乱入者
決勝戦。会場を包むのは、熱狂を通り越した「恐怖」だった。
ジンの拳が空を切るたびに、闘技場の石畳が弾け飛び、衝撃波で観客席の防護障壁がひび割れる。
「ははは! どうした小僧、もうインク切れか!」
ジンが笑う。彼は能力を一切使っていない。ただの突き、ただの蹴り。それだけで、カナタが必死に書き換えた「物理法則の壁」を強引に突き破ってくる。
「……リセット、全部だ。残りのポイント、全部インクに回せ」
「正気? それ、一億ポイントの賞金が入らなきゃ、あんたの存在ごと消えちゃうよ?」
「構わない。……この男を『定義』できないまま終わるなんて、ハッカーの名が廃る」
(全ポイント充填。残高:0 P)
(警告:存在消去まで、残り1分)
万年筆が、白熱した電球のように輝き出す。
カナタは、ジンの拳が鼻先をかすめる瞬間、その「拳の影」にペン先を突き立てた。
(追記:対象『ジン』の肉体を、この世界の構成物質として再定義する。同時に、彼が受ける『運動エネルギー』のベクトルを、外部ではなく――彼の『体内にある全ての細胞』へ均等に、かつ永遠に循環させよ)
ジンの動きが、止まった。
彼が放とうとした剛拳の力が、外に放出されず、彼自身の肉体の中で無限に加速し、衝突し合う。
「……が、はっ……!? なんだ、これは……俺の力が、逃げない……ッ!?」
ジンの強靭な肉体が、内側からの衝撃に耐えきれず、激しく震え出す。
「……あんたがシステムの外側にいるなら、あんた自身をシステムの中に引きずり込んで、自壊させるまでだ」
カナタの執念の一撃。
ついに膝をつくジン。だが、彼は苦悶の表情のまま、口角を吊り上げた。
「……面白い。腹の底から熱くなってきやがった……。おい小僧、今から俺は、俺自身をさらに超えて――」
ジンが、文字通り「燃えて」きた瞬間。
闘技場の上空、雲を突き破って、巨大な**「黒い楔」**が降り注いだ。
ドォォォォォォォンッ!!
ジンの咆哮も、観客の歓声も、すべてが漆黒の衝撃にかき消される。
空に浮かんでいたホログラムが砂嵐に変わり、無機質なシステム音声が街全体に響き渡った。
『――緊急事態。対象:中層都市。管理者権限により、全市民のポイントを凍結します』
悲鳴が上がる。
カナタがふらつきながら顔を上げると、そこには倒れたジンの背後、破壊されたリングの中央に、見覚えのある「白い仮面」をつけた集団が降り立っていた。
「……なんだよ、これ。俺たちの試合は……」
「あはは、最悪。……カナタ、逃げなよ。あれ、ギルドの『上』が直接動いた時のサイン。街ごとバグ(あんた)をデリートしに来たんだよ」
復讐も、最強の証明も、すべてが「上位存在」の理不尽によって中断される。
空を覆ったのは、絶望という名の漆黒だった。
降り注ぐ「黒い楔」が闘技場に突き刺さるたび、熱狂していた観客たちは声もなく灰白化していく。それは、ギルド本部が執行する物理的な強制停止だった。
「……ッ、なんだよ、これ……!」
カナタは膝をつき、激しく咳き込んだ。ポイント残高は「0」。存在が消えゆく寸前の寒気が全身を襲う。
「あはは、最悪! ギルドの本気だね。ウイルス(あんた)と、制御不能な欠陥プログラム(ジン)を、街ごと『ゴミ箱』に放り込む気だよ」
リセットが、かつてないほど険しい表情で空を見上げる。
「……おい、小僧。寝てる暇はねえぞ」
破壊されたリングの中央。ボロボロになりながらも、ジンが立ち上がっていた。
背後には、空から降り立った「白い仮面」の執行部隊が、無機質に武器を構えている。
「ジン……。あんた、なんで……」
「ギルドにとって、ランクもポイントも無視する俺は、システムの穴でしかないんだとよ。……フン、管理しきれんものは消す。相変わらず、薄ら寒い連中だ」
ジンは拳を固く握り、カナタを背中で庇うように立った。
「小僧。お前のその『ペン』、まだ動くか? 俺が道をこじ開ける。お前は、生き残るための『代償』を回収しろ」
「代償……?」
「あそこに転がってるだろ。……お前から『自分』を奪った、抜け殻が」
カナタの視線の先。
ジンの衝撃で「記憶の結晶」を撒き散らし、地面に這いつくばっているセツナがいた。
彼はすでに廃人のように瞳を濁らせ、空から降る消去の光に怯えている。
「……セツナ」
カナタは震える足で歩み寄り、セツナの胸ぐらを掴み上げた。
復讐を果たすための時間は、もうない。だが、ここで彼を置いて逃げる選択肢もなかった。
「……お前が奪った俺の記憶。そして、お前が溜め込んだ他人のポイント……全部、俺の『インク』にさせてもらうぞ」
カナタは万年筆のペン先を、セツナの胸にあるギルド紋章へ突き立てた。
(対象『セツナ』から全ポイント、および『固有記憶』を強制抽出――インクとして再定義完了)
瞬間、万年筆が黒光りするような禍々しい輝きを放つ。
セツナの体から光が抜け、ただの空っぽな人形となって崩れ落ちた。
(総ポイント数:1億2千万P――チャージ完了)
「……よし、再起動だ」
カナタの瞳に、黄金の火が灯る。
「行くぞ、ジン! 出口は俺が書き換える!」
「……ハッ、いい面構えになったな。暴れるぞ、小僧!」
空を埋め尽くす執行部隊。凍りついた街。
かつての宿敵から「力」を奪い取り、カナタとジンの、世界を相手取った逃亡劇が今、始まる。
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