重力反転
「……死ね、不純物が」
ライガの巨躯から繰り出される、重圧を乗せた踏みつけ。
まともに食らえば、カナタの頭部は熟した果実のように砕け散る。だが、その足がカナタに触れる寸前。
(追記:ただし、この重力は「カナタの万年筆」を作用点として再定義される)
――ガツンッ!!
衝撃音が響く。だが、潰されたのはカナタの頭ではない。
ライガの足が、目に見えない「壁」に阻まれたかのように、空中で静止していた。
「な……っ!? 何をした!?」
「……万年筆を軸にした、重力の再定義だ」
カナタは床を這いながら、ライガの足元に万年筆を突き立てていた。
本来、ライガの能力は「自身の周囲」に重力をかけるもの。しかし、カナタは追記によって、重力の中心地を「ライガ自身」から「カナタの持つペン」へと強制的に書き換えたのだ。
「ぐ、おっ……あああああッ!?」
突如として、ライガの全身に逆方向の重力が襲いかかる。
カナタがペンを勢いよく上へ振り抜くと、ライガの巨体がゴミクズのように天井へと叩きつけられた。
「重力に従うのが、あんたの強さだったな。……なら、その重力に裏切られる気分はどうだ?」
「貴様……っ、ふざけるなッ!!」
ライガが空中で吠え、重力をさらに高めようとする。だが、カナタは止まらない。
脳が焼ける感覚。大切な記憶が、また一つ泡となって消えていく。
(追記:さらに、この重力の加速度は、一秒ごとに倍増する)
ドォォォォォンッ!!
天井を突き破り、ライガの体がさらに上層へと吹き飛ぶ。
そして次の瞬間、加速を増した重力によって、今度は地面へと猛烈な速度で叩き落とされた。
「……あ、が…………」
廃ビルの床に深々と埋まり、動かなくなるライガ。
物理法則最強の一角。その理不尽な重力に、ライガ自身が押し潰された結末だった。
『――勝者、カナタ。D1ランク防衛戦、一勝目を記録します』
無機質なシステム音声が響く中、カナタは膝を突き、荒い息を吐いた。
掌を見る。震えが止まらない。
(……消えた。さっきまで覚えていた、爺さんの店の、あの看板の色の名前が……思い出せない)
代償は、確実に彼を削り取っていた。
「あはは! 傑作だね! 重力の中心を書き換えるなんて、運営も想定外の規約違反だよ」
パチパチと拍手をしながら、リセットが影から現れる。
「一勝、おめでとう。……でも、あと二勝。残りの時間は六日。あんたの脳、最後まで持つのかな?」
リセットの不敵な笑みが気にならないほど俺の脳は疲弊していた。
少し休んだ後に行動を始め、馴染みのジャンク屋へと辿り着いた。
夜明け前のスラムは、重く湿った空気に包まれている。
「……あ、カナタ! 戻ったか! 無事だったんだな!」
店の奥から、爺さんが顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「ライガを倒したって噂、もう広まってるぞ。あんな化け物に勝つなんて、お前……」
爺さんは涙ぐみながら、カナタの肩を何度も叩く。だが、カナタはそれを受け止めながら、胸の奥を通り過ぎる「違和感」に戸惑っていた。
(……この人は、誰だ?)
「爺さん」と呼んでいる。大切な恩人であることも理解している。だが、彼と交わしたはずの会話、共に過ごした時間の手触りが、霧のように消えていた。
「……ああ。なんとか、な」
カナタの短い返事に、爺さんが一瞬、不安そうに眉を寄せた。
「……カナタ? なんだか、顔色が悪いぞ。奥で少し休め。お前の好きな、あの茶葉を淹れてやるからな。ほら、お前が昔『雨の日の味がする』って笑った……」
「……ああ、頼む」
嘘をついた。そんなことを言った記憶は、どこにも残っていない。
カウンターに座り、震える手で|お守りを握りしめる。
思い出せない。この布の感触。この汚れ。すべてが「他人の記録」を読まされているような、希薄な感覚だった。
「悲しい顔だね。まるで、自分の葬式に出席してるみたい」
いつの間にか、店の隅にリセットが立っていた。爺さんにはその姿が見えていないのか、彼女を無視して奥へ引っ込んでいる。
「……リセット。あんた、いつまで俺に付きまとうつもりだ」
「あんたが『空っぽ』になる瞬間を見届けるまでだよ。……でも、少しだけヒント。あんたがその万年筆で書く『追記』は、世界の理を歪める。歪みは摩擦を生み、あんたの記憶を熱として燃やす」
リセットはカナタの隣に座り、窓の外を見つめた。
「なんで私があんたを助けるか、不思議?」
「……興味はあるな」
「私はね、結末が見たいの。この、退屈な階級社会が、一人の欠落者によってどうぶち壊されるのか。……あるいは、あんたが壊れるのが先か」
彼女が不敵に微笑んだ、その時。
ジャンク屋の入り口の鈴が、冷たく鳴り響いた。
入ってきたのは、血の匂いも威圧感もない、一人の小柄な少年だった。
だが、リセットの顔から、初めて余裕の色が消える。
「……来ちゃった。二番目の刺客」
「え?」
少年は無垢な笑顔を浮かべ、カナタに向かって小さく手を振った。
「はじめまして、カナタさん。僕の能力は『忘却の庭』。……君の、余計な苦しみを消しに来たんだ」
その言葉を聞いた瞬間、カナタの視界から、色が消え始めた。
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