくる腕に自分の腕を巻きつけてそのまま刺青男の顔面を掴み、持ち上げると同時に巻き込んだ相手の肩を外したんだ。

 センスも凄いがなんつーパワーまかせ。

 圧の入った腕との力比べで負けていれば自分の肩が脱臼してたはずだ。おまけにそのまま持ち上げるなんて…。大体、重量上げだって勢いをつけて自分の真上に重りを持ってくるから可能なのであって、持ち上げて伸ばした腕を斜め上に長時間固定するなんてこと普通はできるはずが無い。


 「い``い``ぃぃて``ぇぇぇ」

 「うるせぇ」


 「離せやコラァ!!」

 「くたばれぇ!!」

 ナイフ男と釘バット男が同時に獲物を振り下ろす。刺青男ほどの実力は内容で大降りで単純だったが、当然ケンカ慣れしているようで、しかも側面と正面からの同時攻撃。でも僕は、もはや手を出そうなんて考えもしなかった。

 「うぐっ」

 「おあ」

 僕の予想通り心配する必要は全くなかったわけで、美女は正面から向かってきたナイフ男の顎に強烈な蹴りを入れて昏倒させ、横から振り下ろされる釘バットを素手で受け止めた。一度もその獲物を見ることなく、釘と釘の隙間に指を通して。

 「う…あ…」

 恐怖から獲物を離し、釘バット男が回れ右をして逃げようとしたが、美女がナイフ男を蹴り上げた足を下ろすことなくそのまま釘バット男の胴体にぐるりと巻きつけ、地面に仰向けに踏みつけた。

 その時になって初めて気付いたが、砂利の上に美女は裸足だった。


 圧倒、される。

 たまたま敵ではなかったが、例え敵でも僕は彼女の戦いを美しいと思うだろう。


 「少年」

 「…は、はい」

 「そこにある、ビニール袋があんだろ」

 確かに、美女の指差すほうを見てみれば、1mほど離れた所にビニール袋があった。

 駆け寄って中身を見てみれば、色々な駄菓子が入っている。

 「ありますね」

 「わたあめを取ってくれ。そろそろこいつの意識がやべぇ」

 「…」


 こいつ、というのは未だに美女の腕の先にぶら下がったままの刺青男のことである。

 当然だ。もう1分近く脱臼した肩をねじり上げ、頭部を掴まれて持ち上げられているのだ。バスケットボールを指先に力を入れて片手で掴む要領と一緒だが、支えているのは人間1人の体重なのだ。めり込んだ皮膚は破けていないものの、一部の血流がせき止められているのは必須である。

 描写こそ無かったもののこの刺青男、しっかりと痛みに絶叫し、悪態を付き続けていたが、2人の仲間が倒された振動で痛みが臨界点に達し、意識が危うくなったようである。

 ちなみに地面に倒れた釘バット男は青汁と赤ワインを混ぜたような顔色で、恐怖で過呼吸に陥っている。完全にパニック状態だった。


 脱臼1名、意識不明1名、戦意喪失(無傷)1名。

 僕が受けたかもしれない、美女が受けたかもしれないダメージを考えればずいぶんな恩情だろうが、残酷すぎるかもという考えが頭をよぎる。

 

 美女が、刺青男を下ろしていく。

 刺青男の足が地面につき、絡めた腕がするりと抜けていく。

 と、その瞬間、刺青男が崩れ落ちるよりも早く、美女が奴の無事なほうの方をポーンと叩き180度回転させ、その腕を巻き込む形で背後から片腕で抱きしめた。

 脱臼した肩の痛みに刺青男が低く呻く。

 まだ続きがあるのか、とたまらず僕も呻いた。

 美女が空いている手をひらひらさせるのでわたあめの袋を渡す。


 歯を使って開封しながら美女が言った。

 「わたあめてのはこの世で最も詐欺な食い物だと思わねぇか?このちっちぇやつでも30円、縁日の屋台もんは500円だ。割り箸が1本、10gにも満たねぇザラメ、材料費が5円程度の袋―あとの490円は何だ?あのアニメな袋のデザインのなんとか権的なやつか?それとも食感か?」

 「さ、さあ…何なんですか?」と僕が問うた。

 「知らん」

 知らねぇのかよ。

 まあ、縁日の出店って大体が300円か500円で統一されてて、例外なく暴利だしな。「でもお祭りだから」と不当さを感じつつあえて罠に嵌ってる感はある。

 「でもあのふわふわが楽しくて買っちまう」

 そうだね、うん。

 「…許して…見逃して…」

 「おいうるせーぞプリントハゲ、今この章の、一番重要なテーマについて話してんだろうが」

 読者の為に言っておこう、今も含めこの先も、絶対にこの話題がテーマになることはない。


 「しかし馬鹿だなてめーら、仮にあたしらが何の変哲も無い2人組でも、どうやたっててめーらが勝つことなんかできるわけねーだろ、そんなことも分かんねーのか」

 「分か…ない」

 「第一話に登場する強気で名無しの不良なんざ、やられるに決まってんだろっ!!」

 「だから言うだけフラグが立つって言っただろうが」と吐き捨てる美女。

 「何…言って…」

 本当に、何言ってるんだろうね!


 「許して…くださ…」

 美女が、盛大なため息をついて、声のトーンを下げて言った。

 「馬鹿のひとつ覚えみてぇに…大体な、自分は見逃すつもりがねぇのに、見逃してくれなんて都合がいいとは思わねぇのか?」

 刺青男の体がブルリと震えた。

 「てめーらの獲物がボクシングの拳とナイフと釘のついたバット。あたしらがまともにやられたとして、概算しても1人頭骨折3打撲10穴が10箇所に切り傷3、1ヶ月の入院にトラウマ。下手すりゃ腱が切れて後遺症が残るってとこだろ。あ、でも女にゃそこまでしねぇか。まわしてんのをビデオでとって、脅して金を巻き上げるってとこかな」


 具体的に言われて僕がブルリと震えた。

 そして、後ろにいるから見えないが、刺青男が歯がガタガタと鳴らしているのが分かった。


 「これに釣り合わせるにはどうすればいい?同じくらいの怪我を負わせて、ソッチ系の兄ちゃんに回させて、ビデオをちらつかせて金をせびればいいのか?それで釣り合いは取れんのか?取れねぇんだよ。てめーらをぼこる労力、男を手配する労力、ビデオを回してダビングする労力、それにかかった時間と手間と経費、プラスつまんねぇことをさせたあたしに対する憂さ晴らし。それらを払って初めてバランスが取れるってもんだろ」


 …悪魔だ。

 むちゃくちゃな理屈だ。

 極悪非道すぎる。


 ついに、というか当然、刺青男が命乞いを始めた。

 「っ許してくださいっ!…見逃して!!」

 脱臼の痛みもなんのその、全力でもがいて拘束が解ければ土下座ならぬ土下寝し、足を舐めそうな勢いである。


 それに対し美女は、

 「いいよ」

 と明るい声で、実にあっけらかんと答えた。


 「え?」

 「あたしの時間を、てめーらが払えるわけねぇからな。仮に払えたとして、やっと0ってことだろ。別に得るもんはねぇし、なによりつまらねぇ」

 「あ…じゃあ…」

 「くくく、怯えんなよプリントハゲ。まぁ今回は運が悪かったみてぇだが、これからもケチな不良をまっとうしろよ。」

 「え…あ…はい」

 「あたしは寛大だかんな、この位の譲歩はしてやるさ。機嫌がいいとき限定だけどな。でも3回目はダメだぞ。3回目はダメだ」

 「はぁ…」

 そこで美女はむしゃり、とわたあめを半分食べた。


 解決…なのだろうか?

 僕と美女は無傷で上々だが、残酷極まりないトラウマのスタートラインに立たされたようで、見ようによっては大損した感が否めない。

 しかし、場の空気は影になっているこの高架下にも、まるで午後一番日があたっているかのように明るい。

 解決…したのだ。


 「あ、そうそう」美女が思い出したように言った「いかんいかん、わたあめの話だった」


 ずるっ、とこけた。

 僕が。


 「わたあめの食いごごちはイイ。たまらんもんがあるな。暴利だが、買っちまう」

 「そ、そうっすね」

 刺青男がこびだした。

 「だろ。あたしはな、わたあめを口ん中に入れた後、溶けきる前に20回噛むってことに挑戦してんだ。まだ15回しかできねぇけどな」

 「すごいっす!」

 すごいのか?しばらく食べた記憶が無いのではっきりとはしないが、そんなことに挑戦している時点であんまりすごくない気がする。


 てゆうか、僕もう帰っていいですか?


 「まぁな、でもなかなか上手くはいかねぇ。唾液であっという間になくなっちまう。知ってっか、わたあめってのはな、例えそれが涙1滴であろうと、それが液体であればビックリするくらい一瞬で解けて、小さくなっちまうんだぜ」

 「は、はい…あの、もうそろそろ腕解いてもらっていいすか?肩が痛くて…」

 「ん?そうか、悪ぃ悪ぃ。つまりだな、それがわたあめだって話だ。そんじゃまぁ、長々とご苦労さん」

 「あ、いえ。そんな…」

 「そんじゃまぁせっかくだから景気づけだ」

 そこで美女は、拘束している腕をゆっくり解き、刺青男の耳元に口を寄せた。


 「最後に一発、喘いでいけや」


 「え?」

 緩みきった刺青男が振り返った眼球の先には。

 残り半分の、わたあめがあった。

 「っぎゃあああああぁぁぁっ!!!」

 刺青男が絶叫する。膝を付き、必死でわたあめをはがして、まぶたを押さえながらゴロゴロと転がりまわった。

 

 「かかか、悪いなプリントハゲ。100%砂糖だから失明することはあるめぇよ」

 「てえぇぇめめぇえ!!」


 美女は跳ねるようなステップで刺青男を避け、コンクリートの壁へ向かう。僕が3人組を見たときに奴らが囲んでいたところ、奴らと初めて対峙した時に、一番最初に目線を移した、その先である。

 「んー、こりゃ死んでますな」美女が無感情に言った「こうもミンチじゃ犬か猫かよく分かんねぇが、とっくに死んでたことは確かだ。死後1時間以上は経ってんじゃねぇか?かかか、無駄な努力だったな、少年」

 僕は肩をすくめるにとどめる。


 「しばらくは目も開けらんねぇだろうな、釘バットにでも…おい、あいつ気絶してるぞ」

 あ、本当だ。

 「ま、あのままゴロゴロ転がってりゃあそのうちどっちか起きんだろ」

 「殺す!!殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 「おーおー、怨め怨め。そんで次はもちっとましなことして来いよ――それに、3回だぜ」

 そこで美女は、回れ右をし、僕の肩に腕を回した。

 「じゃ、行こうぜ」

 「…」



 僕もう帰っちゃダメですか!

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